ほの暗い部屋の中、そこだけが明るい机の上で、一人の少女が手紙を書いていた。少女の名は白蘭(びゃくらん)咲子(さきこ)。戸籍には単にサキ・ランと記(しる)されていた。
 それというのも、彼女の故郷(ふるさと)地球では、すでにこの雅(みや)びな言語が公用語として使われなくなってから久しかったのだ。
彼女は、その長く伸びすぎてしまった髪の、陽光のもとでは銀ねずみ色に輝やき闇の中では蒼暗い夜の海の灰色となって目をふさぐ、ひたいにかかった邪馬なひとふさを左手で払いのけながら、なおも右手でペンを走らせていた。
彼女は、古風にもペンと紙で書いていたのだ、録音転写機を使わずに。
   心配しないで下さい。
彼女の、やや右上りかげんにかっちりと整(ととの)えられた文字は、なおも書き進められた。
 わたしは安全な所にいるし、健康状態も良好です。
 ただ、なんのためにここに来た、いえ、来なければならなくなったのか、
 あれだけ愛した学校からなぜ離れたのか、それは聞かないで下さい。
 いずれ  わたし自身、起った事の意味がはっきりとつかめたら、
 その時に話します。
 突然の失踪でずい分みんなに心配をかけたろうと思います。
 でも姉さん、こうしなければならなかったのだと言うことを
 わかって下さい。
 まだたったの12歳にしかならない、しかも他人(ひと)よりも
 はるかに無邪気に育ってきたわたしには、これ以外に取るべき道が
 見つからなかったのです。
 
サキは、ここでしばらく筆を止めた。
あらかじめ書くべきことを考えていたとはいえ、あの恐ろしい事件にふれずに事を説明するのは不可能だった。
書くにつれあの時の恐怖、宇宙の深遠にいきなり放り出されたような恐ろしさを思い出して文章あ脈絡のないものになってくるのだ。
 しかたなく彼女はあきらめた。
自分自身が、あれ以来強制睡眠剤なしには眠れないような状態の中で、あの敏感な姉を安心させられるような手紙を書けるわけがない。
 とにかく。と、彼女は再び書き始めた。
 現在わたしはソレル女史の小さな特殊研究所の一つで暮し、女史の
 保護を受けています。
 今後の教育はたぶん、ずっとここで受けることになると思います。
 わたしの他にもここで暮している女の子が二人いるし、ソレル女史の
 部下の数人の研究所員と、ひまな時には女史自身が話し相手になって
 くれると言っていましたからさびしくなることはないでしょう。
 それに、ソレル女史の秘書の糸がわたしたちの学課と生活の管理を
 しているから、今までいた学校と大して生活に差はありません。
   遠すぎて卒業するまで地球に帰れないという点も。
 
 サキは、再び読みかえしてため息をついた。
 今はこれ以上ましなものは書けないわ……。
 
 レイが部屋の中へ入ると、赤い非常灯だけがともっている暗闇の中でサキがかすかに動いた。
「だれ?」
それには答えずに照明のスイッチをひねって、レイは
「ここはあたしの部屋でもあるんだけどね。……はん。また泣いてたの」
 
 

 
(※「録音転写機」……自動口述筆記とプリントアウトをしてくれる未来機械のこと。う〜ん……。1970年代の中学1年生が考えつく未来像にしては、なかなかのセンスだと思うんですけど……♪( ̄ー ̄)♪ <自画自賛賞賛委員会@MIXI所属。w)
 
     一、総会本部
 
 リスタルラーナ星間連合本部の最上階にある総会会議場。
臨時総会を終えて退場して行く各星代表の通るロビーからは少し離れた、専ら参考のために会議に招待される学者たちが使用することになっている小ロビーの一つで、今度のような重大会議に関係を持つにしてはおよそそれらしく見えないような少女が二人、じれったそうに立ったりすわったりしながらだれかを待っていました。
 一人は、海のほの蒼い夜霧のような長い灰色の髪に、不思議によく光る黒い瞳をした一四、五歳の、背の高いスラリとした少女で、頭を動かすにつれて髪の間から見え隠れするやや黄色みのかかった白い丸い耳から見て、地球人のようでした。
 そしてもう一人の方はまだ十一、二歳、小柄でかわいらしい少女で、やわらかくカールした薄茶色の髪にふちどられた色白の顔に、大きなエメラルドの瞳が並び、そのななめ上につきだしたつんととがった幅の広い耳が、彼女がリスタルラーナ人であることを証明していました。
「遅いなあ。なにをやってるんだろう。」
背の高い方の少女がまたつぶやきました。これで三度目です。
「あわてても仕様がないわよサキ。」
「だけどケイ、会議が終ってから十分はたってるんだよ。」
ケイと呼ばれた方はそんなやりとりをしながらもゆったりとソファーに腰かけて悠然と本を読みつづけていましたが、サキの方は立ったり座ったり、一時もじっとしてはいられません。
「あ、来た!!」
 会議場の自動扉が静かに開いて、連邦屈指の女性科学者であるリスタルラーナ人のソレル女史ともう一人、青い髪にチラチラ光る金色の瞳(め)をした背の高い少女が出てきました。
この二人こそが今日の会議の中心だったのです。
「や!サキ。はてたよ〜〜。なにせお偉方の面前で一時間も説明させられてさ。言葉使いは気をつけなきゃならんし思わぬ質問は飛びだすし……もう冷や汗のかきっぱなしよ。」
 そうサキに話しながら、なおも持っているレポートで顔をあおいでいる少女は、名前をシスターナ・レイズと言い、その瞳の色や細長い耳の形から、地球・リスタルラーナのどちらにも属さない種族であることはあきらかでした。
『ごくろうさまレイ。で、どうでした?ソレル女史。』
ここからが重要会議です。サキは預かっていたバッグと上着を二人に渡しながらテレパシーを使いました。
『まあまあのできですよ。ほとんどの星は賛成しましたし、あと二、三の案件が改正されるのを待って……そうね。順調に行けば次の臨時総会には九十九パーセント決定するでしょう。』
やはりテレパシーで答えながら無造作にコートをはおったソレル女史は、今度は口を使って、どこかで食事でもしましょう。と三人を誘いました。
大ロビーほどではないとは言え、けっこう人の通るここで、テレパシーだけの会話を交わしていてはあやしまれます。
「それとも」と、女史は笑ってつづけました。
「“果ててしまった”レイは一刻も早くエスパッション号へ帰りたいのかしらね?」
これを聞いて三人とも笑いだしました。
 あとはもう例の“あやとり会話”のやりとりです。
これは、サキが始めてこの訓練を受けた時につけた名前で、一つの話題をテレパシーで、他の話題を声を使って、たがいちがいに切り換えながら並行して話すのです。
普段から彼女たちがよくやるゲームで、たとえば二人組でスムーズに会話を進めようとしたりすると、声で話しながらテレパシーを聞き、すぐまた交替して……ということになり、しかもことばの長さはまちまちなため、へたをすると同時に両方を使ってしゃべるはめになる、というわけです。
 けれどこの場合は四人で気楽に話しあえばよかったので、ともすれば“心”の話題と“声”の話題を取りちがえるクセのあるサキも、一度もとちらずに続けることができました。
『この廊下一つ見ただけで、いかにリスタルラーナのエネルギーが不足しているかがわかるでしょう。』
表玄関へと通じる主要通路の一つを歩きながら、ソレル女史が言いました。
『この連盟本部ビルは50年前、リスタルラーナの経済最盛期に建てられたものです。そして愚かなことに私たちはエネルギーを使いすぎました。』
 彼女は広い廊下の動かない自動送路(ベルトウェイ)を、始めのうち常に働き続けていたその送路を、廊下に人がいる時のみ動くように調節した機械を、そしてその機械すらここ十年来停止させられたままであることを3人に示しました。
『わずか50mたらずの通路にまで送路をつけて、物質文明の便利さにのぼせあがっていた人たちは、エネルギーには限りがあるということを失念していました。  人々の異常な程の浪費に、エネルギーはまたたくまに減少し、それでも人々は気楽に考えました。新しい惑星を開発すればすぐにもエネルギーが手に入ると。そんな時、連合最大のエネルギー供給源であったアラク星とリスラエル星が戦争を始め、両星が産出するエネルギーのほとんどがこの戦争につぎこまれてしまいました。
『今でも覚えていますよ、』
そう言って、女史はさもおかしそうにクスクスと笑いだしました。まるで、なにかおかしい思い出でもあるようでしたが、幼ない時から女史のもとで教育されたケイにしかその理由はわかりませんでした。
『……それが』と、女史は続けました。『ちょうど20年前のことです。』
『それ以来、私たち科学者は新しいエネルギー源の開発に努めて来ましたし、政府は惑星開発に力を入れました。』
『ついでに地球にまで足を伸ばしてね!』
ケイがチョロリと口をはさんで笑いました。
『ま、わたしもサキもそのおかげでこの世に生まれることができたのだけど……』
『そう。13年前にリスタルラーナの代表が始めて地球へ訪れ、その1年後には地球・リスタルラーナ両連邦間に友好通商条約が結ばれました。
でも、地球から送られてくるエネルギーはとても少ない。リスタルラーナ産のエネルギーと合わせても最低限必要なだけしか使うことができません。』
『エネルギーさえあればもっともっと科学を発展させることができたのに……』
「本当に、物事ってなにが幸いするかわからないなあ!」
サキが始めて知ったとでもいうような大声を出したので、隣を歩いていたレイは大急ぎでサキをつねらなければなりませんでした。
ついに“あやとり”を“取りそこね”たのです。
しかし人気の少ない通路には、痴話ゲンカの合間のこのとんきょうなセリフに特に注意を払うような人はいないようでした。
『すみません。』サキは素直に謝まってから話を続けました。
『実際、もしリスタルラーナにエネルギーがありあまっていたとしたら、13年前にわたしは生まれることができなかった。ケイだってたぶんそうだろう? そして今度はエネルギーの不足が原因で、女史の作戦がスムーズに運んだ。この作戦がうまくいけば、わたしたちの“仲間”が大勢できて女史の夢が実現できるようになるし、レイは故郷(ふるさと)に帰ることができる。』
『宇宙嵐で歯医者がもうかるような話ね』と、ケイ。
『あとは地球連邦議会の方の決定しだいか。  どうなるか見当つきませんか、女史』
『無理よォレイ。いくらソレル女史でも手紙一本じゃ地球政府を説得できないのよ。……せめて音声だけででもじかに話せれば別だけど……。』
 そう。リスタルラーナ連邦がこんなにも早く賛同を示したのは、まえもってソレル女史が説得して歩いた結果でした。
連邦屈指の科学者で、しかも政界・財界通して知人の多い女史は、連邦会議の議員一人一人の性格や主義を計算に入れて、暗にほのめかしたり正面切って頼み込んだり、実に巧みに持ちかけるので、ほとんどの人はあっというまに説き伏せられてしまうのです。
 これは、彼女がかなり強力な超能力者だったおかげなのですが、知らない人はこれを、彼女の若さと美しい姿態のせいだろうと思っていました。
実際、もし彼女が超能者ではなかったとしても、物静かなアルトで熱心に話す女史に向って反論しようとする人は滅多にいなかったでしょう。
 そのソレル女史が謎めいた笑いかたをして言いました。
『地球連邦中央議会の方針はもう決まりましたよ。賛成するそうです。』
 
 
 
 
 
(※「アラク星とリスラエル星が戦争」……(^◇^;)げっ……。
 えぇ。言うまでもなく、コレ書いた当時は、昭和の「オイルショック」の直後でありましたとも……☆☆(^◇^;)☆☆
 でも、なんで「イラクとイスラエルが戦争」なんだろう?ヨルダンの立場はどーなる…………??(^◇^;)”??

 
     二、記 者 団
 
 サキたち三人は一瞬ソレル女史の言った意味がわからずにキョトンとした顔になりました。
地球連邦の会議はリスタルラーナ側と同じ時間に行われたはずです。
と、いうことは、地球側の会議の結果がリスタルラーナに届くのは、早くとも今日の夕方までということになるのです。
『なにをそんなに驚ろいているの?』と、ソレル女史。
こういう時の女史は、ケイがいたずらを考えている時と同じ目をして笑いました。
『だけど女史、いったいどうやって……?』とレイ。
『まだ地球国内にも公布されていない時間ですよ。』
『私の勢力範囲がリスタルラーナだけだと思っていたのなら間違いですよ。古来から自分が行く事のできない場所に代理人(エージェント)を置くのは当然の事とされていますけれどね。』
ソレル女史はいったん口を切って三人が納得したかどうかを確めました。
『ケイの試作したテレパシー感知器の性能がいいと言って喜んでいましたよ』
 わあっ と、三人は喜びの声を上げました。
『それじゃわたしたちの“仲間”なのね!?』とケイが言いました。
『どんな人なんですか。名前は? 年は?』とサキが言いました。
『何級能力者なんですか』と、超能力者を別段珍しいとは思っていないレイが落ち着き払って聞きました。
『そうですね。正確には計った事がないけれど、だいたいBの上かA級ぐらいでしょうね。』
ソレル女史は最後の質問にだけ答えました。
その話は食事をしながらゆっくりすることにしましょう、と言うのです。
『今はその暇がありませんからね』
 女史の言う通り、四人が歩いて行く先、連合本部ビルの表玄関には、多勢の新聞記者がたむろしていました。
 「ギャア!!」 レイがいつもの癖で叫びました。
「ひょっとしてあの連中、あたしたちのこと待ってるんじゃない!?」
「そりゃしかたないよ。なんていったってレイが今日の会議の主役だったんだから。」
「そうそう。ね、サキ、わたしたちは先に行って反重力車(くるま)を出して来ましょうよ。」
「う……ん。そうだなァ。わたしらは今のところ関係ないんだし……」
 サキはしばらくためらっていました。レイを見すてるのも悪いんだけど……。
でも結局、目の前の記者陣にはかないません。
ケイに引っぱられて走りだしたサキにレイが一言、
「裏切り者ぉ!!」
ソレル女史が笑いました。
「さ、行(ゆ)きますよ、レイ。話していい事と悪い事と、うっかり言葉じりをとられないように気をつけなさい。なにしろ総会専門の記者のしつこさと言えば、ことわざに引用されるぐらいのものですからね。」
「だいじょうぶですよ女史、間違えやしませんから。……しっかし、議員集団の次は新聞記者か……。ウエーッ。」
 ソレル女史が、かつてはいつでも動いていたリスタルラーナ式の自動回転扉を手で押して一歩外へ踏み出すと、……わっ、と記者の群れが押し寄せて来ました。
 
(☆Gペン入れた「挿し絵風」絵柄の正装の女史とレイのイラストあり)
 
初めの十分程はレイもあまりひどい目に合わずに済みました。
記者たちが、異星人に好奇の目を向けながらも、まず取材しなれているソレル女史に話しかけたからです。
彼らは、かつての地球の新聞記者ほど無作法ではなく、質問を始める前にはかならず挨拶を交わすことになっていました。
ことにソレル女史には礼儀正しく振る舞います。
彼女が優れた科学者であるということより、彼らにしばしば特ダネを提供するということのために。
 ソレル女史は彼らに、レイの母国ジースト星間帝国のことや、レイが女史のもとに来た時のてんまつ、ジースト星系で産出される多量のそして地球=リスタルラーナにはないエネルギー鉱石のことを、かいつまんで話しました。そして、会議で話したと同じ演説をもっと手短かに、わかりやすく話し、最後にこう言って口を切りました。
「わたくしは、リスタルラーナの頭脳たる連邦議員のみなさまが、母星の利害などにひきずられて判断力を失ってしまうようなことはしないと信じています。」
 もちろん、この言葉が活字になり、各議員が母星と連絡を取る前に目を通すことを予想した上でのセリフです。
いつも自星の首脳陣としめし合わせて来る何人かの議員に、先手を打ってクギをさしておいたわけです。
 ともあれ、これでソレル女史が話すことはなくなりました。
レイは(内心嘆息をつきながら)にこやか〜に笑って、やつぎばやな質問に答え始めました。
  リスタルラーナに来たのは何年前? どこへ?
4年前、10の時です。女史の宇宙船の中にいきなりはきだされた。
  そこのところがよくわからないのだけど、あなたの口から説明してくれる?
はい。ええと、ジーストはあまり科学が発達してないんです。それで宇宙での事故がよく起こるんだけど、その時できた空間のゆがみではじきとばされて来たらしいんです。まあ、一種のワープみたいなものだと思うんだけど……
  『らしい』というのは?
実は、あたしにもよく解らないんです。事故の時のケガでところどころ記憶がなくなっちゃってるんですよね。
  なるほど。
  ところで、二ヶ月前と先週と、二回に渡ってジースト政府との交信がありましたが、あなたも参加しましたか?
はい、一度目の呼び出しの時に。
  その時だけ?
ジーストは身分制度がうるさいんです。帝政ですから。それであたしみたいな身分の低い人間は、元首と会うことは許されない。
  もう一度聞くけどあなたの名前は?
レイ。シスターナ・レイズです。
  自分の星に帰りたい?
 かなり鋭い質問から愚問としか言いようのないものまで、実に延々と長々しく質問が続きます。
最初のうちは落ちついていたレイも、20分もたったころにはすっかり混乱してしまいました。
『女史!!』
ぐあいの悪い質問に黙秘権を行使しながら
『この連中、いつもこんな早口なんですか。』と聞きました。
異国人というのはこういう時に便利です。都合が悪い時は意味がわからないふりをしていればいいのですから。
『そうですよ。むしろ普段より遅いくらいですね。』
 いつもこんなのとつき合っていられるなんて、女史はいったいどういう神経をしているのでしょう!!
レイは(もともと短気なので)もう質問を聞くのもいやになりました。
 
 
               (未完)
  
 
 
(※推測するに、コレ書いてたのは『指輪物語』(原典)を読んだ後で、アニメ映画版を見る前。かな? 竹宮の『地球へ』と萩尾の『11人いる!』の影響モロうけまくり……ていうか既に「模写」状態だった……から脱却して、「海外児童文学または海外幻想文学(翻訳ファンタジー物)の挿し絵風絵柄で、「自分で文章書いて挿し絵も描く!とか、考えていた頃のやつ……☆(^◇^;)☆)
 
◎二人はごくあたりまえな普通の人間でした。
 その二人に、人をしてとんびが鷹を生んだと言わせるような美しい娘ができました。
その子の顔立ちはやや異常と言えるほどによく整っていて、赤ん坊nふさわしい愛らしさというものには欠けていましたが、十年後、二十年後の姿が今から予想されました。
  なんて美しい目をしてるんでしょう。まるで冬の空のような澄んだ金色に光っているじゃありませんか。
  それにどう? この髪。こんなみごとな青髪は見たことがありませんわ。
  これなら、未来の一級市民夫人だって、夢じゃありませんわねェ。
上品ぶった、(もう少しで一級市民権に手の届く)二級市民夫人が思わせぶりに言いました。
この夫人には今年三歳のドラ息子がいたので……。
 二人はつい最近やっと二級市民権を得たばかりで、まだ気の遠くなるほどの借金が残っていました。
そんな中で子供を育てるのは楽ではありませんでしたが、一生懸命働き、むだなお金は使わず、役人の目をごまかせそうな時にはぬかりなく立ちまわって、そでの下をきかせることも覚え、小さな二人の商店は着実に収入(あがり)を額を増やしていきました。
  うん。そうだな。
夫は、よく娘の寝顔をながめて言ったものです。
 
 
 
(未完/レイの乳児時代のエピソード〜☆)
 
   おかしいなぁ……
11歳のサキ・ラン=アークタスはさっきからしきりに後ろの方ばかり振りかえって見ていました。
どうやらあのここへ着いて以来つきまとってくる視線は二つ別々の方向から来ているようで、一つはわりあい近くの、年長の(リスタルラーナの)生徒たちが固まっている方、もう一つはずっとむこうの壁面の、中二階ほどの高さにもうけられた、ホールを見おろす廻廊

 
      ヘレナから見て
 
 
 地球人留学生団のための歓迎パーティーは、会場の準備もすっかり終って、あと15分ちょっとで開会宣言がなされるはずでした。
すらりとした薄桃色の上品な民俗衣裳(ドレス)の、胸に澄んだ真珠色のバラのつぼみのコサージュをつけて、ヘレナは静かな色合いの肩にうちかかる金髪は結い上げずにおいたままで、少し早めに会場へ出て来ました。(*ヘレナのドレス姿のイラストあり。
見ると、ホールの反対はずれの方で、妹同様でもある三つ年下の“かわいい生徒会長”(リトル・チェアマン)サキが、しきりにそわそわきょときょとしています。
何かしらと思って近づいて行くと、向うも気づいて寄ってきました。
「どうかしたの? サキ」
 
 
 
 そろそろ開会になろうかという、地球人交換留学生団歓迎のパーティ会場で、11歳のサキはなぜかしら落ちつかなくさせる二つの視線を感じて、そわそわと不安げにあたりを見回していました。
不可解なそのうちの一つは、どうやらリスタルラーナ側の、S.S.S.(スリーエス)スクール中央委員長、フォレル・シェットランド・ベルアイル  通称フォーラ  からのものであるようです。
サキが振り向いて見た限りでは、彼女は決してサキの方を見ていたりはしなかったのですが、それでもサキには不思議な事に、フォーラの全神経が自分の上へ集中しているのがわかりました。
  もう一人、見つめているのはだれだろう?
いや、それより、サキにとってはフォーラの視線の中に混じっている、淡い憎悪のようなさしこむような鈍痛感の方がより気にかかることでした。
  どこかで感じた事のある感覚………………。
サキの瞳はぼおっとかすんで可視光線を捕えなくなり、束の間彼女は無意識層の中で古い記憶をまさぐってみました。
 ぽん!
だれかに肩をたたかれて、サキは思わず声をたてるところです。
「ぼうっとしてどうしたの? サキ。かわいい生徒会長さんはあたしたち第一陣留学生(ファーツアロウ)の代表なんですからね。しっかりしててちょうだいな。」
三つ年上の親友・ヘレナ・ストール。
「そんなの知らないよォ副会長。……あのね」
“オチ・カ”のサキは伸びあがってヘレナに耳うちしました。
いつものようになるべく甘えた素振りでと努力はしましたが、忌まわしい記憶がからまって、どうしてでも声だけは不安な響きをともなってしまいます。
「あそこにいる中央委員長(フォーラ)ね、昔のサユリ姉さんと同じ目をしてわたしを見てる。」
ヘレナの顔がさっとこわばりました。
言わない方が良かったのかも知れないと後悔するけれど、いつも考えるより先に舌が滑りだしてしまうのがサキの欠点なのです。
ヘレナが目顔で問い返すのに、サキはうなずいて考えました。
何にしても、一度としてはずれた事のないサキのかんが不安を告げている以上、少なくともヘレナにだけは話をしておいた方がいい  何が起こるのかはわからなくても。
 
 
               .
リゲルB
デネブA
 
 ジースト到着時点から開始すること!

 
 
「!
 見えた! ソレル女史。あれがジーティ太陽系ですよ」
ワープ終了と同時の航法士の声に、まずまっ先にレイがパネルの下へすっ飛んで行った。
続いてサキが後を追う。
「……あれが、……ジーティ? ……」
レイの視線は喰い入るようだ。自分の国の首都惑星を照らしている太陽を始めて見るってのは、いったいどんな感じなんだろう。サキはそんな事を考えながら、恒星(ジーティ)とレイの顔を交互に見比べていた。
あ、あのB型恒星はまるでレイの髪と同じ色合いじゃないか。
してみるとレイの見事な青髪は、地球人の金髪みたいな感覚になるんだな……。
サキは全く無関係に、常々レイが自分の髪をあるごとに自慢しては大事に伸ばしていた理由を納得した。レイの髪はサラサラに長く伸びて、今はもう背中の半分ぐらいを見えなくしているのだ。
向うではソレル女史、エリー、ケイの三人が、安全ベルトを外したまま、リクライニング・シートに腰掛けて何か話し始めている。右から順ぐりに銀髪、金髪、つややかな栗色。
無意識に自分の、灰色がかった薄茶色い髪に手をやっている事に気がついて、サキは慌てて頭を振った。
この髪は昔からこんな色をしていたわけではない。全ては二年前、十二の年に変わってしまったのだ。そう…………。
けれど、それを思い出してはならない事を今ではサキも知っていた。あの事件を思い起こせば、サキは再び自己の暗闇に陥ち込んでしまう事だろう。
つとめて忌わしい記憶を呼び起こすまいとしているそんな
彼女を知ってか知らずか、航法室を出しなにソレル女史が振り向いて声をかけた。
「サキ、レイ、いらっしゃい。最後の打ち合わせをしておきましょう。」
「へ〜〜い、サキ、行こ」 いつもの調子で返事をすると、これはパネルを見ながらも、ちゃんとサキの表情に気がついていたらしい。レイがやや乱暴かつ強引にサキの腕を引っ張った。
 
 時は新暦の14年10月。地球−リスタルラーナ、二星間国家が初めて接触してより15年目の秋である。
リスタルラーナの進んだ技術と、つい40年程前に地球本星内の統一を終えて宇宙に乗りだした地球の未だ枯渇していない資源とが結びついて、両国は順調に発展の輪を広げつつあった。
が、「枯渇していない」はあくまでも欠乏状態にない、というだけの事であって、「満ち足りている」には程遠いのだ。殊にエネルギー問題は深刻だった。
リスタルラーナ系星間連盟では、20数年前にエネルギーの主要産出国、リランとラクの2星を相互間の戦争で失ってから、エネルギー鉱業は事実上破綻していると言って良く、地球系星間連邦でも国交開通当時に期待された程には輸出量を伸ばせていない。
リスタルラーナと違って技術的にはまだまだ遅れている地球系は、国内で効率悪く使用されてしまう燃料が多いのだ。
そんな時、第三の星間国家、ジーストが、全くの偶然からソレル女史に発見された。ジースト星間帝国は技術レベルにおいては地球・リスタルラーナに比べてはるかに貧弱で、わずかに危険度の高いワープ航法が行われる他は恒星間航行のほとんどを未だに光速飛行に頼っている。
しかし利用法のまずさから大部分を宇宙空間に帰納させてしまっているとは言え、ジーストの帝国内では地球・リスタルラーナで知られているどんなものにもましてはるかに効率の良いエネルギー鉱石“ゼン”が採れる。
リスタルラーナ使節団は、今、ソレル女史を始めとした多数の科学者をも含めて、友好通商条約調印の為にジースト本星へ降下しようとしている所だった。
 
(速いもんだねえ、2週間か。」
(150パーセクの道程(みちのり)を?)
かつて地球−リスタルラーナ間を2年の年月をかけて旅して来た経験を持つサキは、近づきつつある青い恒星をながめて、あらためてそう思う。
(女史が研究室で合成した疑似“ゼン”でさえこうなんだもの。本物をリスタルラーナ科学技術の中に放り込んだら、いったいどれほどの事ができるようになるだろう。地球−リスタルラーナ定期便はきっとわずか1週間くらいって事になっちゃうよ。辺境星域の探険船も、きっとひんぱんに飛びたつようになるだろうねえ)
 
 
          ×     ×     ×
 
 
        ×     ×     ×
 
「さ、では」とソレル女史が言った。
「各自、自分のやるべき事は了解していますね?」
細いシガレロを取り出して優雅に唇にくわえる。紫煙がたなびくが、無論これは一昔前のような喫煙者以外にまで害を及ぼすものではない。リスタルラーナに地球からこの因襲が伝わった時、化学者たちがいたって有効なフィルターと金属筒で、すっかりそれの性質を変えてしまったのである。
ソレル女史の言った各自、はるばるジーストまでソレル女史にくっついて来たサキ、レイ、エリー、ケイの4人は、そろって女史の執務室とも言うべき部屋に集まっていた。部屋、と言ったがこれを船室と呼ぶのは正確でない。ブルーを基調にした飾り気のない部屋はしっとりとした雰囲気をかもしだしていたし、そもそもこのエスパッション号自体が“船”ではない、可動性の基地(ベース)なのだから。
「はーい、女史」
最年少、今年12歳のケイがなんとも愛くるしい声で答える。
サキはこの子を見るたびに思うのだ。このと言ったってサキと2つ違うだけなのだが、(うっそでしょ〜〜〜。わたし12ん時だってこんなに無邪気じゃなかったよーーー)。……。
栗色とこげ茶色の中間あたりだろうか、髪と同系色の瞳がいかにも素直な性格を思わせる。やはり3歳この方宇宙空間で純粋培養されていると、こういう子ができてしまうのだろう。
「まず」とエリー(エリザヴェッタ・アリス・ドン=レニエータ!)が話を引き次ぐ。
「ジースト本星の周回軌道に乗った時点で、あたくし達4人は各自別れて行動する事になります。ケイは御両親のエレンヌ大使夫妻の乗っていらっしゃる船へ移動して、そちらの資格で入国。  これは年齢が足りないからですが、あたくしとサキ、サキは少し変装しなければなりませんわね  あたくし達は女史の秘書兼身辺警護(ボディガード)という事になりますわ。そして……」
「あたしとミス・クラレンが留守番さ。」とレイ。
ミス・クラレンはソレル女史の私的秘書(プライベート・セクレタリー)だ。今はソレル女史のすぐ後ろにひかえているが、身障者排斥の風潮が強いジースト上流社会に降りて行くのは、いくら賓客扱いとは言っても安全ではないだろう。彼女は盲目なのである。
「はっ」レイが両手をホールドアップ、といった感じに開いて、行儀悪く椅子を後脚立ちにした。どうせ留守居役などと言っても、着陸してから頃合いを見計らってさっさと地表までテレポートしてしまうもぐりこんでしまう心算りだが、元ジースト帝国人で帝国最大のお訪ね者であるレイは、正体がバレでもしたら“安全でない”どころのさわぎではない。見つかったその瞬間に最高の悪意をもって帝国警察に迎え入れられるだろう。レイはそんな自分の故国の状態が腹だたしくてならないのだ。
 レイとエリーはすこぶる仲が悪い。レイにとってブルジョア階級とは“敵”の代名詞に他ならないし、まして王侯貴族の娘ときては何をか言わんやである。そして、エリーにはレイの粗暴な態度とむきだしの敵意がなんとも我慢¥まんできないのだ。
今も、レイの悪意は転嫁してエリーに向けられていた。
《何ですの!? その眼は》
《眼? 眼は目だけどね。あんたちっとあ普通の言葉使えんの?》
エリーがぐっと詰まる。テレパシーで二人だけにしか通じない会話だったとは言え、顔つきを見ればまわりの人間にわからないはずがない。
しばし、気まずい沈黙。慌てたサキとケイが同時に口を開いた。
「ま、まあまあレイ……」
「それで? 女史。そこから後の予定は変更ないの?」
ソレル女史がケイに合わせて本題に戻る気配を見せたので、その場はひとまず治まったが、レイの凄じい目つきを見て、いつエリーがかんしゃく玉を爆発させるかとサキは気が気ではなかった。
……ったく☆
 
 結局、ソレル女史はたいして予定(スケジュール)を変更する気はないようだった。
着陸まであと3時間。ケイは若い航法士の一人に送られて、使節団の母船に乗っている両親のもとへ小型船で「お引っ越し」して行った。
レイは、仲の良いサキがここ当分エリーと組んで出歩く事になるのが気に喰わないらしく、すこぶるヒステリックな顔で自室に引き上げてしまっている。
「さ、サキさん」
反対にエリーはひどくうれしそうだ。彼女はまだエスパッションに加わって間もないので、一番友好的なサキと行動できるのにほっとしたのだろう。ま、レイと組んだらどーいう事になるやら察しはつくが。
「あたくしはこれでも16歳にしては大人っぽい方だから良いのですけれどもね、あなたはまだ14歳で就職年齢に達していないのでしょう。身分証明書は偽造してあるのだから、奇異に思われないよう少し姿を変えなければなりませんよ。」
サキはエリーの口調に思わず苦笑した。考えてみれば、ひと月前にエリーがやって来て以来、2人っきりで話す機会はこれが初めてだ。
小国とは言え一国の王の長女として目一杯気位高く育って来たエリザヴェッタは、連邦屈指の科学者であるソレル女史に対しては非常にいんぎんで社交的な態度を取るが、大使夫妻の娘のケイはともかくとして、代々西欧諸国家では蛮族と見なされて来た東方騎馬民族の血をひくサキや、故国では(いわれのない罪ではあるけれども)返逆罪で最高刑が待っているレイを相手にした時、どういう態度をとるべきなのかさっぱりわからずにいるようだった。
へりくだった口をきいてみたり、今のように侍女をさとすような口調になったり、下男に命令する声音を出してみたり、いろいろするのである。
 時代錯誤(アナクロ)だ、とサキは思う。地球において全ての身分制度が禁止されてから既に半世紀はたっているのである。祖父が、アイン族(ヌウマ)最後の族長として統一政府と戦った時代だ。
「ねえ。」 たいして考えもしないうちに、声の方が先に口に上った。
「わたし達がソレル女史について一つの目的を仕上げようとして集まって来ているのである以上、わたし達は“仲間”だと思うんだけど、どう?」
突然の質問に、明らかにエリザヴェッタは面喰らったようだ。
……「あたくしは、これまで他人(ひと)と対等な交際、というものをした事がないのですわ」
いきなりへりくだった口調になる。あーもうやだ。頭痛がして来る。
サキは頭をかかえこんだ。う〜〜と一声。うなる。
「いいや、いいよ。要はお化粧しろって言うんでしょ。面倒みてよ。」
そして何か、エリーの顔がとてもなつかしいもの  どうしても思いだせない  に似ているように思われてくるのだ。
その後長い間、サキはそれを思いだしたくて記憶巣をさぐりつづける事になった。
 
 
 
 
 ジースト到着時点から始めて、ミステリー風に描写を続けながら続々挿話をぶっこんで行き、リア、サキの恋、レイの想い、過去回想など全部通してオーダの事へうづく、ひとつのミステリー大系。

 
 仙魔人(エスパッション)集団(サークル)

☆ 11〜17歳位にかけてのサキの百面相(w)のイラスト群あり。
 
  5000÷3.26=154
  163÷50=3.26   1パーセク≒3.26光年
 
 
 統和 6年 地球統一、遂に完了。
 統和12年 統一者リースマリアル没す。開発途上惑星20余となる。
 統和40年 リスタルラーナ星間連合より全権大使飛来。
 統和41年
(宇宙暦元年)リ・地平和条約締結。

宇宙暦 2年 文化発展15ヶ年計画開始。
        第一回研修団リスタルラーナへ。
 
宇宙暦10年 S.S.S.(スリーエス)
       (リスタルラーナ最高の教育機関)へ、
       第一期交換留学生団出発。
 
        ×   ×   ×
 
宇宙暦14年 リスタルラーナのソレル女史、第三の星間国家
       ジーストを発見。
 
 
そして14年 8月 9日 ……
 
 
               .
 
 仙魔人(エスパッション)集団(サークル)
 
   1.
 
 残暑のきびしい秋だった。
巨大都市リスタルラニア  いや、実は首都惑星リスタルラーナそのものが一つの超巨大都市なのだが  でも、この辺りまで来ると説明不足。、“真夏”というのは暦(こよみ)の6〜7月にかけてなのである。したがって、8月の今は、“秋”。
が、小部屋の窓は『非自然的』な冷暖房を迫害したがるサキの好みで開け放ってあり、内部は朝っぱらからかなりの蒸し暑さだった。
加えてご丁寧な事には、すぐ窓下から始まる公園地区の雑木林の中で、リスタルラーナゼミがギンギンワンワン鳴きたてているのである。
極寒地育ちのレイには、とてもじゃないが寝ていられるものではなかったらしい。ベッドの隣でごそごそやっている物音にせっつかれて、サキもしかたなく眠りからひきずりだされた。
無精がってまずは片方だけ薄目を開け、壁に埋め込み式の時計に目を遣る。
まだ、かなり早いはずだ。
 が、壁にはいつもの時計はなかった。
   ああ、そうだったっけ……。
サキはようやく思い出して、のそのそ起き上がった。
ここは船の中の自分の部屋ではないのである。
周回軌道上にある研究所兼居住用宇宙船エスパッション号に戻る暇がなくて、昨夜はそのままこのソレル女史の小さな臨時用マンションに泊まり込んだのだ。
「……あ、ふ……」
眠い目をしばたいてあくびをする。枕もとのナイトテーブルから腕時計を取り上げると……あれ、もう8時半だ。9時間の眠っちゃったのか  やれやれ。
何がやれやれなのか、とにかくしかたがないので起きる事にした。
レイはと言えばもう既に服を着がえて  彼女はいつも毛布の中で着がえてしまうのだ。幼少時からの習慣で  ベッドから出て行くところだった。
サキもベッドの端に腰掛けて、頭から服をひっかぶる。
なんだか靴をはくのがおっくうだった。が、仕様もない。ここは自分の生まれ育った家ではないのだ。
地球でも、リスタルラーナでも、常に床面を清潔に保って裸足で生活する素晴らしい  サキにとって  風習は、既に事実上姿を消して久しかった。
 さて着変えると言っても替えの服なぞ持って来ているわけはない。どうせ昨日と同じ服に、いい加減摩耗しだした髪止めでとかしもせずに伸び放題の髪をひっくくると、それだけで朝の仕度は終りだった。後はお腹になにか詰めこめば良い。
 化粧? 整髪? ……!?
例えそろそろさほどおかしくはない顔つきになりつつはあったとしても、14歳と14歳半のサキとレイとはどちらも自分の持つ美しさに気がついてはおらず、したがって自分を飾る事に対してもまだ何の興味も持っていないのだ。少なくとも普段の時は。
 「サキ」
「うん?」
なおもぼけっと覚めきらない顔で腰かけている彼女にレイが窓辺から声をかけた。
「来てみ、ちょっといいながめ」
乗りだしつつ言うレイ自身も、白い肌に青色の髪がよく映える。
声の調子につられて立ち上がったサキは、レイの気紛れな金色の瞳を見ながら、もうずいぶんの間朝日というものを見ていないと思った。 それにしても、どうしてこう気分が晴れないのかな。あながち眠気のせいばかりでもないようだけれど。
「ああ、わ、ほんとだ。」
確かに一日の始めにながめるには素適な景色だった。
窓下5m、距離にして10mくらいのところから種々の緑がそよぐ公園地区の木立ちが始まっており、太陽は朝日と呼ぶにはやや昇りすぎのきらいもあったが、それでも遠く小さく青白色の安定した光を投げかけて来る。
空は、金緑色のかかった水色だった。(※)
 二人ともしばらくは無言のままたたずんでいたが、しばらくすると
「あ、あ、あ。また会議場かあ」レイの方が先に口をきいた。
「あは、大変でしょう。マス・コミ相手にするのは」
「そーおサ。それを昨日は車をまわして来るとかなんとか言っちゃ先に逃げちまって、この薄情モン。」
「だってあの場合わたしら関係ないもん。それにちゃんと頃合い見はからって助けに行ったじゃない」
「よく言うよ。10分も人を質問責めに合わせといて」
「それが“頃合い”だったんだよ」
「はっ!」
 レイがすねてみせるのを横目に、サキはくつくつ笑いだした。
 サキ・ラン=アークタス14歳と4ヶ月目。なる顔のイラストあり。
(……だって。レイが真面目な顔してあんなに行儀良くしてる図なんて……そうそう見られたものじゃないんだもの……)
 
聞きつけてレイが、サキの額のすぐ横の所でパチンと軽く空気を弾けさせた。
サキは慌てて“遮蔽”を降ろし、さっと瞬時に臨戦体制に入る。
  つまり、背後のベッドに飛び乗って取っ組み合いのために身構えたのである。
このいたって効率の良い原始的スキンシップ法を二人の間に持ち込んだのは、もちろんレイの方だ。
 が、その時、ちょうど階下から  この建て物は丁度上二部屋下二部屋の2階層式マンションになっていたので  お呼びがかかった。
「サーキ! レイ! 食事ができたってー、降りて来て!」
お仲間兼二人の被保護者、2つ年下のケイが叫んでいる。
サキとレイはちらりと互いに見交すと、無言のまま先を争ってドアへ突進した。
サキは目覚めた時の心の曇りを、すっかり忘れてしまっていた。
 
              ☆
 
 
「視ていましたよ。またやってましたね、あなたがた。」
階下  実は三階  のLDKに飛びこんだ途端、珍しくエプロンなどした姿のソレル女史が、非難と言うよりはあきれかえったという声でいきなり話しかけた。
「まったく嘆かわしいですよ二人とも。14歳にもなったというのに……」
「おはようございます女史。レイはもう3ヶ月で15になりますよ」
 サキが朝のキスで、さっさとその口をふさいでしまった。
 
        ☆         ☆
 
 

(※「空は金緑色のかかった水色だった。<ちょっとたんま! 教科書見て考えておくから! Sep.15」なる姉の書き込みあり。……ってことは、姉が高校で地学を取ってて、私がまだ中学2年時点……の文章だということだ? ☆(^◇^;)☆
 
★さらにラスト部分に「ごちゃごちゃぬかす割にはイギリスファンタジイ風対応だな Sep.20」とか書いてあるし……★( ̄^ ̄;)★

 
 うぅ〜るせぇぇぇぇっ!!
 中坊にそんな高踏的なSF設定ができるわけないだろうっ!

★( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)★””””
 
 
 
 ってことで、そろそろこの辺りから姉に自分の原稿を見せないように隠し始めた頃……だと思われます★ (^◇^;)d

 
 地球統和紀元41年、つまり新紀元  宇宙暦  1年に、ここに居合わせているケイ(ケイト・エレンヌ)の両親で、まだ未婚だったケティア・サーク、カート・エレンヌ両大使が、友好通商及び全面的な文化交流をも含んだリスタルラーナ=地球間完全平和条約を取りつけてから、はや13年たつ。
新しい宇宙時代の黎明期を迎えて、リスタルラーナ星間国家連合と地球連邦政府とは、従来の10パーセク内外という守備範囲を一挙に越え、互いに結びつかんとして空漠とした宇宙空間へ着々と植民の腕を伸ばしつつあった。
エネルギー源の絶対的不足を訴え続けて来たリスタルラーナの、進んだ技術に、若い国地球が結びついて初めて成し得る好挙である。
 (わたしは宇宙時代の一番最初の人間だ)
サキはごく幼ない頃から自分の誕生日を誇りに感じて来た。
つまり、14年前のその日、4月3日に、宇宙人“襲来”の最初の誤報にショックを受けた病弱なサキの母は、その記念すべき日のうちに7ヶ月目だったサキを早産したのだ。
その母も無理なお産から回復せずに6年後サキの初等課入学に安心したかのように息をひきとり、その後サキは殆ど6つ歳上の姉サユリに育てられた。
 誕生の際、「母子ともに危険」だと宣告された難産から無事サキを救い出してくれたのは、女性大使ケティア・サークのとっさの最良でまわされて来た、リスタルラーナの宇宙船医だった。
その話を繰り返し聞かされて育った少女が、いつかリスタルラーナへ行ってみたいと憧れるようになるのも、まあ当然と言えば言えるかも知れない。
当時はまだエネルギー源の問題から、地球−リスタルラーナ間の定期航路は最低でも丸二年はかかると言われていた。
 したがって有資格者以外の一般人の渡航はまだまだ難しく、ましてや初等課2年の児童に許可がおりる可能性など、万に一つもなかったのである。
が、宇宙暦8年に公表された“二国家間交換留学生団募集要項”が、憧れを実現可能な夢に変えた。
幼児教育課程において既に一年飛び級(※)をしていたサキは、両親から譲られたIQの高さをフル活用してなんとかかんとかもう一年をかせぎだし、浮いた一年を徹底した受験準備に費した。
(※) サキの場合、4歳時に幼育課2・3年の進級試験を同時に受け、両方ともうかったので、2年の課程はとらずに3年へ上った。ただし誕生日が微妙なので当人はそのことをすっかり忘れていた。

そして留学メンバー選考を一手にまかされ、地球系最高の水準を誇っている教育機関アロウ・スクールを経て、なんとかかんとかギリギリの成績で留学資格を手に入れてしまったのである。
留学先は、地球−リスタルラーナ定期航路のまっただ中。
両系の親密な発展と繁栄を祈って、どちら側からも一年行程という空間にわざわざリスタルラーナ本星から移転して来た、リスタルラーナ系の最高教育機関S.S.S.(スリーエス)(スリナエロス・ソロン・スレルナン)(と、地球学生から憧れと尊敬をもって呼ばれている)科学部門だった。
 が、サキは留学後半年、12歳の時にそのS.S.S.(スリーエス)からソレル女史のもとに引きとられている。
事情があって、そこにいることができなくなったのである。
以来2年半。
2星系屈指の女性科学者ソレル女史が秘密裡に運営しているESP研究所、可動性宇宙基地(ベース)エスパッション号で、高等教育とESP能力の訓練を受けながら、表向きはソレル女史の側近兼ボディガード(!?)として、サキは現在けっこう優雅な毎日を送っている。
そして……
 
       ☆       ☆       ☆
 
 
 
 
 
☆ 大使が条約を取り付けたって表現はどんなもんかね。大使1人の力じゃないだろうに Sep.20<by例によって姉★( ̄^ ̄;)★
……う〜るせぇっ★ 2歳も下の人間の学力にイチイチ難癖つけて「偉ぶりたがる」テメェのほーが、よっぽど大人げも教養も無いわっ!! ★( ̄^ ̄;)★ 
 
       ☆       ☆       ☆
 
 サキ、レイ、ケイ、ソレル女史の四人が、四人も入るとやや狭く感じられるマンションのLDKで遅い朝食をとっていると、これまたずいぶん遅めに朝のニューズカセットが配送されて来た。
ケイがすぐ壁の映写盤にセットする。
と、聞き慣れた旋律が流れ見慣れたアナウンサーの顔が映り、“昨日午前10時より夜8時まで、2度の休憩をはさんで延々8時間に渡って行われました、第3回臨時星間連合総会の模様をお伝えします……」の声と共に、なんと他ならぬレイの横顔がパネル全体にアップで映った。
「あ! ちょっと! レイよ、レイ!」
「わーっ すごい。あの真面目そーな顔ったら!」
「“そーな”たあなんあのさ、サキ!」
おかげでソレル女史は最初の部分を聞きのがしてしまったのである。
女史が手を上げて制するまでの30秒間、部屋の中では少女たち3人の喚声以外何も聞こえる状態ではなかった。
「……時20分までは、ソレル女史の提出された資料に関する、弱冠の質疑に対して、医師、科学者からなる調査団から応答がなされました。その後1時間半の休憩をはさんでソレル女史の簡単な経緯説明があり……」
 その辺の進行は、むしろアナウンサーよりサキの方が詳しいくらいだろう。なにせ当事者のレイとソレル女史から昨夜たっぷり聞かせてもらってあるのだから。
 
       ☆       ☆       ☆
 
 レイはリスタルラーナでも地球でもない。第三の国、ジースト星間帝国の人間である。帝国とは言っても実際の帝制及び皇帝家の血統は途絶えてしまってから何代にも渡り、現在では数人の枢機卿から互選される宰相職が実権の大半を握っていた。
帝国の首都惑星は、黄色い小粒の太陽“ジーティ神”の回りを巡る、ジレイシャとアンガヴァスの2連星で、地球・リスタルラーナがそうであるように、やはり最長の歴史を持つ文明発祥の地だった。

“ジースト”とは「“太陽(ジーティ)神”の征服地」の意であり、その版図には必ずしも、発生を異にする人類が存在していなかったわけではない。
殊に、首都惑星を形成している二連星、ジレイシャとアンガヴァスの間には、現在に至るまでジーストの文化と政治形態に多大な影響を与え続けている長い確執の歴史があった。
 
 
 詳しい経緯をお知りになりたい方は、図書館へ行って14年7月からのニューズカセットを参照されたい。ほとんど連日関連記事が乗っているはずである。
歴史の苦手な方の為にあえてここで説明を加えるならば、要は、現在ソレル女史始め友人の科学者達数人は、新しい星間国家ジーストの発見と、そことの……

 
             没。
 
 
 
 サキは追い詰められている。歩いている。本当は走りだしたいのだが、それもできずに、歩いている。
 右を見る。
 左を見る。
 雑踏。人混み。騒がしくさんざめきながら通り過ぎて行く人々の群れ。初夏の太陽。風。
  不意に。目の前が赤く、暗くなって行く。視界がせばまる。
汗。汗。じっとりと冷たい汗が全身を覆う。
サキは耐え切れず、わけもわからない言葉を。喚き、叫び始めた。
頭をかかえこむようにして、。路頭にしゃがみ込んでしまう。
   道行く人々のが彼女にそそがれる。
驚き。好奇。そして疑問に満ちた眼が。
 サキは恐怖に駆られて走り始める。恐慌状態  パニック。必死で走り抜ける彼女の上に、大通りを行き交う人々の視線がからまりつく。
 サキは十六歳。まだ少女だ。が、大人びている。明るい表情をしている時にでも、どこかに暗い陰があった。
長い灰色の髪に、灰色の眼。寄宿舎を抜け出して来たままの、ぞろっとしたネイビーブルーの制服姿。
名門私立校の記章のついたベレー帽を、つかんでいる。無意識につかんでいる。

 いつの間にか川べりについていた。人影がまばらになる。サキは歩調を落とす。
木陰にベンチ。サキは腰を降ろす。
 自分がESPERである事は、十二の年に知った。それから三年間、サキは仲間たちばかりの環境で暮らしていた。四年目に、彼女はそこから飛びだす事を願った。そうして今の学校に入ったのである。
   何から逃げているのか、何を恐怖しているのか。サキは自分でも解らなかった。ただ  ……
善良な人々の間に居る事は耐えられなかった。何の迷いもなしに街を歩いて行く人々。外見だけに魅かれて、サキに慕い寄ってくる無邪気な下級生たち。それら、何の穢さも持ち合わせてはいない顔をした、他愛もない人間。
 むしろ、サキは、自分のドロドロした穢らしさから逃れたくて、逃げまわっていたのだったかも知れない。
 
 市民からの通報を受けたのだろう、素行不良な生徒を捕まえて処罰する為に、川上の方から教師と数人の警官たちが歩いて来ていた。
サキは再び恐怖心に駆られて、見つからないうちにと盲滅法に走り出す。  角を曲がった。
 どすん。
 「気ィつけろ!」
 サキは振り向いてしどろもどろに謝まろうとする。振り向いて相手を見、それからまた跳びすさるようにして走りだそうとした。
  サキ!?」
 一瞬間。相手の方が速い。サキは二の腕を捕まれていた。
 「  ……レイ……。」
 極度の緊張からか、それとも逆に気が緩んだものなのか、腕を抑えられたまま気を失って、サキはのけぞるように倒れてしまった。
 
 
 
          (未完).
 エスパッションシリーズ Part 1.
 
 癒えない傷跡 ……第二稿……
 
 宙暦17年。リスタルラーナ上空40万km。  ここまで上って来てしまうと最早“上空”等とは言い難い。
大小2つの月すら足下をはるか横切って行くのである。
そんな高所からの惑星のながめは、なかなかに素晴らしいものだった。
 サキは今、ふと思いついた自室の大掃除が面倒になって、途中で逃げだして来て一服しているところである。と、言ってもロビーは子供達の遊び場をも兼ねているから、そのにぎやかな事と言ったらないのだが、本に頭を占領されているサキにとっては、まあ、存在しないも同然である。
そんな様子の彼女を見て、
「何、読んでるの?」と、前を通りかかった少女が例の調子でちょっかいをかけて来た。
「ん? ああ……万葉集だよ、ケイ。」
字義通り没頭していたサキは、半ば呆けたような表情で顔を上げながら相手に書名をさし示した。
「またァ?」 ケイが愛らしい群青色の瞳をあげて、あきれた声をたてる。
「たっぷり20世紀は前の本なんでしょう?! それ、そんなに面白い?」と言うのだ。
実際には25世紀近く昔に書かれたものらしいね、とサキが答える。
「これの良さが解らない方がどうかしてるのさ」 そう言って本を閉じると、
「あら、まあ、偉そーに……」とケイが反撃する。「なんなら化(バケ)学の面白さでも説明しましょうか?」「ヒエッ!」
 つまるところは、本と言えば少女小説しか読まないケイと、化学と聞くと回れ右して逃げ出すサキとの、いつもの通りのかけあい万才なのである。
そこへ、
「良くやること、ね、おふたりさん」 とばかりに、世紀の金髪美人(ブロンドグラマー)エリザヴェッタ・アリスが割り込んで来た。「お茶を入れたのだけれど……いかがかしら?」
「わっ♪」すぐにケイが手をたたいて喜ぶ。
「サンキュー、エリー!」 サキも笑って手を伸した。「お茶」と言うよりもお茶菓子の手造りケーキの方へである。
 3人がジョークの2つ3つ飛ばしながらお茶に口をつけた時だった。壁の向うの廊下の辺りからレイがテレパシーでサキに話しかけて来た。
(サキ!!)
気づいて、サキの飲みかけた茶碗の動きが止まった。(何!? レイ)
 
 
 
              (未完)。
 
   どうして  ……?
なぜサキはあんな風に、いつも孤独(ひとり)でいようとするのか? それがエリーにはどうしても理解できなかった。サキは、いつも誰よりもほがらかに笑って見せるんだのに、ある時ふっと気がついてみると、その笑顔の下からどうしようもない真実にも似た淋しさがのぞいているのだ。
彼女がいつになくその固く閉じこもったからの存在を見せつけてしまってから、かれこれ3時間近くもエリーはその事ばかりを落ち着かなく考え続けていた。
 それに、サキの安否も気にかかるのだ。
 自分が友人として愛している人間が一人っきりで闘っているかも知れないような時に、側に行って手助けする事ができないという事実は、ひどい劣等感となって心にのしかかって来る。エリーには、彼女について行くだけの能力もないのである。
すぐ隣りではケイが、いかにものんきそうにして何かを五線紙に書きつけていた。
地球の古代楽器に関するレポートの一環なのだろう。指を使うのがおっくうなのか、速度が遅くなるから提出に間に合わないのか、体の左側  座っているひじのちょっと上あたりに  写本している何かの総符を宙に浮かばせて、そのまま残留思念を頼りにあちらこちらとテレコキネシスでページをめくっている。
   悪いくせだわ。やめさせなくては。
 そうは思いながらも声をかけるではなく、エリーは何気なしに壁の時計へ目をやった。あと二時間でレイが戻って来る。
すぐにサキを探しに行ってもらったところで見つけ出せるのはいつの事なのか。
 (それまで何事も無ければ良いのだけれど  ……)全て自分の無力さが災いしているのだ。
 「えっ? 何か言った?」
 知らないうちに心の壁にすき間ができていたのだろう。ケイが彼女の心の断片を聞きかじったらしい。
さらに自分の無能力さを思い知らされて苦々しく思いながらも、エリーはつとめておだやかに首を振った。
 「……なんでもなくてよ、ケイ。それより本を扱う時にはきちんと手をお使いなさいな。サイコキネシスで宙に漂よわせておくなんて、行儀が悪くてよ。」
 ケイは首をすくめて本を引き寄せると、今度はちゃっかり書く方のペンを手から離して動かしている。エリーは少しばかり噴きだしそうにしたが、笑みは頬に張りついたまま、手の平の雪のように溶けくずれていってしまった。
 
 
               .
 
 「サキコ・ラン=アークタス。通称サキ・ラン。……フム」
 先に送られて来ていた書類の一部をざっと思い返しながら、“ボス”、リグビー,リテロ(リグビーが名字である)は、目の前に立つ少女を見るともなしにながめていた。
 いや、ながめるなどというのは誤りである。知らぬ者の目から見ればぼんやりした一べつ、ともとれる表情の下で、“ボス”=保安局特殊そう査課長は、瞬時にして少女の全てを把握していた。
 身長171〜2cm、身長約27ピアレス、体重473レア。胸囲B・W・H、上から15−10−14.7。髪・腰の上までの長髪、自毛、青味がかった灰色。瞳、同色、コンタクトなし。はだの色  黄金がかった淡いアイボリー……
いや、そんな事はどうでも良かった。全て書類通り、立体写真通り。ただ彼の冷徹な黒い瞳を(それとわからない程とは言え)ゆらめかせたのは、少女が一見してかなり華しゃそうな外見を持っている事だった。
 27ピアレスと言えば、女性にしてはかなりの長身である。15−10−14.7、すらりと引きしまってはいるが、脚の肉づきも良い。はっきり言って、比類まれな、という程の黄金の優れたスポーツ選手にのみまれに見い出される、完璧に均整のとれたプロポーションと、言って良かった。それが、なぜ、ほっそりと優しげな印象を与えるのか  ……
しばらく、(といっても、コンマ2.3秒)黙思した後に、リグビー=彼、は、解答を後刻に譲って立ち上がった。
どのみち、この少女は今日から完全に彼の指揮下に入ったのだし、観察する機会はいくらでも得られる筈なのである。
 
  彼女=サキは、外見より余程緊張してその会見に臨んでいた。
今日から、この男=彼の指揮下に入るのである。命、及び全運命をゆだねる相手と言って良い。濃色のサングラスのかげにひそんだ暗く、冷たい瞳。しゅう念のように伸びた闇のストレートヘア。細く高い鼻筋、白い肌。サキの目にとまった男の特徴と言えば、せいぜいがこのくらいのものであったろう。しかし、彼女にはそれで十分だった。大丈夫、この人は それ以上を知る必要はとりあえず……
 ないのである。
 
  そこは、とある巨大な地下構築物の中に一室であった。広いフロア。白々と証明が周囲を照らしている。
「良かろう。」リグビーはうなずいた。「今日から君はわたしの指揮下に入る。わたしはリグビー、リグビー,リテロだ。」確認。サキは肯く。
「特捜課の性格は既に知っている事と思う。特捜課は保安局の一分室でありながら、保安局との間に命令系統を置かない。特捜課はありとあらゆる情報の収集と共に刑事・民事・及び国際関係等における大規模な陰謀・犯罪のせん滅を任務とし、物量作戦の必要な時にのみ、保安局長との信頼関係に基づいて協力を要請する。  保安局一般側で我々の手を必要とした場合にも同様で、わたしの所へ出動依頼が来る。」
再びサキは肯く。彼女の場合、弱冠17歳での入課というのは、それと同じ伝手(ルート)をたどった挙句のものだったので、ある。
「君は現保安局長の要請でこの課に受け入れられる事になった。説明を受けた君の“特殊能力”というものについても、わたしなりの認識は持ったつもりだ。  一抹の不安は残るが」
「超能力というものは、理論的には誰しもが持ち得る筈の素養なのです。ただ発現するかしないかと言うだけで」
「それは聞いた」
 リグビーは  書類に記載もれだった彼女の特質を発見して内心きょう嘆しながら  素っ気なく言った。
「書類、資料、それから君を推してきた人間たちの人物に信用をおいて、特捜課は、異例として君を即日採用で活動網にくみ入れる事にした。」
「はい」サキは手で示されて椅子に腰を降ろした。これでリグビーリッガーにはサキに関する疑問点が3つに増える事になった。  最初の一つと、なめらかでどこか優しい芯のある肉声の声楽的な音域分類名称。そして、この地味めだたないが時折り息をのむ程に美しい洗練された挙措動作、及び躾が、いかなる人物のどんな教育によって培われたものであるか  である。
「第一の任務を言う。君はこの後直ちに特捜課養成所に入所。半年以内に第三課程をり修し、いずれの課目も中の上〜上の中程度の成績をとらなければならない。」


     リグビー・リテロ
     リガー
     スガル・リグビー

 
  サキは顔色一つ、顔筋一筋動かしはしなかったがあからさまに表情をかえるような礼儀知らずな真似こそしなかったが、それでも瞳の奥に不満と疑問の色が浮かぶのをまでは隠しおおせる事ができなかった。養成所の卒業までには8年かかる。そのようなムダを費やしたくなかったからこそ、無理を言って伝手をたどらせてもらったのではなかったか。
「にらむな」
彼=スガル,リグビーが、この男にしては打ち解けたといって良い表情で唇の端をつり上げた。彼にしては、会って話をするのこそ始めて直接顔を合わせるのこそ初めてとは言え、目の前の少女の人柄を満更知らないわけではない。これまで2〜3度、この彼女が否応なしにまきこまれてしまった事件を通じて、部下から話を聞きもしたし、映りの悪い映話(ビジフォン)を通じてごしに二言三言かわした事もある。少女=サキは有能だった。銃その他の武器の扱い、格闘技術、探索には不可欠の特有の勘のひらめき  ……。その点では、とても素人だなどとは思えない。即日実戦に投入しても大丈夫だ、という確信がある。しかし。
「第三課程の教育課目は、変装術、暗号学、隠密行動における基礎知識と実習訓練などだ。承知しておいてもらうが、特捜課員の活動においては、これまで君の見てきたようなハードボイルドな面が占める割合は、低いのだ。大部分が地味なスパイ行動に占められていると言っていい。  ちょっとした不満程度でいちいち目の色を変えているようでは、生きて帰っては来られん。
もう一度言う。サキ・ラン=アークタス。君は今から養成所に行き、普通なら最低一年かかる第三課程をり修、半年以内に戻って来る事。それとどうじに……」
サキは座り直した。彼=スガルの言葉に、ただ訓練を命じるのとは異ったを感じたのである。
スガルはふっと言葉を切って、この異常に勘の良い少女  今は、スガルも、サキが少女と女性nちょうど中間点にいるのだという事に気づいていたが  をながめ直した。  これも超能力とやらの一部なのだろうか?
「半年後に、ジーストの国家元首が我がリスタルラーナを訪れる。」
 サキは肯いた。知っている。未だ政府要人の一部にしか通達されていない筈の機密事項ではあるが。
「その際の警護の大半は、通例で、我が特捜課が請け負う事になっている。臨時に大人数を必要とする任務には、指揮者を除いて全て養成所から動員する」
 サキの脳裏にある考えがひらめいたが、先回りして話し出す程、軽薄ではなかった。
  ……その勘の良さも超能力とやらの内か?」
「え?」
サキは不意をつかれてキョトンとする。サキには予知能力は殆ど無い。テレパシーは自己暗示で封じてある。自分の勘の良さと、超能力とを、それまで結びつけて考えた事は無かった。
「まあいい」スガルがあいまいに手を振る。
「その養成所に、逆スパイが潜入。人数・性別・階級などは一切不明だが、かなり組織立った動きを見せて情報を外部へ流し続けている。サキ・ラン、任務は、第三課程の終了、逆スパイを派遣して来る組織の正体の探索、同じくその目的の調査。計3つだ。いずれも半年以内に遣りとげろ」
「了解。」
 りんとした、涼やかで一本芯の通った声で短かく答えると、サキは立ち上がって部屋から出て行こうとした。
「それから」
 少女の野鹿のような後姿に目を遣りながら、男はあわてるでもなしにつけ加えた。
「おまえの任務と正体について知っているのは、わたしの他には養成副所長のみだ。そのつもりで行動しろ。」
 サキは黙って肯くと出て行った。それだけ聞けば、解る。
   つまり、養成所長自身もが、クサイ、のだ…………。
 
 
    (第三者描写!!) 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 

 養成センターと保安局本部は、きっかり惑星半周分の間を隔てて建造されている。万ヶ一どちらか一方の機能が破壊された場合を想定して、遅滞なく組織の移動ができるよう備えてあるのだ。
 あれから三日後、身の回りの品の入ったショルダーバッグ一つを携えて、サキは幾重ものゲートをくぐり抜けた。
 「ようこそ、サキ,ラン。書類は回って来ている。第三課程に編入。体術訓練ははぶく、だな?」
 「はい、教官。よろしくお願いします」
 「む、わしは第3課教育主任のルゾンだ。」

 
 
 
 
               
ぁぁぁ……☆ スケバン刑事の、影響モロ出し……(^◇^;)……
 
                 .
 
 「ヤスカ・イルレム少尉、今度の君のおまえの次の任務だ」
 薄汚ないメトロの便所の中で、彼は上司からの伝達を受けとっていた。映像などばく然と人の姿だという事が判る程度のヴィデオ・カセットである。画面には、あまり暗いので、かろうじて男性らしいと思える程度にしか解らない人物がぼんやりと映っている。
「見たまえ」「これを見ろ」
 ぱっと画面が変わって、鮮明な一人の少女の姿が現れる。そのまりの光度差に、一瞬、彼にはその少女自らが銀色の光を放っているかのように見えてしまう。
画面は次々に動いてその少女の様々な角度からの表情、姿勢、体型などを見せてよこしたが  中には変装した(つもりらしい)スナップなども数葉あったが  を送ってよこす。
それと同時にかなりの量の数値的な情報をも、彼は、現われては消える細かな字幕の網から読みとっていた。
「で?」と、無駄と知りつつヤスカは、は、まるで通話中であるかのように低い声で疑問視をさしはさむ。
 
 すると、の事は全て知っているが、彼の方では未だに、そして一生、正体はおろか名も顔つきさえも解らぬ男=暗闇の箱の中の上司が、質問に呼応するようなタイミングでにして、本題を切り出すのだ。
「名前はサキ・ラン=アークタス。サキ・ランの通称で通しているが、地球人だ。この女が、今度特例として特捜養成センターへ入所する。特捜(エス・ピー)課に就任する事になった。おまえの任務は、この女に近づき、S・Pになろうという意志を半年以内にくじかせること。ただし、一切の危害を加えてはならない。できる事なら恋を仕掛けて一生を家庭に閉じ込める事が望ましい。  この女が自然死に至るまでの一生を監視せよ。」
「監視? つまり、ボディーガードが目的か」
 一人問い返す彼の声を尻目に、画面の人影は中途で消えた。  たまにはタイミングをはかり損ねる事もあるものだ。
  は、ついに俺の一生を縛りつけやがったか」
 彼は吐き出すようにつぶやいて、薄汚れた彼本来の世界影の世界を後にした。
 
 
              (^◇^;)
                                 
                                 P1
「おーいだれか、サキ知らないか?」
「知らないっスよ監督。」
「あら、さっき映話室の方へ行くのを見かけたけど?」
「またなんか事件なんじゃないのかい」
『監督』は大袈裟に詠嘆を演じてみせた。
「ああったくもー! 月に一度の撮影日ぐらいちゃんとスケジュールを開けとけないのかね!」
スタジオ中で笑った。みんな忙しい。多忙な中、無理に一日開けて、月に一度は必ず集まって来るのだ。
サキ他数人が特に忙しく、定期的に生活できない仕事にたずさわっているらしい事は、みんな承知していた。
にも関わらず、サキが女主人公(ヒロイン)役を引き受けたのは、全員の熱望と数人の策略  サキ自身は陰謀だ!とわめくが  
によるものだった。
だから彼女になにか不都合が生じて、その日の撮影が予定通りに進まなかったとしても、だれも怒る者はいなかったのだ。
そもそもこのアマチュア総合芸術集団『オリ・キャラズ』自体が、あっちこっちから集まってきたきさくな若い連中ばかりだったから。
 
 (ああったくもー! 月に一度の撮影日ぐらいスケジュールを……)
建物からかけだそうというサキの頭に、ひょいと“監督”の思考
                                 
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……が飛びこんできて、サキの感情と重なった。
まったくだとサキも思う。本業副業アルバイトに学校と、一日百時間あってもたりなくなりそうな多重生活者サキは、平日の夜や午後の練習に顔を出せる機会も少ない。
せめて撮影日くらいは、  自分の出番がないにせよ  きちんと仕事を手伝いたかったけれど、どうしてもさっきの映話が気に掛かるのだ。
いや、正確には映話でなく、相手によってあらかじめスクリーンスイッチの切られた、密告電話である。
信憑性がまるで無いばかりか、なんらかのわなである危険性さえもないとは言い切れないのだが、今サキが追っている事件は泥沼で、それこそわらでもつかみたいのだ。
ことわらずに出て来たのは悪かったかとサキは一瞬ちゅうちょしたが、確認するだけですぐに戻ってくれば、午後までには戻って来られるだろうと考えて車に飛びこんだ。
 
 密告電話というのはこうである。
  保安局特捜課(ジャネット)のサキ・ランかい? 暗黒(ブラック)組織クークーのネタが欲しけりゃ1時間以内にジンヴィーズのカフェまで来な。』
ジンヴィーズ通りというのは、首都惑星リスタルラーナの商業区と緑地帯の中間部にある、レストラン等の多いちょっとした街の事だ。
無論このふざけた名前は隠語であるが、そこのとあるこじんまりとしたカフェテラスが、実は裏の世界と表との接点の一つであることは
                                 
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サキも先刻承知していた。
 そこへ言われた通りに一時間でつく。
サキは幾人か顔見知りの情報屋たちの姿をおもいうかべてみたが、そこにいるのは一般の、何の関係も無さそうな人々ばかりである。
しばらくたたずんでいたが声をかけてくる者もない。
思念波を探ってみても、見つからぬ。
サキは拍子抜けして車に戻った。一体なんだっていうんだろう。
再びエンジンを始動させて緑地帯  公園区  の方へ抜ける。
スピード制限があるため徐行しながら、あっちこっちへ考えを巡らせていると、角を曲がった所で、不意に一人の子供が視界に飛び込んできた。
ようやっと歩き始めたばかりの頃なのだろう。小さいのが、たっぷり5mはある木のてっぺんでちょこなんと枝に腰かけている。
年のわりにはみごとにバランスを保っているのだが、いかんせん、枝の根かたが重みにたえかねて今にも  折れた!!
ドアを開けるのももどかしく、サキは車から飛び降りた。
そういう時、エア・カーは自動的に停止するようセットしてあるから問題はない。
サキは子供を一旦、一段下の枝にひっかけたが、すぐまたその
                                 
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枝も折れてしまった。
ざざざっ!
悲鳴もあげず、その子は垂直に落下してくる。
3m 2m 1m   ジャスト!
ぎりぎりの所で、サキは子供を抱きとめた。
ショックをやわらげるため、そのまま地面にころがりこむ。
「う〜〜〜!」
サキはうなった。
もろに頭を木の根っこにたたきつけたのだ。
ドジさ加減だけは一生直らない。
子供は怯えた様子もなく、きょとんとして空を見上げている。
サキはなんだかおかしくなった。
「それにしても、まあ、いったいどうやって登ったのかいな」
5mである。
サキは頭をさすりながら上を見あげた。
 本当なら距離から言っても念動力(サイコキネシス)で落下を食い止める方がよほど簡単なのである。
が、場所は人出の多い公園の中。だれにも見られずにすむ心配だけはまずなかったから、めだつことはなはだしいまねは避けねばならなqい。
サキは子供を抱いたまま、ようやっとの事で上半身を起した。
服が泥だらけ。とんだ災難だ。
                                 
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「あっ痛っ!!」
ついでに足までくじいたらしい。
「ペル、ペリル!」
若い父親らしい動てんした声がかけつけてくる。
サキは子供を抱えあげた。
「大丈夫!ほんのかすり傷ぐらいしか負っていませんよ」
ちょうど逆光になって、若い父親の顔はよく見えない。
彼は子供を受け取ろうと両腕を伸ばしたまま、サキに気づくなり、はたと動きをとめた。
  サキ!……」
「え?!」
まぶしくてしかたがないので、サキは木の幹に体をささえて用心しいしい立ちあがった。
手ぐらい貸してくれればいいのにと思う。
わたしを見て驚いているようだけど  だれだろう。
左手を上げてちょっと光をさえぎるようにして、サキはそのよく光る切れ長な灰色の瞳で相手を見やった。
「あっ!」
      セイ!
 それに気づいた時、なぜだかサキは不意に逃げだそうとした。
背後の木をよけるために不自然な方向へ体をひるがえし、
                                 
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ためにサキは今くじいたばかりの足をさらにねじってしまった。
「痛(つ)っ!!」
がくんと前のめりに倒れそうになった彼女の腕を、危うい所でセイが捕えた。
がっしりした力でサキをひき起こし、小刻みに息を荒くしている彼女を、小鳥でも扱うかのように包みこんだ。
  まてよ。」
サキは軽いショックで青ざめている。めまいがして過去にひきもどされそうだ。
セイもこの再会にとまどっているようだった。
「なぜ、逃げるんだ……?」
 ジーイ ジーイ とセミによく似たリスタルラーナの昆虫が鳴いている。
木もれ日が、芝生にもサキの肩にもまだらを作り、ペリルと呼ばれた男の子は、親指をくわえたママ、きょとんとして二人を見あげていた。
一分たったか、十分たったか、かなりに思われる時間が過ぎて、サキはようやく平静をとりもどした。
「ごめん。もう大丈夫。」
なにが大丈夫なのか、サキはゆっくり振りかえった。
「久しぶりだね、セイ。」
 
 
 
              (未完).
 
   幻(まぼろし) (仮題)
 
 不吉な予感にせかされて、オートロックの具合も確かめず、古めかしい、はっきり言えばとうの昔に取り壊されてしかるべきだった安アパートの非常階段をかけあがる。
ガランとした灰色の空間。
ガランとした空虚な空。
じめじめした路地裏を、彼女の高い靴音だけがカンカアアンと吸い込まれる波紋のように渡って行った。
冬の早朝。
光の無い町。
サキはダンダンとドアをたたいた。
開かない。
彼の気配がない。
ノッブに精神を集中させる。
1、2、3!
ものの三秒とたたぬ間に、鍵は弾かれたようにはねあがった。
 パッ、と目に飛び込んだのは、キャンパスいっぱいにきらめいている虹色のガラス玉と、浮かぶようにまどろんでいる美しい裸身の女神。
その下で彼が冷たく満足気に横たわっていた。
右手に絵筆を、左手に紅く染まったタオルを握りしめたまま、死でさえ彼の頬に浮かんだ幸福の輝やきを消すことはできなかった。
  ああ、そうか。できたんだね……?」
サキはそっとドアを閉め、鍵をかけた。
 
 サキと彼とが出会ったのは真っ暗な、星一つ見えない晩だった。
ビルの谷間を縫ってサキは戦っていた。
相手はおよそ30人。
腕利きの殺し屋集団。
全員がA級(クラス)の超常能力者だから防御(ガード)が固くて精神攻撃は利かない。
跳躍(テレポート)して背後にまわり込み、光線銃(レイガン)を発射して再び移動(ジャンプ)!!
右へ、左へ、後ろへ、下へ、撃つ、跳躍(ジャンプ)、撃つ。
さしものサキも苦戦を強いられていた。
多勢に無勢。
ましてサキは不意打ちの最初の一撃で左肩に傷を負っている。
流れ出る血が生暖かく胸を濡らし、彼女は次第に息が荒くなっていった。
手当てしようにも息つく暇もなく攻撃され、精神を集中して傷口をふさごうとすれば、殺し屋たちが逆に傷口をねらって精神攻撃をしっけてくる。
 それでもようやく半数ほどを倒し、残る15人をまいて走り続けるうちに、いつしか彼女は半ば崩れ始めた旧市街の下町(ダウン・タウン)に迷いこんでいた。
「どうやら追跡をあきらめたらしいな。」
サキは荒く肩で息をしながら、光線銃(レイ・ガン)を握ったまま手の甲で額の汗をぬぐった。
手がこわばってなかなか光線銃(レイ・ガン)がはずれない。
調べてみると、最後の、三個目のエネルギーカプセルを丁度使い果たした所だった。
 緊張感から解放されると同時に恐ろしいほどの疲れが出た。
傷の手当てをする気力もない。
  ここはどこだろう。とにかく歩かなくちゃ。
腕をつたって血が滴たり、前世紀の石畳に跡をつけてゆく。
ガランとした細長い空洞に化け物じみた建て物がのしかかってくる。
こういう所ではなにかが背中からおそいかかってきそうだ。
殺し屋ではなく、人を取って食う幽鬼どもが。
意識が遠のく。
と、その時、奇跡的に生きながらえていたただ一つの灯りの下を、だれかが角を曲って歩いて来た。
見覚えのある髪の色  レイだ。
  レ……イ……」
 
 
 
 虹、虹、虹、見渡す限りにきらめき、飛びかう無数のガラス玉の夢の中で彼が歌うように繰りかえしていた。
  そうだ。そうだ。そうだ。きみのいるべき所はここなんだよ。これがきみのあるべき姿だ。虹だ。虹だよ。虹色のガラス玉の中だよ。忘れちゃいけない。絶対に忘れるんじゃないよ。いいね、サキ。いいね。いいね……。
「待って!どこへ行くのルーカス!?」
ハッと目覚めたサキの目に飛び込んで来たのは、赤く浮きだした壁の時計(デジタル)。
12月2日、午前3時40分。
人は、死の瞬間、恐ろしい程の感能力(テレパシー・エネルギー)を持つという。普通人も、死の瞬間には恐ろしいほどの感能力(テレパシー・エネルギー)を持てるものだと、言う。
サキはその時にほとんど全てを了解した。
知りたくはない、が、行かなければならないのだ。
彼女は手早く服を着て宙艇格納庫へ向かった。
 
 
 
 ……彼、ルーカスにその事を聞かされたのは二度目に彼のもとを訪ずれた時、そう、その日がちょうど三ヶ月前の今日だった。
宇宙の闇と輝きの中をリスタルラーナ母星の小さい方の月、リエスにある古いドーム・シティに向けて宙陸両用のロケット・カーを操りながら、彼女はその日の事を思い出していた。
 ……薄暗い、まもなく閉鎖される旧市街の、高層ビルの谷間の一角。
前時代の遺物のような鉄製の箱型エレベーターさえ故障して動かない彼のアパートのドアをノックすると、少し以外そうな彼の声がどうぞと答えた。
「やあ、きみは……」
「今日は。この間はどうもありがとう。ろくにお礼も言わないで出ちゃったんで気になって……。少しおじゃましてもいいかな。」
「どうぞどうぞ。退屈してた所なんだ。大歓迎だよ。」
「へー。あんたん所(とこ)にお客が来るなんて珍しいじゃん。」
部屋の隅のおよそ旧式なガスコンロで料理していた青年がニヤついた。
「しかもこんな美人!あんたも隅におけないなー。おい、紹介しろよ。」
「バカ言え。さっき話ししたろ。この間ケガして血まみれでころがりこんできた奴だよ。」
「ああ、なーんだ。でもあんたこんな美人だなんて言わなかったじゃん。殺し屋に負われてる女スパイだなんて言うから、おれ、こーんなの想像してたんだぜェ。」
青年が両手で目尻をつり上げて見せたので、サキと彼は一緒にふきだした。
「ところでルーカス、昼メシの仕度はできたんだが、あんたそろそろベッドに戻る時間だよ。」
「おいおい。せっかく久し振りのお客が来てるってのにそうそう重病人扱いしないでくれよ。」
 サキがどこか体の具合が悪いのかと尋ねると、彼はうかない顔をしてたいしたことはないと言った。
青年はニヤニヤしながらお盆を持って来た。
「あっは。どーも不粋な事を言っちまって……。お嬢さん、おれ帰るからこいつよろしくねェ。こいつさァ、このとうりの貧乏暮らしでエーヨーシッチョーにかかってんのよ、栄養失調。だから無茶してまたぶっ倒れるようだったらやさし〜く介抱して、なんか栄養のあるものおごったげてよ。頼んだねェ。」
にぎにぎしく騒ぎたてながら声の主はすっとんで行って、最後の声ははるか階段の下から怒鳴っていた。
「……ルーカスゥ、へんな気おこしておそうなよォ!」
「! あのイカレポンチ野郎!!」
サキは一人で笑いころげていた。
 彼が食事を始めると、しばらくの間部屋の中は食器のカチャカチャあたる音だけになった。
  殺風景な部屋だなァ。
西向きの窓が一つ。
部屋の隅のすり減った流し台と旧式ガスコンロだけの台所(キッチン)。
バスに通じているらしい、ガラスにひびの入ったドア。
味気ない粗末な鉄製のベッドと色のはげたテーブルが一つづつに同じくがたの来たイス二脚。
それから、窓の前の空間をでん、と占領している、かつては豪華であったろうと思われる  今では元の色もわからないほど古ぼけた  ソファーの影にかた寄せられたイーゼルや絵筆、カンヴァスの山……。
「あれ、あなた絵を書いているの?」
「え、……ああ、金が続かなくて美大は中退しちゃったが、一応画家の卵だよ。……ところできみは食事は?」
サキがもうすませて来たと答えると、彼は本も何もなくて退屈だろうから、興味があれば彼の絵を見てもいいと言った。
 職業柄芸術方面にも知人の多いサキは、絵、特に新人や画学生の書く新鮮で荒けずりな絵を見るのは好きだったので、大喜びで手近にあった数枚を手に取った。
 「……きれい……」
灰色の部屋の中いっぱいに、一時(いちどき)に深山(みやま)の春が訪れたようだった。
峰々を望む高原の、キスゲの群れ咲き乱れる6月。
「……これ、女神マイラね!? こっちのは英雄マイルダイ・シャサ?」
「きみ、あの神話を知ってるのかい?!」
  ああ!もちろん!! これはあの双生児(ふたご)の皇子と皇女でしょう?! これは  ああ………………すごい!! イメージどうりだわ!!なんてすてきなの!!」
彼女はルーカスも超能力者であればよかったのに、そうすればこんなたどたどしい言葉ではなしに、思いもかけない場所で愛する人々に出会うのがどんなに幸福(しあわせ)か伝えることができるのにと、灯のともった胸を左手で包むようにして考えていました。
サキの灰色の瞳がまるで貝の火の火明(ほあか)りのふうにして部屋の中の輝やきを増しています。
彼はそんな彼女のかもしだす不思議な輝やきの空間をじっとながめているうちに、不意に食べかけのお皿を置き放したまま立ちあがった。
「きみ、今は休暇中かい?ロケット・カーで来てるんだね?」
「え、……うん。」
「頼みがあるんだ。母星(リスタルラーナ)のサリールカ高原までつれて行ってくれないか。」
 サリールカ高原と言えば地球(テラ)のアルプス山脈と並んで烏忠一と称されている広大な花畑が広がっている所。
サキも長い戦かいで心が疲れた時など、花の中に埋もれてただ涙が流れるにまかせていたことが少なからずあった。
  でも、あなたは  。」
体の具合が良くないのでしょうと言おうとして、サキはその時始めて彼の笑わない悲しい目に気づいた。
  うん。いいよ。」
彼女は持っていた絵をていねいにもとの所へもどすと、そっ、ともう一度触れるか触れないかほどに手を動かして、席を立った。
 
 
             (未完★)
(p.5)
 「ん。ちょいとね。衣装とか小道具がもっと資料欲しいって言うんで、地球(うち)まで取りに戻ってた。」
 「実家(うち)って……極東平野出身だっけサキは? え、資料って  
 「母の遺した書庫にね、あの時代の古書がごっそりある。」
 「ウソだろだって、俺いま図書館行ってた帰りなんだけど、前アーマゲドン期の伝説に関しちゃそもそも出版点数自体が極端に少ないって」
 「司書コンピューターが言ってた、だろ?」
 「そーそー。いったい作者(まやと)がどうやって脚本を書いたのか今不思議に思ってたとこ。……あれ、どうして……」
 ニッ、とずるがしこっぽくサキが微笑んだ。
 「誰が…

(p.9)
…球的レベルの文化遺産じゃない、かなり個人的な資料が紙に書かれた形のまま大量に保存されてあったってところなんだ。」
 「カミに。へー、そりゃ貴重……」
 「だろ。で、そこの所有権とか版権とかは全部わたしにあるんだよね。管理と研究は一応考古学会に全面委嘱してあって、今、リスタルラーナ科技庁の協力で、研究者用の分子レベルまでの完全コピー、限定制作しているんだけれど  これがで手にはいる。」
 コホム。効果をねらってサキは一息ついた。
 「早い話が資料、翻訳して真谷人のところに持ちこんだの、わたしなんだ。磯原清の日記帳とか、アルバトーレの予言の書の写しとか  まあいろいろあってね。」
 「ぐわっ」
 “清”はうなった。
 「冗談だろ!? まさか、じゃ、あれ全部  ……」
 「実話だよ?」

(p.10/ver.1)
 微笑んだその横顔が光に透ける。
 「地球人は  、わたしらはもっと自信を持っていい。リスタルラーナには5000年の昔からの整理された記録があるからって、みんなついコンプレックスを抱きがちだけれど……地球にだって1000年の『大空白時代』をさらに逆のぼれば、神代の伝説として伝えられた最終戦争前の、6000年以上の有史時代があるんだからね」
 「6000! う〜〜、概念の外だな。神々が世界を創りたもうたのが一千の時の彼方だってェのに俺ンとこの信仰じゃ」
 「あは、何所もそうだよ、地球はね。だからこそいいんじゃない? 若い世界でさ。」
 「10もの世紀をつかまえて若いなんぞと言わんでくれ!」
 悲鳴をあげる“清”をサキはケラケラと笑いとばして。
 「甘い。知りあいでリスタルラーノ考古学かじってる奴がいるけどね。なんと研究の対…

(p.10/ver.2)
 からからっと笑ってのけてサキは平然と言う。
 「う〜〜。ンなわやくちゃなっ」
 伝説はあくまでも架空のものであって欲しい  んだよね、“清”みたいな現実主義者(リアリスト)にとっては。
 「大体あの話、フィクション臭い挿話(エピソード)の方がよっぽど多いじゃないか! 磯原清が実は超能力者(まほうつかい)だった、とか精霊の意志がどうとか、リスタルラーノには理解できないだろう古い概念(ものがたり)ばっかし」
 「ESPと言って欲しい……。すいませんねェ、現実に穴をあけちゃって。」
 「まさかサキは信じてるわけ。その  
 「いわゆる超常現象ってものが実在するってことを知ってるよ
 余裕  というか、かすかな自信とも呼べるものをサキはきらめかせて微笑み。
 それからくしゃくしゃっと前…
 

(p.10上欄(枠外)のMemo)

「連盟文化吸収の弊害だなァ。つい20年前までは地球人は代々のその伝え語りが現実を示しているってことを知っていた筈なのに。なにも『先進(リスタルラーナノ)』文明に染まって自分の“現実”の範ちゅう(境界)をせばめてしまう必要はないんじゃないの?」

 
 
               .
 エスパッション通信。
                        翻訳・(本名)

  その1.我が悪友どものこと。
 
 こんにちわ。
 (夜読んでる人、イチャモンつけるのはやめましょうね)皆様のだしゃべり作家、通称ティリーさん、ことティリス・ヴェザリオでございます。
 いやあ。お陰様で。
 人気投票で賞なんか貰っちゃったおかげで晴れて編集部づとめを引退、今度っからは毎号連載だもんね、毎号連載。いつもいつも、一定のスペースが空いていて、好きなことが書かせてもらえる。
 うわあ。まるで本当に作家になっちゃったみたい。
 (編集部註:この人、まだ自覚がないんですかね)
 もっともこんなミニコミ同然誌3流雑文書の端くれに混ぜて貰っただけじゃ自慢にもなりやしないけど。
 (後日談:編集長がイジケました)
 ともあれ  ですねェ、ともあれ。
 自分が〆切り……なんという響きだ!……に負われる身でありながら他の人の〆切り追いかける、ってのも変な話だろうし。で、やめたんですよね、あたし。“ギャウザー”の編集部。
 もともとが安月給でしょう。科学庁統計局時代の貯金なんてのも既に使い果たしちゃってから久しかったし、退職金でまたマイクロ・カセット棚(ほんだな)増やしてしまった。それでいて、今のところまだ、確実に定期の仕事っちゃこれ1本。うーむ、我ながら無謀だなァとは、思う……
 それで今、生活費をせめて浮かす為、某所にころがりこんでいます。
 
 某所。  《エスパッション号》、という。リスタルラーナ星間連盟内でも屈指の女性科学者・某S女史(ぜんぜん名前を伏せた事になっとらんなー、ハハ☆)の、私設研究所兼長距離航行(ワープ)船。所在と研究内容はナイショね。なんでこんな所にころがり込んだかというと、伝手(コネ)があった。
 自慢じゃないけどと云いつつ何度でも書いてるけれど、実はあたし、天下のスリーナエロスの卒業生でして。(えらいだろー)
そこでひと頃同級生やってたサキって子が、地球人(テラズ)の第1期留学生だったんだけど、その後某S女史に委託教育生(でしいり)して、今、助手兼護衛兼居候  みたいな事をやっている。そこへ頼りついたわけです。
 以前にも何度か遊びに行った事はあったんだけど、割にいー加減なフネでねー、これが。
 研究所区と私邸区とに分かれてて、研究所区の方はもうばっちし、研究用設備と所員用の個室しかない。問題は私邸区でね、素性の知れないのがウロウロいんの。皆んな、一応、S女史の研究目的の理解者でね、出来る事があれば手伝ったりはしてるらしいんだけど  生活費が浮くから、って理由でズブとく居座ってるの、あたしだけ、では談じてないと思う。言い訳だけど。
 この、得体の知れない集団、あたしも含め勝手に寝泊まりしてはまたふらりと出ていく連中を、《エスパッション》では“エスパッション・サークリスト”とか“サークラー”、あるいは単に“お仲間”と呼んでいる。
 “エスパッション”
 この言葉の意味の説明は、とりあえず、はぶくね。
 それで、ですよ。ここ、この《エスパッション》に集まってる人間て、み〜んなユニークな変り者で、スゴイ奴ばっかりなのよね〜〜。某S女史を初めとする諸氏の了解も取りつけた事だし、あたし、これから当分の間、“ギヤウザー”のこのスペースをこの船、と乗り込んでる人間達、に関するレポートで埋めて行きたいと思いますわん♪
 なまじっかなフィクションなんぞより余っ程面白くなることうけあいなので、乞う御期待!!……
 
 さて、今号“ギャウザー”この欄は、あたしの近況報告とこれからの予告を書いておけ  との、編集部サマからの御命令でござえますので……
とりあえず当《エスパッション》シリーズの主要メンバー紹介なんぞに、行っちゃいたいかと。何故か意図もなくこの船は女性上位ですが。
 某S女史:言わずと知れた有名人。研究所長であり全ての運営・出資の責任者でもあるのだけれど、他の仕事あまりにも多忙を極め、不在がち。
 ミズ・クラレン:その個人秘書(パーソナル・セクレタリ)。《エスパッション》関連の全ての実務と、ひと時とじっとしていたためしのない“サークリスト”相互の連絡係を一手に引きうける。血キュ連邦(テラズ)系グリムストン星出身の有能な女性。
 サキ:前述のあたしの元同級生。事実上の《エスパッション》私邸区域中心人物。何か騒ぎがある時には必ずこのコが1枚噛んでいる☆という、やっかいかつ観察対象としては最っ高に興味深い人間。連邦系首都惑星(テラ)出身、現代史に詳しい人ならすぐに彼女の本名を見つけ出せるかも知れない。当年とって20歳。
 レイ:彼女の正体はあらかじめバラしておいてしまおう。
 
 
             (未完)

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