アリト(王子ラーリエクタール)<双子
 少年王 ラリン
  妖女(あやめ)
  棘皮(じんぴ)

 
 
 歩み寄って行くリランの横顔は幾分色褪めていたが、全くの平静を保っているように見受けられた。
 美しい少年王はアリトの三歩手前で立ち止まる。わずかに手を上げて衛士を退がらせる、彼の表情を読みとれる位置にある者はアリト自身のみになる。
 リレキスは10m程手前で足を止めた。美しい少年王はそのまま歩み続け、縄を打たれて処刑を待つ宰相嫡子・アリトの、三歩手前で立ち止まる。
 アリトの後背には火の山の熱い蒸気と噴煙が立ち込めている。
 火口の上昇気流につれて吹き込んで行く冷えた風が、王の額に頬に透き通るような緑髪を打ちつける。
 王・リランは、うつ向いて瞑目したまま、アリトにだけ聞こえる声で話し始めた。
 白い顔の中で一点だけ血のように紅い唇がかすかに震える。昨夜一晩彼女が泣き続けて一睡だにしていない事を知っているのは鋭、唯一人なのだ。知るものは、忠実な参謀をのぞけばだれ一人としていない。
 「王子ラーリエクタール、残念だけれどあなたに死んでもらわなければならない。
 我々……わたしとリレキスは……あなたの言う通り、地球で、ある程度特殊な教育を受けて来た。だからあなたの謀略の存在にはすぐ気づく事ができたし、気づいてなおしばらくは手出しができなかった程、あなたのマキャベリは完璧だった。
 わたし……わたしも、常に自分がマキャベリストであるよう規定して来たし、また鋭の助けを得てそれに成功しても来た。火花を散らす様な頭脳戦を経験するのだってこれが初めてと言うわけではない。……だけど誰もあなたにはかなわない」
 …………何が言いたいのだ?…………
 アリトの黒い瞳の奥で微かな炎がゆらぐのを、しかし瞑目したままのラリンは見る事がなかった。
 「わたしが女だという事は知っていますね?」
 ぽかり、と、蓮の花の目覚める時のような音を、アリトは聞いたように思う。眼前に、一晩中泣きはらした、しかし哀しい程に澄んだ光をたたえている青味がかった黒緑色の王の瞳が彼を見つめていた。
 「わたしは危機皇の世継、マルラインの炎の皇女マーライシャ。……こんな事は言うべきではないのかも知れない。それでも……
 1人の人間として、わたしは、あなたに強く魅かれました、アリト。わたしは……」
 絶句した王……いや皇女が辛そうにゆがめた顔を背けたのと、これを最後とばかりにアリトが火口へと身を躍らせたのと、一体どちらが先だったのかは誰にも解らない。ただ、煮えたぎる炎の中へ落下するまでのほんの数瞬の間、爆発するような彼の最後の思惟のかけらを、鋭(リレキス)は聴いたように思った。
 ……ソノ言葉ヲモット早クニ聞キタカッタゼりらん……
 モシ……モシモ縁ガアッタラナ、りらん……
 次ノ世界デ、マタ合オウ……!!

 見まもっていた人々の歓声とも安堵ともつかぬどよめきが湧き上がった。疲れきった皇女の心にはそれすらが遙かな雷のとどろきのように遠いのに、それでも少女は少年王リランとしての演技を機械的にし続けている。終わったんだ、これで全てが終わったのだわ……と、心のどこかでつぶやき繰り返しながら。
 自分自身がその現実に納得するまで。
 そんな彼女をかばうようにつき従いながらリレキス・清峰鋭は考えるともなく思っている。
ああ、2人っきりになったらすぐ、の最後の想いをマーシャに話してやろうと。それから、自分が超能力者であるという事は、あるいは本当の事かも知れないと。
 噴煙たれこめる火の山の火口に、今は北からの雪が降り始めている。
 少年王リランが叔父君に王位を譲って、何処へともなく行方をくらましたのは、それからわずか1と月にもならないうちの事だった。……
 
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 ☆ 第二部に関して。

 実は王子ラーリエクタールとは1人ではなかった。一心同体だと言う瓜二つの兄王子の存在を聞かされて動揺するマーシャ。
彼からマーシャの護衛を言いつかって来た妖女(あやめ)と棘皮(じんぴ)は危機に陥入った時マーシャだけをさらい出してボルドム界に連れ去ってしまうが…………さて。
なんかかなりいー加減でスペオペ調だなァ……。
敵地彷徨編に続く。
 

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