序 章
かの世界統一より32年目、C・P11年の春
地球系星間連邦国家随一の設備を誇る、ここ、冥王宙港(プルータス・ポート)は、初のリスタルラーナ向け一般留学生の出発のためにごったがえしていた。
今日、出発するのは第一期生、200名。
いずれも9〜15歳の、全地球星系受験者6億という、厳しい選抜のあげくに留学権を勝ち得た、勝利者たちばかりである。
洋とした未来への期待の方が先に立ち、別れの言葉さえもそぞろになって、むしろ見送る肉親たちの方が不安げに、くどくどと説教のしおさめをしている様子だ。
跳躍(ジャンプ)航法で往復二年という長い道程も含め、一度旅出ったら最低5年間は帰ってこられぬ時代の事なのである。
娘や息子たちの勝ち得たものへ、素直に笑って送り出すことができないのも当然の事であったろう。
昨日、11の誕生日を迎えたばかりのサキ・ランである。
正式名(フル・ネーム)はサキ・ラン=アークタス。言語改革以前には、すでに彼女らほんの数名を残すだけとなった古(いにしえ)の一族の言葉で、蘭 咲子 と呼ばれていた。
そう、既にして彼女の出生は、歴史の流れの大きく変わる一幕に関わっているのである。
彼女こそ、リスタルラーナと地球とが国交を開くことの要因の一つとなった、あの子供であった。
昨夜、サキはほぼ一年ぶりに家へ帰り、やはり半年ぶりに姉と挨拶を交した。
父も混じえ、父娘3人が、本当に久し振りに集い、サキの出発と誕生日とを祝して、笑った。
無論、既に亡き母をはさんでの、父さえわけて入(い)ることのできない、16と11という年の離れた二人の娘の間の確執は、そのくらいの事で溶けて流れ去るはずもなかったのではあるが、サキは自分自身の心の中で何かが動き始めたのを感じていた。
堰(せ)いていた水戸(みなど)の上をあふれ打ち越して、雪解けの小川が流れ始めるように、わだかまったものが形を変え、少しづつ、心の表にしみこんでいった。
サキは、なぜだか顔中が笑いになって、見送りに来た姉に行って参りますを言い、昔々、よくしたように、首に腕をまわして抱きついてみたりもした。
気づかわしげに見ていたごく親しい幾人かの友人達は、自身、家族たちの見送りをうける中で、遠くからサキのそんな様子に心からの笑顔を贈り、サキもまた手を振ってそれに応えた。
もう大丈夫だとサキは思った。
もう、心の中の憎しみの重さに、耐え切れなくなる夜はないと。
離れて暮す年月が、きっと素直な感情を呼び戻してくれるだろう。
わたしたちはカインとアベルにはならなかったねとサキは笑った。
それは、姉サユリも同じ気持ちであるらしかった。
午前10時、留学生全員に集合がかけられた。
いよいよ出国手続きが始まるのである。
報道陣には退場が命ぜられ、広いホール内では、最後の別れを慌ただしく告げてかけだす者、どたんばになってから母子抱きついておいおい泣きたてる者、様々いて、サキにはその騒ぎが少しおかしかった。
「それじゃ、姉さん。」
さようならと言おうとしてサキは何も言えなくなった。
ややためらうようにしながら、サキの額の上にかがみこんだサユリの唇が触れたのである。
「
その時、視界にマーミドが入ってきたので、サキはこっくりと一つうなずきかえしただけで、すぐに彼女の方へかけだしていった。
「ふん!」おいおいとやっている一群れを片目でながめながら、マーミドは屈折した想いで声を発した。
「あの子、あれだけ母親を嫌がってたくせに……!」
サキはちょっと首をかしげて彼女を見ただけで返事はしなかった。
マーミドは生まれながらにして肉親の名さえわからないのである。
税関の入り口まで来た時、向うからヘレナが走って来た。
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