緑衣隊  それは《センター》の警備や施設等の管理補修、肉体労働を全面的に請け負っている、ちょっと得体の知れない集団だった。
軍律厳しく、決して無駄な口を叩かず、音をたてない。隊員たちは一様に冷たく無表情で、身じろぎもせず《センター》のあちこちに歩哨として立っている姿は一種無気味でさえある。
帽子や胸の標識で、《センター》の広大な外縁部の警備、各建物内外の監視、独立研究者や視察官などVIPの護衛。3つのセクションにわかれている彼らの顔ぶれが時おり不意に変わるところを見ると、どうやら本隊は別の所にあって一分隊が任務の一環としてかわるがわる派遣されて来るにすぎないらしい。
 姫君専属の緑衣隊員が鋭を迎えに来たのは、その日の夕刻遅く、彼に与えられている個室で西谷と翌日のミーティングをしている時だった。
 自動扉を無断であけて、入って来るなりいんぎん無礼な無表情さで鋭に向って来意を告げる。気を悪くした西谷が今からでは明日のスケジュールに響くと不平がましく抗議したが、緑衣隊員がそれに注意を払わないばかりか最初から最後まで彼の存在そのものを無視し続けたので、インテリとして兵士を見下しているプライドをいたく傷つけられた。
 鋭はそんな西谷と男とを見比べてしばらくためらう風だったが、再度せかされると大人しく立ち上がって部屋から出てゆこうとした。
 「それでは」と西谷も神経質に眼鏡を押し上げながら立ち上がろうとすると、緑服の男は声も出さずに鋭い一瞥だけでそれを抑えてしまった。
 《センター》の内外は昼夜灯火つけっぱなしが普通だが、この《教育・能力開発法実験棟》南翼は、3・4階が収容されている高知能児(モルモット)たちの個室にあてがわれていたために、精神衛生上の観点からかなり照明の光量がおとされていた。と、言っても少年たちが夜間廊下にさまよい出る機会など、ほとんどありはしなかったが。
 「暗いですね。」
 ところどころにある頑丈で小さな窓から相互にかなりはなれている周囲の棟の不夜城ぶりをながめやって鋭が云うともなしにつぶやいた。完全防音で夜になると自動的にシャッターのおりてしまう自室からはわからなかったが、雨だ。
 「もうずい分長いことプラネタリウム以外で星を見ていないんです。前は毎日夜ぬけだして見てたんだけど、田舎でしたから」
 「坊や、なぜこんな所にいるんだ」
 突然、緑衣隊員である筈の男が低い声で激しく云った。
 「  え、」
 だがしかし、廊下のはずれ、エレベーターの前には明々と人工灯がともり、そこには緑衣隊数人の常時いる詰所があった。エレベーターの箱の中にも、2人。そして1階まで降りてしまうと、すぐその前が目的地だった。
 「あの……」
 「ここだ」
 男はある1室の前で立ちどまり、インターフォンを押して鋭の到着を告げた。即座に「おはいり」と少女の高い声が答える。音もなく自動扉が開く。
 一歩、室内に踏みこむと、そこは殺風景な廊下とは全くの別世界だった。
 冷たい色の壁と天井、色気もそっ気もない牢屋さながらの小さな窓こそ他の部屋と変わらない造りだったが、金属の床はぶ厚いじゅうたんで覆われ、カーテン、大きなタペストリーの壁かけ、木製の大机、天幕つきの寝台。天井には規制の照明の他に小ぶりだが、いかにも美しいシャンデリアが下げられている。まったく、ここへ来て1日2日でよくここまで改造できたと思うほどだ。
 だが、それだけの金をかけていながら  いや大金がそそがれているが故に  一層、明るく照された部屋の中の一種ほの昏い空気は隠しようがなかった。
 「藤井、おまえはもう下がりなさい。ドアの前で歩哨に立つといいわ」
 巨大な長椅子の腕に投げやりに上体を倒して少女が云う。と、少女のそば近くに膝まづいて何かしていたらしい、大柄な緑衣隊員が立って部屋を出て行った。彼らが何をしていたのかは鋭にはわからなかったが、室内に漂うかすかな嗅ぎなれない原始的な匂いに気がついた時、少年を先導してきた男の眼に一瞬閉じられた。暗い光が宿った。
 「ふふん。遠野、今さら何を驚くというの」
 少女の細い眉が皮肉に吊り上がる。
 
 夜を知らない部屋の中で、しかし腰かけている椅子と同じく深い真紅色の部屋着をまとうている少女の細い胴は背景に溶けこんでいるかのようだった。ただ四肢と顔だけが紅い闇の中に浮きあがって見え、ごくゆるく重ねられただけの前あわせから半分ほども露わになっている、胸の青白さとのコントラストがいっそ痛々しいほどだ。
少女はそこに何かの象徴であるかのように身を投げだしていた。
 「遠野、お茶。クインマリー」
 あいかわらず鋭という部外者の存在を無視してぞんざいに云う。命じられた大の男が黙ってカップをさしだすに至って、はじめて少女は上体を起こし、鋭に向きなおった。そうすると背すじが驚ろくほど真っ直ぐだ。
 手にしたカップに遠野に言いつけてブランデーを入れさせながら、12歳の美少女・野々宮奈津城は驕慢に年下の少年を見上げた。
 「座りなさい。座っていいわ。そこの椅子」
 半ばカップの縁に紅い唇をつけそうにしながら、目だけで自分の正面の豪奢な肘かけ椅子をさし示す。少年が大人しくその指示に従う。
その間に少女はこくこくと紅茶を飲みほしてしまった。
 「待っていたのよ清峰。わたし退屈しているの。何か話をして頂戴。」
 「え……」
 無表情な子供の顔に初めてためらいらしい動きが現われた。
 「まったく。高知能とやら称する子供がずい分集まったというから“これは”と思って来てみれば、何のことはないどれも泥くさい専門バカばかり。わたしの質問に答えられた最年少のおまえ1人とは《センター》のレベルも知れたものだわね……さあどうしたの清峰、何か話せと云っているのよ!」
 「何か、って例えばどんな……?」
 小女王の短気さに、お相手役は心持ち首をかしげてあいまいな頬笑みめいたものを浮かべた。
 「ここに来る前には、院の小さな子たちをあやさなくちゃいけなかったんで、童話やおとぎ話の類なら、たくさん知っていたけど……」
 ドーワ? と少女は聞き返してから1人肯いた。「ああ童話、子供向けの話のことね。……それでいいわ。早く話しなさい。」
   結局のところ奈津城は暇つぶしの相手が入り用だったらしかった。鋭は2つ3つ童話や民話を話させられ、その後で理解不可能な彼女の文学・文化論をそれでも結構興味をもって行儀良く拝聴し、  初め奈津城は、少年が科学的な専門教育しか受けていないのを知ってだいぶ気分を害したようだったが、勝手に話し続けるうちに、

 
 「何でもいいわ。そうね  おまえのことを教えなさいよ。」
 「、僕のこと?!」
 今度こそ、少年は、予想外  という表情を形造った。
 「ええと」  はじめての間投詞。
 「フルネームは清峰鋭、推定年齢で10歳です。推定  というのは、実は僕は捨て児なので  
 いかにもしにくそうに話しだすのを、奈津城はフン、という表情で邪険にさえぎった。
 「知っているわよそれくらい。清峰鋭。sex、メール。19××年1月3日早朝、塔浦句県堅井中郡541-2、聖光愛育園門前にて発見さる……」
 「調べたんですか? 知っているんならなんで尋くんです?」
 「通りいっぺんの報告書の内容を読んだからっておまえを知っていることにはなりゃしないわよ。」
 「? すみません。言ってることが、解らないん  ……」
 「じれったいわね!」
 まだ手にしていたカップが、鋭の肩先をかすめて背後はるかの壁にぶつかる音がした。
 遠野、と呼ばれた例の緑衣隊員が黙ってそれを始末しに行く。
 「狂暴なんですね」
 恐れをなすでもなく、そう  心底“キョトン”として  少年が言うのに、奈津城は突然愉快そうに笑いだす、という形で反応した。
 「アハ、アハハ、おまえ  面白い。とても面白い子ね!」
 それからは話はわりあいにスムーズに進んだ。
 
     ×     ×     ×
 
 少年があくびをし始めているのに気づいて奈津城が許しをだしたのは、すでに11時を過ぎようとしている頃だった。
 
 
 
 
                          

  

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