「……なんのために、闘っているのだろう。」
 そんなある日、死者の埋葬の終わらぬ草原を見渡しながら、リレク・イス参謀はぽつりと呟やいた。
 「なんのため? おいおい、人死にを見て弱気になっているわけじゃあるまいな」
 将軍マダロ・シャサが言う。
 「鋭はどうしてもそういった事を考えてしまう質(たち)なのよ。あなたより、少ぅしばかり思慮が深くできているのね」
 人の脂に鈍った刃を自らとぐ手を休めて皇女は茶々を入れた。
 「力押しの能なし将軍ですいませんなァ、陛下」
 
 皇女とそれにつき従う腹心の参謀とが陣の内を連れだって歩いている。
軍議も既にとどこおりなく終了し、夕闇の中、野営の仕度の騒しさに紛れる、しばしの静寂。……やがて、ことさらに沈黙を破るという風でもなしに、リレキスは云った。
 「別に、ダレムアトがボルドム軍をたおすことに関してどうこう言うわけではないよ、念のため」
 「判っているわ。仮に、責められたとしたって今更わたしは何とも思わないでしょうしね」
 
 「人が、生ける者が、何の為に相争うのか……そんな巨大な命題は、今のわたしにはどうでも構わない事だわ。多くの人の血を流させて、その罪と矛盾性を確かに自覚しつつもちこたえるだけの強さも、あるつもりだし。
 深遠な哲学など無用よ。戦って勝つ。大地の民のために大地をとりかえす。
……正義だとか、権利だとか、そんな大義名分も要らないし、まして信じてもいないわ。
わたしはわたしの民の……いいえ、わたし自身が生きのびるために、毎日毎日闘かっては相手をたおしていくんだわ。この手をどっぷり血に染めてもね。どんな罪の意識に耐えてでも、何があろうとも、わたしは生きていることが好きだから、生きていたいから。……
これが、唯一の殺人の正当性ではなくて?」
 「そうだね」
 適確な殺人指令を下す参謀は静かに微笑して肯いた。皇女は嘆息する。
 「あなたには、こういう考え方が出来ないんだわね。本当に何故かしら。
 わたし達、お互いの事なら全て解っている。かなり近しい魂を持っている筈なのに…………、視ているもの、生きている世界が、まるっきり別なのだわね。」
 長戦のさなかの、おだやかな夕暮れの一情景である。皇女も、リレキス自身も、彼の目が近頃しばしば空の彼方や心の深みに向けられてしまっている事実に、気がついているのだった。
 
 
 
 
 

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