サキはサエムの病状を知らされていなかった。
自分が生まれた時の様子も、母の死に至る先天性疾患の事も。
だから母が床についていない日には、いつでも散歩や鬼ごっこや、母さまお得意の「古いお話」をせがんだ。
そして更に決定的だったのは  「幻想」。
生まれつきその能力が備っているサキと違って、サエムはとても弱かった。(※)
それでも最後の病の床から、サエムはせがまれるままに「幻想」を思い通りにあやつる方法を教えた。
そして  サエムが冷たく眠りについたその朝、何も知らずに起きだしてきたサキにむかってサユリは、あなたが母さんを殺したのだと、たたきつけるように叫んだのだった。
 
 
 すっかり笑わなくなったサキが、正式にバレエ学校に入学したのはそれから間もなくの事だった。
基礎はできていたから、習い始めるとすぐに群を抜いて上達し、なにかをふっきるように打ちこんで、いつか子役としてのサユリ・ランの妹サキは、姉の水のような叙情性とは違った、激しい人間性で将来をうわさされるまでになった。
 意外にも、サキをバレエの道に入れたのはサユリ自身だった。
罪滅ぼしの気もあったのかも知れない。
母の死後1ヶ月もして、思い出深い家を去り、現在のユアミ市郊外に引っ越してから後、サユリは心を閉ざしたままのサキを気にかけて、誠心誠意面倒を見た。
思えば彼女がその時12歳。現在のサキと同じ。
母親の死で動転して、自分でも思いもかけない事を口走ってしまう事もあっただろう。
 サユリが、ある意味でサキを憎んでいたのは確かだった。
けれどそこがサキの不思議な所で、血のつながりだけではない、どんな人間でも、サキを心底あげて憎むことなどできなかった。
とりたてて美点があるというわけでなく、後年、やはりその同じ事がサキの身の上に悲劇をもたらすのだが、憎んで憎み切れない心の不安定さが、サキの誕生以来、母の死ぬその日まで、サユリの心をおびやかしつづけたことは確かだった。
だからむしろ、サエムの死はサユリに安息をもたらした。
始めのうちこそ、純粋にサキを愛するという感情にとまどってぎごちなくはしていたものの、引っ越しによって完全に母から逃れでると、一切の邪念はサユリから離れていった。
サキは、年と、いつも年齢以下に見られる外見に似合わぬ、実に鋭敏な感受性と理解力の持ち主だったから、この時も、最初の衝撃から覚めると徐々に姉の意思をを理解し、半年もたつ頃にはようやく生来の明るさをとりもどした。
 が、それは周囲の人間が見るように、もとに戻った、あるいは前より元気になったというわけではなかった。
サキは人生の裏表を見るようになり、自分がどう振るまい、何をすれば他人はどう考えるのか、無意識のうちに頭のすみで計算するようになった。
秘かに自分の出生時の事を調べ、一人になるとサキは、どうしても深い方、深い方と自分の、人間の、本質的な問をかきわけていった。
そして  生まれて始めて人間の不条理さに気づいた日から2年。
8歳の 春 に、サキは大好きだったバレエを捨てた。
 
 
 それは、確かに、子供の未経験さから来る思い込み、ということはあったかもしれない。
 それだからこそ、迷いつづけて答えをだした後には、ひたむきな一途さで打ちこんだ。(※)

「何が弱かったのか主語入れた方がいいんじゃない?」
「平仮名の「る」と感じの「子」が見分けつかんぞ」
「ひたむきな一途さって重複じゃない?馬から落馬したとか小さな小人とか」……May.19……(by姉)


 姉、キライっ★ ( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)( ̄^ ̄;)
 
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