五月。いち早く夏を告げる太陽の下で、青い風が窓辺の新緑の中を渡って行く。新入部員たちもそろそろすっかり雰囲気に慣れ切ってしまい、ここ風間中学の演劇部室  と、言っても、弱小部の事ゆえ裁縫室を間借りしているだけだが  は完全にまんねりムードに立ち返っていた。
 部員数は新旧取り混ぜて女ばかり20人位。毎日の練習課題も一応ある事はあるのだが、「お芝居」が面白くて入った連中には体力作りだの発声練習だのは楽しくないらしくて、文化祭の準備に入るまではほとんど出てこない。
 10人程の比較的熱心な“常連”のうち、今日は六人が顔を見せていた。
 もっとも、ちゃんとジャージに着替えてトレーニングをしたのは、その更に半分である。後はそれが終った頃にのこのことやって来て、鞄を放り出すなり雑談やら落書きやらを始める。かけ持ちのマン研のコンテを取り出す者もいる。ようするに、ここは彼女らのたまり場なのである。今日は全員そろってトランプを楽しんでいた。
 「ヘイ、リツコ、順番だよォ」
 「リッコ先輩」
 律子と呼ばれた少女は、何度か促されてから気がついて、心ここにあらずという態で1枚をポンとめくった。神経衰弱である。
 「2〜〜? 2って何処にあったっけ……」 およそ気が入っていない。
 「あ〜〜、これだもの」  いい加減あきれた、と、向い側に座っていた一人が机の脚を勢い良くけった。派手な顔だちの、かなりの美少女だ。
 反動で椅子が後脚立ちになりそうになるのを慌てて押えながら、
 「面白くないんだったら抜ければいいじゃないの。気分害するったら……」
 「ハーミ、それは言い過ぎだよ。リッコさん、今日、どうかしたの?」
 「そうですヨ、リッコ先輩。神経衰弱って得意の筈なのに」
 「ん〜〜、ちょっと、変わった事があったもんで  
 律子は、困った、という風に頭をかいた。こういう風な事は第三者には余り話すべきではないと彼女は思っている。殊に、ここにいる連中とは必ずしも親しいというわけではなく、毎日同じ部屋で顔を合わせているとは言っても、ハーミなど犬猿の中と言った方が正しい。しかし……
 頭の片すみでは“話すべきでない”という警告を聞きながらも、誰にでもいいから全部ぶちまけてしまってグチャグチャになった頭をすっきりさせたいという欲求に押されて、気がつくと、律子はとつとつとその事を話し始めてしまっていた。
 「つまり、ね。ラブレターをもらったんだ」
 
 事の起りはこうだった。今年3年の律子が演劇部に入ったのは2年の半ばからで、彼女はそれ以前から弱小の文芸部にも籍を置いていた。その文芸部に、今年三年生の新入部員が入ったのである。
 名前は加鳥洋介。律子のクラスへの転入生で、どうやら教室で文芸部の事を話しているのを聞いて興味を持ったのが入部の動機らしい。

 
 誰であろうと、どんな不都合があろうと、とにかくこのグチャグチャした心の中味を洗いざらい打ちあけてすっきりしてしまいたい  ……律子は、自分のそんな気持ちが自制心を打ち負かしてしまいそうなのが恐しくなって、いつものように冗談で誤魔化しながら逃げ出した。
 
 
 
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