ほの暗い部屋の中、そこだけが明るい机の上で、一人の少女が手紙を書いていた。少女の名は白蘭(びゃくらん)咲子(さきこ)。戸籍には単にサキ・ランと記(しる)されていた。
それというのも、彼女の故郷(ふるさと)地球では、すでにこの雅(みや)びな言語が公用語として使われなくなってから久しかったのだ。
彼女は、その長く伸びすぎてしまった髪の、陽光のもとでは銀ねずみ色に輝やき闇の中では蒼暗い夜の海の灰色となって目をふさぐ、ひたいにかかった邪馬なひとふさを左手で払いのけながら、なおも右手でペンを走らせていた。
彼女は、古風にもペンと紙で書いていたのだ、録音転写機を使わずに。
彼女の、やや右上りかげんにかっちりと整(ととの)えられた文字は、なおも書き進められた。
わたしは安全な所にいるし、健康状態も良好です。
ただ、なんのためにここに来た、いえ、来なければならなくなったのか、
あれだけ愛した学校からなぜ離れたのか、それは聞かないで下さい。
いずれ
その時に話します。
突然の失踪でずい分みんなに心配をかけたろうと思います。
でも姉さん、こうしなければならなかったのだと言うことを
わかって下さい。
まだたったの12歳にしかならない、しかも他人(ひと)よりも
はるかに無邪気に育ってきたわたしには、これ以外に取るべき道が
見つからなかったのです。
サキは、ここでしばらく筆を止めた。
あらかじめ書くべきことを考えていたとはいえ、あの恐ろしい事件にふれずに事を説明するのは不可能だった。
書くにつれあの時の恐怖、宇宙の深遠にいきなり放り出されたような恐ろしさを思い出して文章あ脈絡のないものになってくるのだ。
しかたなく彼女はあきらめた。
自分自身が、あれ以来強制睡眠剤なしには眠れないような状態の中で、あの敏感な姉を安心させられるような手紙を書けるわけがない。
とにかく。と、彼女は再び書き始めた。
現在わたしはソレル女史の小さな特殊研究所の一つで暮し、女史の
保護を受けています。
今後の教育はたぶん、ずっとここで受けることになると思います。
わたしの他にもここで暮している女の子が二人いるし、ソレル女史の
部下の数人の研究所員と、ひまな時には女史自身が話し相手になって
くれると言っていましたからさびしくなることはないでしょう。
それに、ソレル女史の秘書の糸がわたしたちの学課と生活の管理を
しているから、今までいた学校と大して生活に差はありません。
サキは、再び読みかえしてため息をついた。
今はこれ以上ましなものは書けないわ……。
レイが部屋の中へ入ると、赤い非常灯だけがともっている暗闇の中でサキがかすかに動いた。
「だれ?」
それには答えずに照明のスイッチをひねって、レイは
「ここはあたしの部屋でもあるんだけどね。……はん。また泣いてたの」
(※「録音転写機」……自動口述筆記とプリントアウトをしてくれる未来機械のこと。う〜ん……。1970年代の中学1年生が考えつく未来像にしては、なかなかのセンスだと思うんですけど……♪( ̄ー ̄)♪ <自画自賛賞賛委員会@MIXI所属。w)