プロローグ
 
 三月末日……深夜。
 地球系星間連邦議会の特殊臨時総会に出席していたアークタス議員は、会議の合い間に呼び出しをうけ、自宅の主治医からかかってきたテレビ電話に出て……愕然とした。
 彼の妻、サエム夫人に陣痛が始まったと、言うのである。
 そしてそれは、とりもなおさずサエム夫人の死を意味することだった。
 生まれつき病弱で、加えて長女サユリの出産の際に完全に心臓をこわしてしまったサエムには、出産などはとんでもない。三ヶ月の時点での中絶手術にすら、耐え得るだけの体力がなかったのである。
 すぐに帰って来いと医者は言った。あたりまえである。
 が、アークタスは必死の思いで首を振った。
 全地球系連邦の行く末に関わる会議中に、たとえどんな小さな地域のであろうと、その代表であるのに、自分の家族のことで仕事を放り出すことはできない。
 かつて恋の上での競争者(ライヴァル)であり、今も変わらぬ親友のドクター・ヤマはこのひとでなしと思いきり怒鳴って、たたきつけるように電話を切った。
 現在サエムは妊娠6ヶ月目である。
 それが陣痛と言うのならば、それは、多分、異星人来のデマに怖えて、ショックを受けたのだろう。
   そう、異星人。
 異星人(リスタルラーナ)は、確かに来ている。
 会議再会10分前のベルが、議事堂全体に響きわたったとき、アークタスは精神的な打撃ですっかり平衡感覚を失くしてしまった脚と体を、かろうじての所で壁にささえていた。
   だが、それがどうだと言うのだ?
 サエムはもう死ぬのだ。 死・ぬ・の・だ!! ……自分のせいで。
 彼は打ちひしがれて自分の議席へと戻って行った。
 そんな彼の姿に不審を抱いて、何が起ったのかと受けつけに尋ねていた男がいることも知らずに。
 その男は、わけを聞くとすぐ、その場でアークタスの自宅へと電話を入れ、出てきたアークタスの義父母から、サエムの病名と容態とを詳しく聞きだした。
 
 
 「どこへ行ってらしたんですの、ダーナーさん?」
 ケティア・サーク大使が、例のつっけんどんな調子で問いただした。
 「今はあたくしたち一人一人がリスタルラーナ星間連盟の代表なのだってこと、お忘れになったようですわね。あまり不審な行動はとらないでいただきたいわ。」
 ケティア・サークは25歳。同僚のカート・エレンヌ大使と共に、リスタルラーナ星間連盟を代表して、二年間の宇宙旅行の末、国交樹立のための全権大使として地球へやってきたのだ。
 どちらの国家にとっても、異星人との接触は始めてのことである。
 神経がピリピリして、つい文切り口調になるのも無理はない。
 が、それだけではない。
 もともとケティアはキャプテン・ダーナーをけぎらいしている。
 理由はと言えば、2年の航海を通じて彼が一度でも笑うのを見たことがないというだけのことなのだが、それは彼女に言わせれば「人間として重大な」情緒欠陥であり、「笑わない人間を見るとゾッとする」のだそうだ。
 あいかわらずムスっとして口を利かないダーナー船長に向ってケティアはいせいよくまくしたてているが、まあ、所せん相手が悪い。てんから無視して何か考えこんでいる様子を見て、ケティアのぐるぐると元気のいい赤っ毛は、文字通り怒髪天をつかんばかりになった。
 くすり、とカート大使が笑うと、すかさずケティアのあなおっそろしいひとにらみが飛んでくる。
 「なにがおかしいんですのっ!!」
 「え! あ、いや……」
 カートは慌てて手を振った。
 「そうではないんですよ。ただ……」
 「ただ?!」
 「その……あなたのように気性の激しい女性(ひと)が、よく外交官をやっていられるなぁと、……あ、いや!」
 前々から思っていたことでもあったので、つい本音が出てしまい、カート大使はあわてて口をふさがねばならなかった。
 ケティアの方はと言えば、最大級の侮辱を受けとって、(とは言え、言った本人はむしろ好意と賛美をもってのことだったのだが。)、その髪の毛よりもまっ赤にふくれあがったあげく息がつまって黙りこんでしまった。
 26歳独身のカート大使が、この失策(ヘマ)を大いに後悔したことは言うまでもない。
 
 一行が今いるのは、地球本星にある連邦本部総会議場のVIPルームの一つだった。
 本来ここは司法局長    の専用であるのだが、連邦本部にかつて来賓というものの来たためしもなかったため、彼女がどうぞと言って開け渡したのだ。
 最高頭脳の一人の部屋にしてはつつましい調度で、国のしくみの根本を司(つかさ)どる女性の、その人となりがうかがわれた。
 青い服でしっとりと部屋の中に溶け込んでいるような彼(か)の女性(ひと)が、一行を迎え入れた後に一礼して部屋を辞す時、ケティアは部屋を占領(のっとっ)てしまった事に対して、ひどくうしろめたいものを感じた。
 とにかく彼女らが地球にやってきて丸二日、敬遠して口をきこうとしない者も、屈託なく親しげに微笑みかけてくる者も、様々いたが、総じて若手の多い政府要人の全てに、一見して、すなわち「誠実な人」だという印像を与えられ続けているのである。
 これは、自国(リスタルラーナ)のひとくせもふたくせもありそうな政治屋(たぬきおやじ)ども相手とは、大分勝手が違うな、と、正使のケティア・カート始め、大使一行のだれもが感じた。
 相手(むこう)が私情を交えず直截に話しかけてくる以上、こちらも腰をすえて、腹蔵のないところを答えなければならないのである。
 「いや、若い国なんですよ。若い国なんですねえ」
 カート大使は、また妙な所に観点をすえて、しきりに感激しているようすだったが、ケティアはと言えば、自分のような若輩の、しかもだれからも言われるように感情が豊かすぎて、かけひきや腹芸の苦手な、外交官としてはかなり型破りな人間がわざわざ正使に指名されたりしたのは、その辺が理由だったのかしらんと一人で納得した。
 
 さて、一行がここで何をしているかと言えば、待っているのである。二日前に地球連邦の勢力範囲に到達し、その時点で連邦政府との正式な交信(コンタクト)。半日後には一応歓迎という形で地球本姓への着陸を許可されて、各星間にとびかっている異星人来襲のデマを鎮めるため、ということで、ぶっつけ本番同様に、政府専用の通信帯(チャンネル)を通して、全星域に向けて『友好の辞』というものをしゃべるはめになった。
 その後、今朝方の事だが、夜どうしかけて集まってきた全議員の前で、リスタルラーナ代表として言うだけのことは言い終えると、ハードスケジュールにかえって地球側の方が同情して、「正式な宿舎が決まるまで」、このVIPルームでお休みを、と、事の次第が運んだわけである。
 総会議場では、30分の休憩の後に今しも「国交を開くべきか否か」についての大論戦が再回されようとしていて、使節団一行は備えつけのパネルで、その様子  賛成・反対のどちらの意見に傾くか  を、かたずを飲んで見守っているわけだ。
 が、何か手違いでも生じたのか、休憩時間を5分まわっても、内閣の主要メンバーの入場がない。
 「おそいわね」
 ケティアがイライラした様子で椅子のひじかけを弾(はじ)いた。
 10分たった。なかなか始まらない。
 カート大使は不意に言いだした。
 「    さん、先程はどちらへいらしてたんです? 特に行動を制限されているわけではないですが、やはり責任者としては知っておきたいので……」
 ケティアとはうってかわった、落ちついて丁寧な言い方だ。
 「ふむ……」
      は、相かわらず無愛想な声でぶすっと言った。
 
 


 マリシェーラ・ダエイン
 ヤスルミ・ダエイン

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