ある晩あなたは見たんだ。
 夜中の三時にトイレに起きて、したへと降りる階段で、窓から漏れる月明かり。
   じゃない。
 鋭どく突きさす白光に、ついと立ちより、サッシをあけた。
 
 戦車が、走っている。
 眼下を戦車が整然と、列をなして行軍する。
 幾十台、幾百台?
 あまりの冷気に息が凍り、けれどあなたは寒さも忘れる。

 
 あまりの冷気に凍りつき、けれどあなたは寒さも忘れた。
 戦車が、はしっている。
 ひるまはあかるい国道沿いを、幾十台、幾百台の、砲塔の列が整然と、兵をしたがえ行軍する。
 サーチライトと緑の軍服。ビルの谷間を横断し。
 戦車は、音もたてなかった。
 特殊なゴムのキャタピラは、都会の深夜をのりこえてゆく。
 
 しずかに。
 中枢へと向けて。
 
 「誰だ!!」
 とつぜんライトが窓のあたりを狙う。あなたは突嗟に身をよける。
 「どうした。」
 「はっ。大佐殿、あの窓です!」
 哨戒灯がガラスをつらぬく。半分ひらいたそのうえを。
 「  このあたりの警備会社はすべておさえたはずだ。首都圏に、深夜に誰が居るはずが……
 「どういたしますか」
 「ひまがない。念のため、麻酔弾を。」
 「はっ!」
 撃ちこまれる、それを、投げかえすわけにもいかずあなたは昏倒し。
 
 翌朝、肺炎をおこしかけて発見されたあなたが確かめたときには、工事現場すらひとつとない、明るいいつもの首都圏だったけど。
 
 ある晩あなたは見たんだ。新聞には載らない、もうひとつの真実(せんそう)を。
 
 

 
 ☆ もうひとつの地球史物語 ☆
 
   最終戦争伝説  
 
 
 
 
      1991.02.10.再着筆(旧題:“俺と好”)
      湾岸戦争が早く終わりますように。
 
      presented by 柊実真紅(とうみ・まこ)あらため、
             外海真扉(とうみ)or塔之(とうの)真扉(まさと)
 

 
 
 1991.02.03
 
    “隣りの地球”について   
 
 
 困ったことに このお話は
 
 実在の地球上の できごと とは
 
 ホンットーに、関係ないんです。
 
 おおむねすべての設定は
 
 私が高校3年生だった、1983年頃、
 
 見続けていた 一連の白昼夢に
 
 起因しています。
 
 どうか、こんな物騒な物語が
 
 ただふたつ、大野市と朝日ヶ森の存在を別として
 
 現実の世界に まざっちゃったり、
 
 しませんように。…………
 
 
 
                            

 
 逝ってしまった岡村のばかへ。 

 
   C O N T E N T S 
 
 
 0. 序。
 
 1. 大野市のこと
 2. 緑慶年代の日本のこと。(朝日ヶ森勢力と世界情勢)
 3. 隣地球のなりたちと歴史のこと。(水太母縁起と四界神)
 4. 第三次世界大戦と精霊たちの死。
 5. ムーン?墜落阻止とアルヴァトーレ成立のこと。
 6. 宇宙植民者連合(コロニスツ)成立のこと。
 7. 最終戦争
(以上、巻之一、冒頭語り手:磯原清(資料記録者)、
        補記・翻訳:サキ・ラン=アークタス、
        総括:ラン=アグラス)
 
 そもそも年表書いてねーぞ!! 

 
 8. 最終戦争後
 9. 地球統一史略
 10. 対 リスタルラーナ 第一遭遇
 11.  リスタルラーナ史略
 12.  三世界均衡時代
 13.  エスパッション及びゼネッタ史
 14.  汎銀河協商加盟とリステラス統合
 
 
 .
 
◎ 統一され、宇宙時代を迎えた未来の地球から過去の歴史を探る。

◎ キャラクターはほとんど無視して世界状態を追う。

◎ 超古代文明・ESP等、SF的な要素は史実として扱い、
  精霊等FT的な要素は注釈付き、あるいは劇中劇の形で挿入する。

◎ オリ・ケアのブリーフィング・シーンを入れて重曹構造にする。
    ……どこまでエスパ(オリケの日常)を入れるの?
 

 
 ☆ オリ・ケアの企画順序。
 
 1.「次は最終戦争ネタだね」という話が誰からともなく出て
   いつのまにか決定し、勝手にどんどん煮詰まる。
 2.企業からの出資申し入れが事前に来る。
 3.総団長、徹底的に凝ることを主張する。
 4.時代資料集めと平行して題材の作定と全体構成の企画会議が
   あわてて始まり……、実は誰も最終戦争前後の史実を正確に
   把握していないことに気付く。
 5.地球等第三期文明史のレクチャー( by サキ)始まる。
(ここまで、「序」)

 6.頭を抱える連中に、サキとティリー、共謀して
   文献「KIの日記」をネタ本に使うよう主張する。

 7.おぜんだてが整い、スタート。さて……
 

 
 月面及び木星岩石帯(草星)遺跡をのこした超古代文明を第一期、惑星地球上の失なわれた大陸の文明を第二期とする。
 
 二度の破局をのりこえ、海底に没した大陸を捨てて惑星全土に避難して散った人類が、地域によっては一旦、完全に原始レベルへ退行したところから、それぞれの集落ごとに独自に、てんでに再興したものを、無理矢理相互間で流通させ、あまつさえ武力づくで「統合」しようとさえし  ついには失敗して三度目の滅びへの道をたどった。それが惑星地球における第三期文明であり、その後遺症は第四期めの千二百年を経た現在まで続いている。
 
 三期文明の特徴として最大のものは、言語・信教・価値観などの極端なまでの不統一である。この原因は、二期文明滅亡の際に緊急避難として居住不適地にまで多くの集団が送りこまれてしまい、そこでの生存を試みねばならなかったこと、かつ、過酷な環境と労働によって成人が寿命を全うできず、文化や技能の伝承が困難あるいは不可能だったこと、くわえて、磁界の混乱と疑似氷河期の到来によって集団相互の交流がまったく断たれていたこと、などである。数万年に及ぶ惑星規模文明の消失期を経て、人類が再び行動半径を広げはじめた時、かつては単一ではないまでも共通の言語を持ち、ひとつの大陸上に暮らす遠い親戚同士だった彼らは、互いに相手を非・人類と考え、異なる文化形態を野蛮と見なし、居留地間に人為的な境界線を設定して区分を明確にする方法を発明した。一方で、現存人類の繁殖力に圧迫された旧来の土着の亜人族類は次第に衰退し、消滅していった。
 
 局地的ながらもある程度の技術水準と行政機能を持つ都市及び国家が複数成立すると、彼らは異なる文明間で最低限の意志を通じさせる為の手段を開発し、商業活動を行なうようになった。経済的な利害関係はやがて外交もしくは軍事力による相互の合併吸収をまねき、小国・小集落は次第に整理統合され、あるいは連立して、より広域多人数の国家へと成長する途をたどった。
 侵略・征服・逃亡・移住・同盟・統合・分裂・改宗・改革、等といった歴史上の必然をありとあらゆる局面で短期的かつ小規模に繰り返し続けた各大陸文明のうち、いち早く他の大陸へ侵攻する技術と経済力を確立した欧州大陸文化圏が、他文化圏に侵入・征服して惑星規模での一応の覇権を握るに至ったが、その段階においてさえ、欧州文化圏ひとつの中に十を超える主権国家と、それ以上の言語・民族が併存し、競合していた。
 
 その欧州圏を中心に、産業技術と物質偏重型文明が、急激かつ爆発的に発生・成長して惑星文化全体に影響を及ぼし、各国は産業による富の基盤となる地下資源の占有権を求めて、激しい競争を展開し、発達した技術力を軍事に注ぎこんで戦闘行為に用いた。被害者たる弱小諸国をまきこんでの、強国間における数度の局地戦と二度の大戦争を経て、あまりにも強力すぎる全人類規模の殺戮兵器が開発され、各国ともにその使用を恐れた為に、一時的に、武力行使より外交策をよしとする風潮が生じ、その間、文化及び商業的技術が飛躍的に発展した。また、惑星外へ進出するための技術開発が始まり、地表上の国境の枠組みから離れて、事象を地球単位で把えようとする思考法が発生した。
 
 
 
1.口伝・俗説・迷信
 
 地域により雑多である。“おそろしい戦争(災厄)があって地上は滅亡し、人類は地下か天上に逃れて楽園復活の日を待った”という根幹は共通しているが、早くに地上に戻った集団ほど代を重ねるにつれ神話化を重ねており正確でない。また、祖系の思想傾向の影響を受けているので見解もまちまちである。顕著なのは、アルバトーレ、コロニスツ、ゲフィオン等への感情で、地上中心主義者の言い分では前文明を滅した悪役そのものであり、一方でコロニスツ残党や灰色の一族等、彼らを始祖に持つことを誇りとする民族もある。連邦政府は、一応、中立の立場をとっている。超能力・巫司等の実在の是非は誰も断定しえていない。
 
  
2.考古学会編纂の既成資料(公式見解)
 
 人類史を4期に分けて史料を収集・解析。“史実”と“神話”の区分付けに全力をあげている。政府要人にダレムアス・エルシャム系の直系の子孫が多いので、科学偏重の史観にはならない。現〜近代史料以外の一般への公開は控えている。
 
 第?期 超古代文明(エルシャムリア)= 月面及び草星遺跡
 第?期  上 代文明 (アトル・アン)= 海底及び旧砂漠地帯遺跡
 第?期  前 代文明 (惑星・地球上)= 各シェルター・コロニー
                     (及び記録カプセル等)
 第?期  現 代文明 (テラザニア) = 口伝、各都の年代記、戸籍等
 
 
3.未整理・未訳・未検証の各地区古文献類
 
 連邦統合の際にすべて公式には学会の所有となり、勝手な解読や公開は禁じられている。(認可を得ればよい)。各地の神殿や禁域、旧家の倉などに古文書は数多く保存されているが、意図的な文化遺産カプセルとして質量ともに充実しているのは旧スイス及びオーストラリアのアロウ校シェルターで、この内容物は連邦成立後いち早く公開され、研究が続けられている。B.C.5000〜A.D.2050頃までの技術・芸術があらかじめ整理された形で収納されている。
 
(※通称は“学会”だが、正式には歴史分析局で、所轄は科技庁と文化庁にまたがる。)
 
 一方、灰色の一族の神殿等、最終戦争末期の非公開文書類は、現在の社会感情に影響が大きいとして公開はさしとめられている。A.D.2000〜2130までの個人記録の類が中心を占める、無作為・未整理の資料で、最終戦争の真相を解明する手がかりとして注目されている。
 
 ☆ 地球第4期文明の特徴 及び
   当時のリスタルラーナの技術水準 ☆ 

 
 ☆ リスタルラーナにおける“歴史”への関心度の推移 ☆ 
 → 年代記制作順 参照 

 
 
☆ 航時技術について ☆
 
 地球連邦政府統合後、太陽系内の植民者連合(コロニスツ)残党によって封印されてきた月面遺跡の所轄が考古学会に移る。歴史社会学的見地から十分に検証され、今後の世界に害になる存在ではないとの判定を下されて初めて一般の技術系科学者が解析にかかった。(宙暦二十年頃)。
 その後、命令系統言語にリスタルラーナ上代語との共通性が多く発見され、スリナエロスの全面協力により航時技術の解明が進み、学術利用を目的として装置が復元される。(宙暦五十年頃)。
 平行世界理論の計算ミスにより歴史探査メンバーのひとりアリサ・ランを失い、以後、人間による調査行は禁じられた。が、技術の応用によってリスタルラーナ星船遺跡の推進原理を解明。無時間航法が完成した。のち、リステラス星連時代、ESPによる古代調査が一部で行なわれた。
 
 
宙暦 年(地球からの留学生に門戸 開放される。)

宙暦 年(映像集団 オリ・ケアラン 旗上げ。総団長:
アルサー・ジャン)

宙暦 年 試作的な風俗再現フィルムを連作で発表、名をあげる。
     特定出資企業を確保。

宙暦 年 “地球統一史”シリーズに着手。
     第一作『楽園再生』
     第二作『流浪〜興亡』
     第三作『都市出現』
     第四作『国家統合』
     第五作『灰色の一族〜人間』

宙暦 年 番外作『惑星の夜明け』で、サキ・ラン、正式メンバーに。
     “最終戦争”シリーズに着手。
 
     第一作
     第二作
     第三作
 
宙暦 年 リスタルラーナ前代史に着手。
 
 
.    
 

年代  事  項 (備考)


(21c.)「俺と好」

 10 〜ゆるやかに再軍国化。

 20 ・領土拡大開始。
   ・徴兵制、他国侵略反対の市民運動おこる。
   ・市民運動徹底弾圧。強力な階級統制始る。
  (・清瀬律子、朝日ヶ森院長就任。)

 30 ・世界的な人口過飽和。
   ・皇国の強制移住を皮切りに本格的な宇宙開発進められる。

 40 ・軍事圧制下、ゲリラによる地下活動続く。
  (・律子ジュニア、ダレムアスへ。)

 50 ・環太平洋地域を手中に納める。
   ・激減した資源、及び商業圏を求めて第3文明圏(※)を戦場に
    先進国同士の小競り合い。

 60 ・ようようにして超大国が本腰を入れる。

 70 ・戦火は本国に及び“第三次世界大戦”と呼ばれるに至る。
  (・このへんでアルヤが生まれている。)

 80 ・乱世にあって各国で革命・クーデター・独立・造反等が相次ぐ。
  (・ムーン?、アルバトーレ。)

 90 ・本国より途絶えがちの物資補給をカバーする為に、
    ムーンベースを中心に宇宙コロニスト連合宗主国、成立。
   ・旧超大国政府を中心として地球同盟政権、設立。
  (・鋭、アロウスクールへ。)

(22c.)「俺と好」
  (・アリサ・エフレモヴナ。)

 10 ・地殻変動装置発明さる。
  (・イタリアンあたり。)
   ・地殻変動装置、兵器に流用開発。

 20 ・アーマゲドン、起こる。
  (……ちゃんと五黄土星だ……☆)

  (「60年か……ずいぶん長い時間がたったように思えるのに……
    そんなものなんだな。」)


 (※「第三文明圏」=ここでは、「発展途上国」の意。)
 
  第三次大戦前の朝日ヶ森学園
 
 政府側はそこに各国の重要人物の子弟を集め
 
 いざ開戦の時に人質にとる気でいた。
 
  しかし、やり手の女院長はそんなことはおみとおし。
 
 さか手にとって彼らにはでな反戦運動をやらせて
 
 隠れた、人民戦線内閣の前身であるカイ、レムなどの
 
 かくれみのにしていた。
 
  また国際色豊かなこの学校、セレンの天才美人科学者などの
 
 亡命・反戦主義者を多勢かくまったので科学力は連邦軍対抗

 できるほど。どんどん地下基地を広げてゆきます。
 
 (マスミもいずれ逃げこむことになりますが……)
 
 とにかく、大人の反戦グループが次つぎにざせつしたあと
 
 朝日ヶ森の一派とマスミら 緑の旗 とが合流して人民戦線、
 
 を結成。以後、文化保存や戦争回避、エスパー部隊による
 
 軍事力の破壊 をつづけてゆきます。
 
 
.

号年 ダレムアスにおける主要事件  西暦 地球における関連事項

危機皇
24年 ・皇女マーライシャ誕生   1982(九紫火星)
25年               1983(八白土星)
26年               1984 “青い鈴の花の草原”
27年               1985(六白金星)
28年               1986(五黄土星)

29年 ・“大変動”起こる     1987(四緑木星)
    ・諸侯会議、招集される。

30年 ・皇女マーライシャ、    1988 ・ 翼 雄輝 誕生(8/6)
     西皇子クアロスと婚約。    (三碧木星)
    ・皇子マリセトウィト誕生
                     ・清峰 鋭 雪の日に
                      聖ユリティア孤児院
                      の門前で発見される

31年               1989 ・磯原岳人、行方不明
                      “水精”(仮題)

32年               1990 ・磯原岳人、発見さる
                     ・11/7、鋭、生まれる

33年               1991 ・清瀬律子、生まれる

34年               1992(八白土星)

35年               1993 ・楠りまと一之木 宮、
                      “昏いもの”

36年               1994 ・楠りま、朝日ヶ森へ
                     ・冴子夫人流産、有澄
                      夫妻別荘に引篭もる

無皇代
 0年・ボルドム軍、皇都マルライン    ・有澄夫妻、別荘にて
    に襲来。事実上、統一皇朝が     記憶喪失の少女発見
    崩壊す。              マリサと名付け、                       養女として引き取る
 1年 ・マシカ、エリファーリより 1995 ・有澄夫妻、外交官と
     宝玉を託される(宝玉物語)    して欧州へ。真里砂
                      雄輝と出会う。
                     (@アロウスクール)
                     ・会田正行生まれる
                     ・杉谷好一生まれる
 2年               1996 ・会田ゆかり生まれる
                     ・磯原 清 生まれる
                     ・翼夫妻飛行機事故死
 3年 ・ミアテイネアに鬼王出現  1997 ・翼コンツェルン崩壊
    ・落ち武者皇子マリシアル      野々宮に吸収合併
     マシカに出会う。死亡。     ・雄輝、日本へ帰国
    ・鬼王城崩壊           ・楠木律子生まれる

 4年               1998 ・真里砂、朝日ヶ森へ
                     ・杉谷ユミコ生まれる
                     ・鋭、《センター》へ
                     ・磯原 清 生まれる
 5年               1999 ・清瀬律子朝日ヶ森へ
                     ・ナツキ死亡、
                      “マザー”となる。

 6年               2000 ・鋭、センター脱走。
                      旅を経て朝日ヶ森へ
                     楠木律子生まれる
    ・ミアテイネア地方に       ・朝日ヶ森にて
     不思議な子供達出現        三生徒が失踪

 7年 ・皇子マリシアル没、    2001 ・清、魔を視る
    ・鬼王城崩壊(宝)        ・杉谷好一(5歳)、
                      侵入者2人を殺す
                     ・杉谷一家NY移転

 8年 (この前後『記憶の旅』)  2002 ・『風の中の律子』
                       シリーズ
                      (清瀬律子、中1)
                      (楠木律子、中3)

 9年 ・皇女、鋭、マシカに会う  2003
    ・道果て村、崩壊
    ・マシカ、村を出る
    ・皇女、髪を切る

10年               2004(五黄土星)

11年               2005(四緑木星)

12年               2006(三碧木星)

13年               2007(二黒土星)

14年               2008・杉谷ユミコ、帰国
                    ・杉谷好一、帰国

15年               2009・磯原家、O市に移転
                    ・磯原清、杉谷好一、
                     中学入学、出会う。
                    ・清、高橋広文と友人
                    ・杉谷好一、緑衣隊に
                     遭遇。会田正行に会う

16年               2010

17年               2011・『落日』清のESP、
                     好と山籠もりする

18年               2012・清、好、O高に入学
                    ・好が清に手を出す

19年               2013

20年               2014・例のメンバー、一斉に
                     未来へ吹っ飛ぶ。

21年               2015・『俺と好・2』
                    ・O市における緑衣隊の
                     活動、表に出る
                    ・一行、再び行方不明と
                     なり以後、還らず。

22年               2016

23年               2017・清瀬律子、高原桂三と
                     婚約

24年               2018・高原(清瀬)笑・緑
                     生まれる

25年               2019
26年               2020
27年               2021
28年               2022
29年               2023
30年               2024
31年               2025
32年               2026
33年               2027
34年               2028
35年               2029
36年               2030
37年               2031
38年               2032
39年               2033
40年               2034
41年               2035
42年               2036・楠木(高原)律子誕生
43年               2037
44年               2038
45年               2039
46年               2040
47年               2041
48年               2042
49年               2043
50年               2044
51年               2045
52年・楠木(高原)律子ダレムアスへ 2046
53年               2047
54年               2048
55年               2049
56年               2050
57年               2051
58年               2052
59年               2053
60年               2054
61年               2055
62年               2056
63年               2057
64年               2058
65年               2059
66年戦女皇代          2060
67年               2061
68年               2062
69年               2063
70年               2064
71年               2065
72年               2066
73年 ・決戦           2067
74年 ・掃討           2068
75年 ・帰還           2069

戦女皇
 0年 ・女皇マーライシャ即位   2070 ・清峰鋭、楠木律子
                      帰還
 1年               2071
 2年               2072
 3年               2073
 4年               2074
 5年               2075
 6年               2076
 7年               2077
 8年               2078
 9年               2079
10年               2080
11年               2081
12年               2082
13年 ・皇女マーライシャ崩御   2083

異国皇
 0年 ・異国皇、慣例を破って即位 2084
 1年               2085
 2年               2086
 3年               2087
 4年               2088
 5年               2089
 6年               2090
 7年               2091
 8年 ・皇子達、行方不明となる  2092
 9年               2093
10年 ・異国皇、失意のまま崩御  2094

摂政代(無皇代)
 0年               2095
 1年               2096
 2年               2097
 3年               2098
 4年               2099
 5年               2100
 6年               2101
 7年               2102
 8年               2103
 9年               2104
10年               2105
11年               2106
12年               2107
13年               2108
14年               2109
15年               2110
16年               2111
17年               2112
18年               2113
19年               2114
20年               2115
21年               2116
22年               2117
23年               2118
24年               2119
25年               2120
26年               2121
27年               2122
28年               2123 ・最終兵器、作動
 
                    .

     




 1990.10.12.
 地球−ダレムアス間の時間的整合性が必要なのは
 もちろんのことだけど、なにぶんにも寿命と時間感覚が違う☆
 ので、地球決定後にダレムアス側のつじつま合わせをした方が
 早いと思う。

 
 「リツコ。ねえ律子ってば!」
 考えにふけっていた彼女に督促の声。
 律子はあわてて相手のさし出すカードを抜き取ろうとして、自分のカードをそでにひっかけてしまった。
 バササッ。
 手札が全部ひざの上へ落ち、ポーカーフェイスで巧みにかくしておいたババまでが、堂々と顔を並べている。
 「ドジ! まーたやった」
 「あはは丸見えだ」
 あや〜〜。律子はいつもの癖で、ツァッ、ともチッ、ともつかない舌打ちをしてカードを拾い集めた。
 まったくあの野郎のおかげで今日はろくな事がない。
 一枚ひき、一枚ひかせた後、律子は背もたれに重心を移して椅子を後足二本で立つ格好にし、ひざで机につっかえ棒をあてて腕をざっくり組んだままぶ然として足をゆらしていた。
 数人でババ抜きをやっている最中だったので、一人がふてていれば当然、他の連中の興味を引く。
 「どうしたん。めずらしくまともそーに悩んでるじゃん」
 真っ先に首を突っ込みたがるのは小野えりゆ。
 斜め前から身を乗り出して来るその隣りでは、一級上の宇野洋子がいかにもお人好しげに首をかしげて、心配事ならいつでも相談にのるよという眼をしているし、レイラ・ジュンがばっさりした亜麻色の髪を風になぶらせながら、机にひじをつき、手の甲にあごをつっかけて、例の横眼で律子をながめている。
 律子は軽く握ったこぶしで額をコンコン叩きながらしばらくうつむいて考えこんでいたが、もとよりこういった腹にたまる物事を人にぶちまけずにおくのは性に合わない。
 「ん〜〜〜、実はね」
 律子が話すと見て全員がカードを放り出した。
 面白い話題がないとなればトランプも百人一首も喜んでやるが、元来ここ朝日ヶ森学園の生徒って連中は、ひたすら話し合うのやなぞかけが大好きで、悪趣味で低俗なうわさ話以外なら、どんな事でも話の種にして2時間3時間話し続けられるのだ。普段は男子も女子もごったになって、それこそ政治論からSF談義、禅問答まがいの人生論まで、それこそずれにずれこむ大討論会になるのもめずらしくないのだが、今日に限ってなぜか教室には女子しか残っていなかった。
 律子は二つに結んだ髪の房の先をいじりながら芝居っけたっぷりに間を置いてから、言った。
 「実は、このわたしめにラブレターをよこしたバカが一匹おりまして  ……」
 「ええ〜〜っ!?」
 全員が全員、一瞬信じられない顔をして問い返したので、律子は面白くもあったがやや頭にも来た。
 「なによ。人がせっかく真面目に……」
 「あ、悪い悪い、ちゃんと聞く」
 一人がそう言い、みんながガタガタと座りなおした。
 「それで? 相手だれよ」
 
     ×     ×     ×
 
 ウラジミール・パブロフは亡命ロシア貴族の血をひくフランス人。13歳。律子に端的に言わせれば「いけすかないキザったらした、うらなり野郎、」で、一年落第しての小等部最上級生。
 特待生クラス  俗称『金持牧場』  の生徒であり、例のお茶会の主催者の一人でもあった。
 特待生クラスと言うのはその名の示すとうり、世界的な名門私立校朝日ヶ森学園が、苦学生に支給する奨学金を捻出するために開設しているクラスであり、成績順は下位でも寄付金額は上位という人間が多く集まっている。
 
 
                        次号に続く。
 
 
(※注: 続いてません★) (-_-;)d"
 
 


 香山 秋  朝日ヶ森学園中等課2−E
       テニス部/ミュージカルクラブ

 立川アンナ 朝日ヶ森学園中等課1−F
       ミュージカルクラブ/志望サークル:ピアニスト

 宇野洋子  朝日ヶ森学園中等課2−A 
       ミュージカルクラブ副部長

 清瀬律子  朝日ヶ森学園中等課2−B/図書委員
       バレエ部/ミュージカルクラブ/志望サークル:作家


 

 『パラレルワールド・千一夜』 主人公: 山吹サラ

 
 五月。いち早く夏を告げる太陽の下で、青い風が窓辺の新緑の中を渡って行く。新入部員たちもそろそろすっかり雰囲気に慣れ切ってしまい、ここ風間中学の演劇部室  と、言っても、弱小部の事ゆえ裁縫室を間借りしているだけだが  は完全にまんねりムードに立ち返っていた。
 部員数は新旧取り混ぜて女ばかり20人位。毎日の練習課題も一応ある事はあるのだが、「お芝居」が面白くて入った連中には体力作りだの発声練習だのは楽しくないらしくて、文化祭の準備に入るまではほとんど出てこない。
 10人程の比較的熱心な“常連”のうち、今日は六人が顔を見せていた。
 もっとも、ちゃんとジャージに着替えてトレーニングをしたのは、その更に半分である。後はそれが終った頃にのこのことやって来て、鞄を放り出すなり雑談やら落書きやらを始める。かけ持ちのマン研のコンテを取り出す者もいる。ようするに、ここは彼女らのたまり場なのである。今日は全員そろってトランプを楽しんでいた。
 「ヘイ、リツコ、順番だよォ」
 「リッコ先輩」
 律子と呼ばれた少女は、何度か促されてから気がついて、心ここにあらずという態で1枚をポンとめくった。神経衰弱である。
 「2〜〜? 2って何処にあったっけ……」 およそ気が入っていない。
 「あ〜〜、これだもの」  いい加減あきれた、と、向い側に座っていた一人が机の脚を勢い良くけった。派手な顔だちの、かなりの美少女だ。
 反動で椅子が後脚立ちになりそうになるのを慌てて押えながら、
 「面白くないんだったら抜ければいいじゃないの。気分害するったら……」
 「ハーミ、それは言い過ぎだよ。リッコさん、今日、どうかしたの?」
 「そうですヨ、リッコ先輩。神経衰弱って得意の筈なのに」
 「ん〜〜、ちょっと、変わった事があったもんで  
 律子は、困った、という風に頭をかいた。こういう風な事は第三者には余り話すべきではないと彼女は思っている。殊に、ここにいる連中とは必ずしも親しいというわけではなく、毎日同じ部屋で顔を合わせているとは言っても、ハーミなど犬猿の中と言った方が正しい。しかし……
 頭の片すみでは“話すべきでない”という警告を聞きながらも、誰にでもいいから全部ぶちまけてしまってグチャグチャになった頭をすっきりさせたいという欲求に押されて、気がつくと、律子はとつとつとその事を話し始めてしまっていた。
 「つまり、ね。ラブレターをもらったんだ」
 
 事の起りはこうだった。今年3年の律子が演劇部に入ったのは2年の半ばからで、彼女はそれ以前から弱小の文芸部にも籍を置いていた。その文芸部に、今年三年生の新入部員が入ったのである。
 名前は加鳥洋介。律子のクラスへの転入生で、どうやら教室で文芸部の事を話しているのを聞いて興味を持ったのが入部の動機らしい。

 
 誰であろうと、どんな不都合があろうと、とにかくこのグチャグチャした心の中味を洗いざらい打ちあけてすっきりしてしまいたい  ……律子は、自分のそんな気持ちが自制心を打ち負かしてしまいそうなのが恐しくなって、いつものように冗談で誤魔化しながら逃げ出した。
 
 
 
 .
 

第1章 ナツキ
第2章 ティシール
第3章 律子
第4章 緑の炎
 or
第1章 ティシール
第2章 逃亡

 
 
◎ 全体のテーマ; 無感動な水の子・鋭が
          皮肉っぽい“コンピューター”に
          成長するまでの過程
 
6月 ・ナツキ、《センター》へ。鋭(10歳)に会う。

8月 ・鋭、外出日に正明に出会う。
   ・ナツキ、鋭の記憶力を知りショックを受ける。
   ・姫小路と同衾のところを鋭に見られる。

9月 ・鋭、ナツキに教えられてティシールに会う。
   ・スィンセティック・コンピュータ完成。
 
(オムニバスにするか、長編にするか?)


 ナツキ
 リツコ
 鋭
 ティシール
 燎野

 森の少女
 アイン・ヌウマ
 朝日ヶ森
 旭学園

 緑衣隊
《センター》
 国立科学者養成センター

 聖光愛育院長


 第1章 起承転結
 ・ ナツキと鋭の出会い  邂逅
 ・ ののみやなつき。   展開
 ・ なつき、鋭をにくむ。 破局
 ・ 終焉         終焉

 
 「  《センター》へ行くわ。手続きをしなさい、北沢」
 報告書の最後の行に目を通し、既処理のマークを押しながら云う。
 「視察ですか、何日ほど」
 「引っ越しよ。当分むこうに居つくわ。出発は明後日。」
 「承知しました」
 北沢は軽く一肯してすぐに出て行く。身長190cm近い、痩身の、有能な男。
 「……なにか不服でも?! 遠野!」
 うっそりと部屋の隅からこちらを見ているのは、いつもこの男の方だ。
 「……別に。」 低い声でぼそりと答える。
 「だったら、早く行って、あたくしの荷物をまとめなさい!」
 
 あたくし、野々宮奈津城(ののみや・なつき)。表向きは旧華族・野々宮家の唯一の嫡子ということになっている。表向きは。
 精子銀行というのは知っているわねでしょうね。そう、米国の、ノーベル賞科学者とIQの高い女性とを人工的にかけあわせて、優れた資質を持つ子供を得ようという実験機関。
あたくしも、それに似た団体によって造られた。純国産  つけ加えて云うなら人工子宮成功例の第1号。生粋の、試験管ベビー。
この事は物心つく以前から知っていたように思う。
 なんにせよチューブの中で、まだ大脳が形成されるか否かという時期からはじめられたあたくしの早期全人教育
 

 
 「う、ぅっわ〜〜お。おわお!」
 おれ、あくびしてやる。めいっぱい思いっきり。い〜い気分。
 なんつったって休日だもんな。もろ、ひと月ぶりの。なんにもない日。
 
     ×     ×     ×
 
 朝おきて顔を洗ってマラソンして朝ご飯を食べて歯をみがきました。
 (あ、おれ正明ってんだ。よろしく)
 で、いつもならこの後「訓練開始!!」っつうがなり声が響く。……はずなんだけど今日は休暇なんだよな。さて、何するべェ。おとなしく基地ンなか探検したってもいいんだが、きのうの今日なんで、やめた。
やっぱを見てこよう。
 てんで外出許可証とりに廊下へ出る。
 うえ、いつも思ってたけどこーやってちんたら歩いてみると……ひでー所だね、ここは。上から下まですべからくこれ人造! もろ直角と直線と  おまけにブルーグレーと銀色ばっかだぜ、見てるだけで寒い。
 と、角をまがった所で人間が2人。
 「お、おたくも外出?」
 ガキの方  細っこいんだぜ、これが  来るとき車でいっしょだった奴。
 「燎野(りょうの)さん。」
 心もち首かしげてこっち見上げる。
 「わお。覚えててくれたわけ、感激」
 ……すこ〜〜し、苦笑? ホント表情のとぼしいやっちゃ。
 「……そりゃ、覚えますよ。一度聞けば」
 おれ忘れたぜ  、おたくの名前。
 「清峰くん。そちらは?」
 神経質なんだが気が弱いんだか、のぞいただけで目、まわりそうな眼鏡かけた男。まだ若いな〜〜清峰  あ、鋭  ったっけ? のオブザーバーらしい。
 「あ、おれ……」
 「燎野正明さんです、西谷助手。多分宇宙飛行士(アストロノウツ)訓練生  なんだと思いますけど。正明さん?」
 「あ? うん。おたくは? やっぱ高知能児なわけ?」
 「  ええ。」
 「清峰くん。」
 西谷・青白きインテリ氏がかたい声をだす。
 おーおー、わーってるよ。《センター》の独立研究助手としちゃ、大事な大事なモルモットちゃんにはあまり雑菌を近づけたくないわけ。
 「じゃな。」
 まだ話したい気もしたけど  ひょいと片手上げて別れる。
 
 「ありゃ、何してんだよ、おたく」
 左翼の実務室で外出許可と通行証を手にいれて、戻ってきてみるとボーヤがまだいた。この間約30分。ひとり、だ。
 「……西谷助手が……」
 少し困ったみたく笑う。
 ここ、今いるところは、おれが放りこまれた《教育・能力開発法実験研究棟》てェ長々しい名前の建物の、一階中央。廊下がちょい広がってエントランスになってる、棟の出入口にすぐtの場所だ。ブルーグレーとシルバー一面のすみっこに、
 
     ×     ×     ×
 
 「ありゃ、何やってんだよおたく」
 左翼の実務管理室で外出許可証と正門(ゲート)の通行証を手に入れて、鼻唄まじりに正明が戻ってきてみると鋭がまだいた。西谷助手とやらはどうしたものか、ひとるつくねんと壁ぎわのイスに腰かけている。


 
 1.その男
 
 その男がやって来たのは僕がちょうど小学校の4年生だった時の19××年の夏休み、7月31日のことだった。男は痩せぎすで、眼つきが変に鋭く、セミの声が一面にやかましいほど響きわたっている中でダークスーツの三つ揃いを着こんで更にその上から目が痛くなるほどのバリバリの白衣を羽織っている。
その一見して科学者か医学教授と解る男がボディーガードを従えて園の前の砂利道を歩いてやって来た時、鋭(えい)はちょうど門の前の木陰に店をひろげてハンドメイドのラジコンに挑戦していた。
無論、設計図から自分で引いたのだ。
 「  きみが清峰 鋭 (きよみね・えい)君かね、坊や」
 男が僕の目の前で立ち止まる。
 「そうですけど」
 「自分のIQを知っているかね、きみは」
 「                           」
 何か用かと鋭は云ってやりたかった。なんでこいつは僕のことを知っているんだろう、どこか気にくわないところのある人だけど。
しかし鋭は年長の者には礼儀正しくしなければいけないと園長先生に注意されたばかりだったし、はんだづけが一刻も気の抜けない所にさしかかったせいもあって、尋ねられた通りに大人しく園長先生の居所を教えて再びラジコンの方に注意を戻した。
 鋭、清峰 鋭 10歳。この時まだ小学校の4年生である。へその緒も取れるか取れないかという頃に雪の積もった門の前で拾われて、以来ずっとこの青光愛育園で育てられている。
 一目見て欧亜混血児らしいと知れる美しい顔だちの子供である。真っ直ぐで素直な髪も、そっくり同じ色合いの瞳も、やわらかく明るい薄茶色、肌は少し陽に焼けて、内側から光が透けてみえるような淡い象牙色に輝いている。ただ、その表情だけはいかにも子供こどもした可愛らしさにはおよそ遠く、みごとなオデコやよく動く大きな目でさえが、見かけ以上に大人びている少年の頭脳的な性格の方をより一層良く表現していた。
 
 数10分か、それとも1〜2時間は経ったのだろうか。鋭が一段落終えてさあ川へ泳ぎに行こうと思いつつなんとはなしにぐずぐずしていると案の定園長室の方から奥さん先生が呼びに来て、何か緊張した顔でお客さんの話を聞きに行くようにと告げた。
勘が当たったな、少年はそう思いながら  彼の予感はいつでも大抵的中するのだが  少年は漠然とそう思いながら敏捷に立ち上がり、散らばしたままの部品の山にちらりと一瞥をくれて落ちつかない原因へと歩きだした。
 雑木林の上に純白の積乱雲が盛り上がっている。  ゼミが泣き止んで、今は  ゼミがうるさく   と騒ぎ始めていた。
 
 「  さて。きみはきみ自身の能力を知っている。わしはきみの好みや考えを傾向として知っておるつもりだ。そこで  じゃ、つまらん前置きは抜きにするとしよう。
 きみは国立科技研究所について何か聞いていることがあるかね」
 案に相違して園長先生が席を外してしまっている部屋の中で、男は鋭が腰をかけるなり睨めつけるようにして話し始めた。
 「科技研  わしらは単に“センター”と称しておるが、数年前に設立されたばかりの国立科学技術開発研究所のことじゃ。これは世間にもあまり知られていないことじゃが、ただ国立と言うてもこれは政府の直轄になっておってな、設備資金面研究内容共にその充実度は他の弱小研究所群に較ぶべくもない」
 男  その話し振りから見かけよりははるかに年寄りであることが知れる  は続けてその科技研とやらの具体的なアウトライン、敷地面積・年間予算額等を列挙してみせたが、それは“他の弱小 ”を知らない鋭にも容易にその秀度を理解できる内容を示していた。
研究所と云うよりは、むしろ何かの基地であると形容した方がふさわしい。
 「研究者にはどんな人がいるんですか? 僕は近所にいる大学生のおかげで普通の科学雑誌だけでなく各学会の会報なんかも良く読ませてもらっているけど、それだけの規模を誇る研究所にしては何の記事も見た覚えがないですね」
 仕付けられてきた通りに行儀よく腰をおろしている奇妙に冷静な眼をした少年が、やはり仕付けられた通りに丁寧な質問を返す。少し開いた膝の上にきちんと両手を組み、背筋を良く伸して、対峙している大の大人の尊大さにも負けない落ちつきぶりである。それでも一応興味を引かれてはいるのだろう、心持ち前に乗り出して、熱心に科学者からの答を待っていた。
 「わしらの予測通り、なかなかに抜け目のない性格のようじゃな」
 男が、それこそ抜け目の一片も無さそうな双眼を満足げに光らせる。
 「名を挙げてみたところで君は知らんじゃろう。指摘の通り、わしらは  左様、一般の学会とは殆ど関係を持たずにやっておる。何故なら我々の知識・技術は彼方と比較すべくもなく発達しておるし、“センター”の豊富な予算は他の研究施設との協同を必要とせん。多岐にわたる研究部門が相互に協力しあうこともできるしな。実際、“センター”がここ数年に仕遂げた業績を一般学会の輩が嗅ぎつけた日には、わしらは賞 よりもまず混乱と反論、 難と  を受けることになるじゃろうよ。
それが何よりもまず  という原始的な感情に基づいたものであることは疑うまでもないが。」
 「“センター”は、わしも含む30余名の独立研究者によって運営されておる。独立研究者は各々多岐に渡る学識と研究分野を持ち、
 いつの間にか窓の外には積乱雲が発達し、一人の老科学者と一人の子供のいる清潔だが擦り切れた感じのする室内は薄暗くなりつつあった。
遠くで雷の音がしている。
 男は更に生物科学、原子物理学、宇宙工学等、《センター》における研究分野とその研究課題を説明し、概略が握めたかと尋ねた。「ええ」鋭はうなずく。
 「では本題に入ることにしよう。
 わしらは  つまり《センター》における主要な研究者たちの事じゃが  は、ここ数年各部門の共同研究として、心理学・電子工学・生化学などを基盤に教育科学とも云うべき新分野を開発しつつある。
今や理論的には9分通りの完成を見たと言ってよいのじゃが、未だ実験データが足らん。とりわけ高知能児における専門教育課程がどの程度効果を上げ得るかについての  な。それというのも、IQ250以上・指導者による早期教育を施されていない学齢以上12歳以下の子供、という条件にあてはまる者が、殆ど見つからぬからじゃ」
 男は話す間中ひとときも目をそらさずに鋭の表情を観察していたのだが、しばらく言葉を切って巧みに誘いをかけてみても少年からの反応は何ひとつ得られなかった。無論、その頭脳の卓抜さからして科学者の云わんとしている事を悟っていない筈がないのであるが、見事に自制し切って眉ひとつ動かさない。
わずか10歳の子供にして、これは恐るべき精神力だった。
 ややあって、少年はわずか10歳の子供とはとても思えない、奇妙に疲れ切ったような重々しさでゆっくりと立ち上がった。そのまま戸口の脇の、電気のスイッチの方へ歩いて行く。雷鳴がすぐ近くまでせまり、世界は暗く蒸し暑く耐え難い程になっていた。
 電気をつける。
 鋭は今、男に背を向けて立ちつくしていた。
 カッ! と一瞬、部屋の外が青く白く輝やき、空気をつんざいて音が光を追う。
 「僕をモルモットにしたいというわけですか」
 美しいボーイ・ソプラノは、しかし震えたり怖えたりする気配もなく、むしろ悠然として事態を楽しんでいる感があった。「僕の方にメリットは?」
内心の動揺を 覚えた のは老獪な科学者の方だった。
 「  ふん。……まず第一に、正規の科学教育が受けられる。それも最高・最新の内容と方法でじゃ。第二に、まず第1に、思うような結果が得られるか否かに関ず、わしらは十分な額を礼金として支払う気でいる。第2にきみは卓越した指導者陣の管理のもとで正規の科学教育をうけることができる。それも最新・最高の方法と内容でじゃ。加えて希望通りの実験成功が得られた場合には、きみは実験終了と共に、特に優れた研究者の一人として《センター》に迎え入れられる事になっておる。」
 「  ……“正規の科学教育”ですか。あなたは僕の弱点をご存じなんですね。他の2つは後で考えることにするとしても」
 苦笑しながら振り向いて鋭は言った。
 
 「もう1つ質問をいいですか? 僕のことをどこで調べたんです? 僕はマスコミとかに名前が載るようなことはしてないし、学校の成績も中の上より上には行かないように気をつけてました。僕があなたの云う高知能児  そういって良ければだけど  だということをはっきり知っているのは、園の先生達とさっき話した近所の大学院生だけの筈なんです。」
 「5月の  表向きは文部省主催ということになっている……」
 「ああ、あのIQテストですか? でもあれはちゃんと、113になるように計算して  ……」
 「手を抜くべきではなかったな」
 男は、鋭の反応の早さを喜ぶような、憎むような、奇妙にゆっくりした言いまわしで一言云った。
 「あれの出題と解析は実は《センター》によるものだったのじゃ。あれだけ明確な解答パターンは、単なる偶然から出てくるものではない」

 
 「しばらく、考えさせて下さい」
 
 男が無言のまま立ち去ってゆくと、先ほどの威厳はどこへやら、まだわずか10歳のか細く華奢な少年は全身の力が抜けてしまったかのように手近な椅子に座りこんだ。ドアの外で心配げな院長の声と横柄な  言葉こそ丁寧だがハナから相手を見下しているとはっきり解る  男の声とがなにやら言い交わすのが聞こえ、やがて二人の護衛を従えて帰ってゆくらしい気配。
 雨が降り始めたようである。
 それでも鋭は両手に顔をうずめたままじっと座り続けていた。
 コンコン、と遠慮がちなノックの音。しかしドアを開けて入って来た院長の目に入ったのは、いかにも分別臭そうな顔にちらりと茶目っ気のある笑顔を浮かべて、
 「どうぞ」と大人のように椅子を指し示す、いつもの通りの少年の姿だった。
 「あの人と何を話してたんですか?」
 「一週間したらまた来ると言っていた。来る気があるならそれまでに荷物をまとめておくようにと。鋭  きみは、行きたいのかね?」
 「はい  たぶん。なんでそんな顔をしてるんです、院長先生まっ青ですよ」
 「あの男は  その  何と言ったか、きみを連れて行きたいと言っていた施設の事を、“日本のNASAのようなもの”と表現していたよ……いや、それはともかくとして、わたしはきみを朝日ヶ森学園へ遣りたいと思っていた……。鋭、考え直してくれないかね……」
 予想外な院長の態度に鋭はわずかにたじろいでいた。蒼白になった顔に、ほとんど悲痛とも云うべき表情を浮かべて話しかけてくる。
 「朝日ヶ森……ああ、あの、全額免除の奨学制度があるとかいう学校ですか? 先生が昔、通ってた。でも、そこは確か文化系の授業が中心なんでしょう。僕  僕は、科学者になりたいと思っているし  そりゃ……でも……」
 少年はもごもごと口ごもると下を向いてしまった。これはいつでも大人顔負けにきちんと話す彼にしてはとても珍らしい事だったが、なぜか怖えているとさえ思える院長にはそれに気づく余裕がないようである。
 「それになぜ、“NASAのような施設”というのがいけないんですか? NASAは宇宙開発にかけてはずい分進んでいるし、宇宙工学っていうのは僕が一番やりたいと思ってる分野です」
 話をわざとそらすように口早にしゃべってしまうと、顔を背けるように立ち上がった鋭は「失礼します」とも言わずに部屋から出ていった。
 廊下のつきあたりから一歩外へ踏みだそうとするといつの間にやら激しい夕立ちが降り始めていた。鋭はけぶりたっている雨をすかして先刻までいた門の脇の木立ちを見る。  どうやら、誰も鋭のラジコンの存在に気がついてはくれなかったようだ。きびすを返して自分の部屋へ戻る。
来月のお誕生会でプレゼントにしようと思っていたのだが、どのみち一週間では仕上がらないだろう。
 
 古くなった蛍光灯がみすぼらしい調度類を照らしだしている。
 院長は窓わくにしがみつき、声にならないうめき声で何事かつぶやきながら我を忘れてすすり上げていた。
 院長夫人である“奥さん先生”が1人娘の三重子を抱いて静かに入ってきた。
 今年3歳になる三重子の胸部には、たくみに整形された手術の後が3回分、薄桃色になってまだかすかに残っている。
 
 




マーリェ・エンゲル
レーニ・ポリシェ
 
 能力開発研究所(→広辞苑)
  > 特殊能力開発研究所(特研)
 
 独立研究者(30余)

 
 1週間というものはあっという間に過ぎた。その間に鋭は自分で荷物を造り、部屋を片づけ、学校の先生と世話になった院生とにきちんとあいさつをしに行った。そのどちらも《センター》というものの存在を聞かせられるのは初めてで、とりわけ鋭の天才に最後まで気づかなかった人の好い教師には鋭は自分の能力がどんな経路をたどって《センター》に知れたものか不思議に考えた。草深い地方の片すみにいるせいもあり、幸いマスコミ種になるような派手なマネをした事は一度も無かったのである。
院長は院長で、法律上の手続きとか称して妻と子を東京へやらなければならなかった。そのくせ彼は自分で市役所まで鋭の移転届を出しに行った。
 最後の日に愛育園の中でささやかなお別れ会が開かれ、窓を開け放った食堂にジュースとお菓子、わずかばかりの花を挿した花びんなどが並べられた。
子供たちも職員も、当然、話し好きの院長が「はなむけのことば」を一席ぶつものと期待していた。しかし、院長は気分が悪いといって部屋から出て来ようとはしなかった。
予定より早く例の男が緑の制服のボディガードを従がえて迎えにき、会は盛り上がらないままに解散となった。
 「これ。」
 「おちぇんべいだよ」
 「バッカ、おせんべつだろ」
 「体に気をつけて。辛い事があったらいつでも帰って来ていいのよ」
 「みんなでお金出して買ったの」
 ぎりぎりの瞬間に大きな紙袋が鋭の手に押しこまれ、口々の別れの言葉を少年はただ静かに肯ずいて受けた。
 園に続く小道の向う側に、小型バスくらいの大きさの緑色のボディガードの制服と同じ色の車が待っていた。
 「囚人護送車みたいね」
 誰かが窓のないその型を評してつぶやく。
 「早く乗りたまえ、清峰君」
 男は鋭に後部ドアを指し示し、自分は前部のゆったりしたシートにおさまった。
 鋭が乗り込むすぐ背後で2人のボディガードが左右から扉を閉ざす。彼らが前部の運転台に納まる震動が伝わったかと思うと見送りへの挨拶も残さずに緑色の車は走りはじめた。
 
 (※緑色の「囚人護送車」の簡単なイラスト。)
 
 背後からドアが閉じられるお急にひいやりし、ひっきりなしの蝉の声の途断えてしまったことが少年にかすかな異和を感じさせた。車内はそれこそ囚人護送車さながらの造りつけで、両脇に(つくりつけの狭くて低い)腰かけ。前半部とのしきりの壁についているひとつの他には  それとて非常に小さいうえにおそらく向う側からしか開けられない構造のようだが  窓もなく、紫白色の明るすぎる人工照明がスチールの床や壁に反射して、寒々とした非現実的空間を作りだしていた。
車が走り出してしまったので鋭はしかたなしに落ちつかなく手近かの椅子にかける。
 しかし何よりも意外だったのはこの車室に既に先客が乗っていた事だった。
 彼は鋭とは反対側のベンチの上にさも窮くつそうに横たわり、驚いたことには熟睡してしまっているらしい。今年9歳の鋭よりも確実に7〜8歳は上だろうか? 腕も脚も太く発達し、ケンカと云わずスポーツと云わず、反射神経の練度よほどのものであるだろう。ただその寝顔だけは未だに子供っぽい無邪気な気真面目さ、といったものをとどめていて、少し開いた口元の闊達ないたずらっ気などと共に現われつつある少年らしいはにかんだ優しさを ただその寝顔だけは未だに子供っぽい熱心な/無邪気な?/誠実さ、といったものをいくらかとどめていて、口元の闊達ないたずらっ気と共に少年の乱暴さ、生年の荒っぽさ、といったものを 鋭に恐怖感を与えなかった。
 「優しい野蛮人」  どこかで聞いた、そんな表現が思い出された。
 車はどこか急な曲り坂にさしかかったらしい。幾度か左右にかしいだ挙げ句、特に激しくカーブを切った瞬間に、その少年はなにか寝言をつぶやきながら寝返りを打った。
 「痛(て)っ!!」
 「……うわ☆」
 見事にころがり落ち、したたかに腰を打ったらしい。更に車の動きにつられて反動がつき、通路をころげて、鋭が座っている側のベンチの下に頭を突っこんでしまった。
 「……あの、大丈夫……」
 鋭が腰を浮かしかける途端、ガン、と鈍い音でベンチがゆれた。
 慌てて飛び起きようとするあまりに頭上の障害物を失念したのだろう。こうなればもう、何をか言わんや、であった。
 「ぐえ〜〜」
 ところがそいつはようやくの態で椅子の下からはいだしてくると、もうけろりとした様子で、ひょいと元の席へ戻った。  あれあだけ手ひどくぶっつけたのに、こたえていないのかな……鋭はちょっと目を大きくして彼の顔を見つめる。と、彼の方でもまじっと視線を合わせてきた。
 「ヨ、ご同輩。おたく男、女?」
 「え?  なっ☆」 ……絶句数秒……
 「あ、わりーわりー、気ィ悪くしないでっっ」
 彼は慌てて手を振ってつけくわえた。
 「女の子だろーとは思ったんだ。ただあんまり髪短くしてるんでサ」
    鋭はもう、潰れてしまいたい気分  ……
 「いや〜〜、美人だねェ、ホント。ちょっとボーイッシュなとこがまたかわいいよ。今度デートしない?」 は、本気であるらしい、どうやら。
 「僕……男なんですけど」
               …………
 「 !!   悪い。」
 青年が素直に謝ったので、憤慨というよりはまだ唖然、呆然に近かった鋭の表情も、さして長びかずにいつものポーカーフェイスに戻る。が、「でも、おまえ、ほんっとーに美形だぜ。あと4・5年もすりゃ女も男も放っておかなくなる」  と彼があまりに悪びれずに続けるのを聞いて、思わず微かな笑みを浮かべてしまった。
 「しつっこいんですね。でも、男もって、どいう意味なんですか?   女の子みたいに可愛いい  とかは前にも云われたことがあったけど、面と向って間違われたのは初めてだし。第2成長期に入って体型が変わってしまえば、もうそんなことはないんじゃないですか? それとも僕はそんなに女みたいな顔立ちをしていますか?」
 「あっ、いやっ、そういう意味じゃない! そういう意味じゃっ……っっ
 ガキには通じない冗談なんだった☆ 忘れてくれっ」
 彼はひとりでジタバタと赤くなっている。
 「……へえ、……」
 鋭は心持ち片目をすがめ、唇をきゅっと結んだ。
 慣れた人にしか解りはしないが、何か新しいものごとに興味をひかれた時の、彼の癖である。彼がわずかなりと表情を表すのは気の許せる相手に対した時だけである。
 「ときに、オレ、燎野正明(りょうの・まさあき)。おまえは?」
 「あ、僕は  ……」
 切り換え  と言おうか立ち直りの速いのがこの面白い人の特性らしいな  と頭のどこかでは冷静に観察しながらも、いつの間にか打ちとけた相互紹介に引きこまれている自分を発見して、鋭はためらいにも似たかすかな驚きを覚えた。
 
 (「清峰 鋭 9歳」のイメージイラストあり。)

 
 結局、好きな喰いモンは何かとか100m何秒で泳げるか  など他愛もないおしゃべりを続けるうちに鋭はすっかり相手に気に入られてしまい、幾度かちょっとした話題で議論した挙げ句、鋭の方でも青年の知性はかなりのものだと内心認めざるを得なくなった。
 
 鋭がまだ9歳だと告げると燎野はひどく驚いたようだった。
 
 何時間かが経ち、2度停車して鋭たちは用を足すために車から降ろされた。どちらもただのドライブインなどとは明らかに様子を異にしていた。2度目の停車の際にアルミパックの弁当がさし入れられ、いい加減しゃべり疲れた2人は黙ってもそもそとそれを詰め込んだ。弁当というよりは軍用の携行口糧に近く、鋭は初めその開け方が解らずに慣れた様子の燎野に教えられなければならなかった。
 
 「  今、何時ですか、燎野さん」
 食べ終わってしばらくして鋭はそう尋ねた。既に夜の8時を廻り、3度目の小休止があって毛布を2枚、手渡されていた。
 「車の揺れ具合いから推して、渋滞や何かにぶつかった様子ってありませんよね。ってことは、もうとっくに県境のひとつやふたつ、越えた頃だと思うんですけど……」
 「そりゃ、だろうな。それがどうかしたン?」
 燎野は早くも毛布をひろげ、寝る仕度を始めている。
 「いえ。ただ、僕の越境届、自分で持っているんです」
 「オレだってさ」

 3度目のやや長い小休止で2人は毛布を与えられた。スイッチを探しあて、車内を薄暗くしてすぐに燎野は寝入ったらしい。
 鋭は狭く固い長椅子の上で長い間、寝つかれなかった。夏の盛りの宵の口だというのに毛布一枚では肌寒くさえ感じる。
 

 月光の中を、奇妙に目だたない色の車は静かに走り続けていた。
 人気のない片田舎を縫う、一本の、白い細い道。アスファルトではなく、ただのコンクリとも、見えない。一本の道。
 その道に沿って、えんえんと幅広の草地が続いている。
 その意味するものを、まだ、誰も知らない。


 
 
     ×     ×     ×
 
 
 翌朝、目覚めると目的地に着いていた。考えてみると鋭はそこが何処であるのかを知らない。  車内から一歩踏みだすと涼しく、真っ青な空がどこまでも広がっている。
 「あばヨ」
 軽く片目をつむると燎野はあっさりと離れて行った。
 昨日の親しさが嘘のような  ……鋭は何かそぐわない感じで、ボディガード達に伴われて去って行く後ろ姿を見送る。
 「来たまえ清峰君。こちらだ」
 例の男が少し離れてから呼びかける。 「はい」
 少年は無表情に振り返り、ついて行った。
 

 ティシール / ティシーレ / ティシーリア
 レティシーレ / レティシーリア /
 
 燎野正明

 真汝
 
 沙姫子
 冴夢
 冴子
 沙貴子
 砂貴子
  

 

 
 そう  「わたし/ぼく」は出られる。
 
 ※「檻の中の自由(ティシール)」のイメージイラストあり


 from diary of Ei Kiyomine. 
 8月1日 
 AM7:05当地着。現在位置詳細不明。気候・走行時間から考えて北海道〜青森あたりか。質問するが解答なし。平野もしくは広大な三角州と思われる。 
 当着早々燎野さんと別れる。別れ際の態度不審。 
 朝食AM7:27。味も素っ気もないが栄養価計算されている。朝食後、西谷一尋(にしや・かずひろ)に紹介される。僕専属のトレーナーorマネージャーもしくは「実験体No.7,Ei Kiyomine」の実験分析 
 僕の監督のもとに 


 
 「うえ〜〜……」
 日頃の躾の良さもどこへやら、あてがわれた個室に1人とり残されるやいなや鋭は服を脱ごうともせずにベッドの上へ倒れ込んだ。
 「疲れた。めいっぱい疲れた。4km遠泳のがまだましだ。ウ〜〜〜〜〜……」
 人前での大人ぶった表情も全て放り出してしまう。
 既に深夜に近い時限だった。あれから、朝食もそこそこに一日中、“健康診断”なる怪しげなものに狩り出されていたのだ。
 (健康診断? はっきり言って能力テスト以外の何物でもないじゃないか、人をバカにして)
 ごろりと頭の下に手を組んで仰向けになりながら、この、年よりもはるかにませた判断力を持つ少年は考える。
 見なれぬ精密機器類。指紋から脳波から眼底毛細血管に至る識別可能部位の厳密なチェック。IQや一般知識・科学的専門知識の審査はまあ許せるにしても、反射能力、運動神経、さらには一見、付き添い(コンダクター)風の男の世間話に見せかけた、性格・思想・深層心理の判定!!
 鋭の気に障ったのは、むろん、そういった検査をされるという事ではなかった。そんなことはここ、得体の知れぬ組織“センター”へ来ようと決めた時から予測されてしかるべき事だったし、思ったよりはずっと扱いも丁寧だ。  鋭としてははなから非人格的なモルモット扱いをうける覚悟でいたのだから。
 ただ、気にかかっているのは  ……
 (チェ、非科学的だ)
 二日続きの緊張が育ち盛りの体をくたくたにしてしまったのだろう。鋭はそのままふっ、と吸い込まれるように寝入ってしまっていた。
 その夜……
 
   リョーノ! やっと会えた!!
 
 遠くでの人の話し声が、深く眠り続ける鋭の心の中に響いて来た。
 
   待ってたよ、待ってた! ずっとずっと……
   わりィ。遅くなっちまったよな。
   目をつけられるのに時間がかかって。
   そんなこと! きみは  来てくれた。それだけで十分だよ。
   なんだ、疑ってたのか? ひでぇなァ、約束したろ。
 
 「う、ん。誰……」 鋭は淀みに捉われたままかすかに身じろぐ。
 「誰……」
 
   そう、だね。きみは、そうなんだよね。ホントに  
   あ、おい! 泣いてんのか? おまえ  疲れてんじゃないか?
   うん。でも、もう大丈夫だよ。何があっても。きみが、いるから。
 
 きみが、いるから。そんなフレーズが、わけもなく頭の中をリピートする。
 
   さあ、あまり感傷にふけっていてもしようがないよね。
   外のニュースを聞かせてよ。みんな、元気? リーツはどうしてる?
   ああ。もっとも、おれもここ半月ほど会ってねェけどね。
   ただ  おまえがいなくなってからあと、妙にあちこちに
   緑衣隊どもがうろつきまわるようになってきた。
   今のところ、大した事件にはなってないが……
 
 
 緑衣隊? ……知らず、妙に気にかかる言葉に、少年の意識はついに深い淵を離れて上昇を始めた。緑衣隊  ……何かしら、妙に凶々しい、不吉で昏い単語。
 緑の  緑の服の  ……
 
 しかし、鋭がまだ彼の肉体(からだ)の呪縛から逃れ切れずにいるうちに、こんな言葉がかすかに聞こえてきて、とだえた。
 

   待って! 誰か  誰かが、この“声”を聞いてる。
   なに……? おまえの他にも心話のできる奴がいるの?
   違う……こんな感じ……今までなかった。
   敵、か?!
   ううん……違う……と思う……でも  ……
   しようがねえな、とにかく黙ろうぜ。
   近いうちに直かに顔会わせる機会ができなけりゃ、俺の方で
   何とか口実つけておまえの居る所まで行けるようにするよ。
   あの白い棟だろ? 何階?
   2階……でも、無茶はだめだよ。
   わーってるって。じゃ、な。
   うん。じゃ……
   おっと。ちょい待ち、
   え?
   あーいしてるぜ、ティ。
   ばっ☆ ……ばかっ! っっっ
   ……………………

 「  ……夢、か。」
 何がなし頬を染めながら、目覚めて鋭はそうつぶやいた。まだ最後の笑い声が耳に残っている。不可思議な夢  
 だが彼はまだ心理学にはさほどの興味を抱いていなかったし、フロイド式に夢判断を試みるには、育ち盛りの肉体の要求が強すぎた。
そして。
 かけた覚えのないモーニング・コールに無理矢理たたき起こされた時、少年の心は既に昨夜の夢を忘れてしまっていたのである。
  
 翌日からハードスケジュールな毎日が始まった。学習、学習、ひたすら叩き込まれるばかりである。食事と入浴以外、ほとんど常に何かを覚えさせられ続け(むろん睡眠時間にも)、日曜日などというものは与えられなかった。それが半月以上続き、鋭の他の数人の少年達もほぼ同じ状態におかれているらしく、友人ができるどころかほとんど口を利く機会すらない。彼らは皆一様に青白い表情をしてノルマを果たすのに追われ、子供らしい遊びの欲求も若々しい応用能力も、全てを封じこまれてしまっているようだ。
 ただ、鋭だけはその中で一人異彩を放っていた。
 
 その日からハードスケジュールな毎日が始まった。
 鋭の連れて来られた所は、ここ、国立科学技術開発研究所、こと《センター》の西端中央に位置する《教育・能力開発法研究棟》だった。北辺には心理・社会・情報・統計学関係の研究棟が並び、南方には医学、薬学、生体科・化学、外科技術関係、細菌学などの集中ブロックがある。比較的高い場所からは、中央部の南北に走る電子技術・工学系の地区をはさんで東半部を占める、地学・天文学・宇宙工学・原子物理学   big science 系の巨大施設が点在する、驚ろくほど広いフィールドを垣間見ることができた。
 土地は平盤で、北西はるかに丘陵地とそれに続く山脈がおぼろにかすんで浮かんで見える以外、《センター》の敷地も、その周囲に広がる廣野も、ほとんどと言ってよいほど起伏がない。まったく狭い日本のどこにこうも単調な景観が存在し得たのか、晴れた日に荒原の南端に輝やく細い銀環はどうやら水平線らしい、と、社会の授業のたびに科学雑誌を開げていたことを悔やみながら少年は考える。
 鋭をはじめ、能力開発実験のモルモット兼《センター》のエリート候補生である子供たちは、3歳〜17歳くらいの総勢50人ほどだった。
うち30数名は比較的年のいったたくましい少年たちばかりで、宇宙・航空力学系の試験飛行士としての訓練。残りの10余人が科・化学者の卵、平均IQ220の高知能児である。規律と罰則に基くスパルタ式訓練で徹底した集団生活を営んでいるアストロノーツ・グループと違い、彼ら高知能児には完全なケース・バイ・ケース。個人指導主義がとり入れられていた。
 
           


 
 孤人(こひと)
 
In Japan, there isn’t a history of rebolution(?).
Though, Japanese can’t give up the mind what statesmen are so great.
 

 
 「個別指導における方法論と効果に関する実験はほぼ終了したので」
 鋭(えい)の学習内容や生活スケジュールの設計とその効率の資料収集を担当している、まだ若い研究助手・西谷がある日そう告げた。「全生徒の教育進度のそろう来週初めをもって、集団指導制に切り換えることになりました。」
 それは少年が《センター》へ着いてからほぼ丸1年たった頃で、その間に彼の知識と能力は驚くほどに増大していた。すでに並の大学生程度の課題なら何の苦もなくこなすようになっていたし、彼の興味にそったものとそうでないものと、2〜3の独自の研究課題と研究室とが翌日から与えられることになっていた。それも普通の人間のようにある専攻課目についてのみ、というのではなかった。むろん、《センター》の優れた教育設備や個別に綿密に練られるカリキュラムの効果にも注目するべきだが、むしろ、少年自身の高いIQと超的な記憶力によるものの方が大きかっただろう。
そしてその一方、生まれつきよくしゃべる子供というのではなかった彼はますます無表情となり、抑制の利いた声で必要なことだけを話す  行儀の良さとよぶにはあまりに完璧すぎる傾向を強めていったのだった。
集団指導制への切り換えにあたって、スケジュール調整上1日の空白が生じた。西谷助手が何かしたい事はあるかと尋ねるので鋭は外出したいと答えた。  ここへ来て以来、休日をもらったことがなかったのだ。
そこでその週の木曜日、少年は西谷につれられて初めて《センター》の外へ出ることになった。

 
 「  あれがそうですの? ドクター・嶋崎」
 長い回廊の端にあるラウンジの中央に腰かけて少女が言った。
 「ずいぶん線の細い  ……まだまるっきりの子供だわね」
 「まだまるっきりの子供……!」
 
 誰かに見られているように思って、歩きながら本を読んでいた鋭はふと顔を上げた。廊下の向うから数人やってくる、その先頭に立っている少女が無遠慮に彼を観察していた。
 少女の歩き方はひどく真っ直ぐで高飛車に頸がもたげられ、比較的貧しくつつましい心の暖かい世界で育てられた鋭にとっては見なれないもので
 少年もその無感動な瞳で少女へ視線を返す。少女の、くっきりと細い形の良い眉が心持ちつりあがり、白い陶器のような頸がくいともたげられた。一瞬間、2人の子供たちの間に火花が  それとも砕けちる氷のかけらのような閃光が  飛んだ。
そうこうするうちに、2人は、長い廊下の中途に向きあって立っていた。
 「……清峰 鋭?」
 なおも子細に値ぶみを続けながら、少女は初めから相手を呼び捨てにした。
 年のころは12・3歳。未だに女にならない透き通った体躯。顔だちはあくまでも白く、華奢、とか繊細という他に形容の言葉がない。
少し神経質そうに見開かれたすばらしく大きな漆黒の瞳。愛らしい、小ぶりの鼻。匂いたつような眉のあたり。  完璧、という単語をさえ想起させる、紅い、光沢のある、血の色の唇。
しかし、そのひとつひとつ全ての造作が完全無垢な“永遠の少女”像を具現するかのようでいながら、彼女にはどこか権高さ、なまめかしさ、といった似つかわしくないもののかげりがまつわりついているのだった。
もちろん、つややかにすぎるほど黒々とした髪を、大人びたクレオパトラ・カットにしていることからくる錯覚であったかもしれないが。
 だがこの時、少年がそれらの事実に気がついたというわけでは無論ない。鋭が何をみ、何を感じ、何を考えて  あるいは考えずに  いたにせよ、それは決して彼の表面に表れはせず、ただじっと2つの淡い色の瞳で、頭半分ほど背の高い対峙する少女の眼を見かえしているだけだった。
 「  ええ。そうです」
 鋭は肯きながらゆっくり答えた。ゆっくり  慎重と言うべきかもしれない。完全に無表情と言っていいほどの、ポーカーフェイス。
 少女は矢つぎばやに幾つか問題を出した。基準を大学生におくのなら比較的初歩ではあるが、正確な計算値が必要とあれば専門の研究者でも電子計算機の助けを必要とするだろう。
鋭はしばらく  実に1・2分の間  黙ったまま心持ち目を伏せていたが、やがて顔を上げると与えられた問に、正しく、与えられた順に、複雑だが整理された答を出しはじめた。
 「  結構よ、全問正解」
 少女がかすかに首肯しながら「妾は満足じゃ」といった態で云うと、頬にかすかな赤味がさして、初めて本当の愛らしさに近いものがその口もとに浮んだ。
 だが、それっきりで彼女の少年に対する興味は失せたようだった。
 「手間をとらせました、博士(ドクター)。参りましょうか」
 
 /////////////////////
 
 鋭に対しては一言の挨拶もなく、ここ《センター》では最高の権力を握っている独立研究者  《センター》は一般の学界とは無関係に成り立っているので“博士(ドクター)”というのは単に便宜上の通称である  の1人と対当に肩を並べて、少女は廊下の反対端へと去って行った。後ろから、帽子の記章でそれとわかる個人の護衛の任につく緑衣隊員が足音ひとつ立てずに従う。
そのうちの数人  少なくとも2人  は、少女専属のボディガードとして配置されているらしかった。
 「清峰君。」
 いつの間にか西谷が追いついて来ている。
 「あの人は?」
 鋭は目で後姿を追いながら一言尋ねた。
 「彼女は  
 西谷、分厚い眼鏡をはずし、まっさらのハンカチでしきりにこすりはじめる。
 「野々宮奈津城(ナツキ)といって、頭脳銀行の人工交配実験の第一号です。IQで云うなら清峰君と匹敵、数年前までここにいて一旦実家  と云えるかどうか、卵子提供者とその親族の事ですが  の方へ戻られたんですが、今度集団指導制に切り換わるのを機会にまた当分こちらで暮すつもりでいるようですね。ま、気まぐれな方ですから。昔わたくしも彼女のスタッフの一人でしたが」
 「なぜ敬語を使うんです?」
 「戸籍上、元華族の家柄の出ということになっていまして、ま、卵子提供者の夫の家、野々宮家自体は今では没落して見るかげもありませんが、まァ、それでも色々とあるわけですよ、上層部とのコネとか何とか。……あなたも今後顔を合わせることも多くなるでしょうが、ま、そう言うわけですから、くれぐれも態度には気をつけて  ま、清峰君ならもちろん余計な心配は必要ないでしょうが」
 《センター》こと、ここ《国立科・化学技術開発研究所》  は、表向きこそ国立で、裏を返せば更に根強く“国家”というもの(例えば防衛庁・JCIAといった)が介入していたが、日本のおけるそういった機構のご多分にもれず、裏の裏では古(いにし)えの“お家”の力関係が依然としてものをいう所なのだ。(※ JCIA= Japan CIA )
 拭きおえた眼鏡をかけ、西谷は左手で神経質に位置を直した。
 窓の外には陽光が照っている。銀色無彩色の合理的な建物の中には、空調(エアコン)の低いうなりと人工照明が、年中無休で稼働を続けている。
 鋭は一旦閉じた本を開き、低く声に出して呟きながら長い廊下を歩きはじめた。
 
 

 院長・岡山一朗

 姫小路宮子
 野々宮飛鳥
 野々宮奈津城(なつき)
    無津城
 
 「神無月に生まれたからナツキだそうよ。」
 
 それはきつい眼ざし、というのでもなかった。
 何かはるけきものをだけ、ずっと見つめつづけている者だけが
 もつ瞳をかれはしているのだった。
 人によってはそれを夢を見ているような、とも云ったが



※ カバ、ナナへ。とこどこ  いや、しょっちゅうか、設定変わるから気にせんといて。(<注:と、書いてあるところを見ると、高校入学後に文芸部で回覧しながら書いていたらしいです……☆ <どういう高校1年生なんだっ!? (^◇^;)"""""" )
 
 緑衣隊  それは《センター》の警備や施設等の管理補修、肉体労働を全面的に請け負っている、ちょっと得体の知れない集団だった。
軍律厳しく、決して無駄な口を叩かず、音をたてない。隊員たちは一様に冷たく無表情で、身じろぎもせず《センター》のあちこちに歩哨として立っている姿は一種無気味でさえある。
帽子や胸の標識で、《センター》の広大な外縁部の警備、各建物内外の監視、独立研究者や視察官などVIPの護衛。3つのセクションにわかれている彼らの顔ぶれが時おり不意に変わるところを見ると、どうやら本隊は別の所にあって一分隊が任務の一環としてかわるがわる派遣されて来るにすぎないらしい。
 姫君専属の緑衣隊員が鋭を迎えに来たのは、その日の夕刻遅く、彼に与えられている個室で西谷と翌日のミーティングをしている時だった。
 自動扉を無断であけて、入って来るなりいんぎん無礼な無表情さで鋭に向って来意を告げる。気を悪くした西谷が今からでは明日のスケジュールに響くと不平がましく抗議したが、緑衣隊員がそれに注意を払わないばかりか最初から最後まで彼の存在そのものを無視し続けたので、インテリとして兵士を見下しているプライドをいたく傷つけられた。
 鋭はそんな西谷と男とを見比べてしばらくためらう風だったが、再度せかされると大人しく立ち上がって部屋から出てゆこうとした。
 「それでは」と西谷も神経質に眼鏡を押し上げながら立ち上がろうとすると、緑服の男は声も出さずに鋭い一瞥だけでそれを抑えてしまった。
 《センター》の内外は昼夜灯火つけっぱなしが普通だが、この《教育・能力開発法実験棟》南翼は、3・4階が収容されている高知能児(モルモット)たちの個室にあてがわれていたために、精神衛生上の観点からかなり照明の光量がおとされていた。と、言っても少年たちが夜間廊下にさまよい出る機会など、ほとんどありはしなかったが。
 「暗いですね。」
 ところどころにある頑丈で小さな窓から相互にかなりはなれている周囲の棟の不夜城ぶりをながめやって鋭が云うともなしにつぶやいた。完全防音で夜になると自動的にシャッターのおりてしまう自室からはわからなかったが、雨だ。
 「もうずい分長いことプラネタリウム以外で星を見ていないんです。前は毎日夜ぬけだして見てたんだけど、田舎でしたから」
 「坊や、なぜこんな所にいるんだ」
 突然、緑衣隊員である筈の男が低い声で激しく云った。
 「  え、」
 だがしかし、廊下のはずれ、エレベーターの前には明々と人工灯がともり、そこには緑衣隊数人の常時いる詰所があった。エレベーターの箱の中にも、2人。そして1階まで降りてしまうと、すぐその前が目的地だった。
 「あの……」
 「ここだ」
 男はある1室の前で立ちどまり、インターフォンを押して鋭の到着を告げた。即座に「おはいり」と少女の高い声が答える。音もなく自動扉が開く。
 一歩、室内に踏みこむと、そこは殺風景な廊下とは全くの別世界だった。
 冷たい色の壁と天井、色気もそっ気もない牢屋さながらの小さな窓こそ他の部屋と変わらない造りだったが、金属の床はぶ厚いじゅうたんで覆われ、カーテン、大きなタペストリーの壁かけ、木製の大机、天幕つきの寝台。天井には規制の照明の他に小ぶりだが、いかにも美しいシャンデリアが下げられている。まったく、ここへ来て1日2日でよくここまで改造できたと思うほどだ。
 だが、それだけの金をかけていながら  いや大金がそそがれているが故に  一層、明るく照された部屋の中の一種ほの昏い空気は隠しようがなかった。
 「藤井、おまえはもう下がりなさい。ドアの前で歩哨に立つといいわ」
 巨大な長椅子の腕に投げやりに上体を倒して少女が云う。と、少女のそば近くに膝まづいて何かしていたらしい、大柄な緑衣隊員が立って部屋を出て行った。彼らが何をしていたのかは鋭にはわからなかったが、室内に漂うかすかな嗅ぎなれない原始的な匂いに気がついた時、少年を先導してきた男の眼に一瞬閉じられた。暗い光が宿った。
 「ふふん。遠野、今さら何を驚くというの」
 少女の細い眉が皮肉に吊り上がる。
 
 夜を知らない部屋の中で、しかし腰かけている椅子と同じく深い真紅色の部屋着をまとうている少女の細い胴は背景に溶けこんでいるかのようだった。ただ四肢と顔だけが紅い闇の中に浮きあがって見え、ごくゆるく重ねられただけの前あわせから半分ほども露わになっている、胸の青白さとのコントラストがいっそ痛々しいほどだ。
少女はそこに何かの象徴であるかのように身を投げだしていた。
 「遠野、お茶。クインマリー」
 あいかわらず鋭という部外者の存在を無視してぞんざいに云う。命じられた大の男が黙ってカップをさしだすに至って、はじめて少女は上体を起こし、鋭に向きなおった。そうすると背すじが驚ろくほど真っ直ぐだ。
 手にしたカップに遠野に言いつけてブランデーを入れさせながら、12歳の美少女・野々宮奈津城は驕慢に年下の少年を見上げた。
 「座りなさい。座っていいわ。そこの椅子」
 半ばカップの縁に紅い唇をつけそうにしながら、目だけで自分の正面の豪奢な肘かけ椅子をさし示す。少年が大人しくその指示に従う。
その間に少女はこくこくと紅茶を飲みほしてしまった。
 「待っていたのよ清峰。わたし退屈しているの。何か話をして頂戴。」
 「え……」
 無表情な子供の顔に初めてためらいらしい動きが現われた。
 「まったく。高知能とやら称する子供がずい分集まったというから“これは”と思って来てみれば、何のことはないどれも泥くさい専門バカばかり。わたしの質問に答えられた最年少のおまえ1人とは《センター》のレベルも知れたものだわね……さあどうしたの清峰、何か話せと云っているのよ!」
 「何か、って例えばどんな……?」
 小女王の短気さに、お相手役は心持ち首をかしげてあいまいな頬笑みめいたものを浮かべた。
 「ここに来る前には、院の小さな子たちをあやさなくちゃいけなかったんで、童話やおとぎ話の類なら、たくさん知っていたけど……」
 ドーワ? と少女は聞き返してから1人肯いた。「ああ童話、子供向けの話のことね。……それでいいわ。早く話しなさい。」
   結局のところ奈津城は暇つぶしの相手が入り用だったらしかった。鋭は2つ3つ童話や民話を話させられ、その後で理解不可能な彼女の文学・文化論をそれでも結構興味をもって行儀良く拝聴し、  初め奈津城は、少年が科学的な専門教育しか受けていないのを知ってだいぶ気分を害したようだったが、勝手に話し続けるうちに、

 
 「何でもいいわ。そうね  おまえのことを教えなさいよ。」
 「、僕のこと?!」
 今度こそ、少年は、予想外  という表情を形造った。
 「ええと」  はじめての間投詞。
 「フルネームは清峰鋭、推定年齢で10歳です。推定  というのは、実は僕は捨て児なので  
 いかにもしにくそうに話しだすのを、奈津城はフン、という表情で邪険にさえぎった。
 「知っているわよそれくらい。清峰鋭。sex、メール。19××年1月3日早朝、塔浦句県堅井中郡541-2、聖光愛育園門前にて発見さる……」
 「調べたんですか? 知っているんならなんで尋くんです?」
 「通りいっぺんの報告書の内容を読んだからっておまえを知っていることにはなりゃしないわよ。」
 「? すみません。言ってることが、解らないん  ……」
 「じれったいわね!」
 まだ手にしていたカップが、鋭の肩先をかすめて背後はるかの壁にぶつかる音がした。
 遠野、と呼ばれた例の緑衣隊員が黙ってそれを始末しに行く。
 「狂暴なんですね」
 恐れをなすでもなく、そう  心底“キョトン”として  少年が言うのに、奈津城は突然愉快そうに笑いだす、という形で反応した。
 「アハ、アハハ、おまえ  面白い。とても面白い子ね!」
 それからは話はわりあいにスムーズに進んだ。
 
     ×     ×     ×
 
 少年があくびをし始めているのに気づいて奈津城が許しをだしたのは、すでに11時を過ぎようとしている頃だった。
 
 
 
 
                          

  
 
       ×       ×       ×
 
 雨だった。窓際に席をもらっているリツコは、さっきから外の景色ばかりを見るともなしに眺めていた。
とりどりのアジサイの花にぐるりを囲まれた校庭。その、校舎とは反対側にある正門のむこうから、おりしも一台の車が入って来るところだった。
 ((あ、))
 リツコはその車を見つけた時、何か世界が一回転してしまうような不安定な気分になった。連日の雨でこれだけぬかるんでいるのだ、本当なら自動車のタイヤのあとがはっきり残るハズだ。と、言ってもリツコがこの時それに気がついたというわけではなかった。リツコがくらりと来て思わず机にひじを突いてしまったのは  その、わりに大型の自動車の、本当に奇妙な色合いのせいだった。
 いつも大人しく座っているだけのリツコが不意に動いたので、隣の席の男の子がどうしたの?という顔でこっちを見る。((あのね、))リツコは手真似で窓の外を見るように云おうとした。
 「清峰クン。」 先生の声がする。
 「はい。」 隣の子は、別にあわてるでもなく行儀良く立ちあがる。
この間 書いた 工場見学の感想文を順ぐりに返してもらっているところなのだ。
 「あなたのには漢字や言葉使いのマチガイもないし、字も丁寧で、構成もしっかりしてる。細かいところまでよく調べてあるし、加工行程の合理化案なんてのも考えてあって、先生とても興味深く読ませてもらいました。
ただ、ねェ、先生は感想文って云ったでしょう。前に出してもらった読書感想文の時もそうだったけど、清峰クンの書いてくるのは感想文て云わないの。レポートなのね。……どうして、面白かった、とか疲れた、だけでもいいから、自分で感じたことを書かないのかな?」
 「あの  すみません。でも……」
 男の子が困ったように云いはじめる頃、リツコは例の車の様子が変わったのに気がついていた。ゆっくり走ってそろそろ校舎にたどりつこうかという頃になって、ちょっとかしいだかと思うと止まってしまったのだ。
いや、ちゃんと止まったわけではないようだった。タイヤは回っているし、慌てたように揺れたりかしいだりしている。  よく見ると、その自動車は空中に浮き上がってしまっているみたいだ。
 「僕は  」 清峰クンがなおも言いよどんでいると、突然、
 ガラッ!!
        激しい いきおいで 教室のドアが開いた。
 
 「早く! 急ぐんだ!!」
 黒板のすぐわきで叫んだ ぼうっと黒っぽい人影は、ドアからかけこんで来たというよりは その場に湧いて出たようにリツコには見えた。
机の列を飛びこえるような勢おいで、2-3歩で教室を横切って来る。
 「え、……」
 まだ立ったままだった清峰クンは、いきなり腕をつかまれてキョトンとした声をだした。
 「あの、……どなたですか?」
 「急ぐんだったら!!」
 影はひどく切迫している様子だった。
 「説明しているヒマはない。今すぐわたしと来るんだ。早く! もう時間がない。奴らを抑えておけるのはあと少しだ。」
 「……あの。ええと  
 迫力負け、というよりは“影”の必死な表情に圧されて少年はもう少しでハイと云いそうになった。と、
 「   アノ! 困ります!」 ようやく気をとりなおした先生がわりこんだ。
 「誰ですかあなたは! どっから入って来たんです?! 今は授業中ですよ。あたしの生徒に手を出さないで下さい!!」
 聞きなれた早口に生徒たちも一斉にさわぎはじめる。
 「あんただれ!?」
 「清峰クンどうしようっていうのよ」
 「出てけよ  !!」
 
 騒動が頂点にたっし、そろそろ隣近所のクラスからも廊下に出て様子をうかがうらしい音が聞こえ始めた。と、その時、
 グ、ガッ!!      
 耳には何も聞こえなかったのに、みんな頭のをなぐられたようなショックを感じて立ちすくんだ。それと同時になんだか教室内が暗くなったようなのだ。
天井のライトはまだついたままなのだったが、目に届く前に光と明るさが、どこか別のところへ流れだしていってしまう感じだった。「寒い。」と誰かがつぶやき、普段から頭の良い子とか絵や音楽の得意な子、ユリ・ゲラーごっこにいつも成功する子などは本当に気持ち悪そうにして倒れてしまった。先生があわててそちらの方へすっとんでゆく。
 けれど一番てひどいショックを受けたのは例の“影”のようだった。
 “影”は妙な音がひびいた瞬間、はじき飛ばされたように机にぶつかって突嗟に少年の腕を放してしまった。それから二言三言聞きとれないことを叫び  そして、がっくりと膝を折る。
 「駄目だ  !! わたしの“力”ではどても足りない!」
 ふと思いだしてリツコが窓の外を見ると、さきほどの不審な自動車がピロティの下に消えるところだった。
 
 「  って云わないの、レポートなのね。……どうして  
 ((えっ、))
 リツコが振りむいた時には、そこはもうまったくいつも通りの授業風景だった。外の雨など知らぬげな明るい室内で、まじめに前を向いている子、熱心に内職をしている子。
 「どうしたの? 清峰クン。聞いてるの?」
 生徒あいてにはめったに怒らない、朗らかで優しい先生の声  
 「はっ、はい! でも、あの……」
 ガタンと立ち上がったハズミに椅子を蹴倒しそうになり、リツコが突嗟に手を伸ばしてそれをささえた。一瞬、2人の子供の眼が合う。
   きみ、見たんだね  少年の淡い色の瞳が少女に語りかける。
 ((ええ、)) リツコは首をタテに振った。今日ばかりは赤くなっているヒマもなかった。
と、4時限目の終りをつげるチャイムの音がする。
 「あら、もう? ……今日はやけに早いわね」
 先生が腕時計と黒板の上の壁時計を見くらべながら云う。
 「起立!」
 先生が云い、
 「礼!!」
 学級委員が云う。
 雑然となりかけた教室にドアをノックする音が響き、リツコたちはギクッとして班態形に直そうとしていた机をひっくりかえしてしまった。
 「清峰クン。」
 用務員のおじさんから用件を聞いていた先生が振りかえって、呼んだ。
 「お客さまがおみえだそうよ。先生といっしょにちょっと来てちょうだい。」
 倒れた机を直そうと身をかがめていたリツコは、目の前で少年の色白な手がギクリと握られるのに気がついた。
 「  ……はい。今ですか  ……?……」
 ぎごちなく云いながら、男の子は先生の云いつけに従った。
 リツコはひとりで2人用の木の机をおこし、給食当番なので廊下へ白衣をとりに行った。
 
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