「………………おかしいとは思ってたんだよなァ」
 ようやく息を吹き返した次の日の午後遅く、牢屋代わりらしい倉庫の屋根裏の薄暗い一隅で、雄輝はしきりにぼやいていた。
 真里砂の高熱に気がついてやれなかった事だ。
「あれだけ鼻っ柱が強くて弱音を吐きたがらない奴が口に出して恐いなんて言うし、おまえの手ははねのけるし。思えばあの時にはもうかなり具合が悪かったんだろうなあずい分と具合が悪かった筈だよな。……畜生(チキショウ)。もっと早く気がついていりゃ、無理して歩かせたりしないでおぶってやったのに」
「実際ああやって倒れるまでは、一言だって自分から言いそうにないもんね。マーシャは。根っから気が強いみたいだ。」と鋭。気が強いなんて生優しいもんじゃないさ、と磊落に雄輝は笑った。
「しかし鋭、真里砂の奴、結局おまえにちゃんと謝ったのか? あの時。」
……『あなたには解らないわ!』。いくら気が動転していたからと言って、ヒステリックにそんな言葉を投げつけるなど、普段の真里砂からはとても考えられないセリフだ話しだ。
「うん……。いや、仕方無いよ、あの場合」「……しようがないな、まったく!」雄輝は真里砂に向けて口で怒りながら、真面目に鋭の報へ顔を向けた。
「だけど、おまえのあの話が本当だとすると、俺は何度か気に障るような事を言っちまってたようだな。悪かった。」
 言われて鋭にももちろん心当たりはあったが、半月以上の前の事だけに、いきなり謝られるとかえって面食らった。
「雄輝はそんな古〜〜い事をわざわざ謝るのかい?」
 すると雄輝が意外そうに答える。「当然だろ? 何たって悪いと思うのと人を傷つけた事に関しちゃ時効なんぞないんだから。」
(……僕はとてもそこまでは潔くはなれない。) 瞬間的に表情に現れてしまった鋭の内心の動きには気づかずに、雄輝はどさりとわら床の上にひっくり返った。
「マーシャはどうなったかな……」 ぶん殴られてあっさり倒れてしまったのが何とも言えず残念なのだ。
「彼女は多分心配ないんじゃない? 熱が高いったって死ぬような事はないだろうし、大事そうに扱われてたもの。それより問題は僕らだよ。」
「そっちこそ問題ないだろ。奴の意識が回復しさえすりゃ、少なくとも俺たちとは合流できる。
 三人いりゃ何とか後の事は何とかなるさ。」
「……そう、うまく行くのかなぁ……」「何?」「うん、いや何でもないけど……」
 鋭は根っから自信に満ちた人間を見ていると必ず不機嫌になる自分の事を根っから嫌な人間だなあとののしりながら、同時に不安も抱え込んでいた。
(聞きかじった話を総合してみると)、真里砂が6年前に記憶を失ったのは原因は、何か恐ろしい目に遭わされて逃げていたを持っていた時に、雨に打たれて高熱にさらされたを出した事らしい。それも発見されたのは森の中を何時間もさ迷って、ようやく人家  有澄家の別荘  にたどりついた時にだそうだ。どうも今度と条件がそろう。
(まさか、もう一度僕らの事まで忘れたりはしないだろうな……)
 S.F的に発想を飛躍させながら、鋭はどうしてか“真里砂に忘れられる”事ばかりを恐ろしがっていた。
 
(第5号連載文)   .





(2009年10月30日追記)
 続き?の設定変更メモ。
 http://85358.diarynote.jp/200910302342577899/
 
「いまム?! ……ディゑあるざ!」
声……おそらく誰何の言葉なのだろう……は、かなり厳しい調子だった。子供3人と見て安心はしたものの、警戒をとく気はないらしい。もともとケンカっ早い雄輝が(真里砂を抱いたまま)すきあらば囲みを破って逃げ出そう……と油段なく目を走らせているのに気がついて、鋭はこの上もなく慌てた。
 人類皆兄妹。鋭は平和主義者なのだ。その割には剣道をやっていたりしてケンカも弱い方でないのは確かだが、SFマニアである関係上、異種族が出っくわした時にいきなりドカンと突っかかる程、馬鹿な事はないと固く信じている。
第一、熱で気を失っているような真里砂を連れて、この冷たいどしゃぶりの中をどこへ逃げろと言うのだろう?
「僕は……」
害意がないのを精一杯見せようと、かじかんだ手の平を広げて肩の前に上げ(つまりはホールドアップだ)、半ばは必死、半ばはやけっぱちで鋭は前に進み出た。が……
「まいま!」
この一言で全ての状況が変わってしまった。
気を失ったまま雄輝に抱かれていた真里砂が、悪夢にでも襲われたのかいきなりうわ言で口走り、何かから逃げ出そうとするかのようにもがき始めたのだ。村人たちの目には、真里砂が雄輝の手から逃れようとしているのだとしか見えなかった。そのはずみに、ずれかけていた黒いかつらが外れ、短く刈り込まれた緑色の髪が松明の灯りに照らし出される。
「マ ダレムアト まりゅしぇやん く カラ!」
大地の国人(くにびと)の少女じゃないか! 一言叫んで、雄輝の腕から若者が真里砂をさらい出した。
「何をするっ!!」とり戻そうと必死に、前後の見境を失くした雄輝がつかみかかり、別の何人かに叩き伏せられる。止めに入ろうとした鋭の喉頸を、後ろから誰かが羽がいじめ羽交い締め式にしめ上げた。
「違うっ! 違うんだ。僕たちは……!」 もがこうとした鋭だったが、息がつまりそうになる目の端で真里砂が無事に女性達の手に引き渡されて、暖かそうな灯のともった大きな家へ運び込まれたのを見て、やめた。
その頃には雄輝は散々抵抗した挙げ句に斧の柄で強打されて気絶していた。
文字通り引きずられるようにして村へ入れられた二人の背後で、重い木戸門が音をたてて閉じられた。
 
 
(つづく).
 
「おいマーシャ、どうする?」と、うねうねと折れ曲がり折り返しながらスロープの下へと続く道を指して、雄輝までが自信なげに尋ねた。
 直ぐ道の先に、村らしき影と松明の炎が見える。ぐるりに柵を築いてめぐらせて大して大きな集落にも見えないのに物見やぐら櫓までが築いてあった。とてもではないが、こっそりしのび込んで納屋かどこかで一夜を過ごしたりはできそうにもない。かと言ってこちらは真里砂以外は言葉も違うし通じないし、服装も、もしかしたら髪や目の色さえ  真里砂の髪が緑である事を考えれば  異なるのかも知れない。 「マーシャ?」
 雄輝と鋭が異常を感じ取るより早く、真里砂の体はぐらりと傾いたまま、雨に打たれたスロープの草地に足を取られて、声もなくころがるようにして落ちて行った。
一瞬、他の2人には、まるで無声の恐怖映画でも見せられているような感じがした。
 「マーシャ!!」
 落ちて行く彼女真里砂の手を捕まえようとして、鋭は自分もバランスを崩して倒れてしまった。雄輝がザッと草をなぎ倒して、ころがった鋭の脇を凄いスピードで滑り降りて行く。
 「マーシャ! おいっ!!」
 気を失っている彼女を膝の上に抱え起こして、雄輝ははっとなった。追いついた鋭を振り向く。
 「  鋭。  ひどい熱だ  …」
 そこへさっと松明の光が投げかけられた。「アルダムないまン!!」(見つかった!)鋭は思わず体を固くした。
 (見つかった!)雄輝と鋭は観念して振りかえった。
 「アルタムないまン!!」
 松明を手に現れた武装した村人たちは4〜5人くらいだった。おそらくやぐらの上から降りて来たのだろう。黒や茶の短い皮の胴着に『古事記』に出てくるような型の厚手の布の下衣を着け、思い思いに上着をひっかけている。翼はない。一人はまだ少女と言っていい若い女性だった。更に、村の中が騒がしくなったと思う間に、手に手に弓やそして、全員が手に手に弓をたずさえていた松明をたずさえてあっという間に男女2〜30人が問から飛びかけ出して来た。(ひえ〜!)鋭が小声でつぶやく。村人達の間では、ざわめいているうちに報告と伝達が終わったらしい。顔役と覚しき人間が数人、皆をかきわけるようにして前へ進み出ると、後を追うようにかけ出して走り出て来た若者たちが松明をかざして3人のぐるりを取り囲んだ。
 
 
(つづく。) 

 アルダンないまム! 

 
               .
 
 真里砂は、はっとしてなって顔を上げた。「おい鋭! それ……」「おい鋭、それ  !」少し先で2人が追いつくのを待っていた雄輝が、尻切れるように問い返す。
「うん……」 悲しい時に時折り見せる癖で、少し首を斜めに傾けて鋭はうなずいた。
「そうなんだ。丁度こんな雪の日のね、バスケットかご生まれの孤児院育ち」
 悔しさと恥しさから、薄暗闇の中で真里砂の瞳に涙が光るのが鋭には見えた。
震えるようにわずかに唇が動いたが、ごめんなさいという言葉は声になって出ては来ずに、真里砂はそのまま黙って立ち上がると、歩き始めた。
 
 
 
     2. かがり火
 
 3人は歩いて、歩いて、歩き続けた。どこにも体を休められる場所は見つからず、一度立ちどまって真っ暗闇の中で真里砂の袋の中から衣服をひき出しただけで、ただ前へと進んだ。もう直進しているかさえも定かではなかった。
 完全な暗黒になってから更に1〜2時間。雪はいつの間にかみぞれまじりの冷たい氷雨に変わっていた。
 雲が厚くたれこめ、どこまでも真暗な森の中である。雨に打たれてぐしゃぐしゃになり始めた雪がなお一相、3人の足を冷えさせる。今は真里砂が先頭に立ち、袋は雄輝がかついでいた。
 その内に、それと気付かない程に細い野道に踏み入り、たどって行くと人間ふたりが並んで通れるくらいの幅でうねうねとどこまでも続いている林道にぶつかった。少しでも雨をしのぐためと万が一だれかが通るかも知れない場合に備えて、1m程の間をおいて木立ちの中を道に沿いながら、3人は下りの方向へと更に歩いた。
 
 二〜三十分もたって木々がまばらになり始めたのに気がついた頃である。急な葛折りの一つを曲がった途端、慣れていた暗いどこまでも続く森の姿は消えて、三人はかなり急なスロープの上に立っていた。
 夜目には真暗闇の中では殆ど見えはしないが、そこから先にはやや開けた谷合いの、良く区画された耕地が続いているようだった。
 「  森から出ちまったらしいな」 雄輝が言い、鋭が頼りない声であいづちを打つ。雨足が、激しくなっていた。
 
 
 
(つづく。)
 
 


 マーシャがおかしいという話から、「たよりのマーシャはあの通り……」の、雄輝と鋭の自分達に関する会話。


 
               .
 
 …………。
 しばらくの間、なおも木々をかきわけて歩き続け押し進みながら、沈黙が流れた。
真里砂は完全に頭が混乱して自分が何を考えているのかも解らない有り様で、幾度もけつまづいては雄輝か鋭に危うい所で抱きとめら膝をついた。これは森歩きに慣れた彼女にしてはごく珍しい事だった。
 「  そう。」 最後に真里砂はつぶやいた。「それではわたしはここの  この大地の国ダレムアスという世界の人間なのね? ここは  どんなわけがあったのかは解らないけれど、何か恐しい目に遇わされていたわたしを、ひとりぼっちで追い出した故郷(ふるさと)なのね」
 いつのまにか、雪は
「マーシャ、うれしくないのか?!」 雄輝が、驚いた時の常でつい声音が大きくなりながら言った。貿易商だった両親につれられて外国生活を続けた後に、飛行機事故で孤児となって初めて日本へ戻って来た時の安堵感が脳裏にある。2年前の事だ。
 解らないと真里砂は首を振った。
 「もっと落ち着いたなら、もしかしたらうれしいとも思うかも知れないわ。だけど、自分が“帰って来た”のだなんて感じはまるでないのよ。それに  」 真里砂はきつく唇をかみしめた。
 「地球(ティカース)ではわたしは幸わせだったわ。養女とはいえママとパパの娘で、外交官有澄夫妻の令嬢。演劇部の部長で朝日ヶ森学園小等部6年1組の有澄真里砂だったのよ。それがここではどう?! マーライシャという名前以外は何もない。氏素性すら解らない、ひとりぼっちのただの記憶喪失の少女だわ。」
 「落ち着きなよ、マーシャ。」 再び膝をついてしまった真里砂に後から手を差し伸べながら鋭が言い、真里砂は邪慳にそれを振り払った。
 「恐いのよ。あなたには解らないわ!」
 鋭は一瞬傷つけられた瞳をしてひるんだが、それでも辛抱強く真里砂が立ち上がるのを待っていた。
 「マーシャ、そりゃあ僕には記憶喪失になった経験なんか無いから、どのぐらい不安になるのかは察しもつかないよ。だけど……少なくとも自分の親が解らない寂しさは知ってる。  僕は捨て児だったからね。」
 
 
 
 
(つづく)          .
 
 幅50cm程の、半ばひからびかけた小川の跡に危うく落ち込む所だったのだ。
「なんでもないわ  ご免なさい。ちょっと考え込んじゃってて」 真里砂は慌てて溝を踏み越えた。
「さっき話してた、鳥人とかの事?」後ろの鋭に尋ねられてあいまいに首肯する。
「ここがどこでおまえが何者かって事だろ」
つうかあで雄輝が言い当てて、真里砂の顔をさっと紅くさせた。
「ええ。」怒ったように真里砂彼女が答える。「馬鹿みたいだわ。六年かかって思い出せなかった事なのにだって言うのに」
「さあ、そいつはどうかな」と再び雄輝。
「おまえが何者かってのはさて置くとしても、ここがどこかってのは今一番の大問題だぜ。おい鋭、おまえはどう思う?」「さあね」
鋭は生返事をしてつけ加えた。「土台、判断を下そうにも、僕はマーシャの髪が緑色って事以外、何(なん)にも知りゃしないんだからね。」
 すねんなよ、と、雄輝が笑った。当の真里砂もそれ以上の事など何も解っていないのだから。
「だけど多分、  十中八九  ここがどこであろうとおまえの生まれた所だ、って言うのは俺が保証してやるよ、マーシャ」
その言葉を聞いて、瞬間、真里砂と鋭は眉間を寄せた。
真面目に言っているのか  それとも何かの冗談なのか、判断即座には判断がつきかねたのである。もう一度無言の質問を雄輝はいたずらっぽく笑ってうけ流し、鳥人と話す時に使った言葉で『お母さん』と言えるかと真里砂に聞いた。
「まいま  るんなまいま。」 真里砂が少し考えるようにしてから答えるともう一度雄輝は満足そうな笑い声をたてた。
「そりゃ、もちろん真里砂は覚えていないだろうけどな。」と、あとの2人が腹を立てたくなるぐらい秘密めかしてこっそりゆっくりしゃべる。
「6年前、マーシャが朝日ヶ森の奥で熱出して倒れていた時  第一発見者は俺だったんだよな」
 あ! とどちらも察しの速い真里砂と鋭が同時に叫んだ。
「そう。その時マーシャはうわ言でその“まいま”を繰り返し呼んでいたんだ。」
 
 
 

 まゐま
 まるま
 まいま
 るんなまいま
 マイマ
 ルンナマイマ

 
(つづく)         .
 
 サク。 サク。 サク。
最初に歩き出してから既に2〜3時間は過ぎ、辺りはすっかり暮れてしまった。
 サク。 サク。 サク。
薄い競技用の靴を通して、踏みわける雪の冷たさが、じかに真里砂の足につたわって来た。更に4時間。5時間とたって、辺りはすっかり暮れてしまった。歩くたびに肩へ雪が降りかかる。
 「下手に動くとかえって危なくなってきたね。」 鋭が言う。 「もう目印の木を見つけておくのも難しいよ。」
 それに対して雄輝がまた何か冗談口を言い、真里砂は珍しくぼんやりとそれを聞き流しながら、自分でも何を考えているのか解らないなくなるような何事かを考えあぐねていた。
三人は幾度か野宿に  夏か、せめて春だったなら  良さそうな場所に巡り合っていたのだが、その度に激しくなる風雪が追いたてる。
 「おい真里砂マーシャ! どうした? ぼんやりして」
 わざと景気づけるような雄輝の口調に え?となって、真里砂は、はっと正気にかえった。

 幅50cm程の、半ば干からびかけた自然の溝に危うく落ち込むところだったのだ。
「なんでもないわ  ご免なさい。ちょっと考え込んじゃってて」 真里砂は慌てて溝を踏み越えた。
「さっき話してた、鳥人とかの事?」後ろの鋭から尋ねられて、あいまいに首肯する。
「ここがどこでおまえが何者なのかって事だろ」
つうかあに雄輝が言い当てて、真里砂の顔を少しく赤くさせた。怒ったように真里砂が答える。
「ええ。  馬鹿みたいだわ。六年間考えても思い出せない事だって言うのに。」
「さあどうかな」と再び雄輝。
「おまえが何者かって事はさて置くとして、ここがどこかって言うのは現時、今一番の大問題だぜ。鋭。おまえはどう思う」
「さーあね〜え」 鋭は少々すねた声で返事をしてからしばらく黙っていた。
「地球上だと仮定すれば、気候からして僕らの居た朝日ヶ森より緯度か高度の高い場所で、さもなけりゃ単に時間がずれただけで、ここは朝日ヶ森のどこかなのかも知れないね。だけど真里砂が言う通り、鳥人有翼人種が住んでるんだとすると……う〜ん。それよりあの灰色の穴(ニュートラル・ホール)  何だったと思う?」
「通路」即座に雄輝が答え、鋭は世にも奇妙な顔をして「へ!?」と言った。「異世界  魔法世界(マジックワールド)への通路さ、要するに。ここは俗に言う妖精界(フェアリランド)なんだ」
 断定形で言われて、鋭は明らかに頭へ来てしまった。
ちょっと待ってよ!僕は待った。その伝で行くなら僕は、次元の裂け目に落ち込んで、異次元もしくは地球以外の別の惑星に飛ばされたんじゃないかと思うんだけどね、幻想(ファンタジー)狂い。」
「なにをっ 自分だってSF気違いだろうが!」
 怒った雄輝がばっと振り向いて言い返したもので、三人の歩みはそれなり止まってしまった。
 
 
(大きくバッテンして没★(^^;)★)
 サク。 サク。 サク。
最初に歩き出してから既に2〜3時間は過ぎ、辺りはすっかり暮れてしまった。
 サク。 サク。 サク。
薄い競技用の靴を通して、踏みわける雪の冷たさが、じかに真里砂の足につたわって来た。更に4時間。5時間とたって、辺りはすっかり暮れてしまった。歩くたびに肩へ雪が降りかかる。
 「下手に動くとかえって危なくなってきたね。」 鋭が言う。 「もう目印の木を見つけておくのも難しいよ。」
 それに対して雄輝がまた何か冗談口を言い、真里砂は珍しくぼんやりとそれを聞き流しながら、自分でも何を考えているのか解らないなくなるような何事かを考えあぐねていた。
三人は幾度か野宿に  夏か、せめて春だったなら  良さそうな場所に巡り合っていたのだが、その度に激しくなる風雪が追いたてる。
 「おい真里砂マーシャ! どうした? ぼんやりして」
 わざと景気づけるような雄輝の口調に え?となって、真里砂は、はっと正気にかえった。

 雄輝と鋭が二つの大岩の間のすきまを検分している間に、そのまま歩き過ぎてしまうところだったのだ。おまけに真里砂は鋭の心配げ、不安そうな目つきまで見落としてしまった。
「なんでもないわ  ちょっとボンヤリ考え事してて。そこ、眠れ泊まれそう?」
「マーシャのその袋の中味いかんによるけど  。どっちにせよ今晩はまあ眠らないほうが無難だろうね。とにかくその袋の中味を確かめて、火をたいて少しあたたまらないと」着る物と。食べる物と。どっちも足りないようだったらうとうと以上はだめだろうけど。」
「その前に、火打ち石でも、ほくちでも、マッチでも、ライターでも、ライターでも、マッチでも、火打ち石でも、火打ち金でも、なんでもいいから、何か火をつけるものを探してくれ!」
「がっつかないで何か火をつける道具を探し出しといてくれ。おれはまきになりそうなもの集めて来る。」「QX(キューエックス)。」鋭が答えて片目をつぶり親指でGOサインを出す。
「マーシャ早く入りなよ。えらく狭いけど、向う側に倒木があるんで風は防げる。落ち葉がつまってて結構居心地いいよ。」
 真里砂が腰をかがめて中へ入って見ると事実鋭の言う通りだった。横座りに座り込んでいざ袋の口を開こうとしたのだが、指先がぼんやりしてはっきり見えないようだ。
 なんとなくそれは、口に出せなくて、真里砂は、指がかじかんじゃって……と言って鋭に渡したが、代わりに鋭のやっていた狭い岩穴の中央の落ち葉と土とをかきのけて火を燃す場所を作っているうちにようやく頭が冴えて来て、気を取り直して鋭の悪戦苦闘している手元をのぞきこんだ。と、
「あら、なあんだ。そことそっちを同時に引けばいいのよ、鋭。単なる旅結びの一つじゃない。だわ。」
「え? 旅結び?」
 問い返されて、真里砂はまたさっきの奇妙に頭がぼんやりしていく感覚が戻って来て押しだまってしまった。
 鋭が、しかたなく問いつめるのをあきらめて「こうかい?」と言われた通りにすると、簡単に袋を縛っていたひもはとけた。堕物で2人して単純に喜びながら色々中味を漁っているうちにふと鋭が思い出して聞いた雄輝も戻って来、不思議と手慣れた様子で真里砂が火打ちを扱うと、5分の間には幾本かの枯れ枝が明るく岩穴を照らし始めていた。
 「  で? 袋の中味何だった?」 寒さが少し楽になったところで雄輝が聞く。
鋭が答えて、
「シーツだか毛布だかわけのわからない風呂敷の化け物みたいのが5〜6枚。厚手のシャツみたいのが2枚。下着の包み1つ。服が上下とも2〜3枚。見た事のない食料ひと袋食器ひとそろい。剣と短剣ひと振りづつに弓矢ひとそろいの入ったらしき封印のして包み。あとあともう一つ平べったい袋があるんだけどこれはまだ見てない。」
鋭がまるで暗唱でもするかのように一気にまくしたてたもので雄輝は恐れ入った。
「……おまえ、よくそれだけ一度で覚えるな  ……」「誰かさんとは脳細胞のきたえ方がちがうんでね。」  真里砂はあいまいな微笑をかろうじてもらしただけだった。真里砂がかろうじてあいまいな微笑しか浮かべようとしなかったのにはあとの2人は気がつかない。真里砂は口の端を持たげて少し眠たそうに笑った微笑(わら)った。
 

(途中から大きくバッテン印で没にしてある★)
(p16)
 
「八甲田山になっちまう」
「雄輝!遊ばないでよ!」
 わけのわからない情勢に、兄弟同然に仲がいいとは言え自分の出生にはなんの関係もない2人を下手をすると生命にも関わりかねない巻き込んでしまった内心の罪悪感のおかげで、ついつい真里砂の口調はとんがってきた。
 不機嫌の原因を考えれば本当におかしな話だが、なぜだかやたらに雄輝に当たり散ら八つ当たりしたくなってしまったのであるだ。かろうじて真里砂は抑えていた。と、同時に、(更に矛盾した事には)、2人  特に雄輝が一緒である事を感謝せずにもいられなかったのではあるが。
女の子、という条件は保留するとして、いかに気が強く、勇敢で、年齢以上の判断力を持っているにしても、真里砂はやはり12歳だった。もし2人が来なかったら、あの鳥人の坊やに取り残されたあとの自分がどんなに取り乱していたか  真里砂には容易に想像がついたつく。
だからこそ自分の頼り無さに腹を立てていたのである。挙げ句の果てには(雄輝の後にはりついている限りその要もないのに)辺りの枝に当たり散らして八つ当たりして、荒っぽく押したり引いたりしながら歩いて行った。たのだ。挙げ句の果てには辺りの枝を押したり、引いたり、雄輝の後ろにはりついている限りその必要もないんだのに、やたらに当たり散らして歩いて行った。
 
 一行、わずか3人でそう呼べるものかは知らないが、は、見知らぬ森と雪の中でいたずらに円を描いてしまう愚を避ける為に、鋭の名づけて“3本の樹による直線の書き方”  をで進んでいた。つまり何の事はない、家庭科の時間に物差しの長さが足りなくなるとやる、あの手である。
 
 ↑.....↑.....↑.....↑.....
 (※さし絵ページの説明※)
 
 雄輝と鋭とが真里砂を見つけられたのも、2人が目をさました倒れていた2点をつないで、先に例の“穴”に先に飛び込んだ雄輝の方向に延長してみたおかげだという。
 大体の所要時間の割り合いから自分の推論、というより勘の正しさを証明してみせて、鋭は盛んに一人で得意がっていた。
 
 サワ。サワ。サワ。
 
 

(つづく)          .
P15.
 
 おまけに鋭は最後尾で、並はずれた図体でぐいぐい枝を押しのけてゆく雄輝と、その後ろにちゃっかり小判ざめよろしく張りついてほとんど枝にさわりもせずに歩く真里砂のはねっかえりを全部うけて、とを通した後の枝のはねっかえりをもろに受けていたもので、もう不平たらたら、悪態ばかりついていた。
 おまけに、加えて、くしゃみ、である。
 「ちぇっ、ちぇっ、ちぇ!! くしゃん!くしゃん!くしゃん! ちぇっ!」
 とうとう雄輝が笑いだして、
 「腐るな、腐るな。しかし、“河童”でも風邪はひくんだなァ……」
 妙な事に感心するものだが、実際転校早々に“河童”のニックネームを頂だいした鋭は転校以来1日も欠かさず、10月に入ってもまだ、元気いn天然屋外プールへ飛び込んでいたのだ。
 「“コンピューター”は温度変化に弱いんだよ。」と鋭がやりかえす。「雄輝こそよく平然としてるね。まあ、ナントカは風邪ひかないって言うからなァ、あ、僕はだれかさんと違って夏風邪はひかなかった。」
 「抜かせ☆」
 ……と、自称“コンピューター”で“河童”の鋭が相手では、単細胞の雄輝ははるかに分が悪い。
 雄輝のぶ然とした表情に、真里砂と鋭は顔を見合わせてクスクス笑った。
 辺りの様子は、鋭に言わせれば温帯性の安定樹林だそうで、小さい頃から朝日ヶ森のただ中で育っている真里砂と雄輝にはおなじみの風景だったが、鋭にはひどく古びていて寂しげに見えた。 冬の森、はまるで廃跡のようなのだ。
 天気のせいか鳥影一つ見えず、暗い枝々を通して時折のぞける空模様は、ますます重苦しく雪雲がたれこめている。
 雪は少しずつはげしさを増している様子で、小一時間も歩く頃には、かきわけた枝から積りたての綿雪が降りかかってくるまでになった。
 「どんどん暗くなって行くね」 鋭がつぶやいた。「夜までには避難場所を見つけないと……」
 
 
 「太陽系」第四号連載分。
 
 
 
(つづく)       .
P14.
 
 「野営できそうな場所を探そう。」 雄輝が言った。
 
 袋の中には真里砂用の着変えも入っているという事だったが、袋の口は固く縛ってあって、開けると、後が面倒そうだった。
 不意に「あ、」と鋭がかすかな驚きの声をあげた。「雪だ……」。
 確かに白いものがちらつき始めていた。
 多分風向きが変わったのだろう、先程までわずかにさしこんでいた薄陽は姿を消して、代わりに灰色の厚くたれこめた雲が空を覆っている。「雪雲だわ……」と真里砂。
 樹木の間にいて風から護られているのがせめてもの幸いだった。
 下やぶを押しのけかきわけ悪戦苦闘しながら、先頭にたっていた雄輝が、手の空いたすきにジャージの上着を脱いで雄輝が後ろに袋を持ってついて来るかかえて続く真里砂に手渡した。
 「あ、いいんだ。僕は?」最後尾の鋭が半畳入れると雄輝があきれて
 「おまえなあ、一応男だろ」「あら、女だからって特別扱いになんかしないでちょうだい!」
 憤慨して鋭にジャージを渡そうとしたする真里砂の腕を、振り返った雄輝が素速く引き戻した。「真里砂マーシャ半袖だろ。」
 いつになく有無を言わせぬ口調である。 それでも真里砂がぐずぐずしていると、
 「俺はに借してやったんだぞ。兄貴の言う事が聞けないのか?を聞かない気か」
 「  はいはい。……兄上サマ?」
 なんとなくとはないsに気押された感じで真里砂はやむなく引き下がった。
 確かに幼な慣じみ兄妹同然に育ってはいるが、たまたま一つ年が違ったというだけで兄貴風を吹かされるのはどうも気に喰わない。
 とは言え、正直な所、朝昼抜きプラス5000mの全力疾走の後では、この寒さはひどくこたえていたのだ。真里砂は幼な慣じみの荒っぽい優しさに感謝した。
 湿ったジャージがなぜだかとても暖かかった。
 そんな二人のやりとりを見て、すねたのはまだつきあいの浅い転校生中途編入生の鋭である。
 
 
(つづく)        .
P13

 「僕はまずあのブラックホールまがいの正体を突きとめてやろうと思ってたんだよ。それを雄輝が先に飛び込んじゃったんでやむなく……さ、」
 前半は真実だが、後半、特にやむなくの4文字はまったくの言い訳だった。
 “コンピューター”と異名をとる鋭ではあっても、バロウズの科学(S・F)的冒険小説(スペースオペラ)に憧れるくらいの人間味なら有り余る程持っていたちあわせていたのである。とは言え、興奮している真里砂はそんな事には気がつかない。
 「そう    ……」と真里砂。「なら、まあ、あなたは許してあげるわ。  雄輝!」
 「あん?」
 真里砂が凄まじい(例の口調の、かつて友人達から“母親みたい”と評された)剣幕でまくしたてようとした時である。
 「くしゃん! くしゃん! くしゃん!」
 不意に鋭がくしゃみを始めた。
 一旦は三回で止んだもので、真里砂が「あら、3でほれられ、ね……」と言おうとからかおうとした途端にまた「くしゃん!」
 後はたて居たに水の勢いで、くしゃん! くしゃん! くしゃん! くしゃん! ……くしゃみの大洪水である。
 そのうちに真里砂までが鼻をむずむずさせだしたので雄輝が笑った。しかし、
 「わ、笑っている場合じゃないわよ雄輝。  くしゃん! わたしもだけど、あなたたちの服だって濡れているじゃないの。それに、そうでなくってもここ、随分寒いと思わない?」
 それを聞いて始めて雄輝も少しばかり真面目な顔になった。
 「確かにこりゃ12月頃の気温だよな……」
 上下ジャージの雄輝はともかく、真里砂に到っては競技の時のままの短パン半袖姿でふるえていたのである。それから気づいて、
 「マーシャ、それは何だ?」
 抱えていた袋の事を尋ねられて、真里砂は今さっき起った事を手短かに説明した。
 有翼人種の話を聞かされて、雄輝と鋭は明らかに不信の色を顔に浮かべたが、とにかくその袋はおこに存在するのであり、その中味は役に立つものなのだ。
 「とにかく……」と雄輝が言った。
 
 
 
(つづく)           .
P12

 つかんで押した枝を、そのままへし折って前に出ながら、雄輝は空いている方の手でバサバアサになった髪をかき上げた。
 ただでさえ切るのを面倒がって伸ばしっ放しだった黒髪が、小枝やらくもの巣やらでひどい有様だ。
 「どうしてって……何が“どうして”だよ?」雄輝が聞きかえす。
 「だってだって  なんだってあなた達がここにいるのよ」
 「決まってんだろ。おまえを追っかけて来たんだ。……ふう! あ〜あ、ひでえ目に会った。」雄輝は中途半ぱに言葉を切って髪をかきあげ、足りない分を鋭が注意深く捕捉する。「つまり、僕らもあの“穴”に飛び込んだんだ。君と違ったのは自由意志だって点だけで」
 しかし、それを聞いて真里砂はあきれかえった。あきれるとそうすると言葉がひどく速くなる。
 「なァんですってェ!? 馬鹿な! 何が起こったのだか解っているの? 帰れないかも知れないのよ!!」
 と、翼(つばさ)雄輝の答えて曰く、
 「面白そうじゃん!」
 「おも☆」    ズル。
 真里砂は絶句した。大いにズッこけた。
(なんて神経! これでわたしよりも年上だなんて……)
 いや、だが、何の事はない。確かに雄輝は無邪気にできているが、それにも増して真里砂が、並の子供にしては年不相応に大人びているだけなのである。
 それにしても、雄輝はともかく普段は科学者ぶっている冷静な筈の鋭までがここにつっ立っているのは何とも言えない。
 「鋭! あなたもなの?!」……面白がっているのか、と、詰め寄る、という言葉がぴったりの表情で顔で形相で真里砂は問いつめた。
 無論、そうだとでも答えようものならひっぱたいてやろう  と完全に頭に来ている。
 「いや、僕は……」返事に窮した鋭の報こそいい迷惑であるだった。
 
 
 
(つづく)          .
(P11)
 
 すると、突然、急を告げる角笛の叫びが森中に響き渡って真里砂を驚ろかせた。
高く、低く、高く。危険を知らせるかのようにせわしなく音色が変わって行くのだが、困った事に、それを聞きつけたとたんパスタの顔がさっとこわばった。
「あの吹き方は“異変”の笛だ! 館で何が起ったんだろう?!」
 それから抱えるようにして持っていた大きな袋包みを真里砂に渡して、
「大変だ。ぼくはすぐに館に戻らなくちゃ! この中には着換えと、当座の食糧と、粗末なやつだけど届けられてた旅の道具一式。それに路銀も少々入れておきました入ってますから。それじゃっ!」
 余程慌てているのかそれだけ言うとパッと翼を開げて広げて飛び立とうとしたパスタを、真里砂は慌ててギョッとして引き止めた。その場に一人とり残される事に恐怖を感じたのだ。パスタは持ち上げた翼もそのままにいとももどかしそうに首だけで振り向いた。
「なにか  ……」
「あ、いいえ! なんでもないの。あの……あなたはわたしの事を名前正体を知っているの?」
「いいえ……呼び名以外は聞いてません」と、あとなにかわけがあって地球(ティカース)からへ行ってた身分の高い姫宮だって事以外聞いてません。」
「あの、  そう。ありがとう。気をつけて、ね」
 真里砂はしかたなく言った。
「マーライシャ様もお元気で。」
 言うが早いか、あっというまに少年の姿は木々梢の向うへ飛び去ってしまった。
 真里砂が、溜め息をつき、急にのしかかってくるような静寂の恐しさに怯えた時    
 真里砂の背後で下枝ややぶのしげみをかきわけ押しのける音がして、「おーっ!! いた、居た!!」
 声と共に2人の少年が姿を現したわした。
 
 「雄輝! 鋭! ……どうして     ?!」
 
 
 
 
(つづく)           .
p10

 「あなたは誰なの?」
 真里砂に尋ねられて少年は真っ赤になった。
「あ、無礼な真似してすいません。もし人違いでもしたら大変だって、そればっかり気にして来たもんで……。ぼくはルンド家の第一子(パスタ)・クラダ。父はこの森の翼人(よくんど)鳥人族の族長だったんだけど、“会議”のすぐ後で病気で死んじゃって……dから今はぼくの母さんが族長です。それで……」
 真里砂は耳まで真赤にして話すその話し方を聞いていてすっかり楽しくなってしまった。
「そんな訳で、帰って来たあなたを最初に出迎えるって名誉な役がぼくのものになった人間がぼくしかいないことになっちゃったんです。」
帰って来た、ですって?」 真里砂は少なからずろうばいしておうむがえしに聞き返した。それじゃあ、じゃあ、じゃあ、本当に……?
「もちろん、あなたは『やって来た。』って言おうとしたのでしょうよね?」
 少年は不意の質問にあきらかに気分を害されたようだった。
  ああ、。それはもちろんあなたが本当に帰るべき所はもっとずっと南の美しの白き都(ルア・マルライン)だけど。遠いどこか別の土地なんだろうけど。ぼくが言いたかったのは、あなたがティカースからこのダレムアスの土の上に戻って来たって事ですよ。」
「……ティカース……丸い地の国……。ダレムアス……大地の国……。」
 真里砂はぼうっとくりかえした。
 丸い地の国(ティカース)が地球の事であるのならとしたら、大地の国(ダレムアス)……これは……
「じゃじゃ、あ、じゃあ!」真里砂の声は思わずつっかかった。「ここは地球上ではないのね? それで……帰って来た、っていう事は、わたしは本当にここの国  大地の国(ダレムアス)  の人間なの?!」
 真里砂の、驚きと、歓喜と、恐怖の入り混じった奇妙な表情には気づかずに、パスタはからかわれているととって怒り始めた。ので、そんなつもりではないと真里砂は大慌てで謝らなければならなかった。
こうなったら正直に話した方が良い、と判断して、「ねえ驚かないで聞いてちょうだい。実はわたし……」
 先刻から使っている例の奇妙な言葉の中から“記憶喪失”の単語を見つける事ができなくて、真里砂は少し言いよどんだ。
 
 
 
(つづく)           .
p9
 
 本来なら真里砂は、まず翼をつけた少年が出現したことに驚ろいて然るべきだったのだろう。しかし彼女は少年の背中の翼よりも彼のしゃべった言葉に気をとられていて、自分が有翼人を見ても驚かなかった事や、むしろ、あら!と思った程度であたりまえの事実として受け入れてしまった子との奇妙さにさえ気づくゆとりがなかった。
 その言葉は何か不思議なリズムと抑揚を持ち、生き生きとしていて、聞きようによっては少年が何かの歌を口ずさんだ、ともとれるような感じだった。
 そして、全く聞き覚えもないはずのこの言葉が、まるで生まれてこの方、使い続けているような自然さで真里砂の脳に伝達されたのだ。 真里砂には聞いた瞬間にその言葉が理解できていた。
 「  どうして  いえ、そうよ。え、え。そう。もちろんわたしは真里砂(マ・リシャ)……マーライシャに決まっているわ。」
 一人言ち独りごちたこの言葉は少年の質問と同時に自分の内部への技もに答える為でもあったのだが、いつのまにやら自分自身の声までが不可解な抑揚を帯びているのに気がついて真里砂は背中がゾッと鳥肌立つのを感じた。(わたし、前にもこの言葉を使っていた事があるわ!!)
   直感だった。理屈もなにもありはしない。それに加えて真里砂(マリサ)  マ・リシャ  マーシャ  マーライシャ
 (どうしてこれがわたしの名前だなんて思ったの? わたしの名前? え?! ?! )
 その時になって初めて、真里砂は自分が両親の本当の娘ではなかった事を思い出す始末だった。
 日頃あまりむつまじい親娘だったので、ともすれば自分の記憶の無さも髪の色の事すらも忘れきっている時の方が多かったのだ。
 それに、6年も前の事だ。
 「わたしは……マ・リシャ……マーライシャ店」
 では、ここは、わたしの故郷なのかしら? 緑の髪の人間がいて、魔法が世界を支配している……?
 真里砂はがくぜんとして突っ立っていた。
 だが、恐怖感よりは理性と好奇心の方がかろうじて勝った。
 それとも、勇気を保てたのは、初対面のしかも自分より年下
らしい男の子の前でしゅう態をさらしたくない  という、真里砂本来の自尊心の高さゆえであったのかもしれない。
 とにかく真里砂はもちこたえた。
 
 
(つづく)           .
P8
 
 第1章  森の中で 1.  ここは地球じゃない。
 
 「だれ!?」夢の中で真里砂は懸命にもがいていた。「わたしを呼ぶのはだれなの!?」
 呼ぶ声は高く、低く、遠く、近く、繰り返し繰り返し聞こえてきた来る。
 真里砂は不思議な呼び声だけが木霊する空白の中に閉じ込められていたのだ。わけの解らない不安となつかしさを同時に感じとって真里砂の心は耐え切れず、叫んでいた。
「ここよ! わたしはここにいるわ!!」
 すっと何かにひかれるような気がして、真里砂は自分の声に起こされて現実世界に立ち戻った。
 「あ……夢  …」
 気がつけば、真里砂は露の降りた枯草の上に横たわっていた。
 着ていた体操着もぐっしょり濡れて、体はすっかり冷え切ってしまっている。
 「よくもこんなになるまでのんびり気を失なってなんかいられたものね真里砂。」
 自分を叱りつつ立ち上り起き上り、辺りの景色を見るに及んで真里砂はしっかり腹をたててしまった。
 「いったい……何が起ったって言うの  !?」
 ここは、どこかしら  
 さしもの真里砂も、次第に声が小さくなって行くのは隠しようがなかったを隠す事ができなかった。
 実を言えば彼女はしばらくの間何が起ったのかを思い出せなかったのであるが、木、木、木、    一面の樹。だった。
 うっそうと頭上に生い茂る森の木々の梢が、陽の光さえもさえ切って真里砂を取り囲んでいるのである。
 それから、ようやく自分がとんでもない冒険に巻き込まれたらしい事にてしまったらしいと気がついた。あの灰色の虚空間の事を思い出したのだ。
 不意に頭上で激しい羽音がして、上を見上げる暇もなしに背中にとび色の翼をしょった少年が目の前に現われたのだ
 真里砂より3つばかり年下だろうか、地球ではギャングエイジなどと呼ばれるこの年頃の男の子にしてはなかなか優雅な動きかたで特有の礼のしかたをとった。
 「遅くなってすみません。マーライシャ様ですね?」
 
 
 
 
 (つづく)         .
 
しばらく話すうちに、とにかく野宿できそうな場所を見つけようと言うので、三人はせっかく起したたき火のおきをていねいに土に埋めて歩き初めた。
先頭は一番図体の大きな雄輝で、続いて真里砂。真里砂は雄輝の後にちゃっかり小判ざめよろしく張りついたものでほとんど枝にさわりもせずに済むのだが、前二人を通した後の枝のはねっかえりをもろに受ける鋭は不平たらたら、ひっきりなしに悪態をついていた。
辺りの様子h、冷帯性の安 鋭に言わせるとれば「冷帯性の安定樹林」だそうで、小さい頃から朝日ヶ森のただ中で育っている真里砂と雄輝にはおなじみの風景だったが、ただ、もっと古びていて寂しげだった。天気のせいか鳥影一つ見えず、暗い枝々を通して時折りのぞく空模様は、ますます重苦しく雪雲がたれこめている。
雪は少しづつはげしさを増している様子で、小一時間も歩く頃には、かきわけた枝から積りたての綿雪が降りかかって来る程になった。
「どんどん暗くなっていくな」鋭がつぶやいた。「夜までには避難場所を見つけないと……」「八甲田山になっちまう」「雄輝! 遊ばないでよ!」
抗議しつつも真里砂は雄輝が一所にいる事に感謝していた。もしこれが鋭と自分だけだったら? 2人とも物事を真面目に考えすぎるから、さぞかしやり切れない気分になっていた事だろう。 雄輝が、本当に真剣になるべき時には誰よりも頼りになる存在である事を真里砂はこれまでのつき合いで良く知っていた。
 
今も、そうだった。
3人がそれぞれ胸の奥で考えていた、答を出すには少し重大すぎる疑問を最初に口に出して言ったのは雄輝だったのである。
 
 

 
 古いノートの「2.森の中で」からパスタのシーンを持って来て、
「雄輝!鋭!……どうして!?」につなぐ。(←雄輝と鋭の魔法vsSF会話。古ノートより。)
野宿に適当な所を探してから火をたいて座りこみ、
「今、君、何語でしゃべったんだい……」に、つなぐ。
 

 
                .
「くしゃん!」不意に鋭がくしゃみを始めた。
一旦は三回で止んだもので、真里砂が、「あら、3でほれられ、ね……」と言いだした途端にまた「くしゃん!」
後はたて続けに くしゃん くしゃん くしゃん くしゃん …… くしゃみの大安売りである。
そのうちに真里砂までが鼻をむずむずさせだしたので雄輝が笑いだした。しかし、
「わ、笑ってる場合じゃないわよ、雄輝。くしゃん! わたしの服はびしょぬれなのよ  忘れてたけど。わたしもだけど、あなたたちの服だって濡れてるじゃないの。それに、そうでなくってもここずい分寒いと思わない?」
それを聞いて初めて雄輝も始めて少しばかり真面目な顔になった。
「確かにこりゃ12月ごろの気温だよな……おい、鋭! そこら辺に乾いた木ぎれないか? 火打ち石でもいいぞ!」 なけりゃ火炎放射器でもなんでもいいぞ!」
「ちぇっ、なんでも茶化すんだから……」今度は鋭の方が恨めしげな声で言う。
それでもなんとかかんとか20分もすると小さな火の手が3人を暖め始めた。
もっとも、それまでにはその頃にはくしゃみのしすぎで鋭の横隔膜はしっかり痛くなってしまっていたが…… 「ちぇっ!」
「腐るな腐るな。しかし“河童”でも風邪は引くんだなァ」と雄輝が妙な事に感心して見せるのに映画反論して、
「“コンピューター”は温度変化に弱いんだよ……。雄輝こそよく平然としてるね、まあナントカは風邪ひかないって言うからなあねえ。あ、僕はだれかさんと違って夏風邪はひかなかった。」
「抜かせ」
自称“コンピューター”の“河童”の鋭が相手では、単細胞の雄輝ははるかに分が悪い。
「おなかが空いたわね……」クスクス笑っていた真里砂がそうつぶやくと、辺りは急に静かになった。不意に、あ、
「あ、」と鋭がかすかな驚きの声を上げた。「雪だ……」。
なる程、確かに白いものがちらつき始めていた。多分風向きが変ったのだろう。先程までわずかにさし込んでいた薄陽は姿を消して、代わりに灰色の厚くたれこめた雲が空を覆っている。
樹木の間で風から守られているのがせめてもの救いだった。
急に雄輝が一人自分だけ羽織っていたジャージジャージのジャンパーを脱いで、半袖短パンのまま左隣りにうずくまっていた真里砂に着せかけた。
「あ、いいんだ。僕は?」鋭が半畳を入れると雄輝があきれ、「おまえなァ一応男だろ」「あら、女だからって特別扱いになんかしないでちょうだい!」憤慨して鋭にジャージを渡そうとする真里砂の腕を素速く雄輝がひき戻した。「マーシャ。半袖だろ。」
いつになく有無を言わせぬ口調である。それでも真里砂がぐずぐずしていると、「俺は妹に貸してやったんだぞ。兄貴の言う事が聞けないのか?!」
……「はい  兄上……サマ?」うわ、なんとなく気押されるのを感じながらも笑って、真里砂は茶目っぽく片目をつぶって、ジャージを羽おった。
正直な所、朝昼抜きプラス2000mの全力疾走の後では、この寒さはひどくこたえていたのだ。
真里砂は幼な慣じみの荒っぽい優しさに感謝した。湿ったジャージがなぜだかとても暖かかった。

「緯度か経度か、とにかくどっちかがずれてるねえ」
鋭がこう言うのを聞いて、真里砂は、え、と思った。
「う〜ん、この気温じゃあな」と雄輝があいづちを打つ。「なんとかしないとそのうち凍え死んじまうぜ。ほら、さっき言ってたろ? 木の葉が散りきってないから、ここは今まだ晩秋なんだって……」
「大体こうなった原因のあの穴の正体はなんだったんだろ? 暗黒穴(ブラックホール)にしちゃ灰色っぽかったし」「そいつは後まわしだよ、
 
 
 「……面白そうな冒険だと思ったんだけどがなあ……」と、再び森の中をガサゴソ必死で押し歩きながら、口先程には嘆いている様子も見せないで雄輝がぼやいた。一心地ついたとおろで木の洞でも何でも夜を越せそうな場所を探そうという方に話が進んだのである。
寒くて雪が降るんなら降るで、そこら辺りにフォーンでも現われないかなねえかな」「  この森、街灯がありそうには見えないけどねェ」鋭が答える。  この森、街灯が植へてそうには見えないわよ」まだ落ち着かなげに何かを考えている真里砂が答える気のない様子でしか答えようとしないので、雄輝はしかたなく話題を変えた。
「おおい、鋭。気違い博士殿。おまえの妖しげな科学的判断で行くとここはどのあたりだ?」
「う〜ん。とにかくあの暗黒穴(ブラックホール)ならぬ灰色穴(ニュートラルホール)のせいおかげで緯度もしくは時間的にすっ飛ばされたことは確かだね。緯度的に言えば北  だから東北あたり……かな? 時間的に言うとちょっと判断つきかねるね。10月上旬から11月にすっ飛んだだけかも知れないし、もしかしたら何百年も後か先の11月だったりして……
「気温が低いのは高度のせいかも知れないぞ。ほら、学園のある朝日ヶ森の中にだってずい分高い所はあるだろう?」
「無理だよ。学園付近はあれでもう十分高原状になってるから、あれ以上登ると植生が違って来ちゃうんだ。ここは見た所、朝日ヶ森と同じような様子だろ?」「あ、そうか」
鋭は、こと理科に関する事柄である限り、小六にしてたっぷり高校生並みの知識は持っているので、こう言う場合、雄輝は頭が上らない。いわんや事態がこうもSFじみてきているのではなおさらである。冒険好きの雄
朝日ヶ森名物の神隠 あの灰色の……おまえ何てってたっけ? 灰色穴(ニュートラルホール)? あれ、存外神隠しの原因かも知れないなあ」雄輝が真面目な顔をして言い出したので鋭がとんきょうな声をあげた。「神隠しィ!?」
「ああ。そうだおまえ転校したでで知らないんだよな。朝日ヶ森でもあの学園のある近辺な、古来から神隠しその他の怪現象が起こる事で有名な場所なんだぜ。現にうちの生徒でどう見ても神隠しとしか思えない様な失そうのし方をしたやつが創立以来10人はいる。そのうちの一人は何日かしてから東北の方で見つかったんだがな、あっ!!」 と雄輝はいきなり興奮しだした。
「そいつが見つかった場所がやっぱ朝日ヶ森って森だったんだ。植生もここと同じはずだ!」 「ストップ! 話を非科学的な方へ持ってかないでくれよ!」
いきなり真里砂がヒステリックに笑い出した。それまで珍しく奇妙な表情で二人のやりとりを大人しく聞いていたのである。
「それで解ったわ!」 鋭があからさまにムッとした表情をするのにもおかまいなしに真里砂はなおも笑い続けた。「このわたしが怖えているっていうのにどうしてあなた達がそんなに落ち着いていられるのか、不思議でしようがなかったのよ」
雄輝と鋭は訳も解らないまま、ただぎょっとなって互いに顔を見合わせるばかりだった。
「そうね  」少し落ち着いたのか真里砂が続けた。
「巻き込んでしまった以上、黙っているのは礼儀に反するわね。すっかり話すわ……わたしが知っている限りはね。」
そう言って真里砂は、やおら座り込むと話し始めた。
 
 
 
              .
 大地の国物語皇女戦記編 I “記憶の旅” 〜連載第二回〜
 
 第一章 森の中で    1.ここは地球じゃない。

                         ※ 本 名 ※
 
 
「あ、痛(いた)。いたた……あち☆」
罵声とも悲鳴ともつかない声を発しながら、真里砂はやっとの思いで立ち上がった。
頭がひどく痛む。
  寒い!」と思わず口に出してつぶやいた程、彼女の体は完全に冷え切っていた。
気がつけば、どこでどうしたものだか薄手の体操着がすっかり濡れそぼって体にまとわりついている。
辺りの景色を見るに及んで、真里砂はしっかり腹をたててしまった。
木、木、木、    一面の樹。 うっそうと頭上に生ひ茂る森の樹々が、陽の光さえもさえぎって真里砂を取り囲んでいるのである。  なんてこと!」。
一旦はかんしゃくを爆発させようとした彼女も、怒鳴った声を事も無げに吸い込んでゆく森の静かさを悟って怖じけづいてしまった。
「一体……何が起ったって言うの……!?」
ここは、何処かしら  さしもの真里砂も除々に声が低くなった。実を言えば、彼女はしばらくの間、自分の身に起ったことを思い出せなかったのだ。それから、ようやく自分はとんでもない冒険に巻き込まれたらしい、ということに思い当たった。
 その時である。
真里砂の背後で木々の下枝をかきわけ押しのける音がして、
「お  っ!! いた、居た!!」
声と共に2人の少年達が姿を現わした。
「雄輝!鋭!……どうして!?!」

(☆驚いている真里砂のシャーペン描きイラストあり。)

つかんで押した枝をそのままへし折って前に出ながら、雄輝は開いている方の手でバサバサの頭をかき上げた。
ただでさえ着るのを面倒がって伸ばしっぱなしだった黒髪が、小枝やらくもの巣やらでひどい有様だ。
「どうしてって……何が“どうして”だよ?」
「だって、だって  なんだってあなた達がいるのよ」
「決まってんだろ。おまえを追っかけて来たんだ。
 ……ふう! あーあひでえ目に会った。」

(☆髪を掻き上げながら蜘蛛の巣だらけの藪から出て来る雄輝と、
 その後ろでげーっという顔をしながら蜘蛛の巣をくぐっている鋭の
 シャーペン描きのイラストあり。)

「つまり僕らもあの穴に飛び込んだんだ。
 君(きみ)と違うのは自由意志だって点だけで」
これには真里砂もあきれかえった。
「なんですってェ!? 馬鹿な!
 何が起ったのだか解っているの?
 帰れないかも知れないのよ!」
真里砂は同時にひどく腹が立った。
自分は恐怖していたと言うのに、この
のほほんとした言い草はどうだろう!
と、雄輝の答えて曰く、
「面白そうじゃん」。
「おも☆」  ズル。
真里砂は絶句した。おおいにズッこけた。
なんて神経! これでわたしより年上だなんて……
「鋭!あなたもなの?!」
無論、そうだとでも言おうものなら
ひっぱたちてやろう  と完全に頭に来ている。
「いや……僕は……」返事に窮した鋭の方こそいい迷惑だった。
「僕はまずあの暗黒穴(ブラックホール)まがいの正体を突き止めてやろうと思ってたんだよ。
 それを雄輝が先に飛び込んじゃったんでやむなく……さ」。
「そう   」と真里砂。「なら、まあ、あなたは許してあげるわ。  雄輝!」「あん?」
 ところが、真里砂が凄じい剣幕でまくしたてようとした時である。
「くしゃん! くしゃん!」不意に鋭がくしゃみを始めた。
一旦は三回で止んだもので、真里砂が、「あら、3でほれられ、ね……」と言おうとした途端にまた「くしゃん!」
後はたて続けに くしゃん くしゃん くしゃん くしゃん …… くしゃみの大安売りである。
そのうちに真里砂までが鼻をむずむずさせだしたので雄輝が笑いだした。しかし、
「わ、笑ってる場合じゃないわよ雄輝。くしゃん! わたしもだけど、あなたたちの服だって濡れてるじゃないの。それに、そうでなくってもここずい分寒いと思わない?」
それを聞いて初めて雄輝も少しばかり真面目な顔になった。
「確かにこりゃ12月頃の気温だよな……おい、鋭! そこら辺に乾いた木ぎれにストーブかなんかないか? 無けりゃ火炎放射器でもなんでもいいぞ!」
「ちぇっ、なんでも茶化すんだから……」今度は鋭の方が恨めしげな声で言う。
それでもなんとかかんとか20分もすると小さな火の手が3人を暖め始めた。
もっとも、その頃にはくしゃみのしすぎで、鋭の横隔膜はしっかり痛くなってしまっていたが……「ちぇっ!」
「腐るな腐るな。しかし“河童”でも風邪はひくんだなあ」と雄輝が妙な事に感心して見せるのに反論して、
「“コンピューター”は温度変化に弱いんだよ。雄輝こそよく平然としてるね。まあ、ナントカは風邪ひかないって言うからねえ。あ、僕はだれかさんと違って夏風邪はひかなかった。」
「抜かせ!」
自称“コンピューター”で“河童”の鋭が相手では、単細胞の雄輝は、はるかに分が悪い。
「お腹が空いたわね……」クスクス笑っていた真里砂がそうつぶやくと、辺りは急に静かになった。
 不意に、あ、と鋭がかすかな驚きの声を上げた。「雪だ……」。
なる程、確かに白いものが散らつき始めていた。多分風向きが変わったのだろう。先程までわずかにさし込んでいた薄陽は姿を消して、代わりに灰色の厚くたれこめた雲が空を覆っている。
樹木の間で風から守られているのがせめてもの救いだ。
急に、雄輝が自分だけ羽織っていたジャージのジャンパーを脱いで、半袖短パンのまま左隣にうずくまっていた真里砂に着せかけた。
「あ、いいんだ。僕は?」 鋭が半畳入れると雄輝があきれ、
「おまえなあ一応男だろ」「あら女だからって特別扱いになんかしないでちょうだい!」 憤慨して鋭にジャージを渡そうとする真里砂の腕を素速く雄輝が引き戻した。「マーシャ。半袖だろ。」
いつになく有無を言わせぬ口調である。 それでも真里砂がぐずぐずしていると、「俺はに貸してやったんだぞ。兄貴の言う事が聞けないのか?!」
……「はい  兄上サマ……」?。 なんとなく気圧されたのを感じながらも、真里砂は茶目っぽく笑ってジャージを羽織った。
正直なところ、朝、昼(食)抜きプラス2000mの全力疾走の後では、この寒さはひどくこたえていたのだ。
真里砂は幼な慣じみの荒っぽい優しさに感謝した。湿ったジャージがなぜだかとても暖かかった。

(☆ジャージを羽織って小さな焚き火にあたる、
  おかっぱ頭の真里砂のシャーペン描きのイラストあり)

 
 「……面白そうな冒険、と思ったんだがなあ……」と、口先程には嘆いている様子も見せないで雄輝がぼやいた。
 
 
 
 
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