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 《センター》の広大な敷地内の西半部中央、J.S.E.S.系の建物の集中しているエリアのひとすみ。周囲のものよりも比較的小規模な“教育・訓練法開発棟”の一角に、ひとまず奈津城の個室はしつらえられていた。
8077のNo.のある、白亜の建物の最上階・4階である。
 一旦、用意された部屋をのぞいた後、準備を整えた係員に2・3の指示を与えて再び奈津城は階下へおりた。
 No.8077棟1階。エントランスからは少し離れたロビー部分の奥、一段高まったところに ちょっとした自給カフェテラスが仕切ってある。
完全な自販制で色気もそっけもない。とは云え《センター》内では特権階級ともいえる独立研究者(ドクター)と独立研究助手(インターン)・制度的にははるか下位だが いざという時には実指揮権を握る警備要員・緑衣隊の士官クラス、そういったエリート専用のエリアである。調度や設備には相応の金がかかっている。
品も上等で種類も多い。
 奈津城はためらわずにそこへ入って行った。
 別に茶を喫みたいというのなら自分の部屋で仕度させれば良い。それだけの設備や物はそろっていた。ただ、奈津城は自室へ慣れない人間が入っているのは好まないのだ。部屋の中を手直しさせておくために人手が必要とあれば、自分が出て行く。
 そしてカフェへ出向いたのにはもうひとつ別の目的があった。
デモンストレーションである。
 奈津城の後には、数歩はなれて、それが本来の彼らのコスチュームである緑の隊服をつけた北沢と遠野がノーマル装備で従がっている。北沢の胸には上級指揮官の徽章。  日ごろ奈津城の命令で私服をつけるように言われてはいるが、彼らも緑衣隊員であり、《センター》内や緑衣隊司令部その他におもむく折には制服に戻る。
彼らは護衛兼側近参謀としての任に着くようにと奈津城のもとへ派遣されているが、主人の行動と緑衣隊との利害関係いかんによっては ためらいなくこの少女を撃殺する可能性もあるのである。
今は上部からの命令は“野々宮に従え”であったが  ……
 そんな部下2人を従えて13歳の少女はカフェテリアへ足を踏み入れた。
結構広い部屋の中にざわっとざわめきがおこる。
 デモンストレーション。さっきも云ったようにこのカフェはエリート専用のエリアである。
 エリート候補たるJ.S.E.S.の教育・訓練生たちもまた別の理由から立ち入りを禁止されている。  彼らは徹底的な生活管理の一端として摂収栄養量を規制されているので。
 奈津城は落ちついて中央やや奥まった席に腰を降ろし、(人間の本能としてこういう場所では壁際から埋まってゆくのが常である。  この時、人の入りは4分くらいのものだった。)北沢に ブランディティー ティ・ロワイヤルをとりにやらせた。
幸い座っている連中の大半はまだ若い独立研究助手(インターン)と、彼らに従がって特権階級のエリアに立ち入っている平研究員ばかり。ここには緑衣隊員も歩哨に立たない。
 1〜2分のうちに、若い  といってもJ.S.E.S.からたたきあげて10年このかたは《センター》に住んでいる連中の間に、5年前実家に戻された あの天才少女の記憶がよみがえってきた。
 帰ってきたのか?!
 まさか。科学分野への関心値のあの低さを覚えてるだろう。
 第一、J.S.E.S.への復帰なら、あんなに堂々とここへ入ってこられる筈がない  ……
 様々な推測、個々の思惑が そちこちのテーブルの間でとり交される。
 奈津城は頃合いを見はからって北沢に用を言いつけて一旦退出させ、遠野に紅茶のおかわりと軽食をとりにやらせた。
暫時、少女はまるで無防備な存在になる。
 「やァ、ナツキちゃん  いゃ、もう奈津城サンとお呼びすべきかナァ。ズイ分 大きくなりましたネェ。」
 予測通り、席をたって話しかけに来る者がある。奈津城は上品に首をまわして声の主を見る。見るからに軽薄そうなこすっからい様子をした男  しかしこの男の、本人もいかに無心げに見せかけようかと苦心している笑い顔にだまされてはいけない。
 「……まあ。イチガネさん、でしたわね。お久し振りです。お元気そうでなによりですわ。  いかがお過ごしですの?」
 確かに少し早熟気味であり、異常なほどの聡明さをそなえてはいるが。そこにいるように思われるのは 上品で育ちの良い、どこから見ても純真無垢な幼ない美少女の見本である。小王女像、と云っても良いだろう。しかしかつてのJ.S.E.S.生活中、世間なみに考えれば学齢に達したかどうか  という奈津城の将来性を早くもねたんでこの壱金という男がどんな陰惨な手口で彼女を潰そうとしたか、都合よく忘れてしまっているほどのお人好しだなどと思われては困る。どころか、何年何月何日の何時何分にどこでどんなチャチな悪事を働いたか、どういう汚い手口で前任の研究助手を陥れて今の地位を手にしたか。この男の動静くらい尋ねるまでもなく、少女は全てを把握しているのである。
 いいですか、などと見かけは丁寧に尋ねながら、返事を待つまでもなく壱金は奈津城の正面に陣どった。しきりにしゃべりまくるのはこのの男には共通の態度だろう。存在感の薄さ、中味の頼りなさを、騒音によって補なおうとでも云うのだろうか。
 戻って来た遠野からトレーを受けとりながら、にこやかに、あでやかに、奈津城は壱金にむけて頬笑みかけた。この男がうまくこの場に居あわせたこと、最初に声をかけて来たのがこの男であったことに対して神に感謝でもしてやりたいような気分になっている  彼女は無神論者だが。
 「……そんなワケで、まァ長年コツコツと地道にやっていたのがむくわれまして、独立研究者(せんせい)のおかげサマで今ではいっぱし、独立研究助手(インターン)として大きなカオをさしていただいてる、とこんなワケなですヨ。」
 実に残念そうに壱金は長広舌にピリオドを打った。
 「まあ、すばらしいですわ。出世なさいましたのね」と奈津城。
 「いや、なに……」男のニキビだらけの鼻がピクピク動めき、途端、奈津城は口の中の食物を飲み下すのが困難になった。
あわててハンカチで口をおさえ、瞬間的な吐き気をこらえる。
 「おや、どうか。顔色が青いようですヨ。」
 「……なんでもありませんわ。慣れない飛行機で着いたばかりなものですから」
 主人のもくろみや内心を知ってか知らずにか、憮然とした表情のまま遠野は待機の姿勢を崩さなかった。
 
 「  ところで、あなたは ここで何を?」
 壱金がようやく本題に入ろうとする。
 ((、しらじらしい))
 奈津城は人畜無害な愛らしい微笑を浮かべたまま内心苦々しく毒づいた。
 通常、ある存在の動静に関して もっとも詳しい情報を握っているのは それに敵対する者であると云われている。
 《センター》屈指の有力者でありJ.S.E.S.関連プロジェクトの主要推進力でもある……
 
 
  
                         (未完)

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