朝日ヶ森の森のはずれにある有澄夫妻の別荘には、現在子供たちが三人だけで暮らしている。国家間の情勢変化の激しい時節に、外交官である有澄氏は、2週以上の休暇を取ることができなかったのだ。
 が、愛娘の真里砂/子供たち三人に全幅の信頼を置いている夫妻は少しの不安も持ちはせず、夏期休暇に入ると同時に帰って来た真里砂と、後見役を引き受けている二人の少年  親友夫妻の遺児・翼雄輝(つばさゆうき)と、縁あって二月前に戸籍上の息子となった清峰鋭(きよみねえい)  を引き連れてこの夏期休暇に入ると同時に寄宿舎から帰って来たところを出迎えて、そろって別荘へやって来ると、10日間のサマータイム  を存分に楽しんだ後には自分たちだけでさっさと二人だけで引き上げて行ってしまった!
そこで一つ歳上の雄輝と、同い年・12歳の真里砂と鋭の名物三人組は、そこで残された三人  愛娘の有澄真里砂と、有澄氏の親友夫妻の遺児で、13になった翼雄輝。それに真里砂と同じ12歳の、縁あって二月前に引き取られた混血孤児の清峰鋭  毎日毎日釣りに行ったり急流でスリルのある泳ぎを楽しんだり。有澄夫人の素晴らしい蔵書類に手当たり次第に読みふけったり、気が向けば自転車で半日かけてふもとの街まで本を仕入れに出かけもした。
決して放縦怠惰にはなり得ない、真実自由で躍動的な、素晴らしい夏休みに毎日を送っていたのである。

 しかし、一見気ままに思える日々の裏側では、潮が満ちるようにていくのと同じ秘やかさで、確実に何かが動き始まりつつあった。そして、その『何か』の中心にいるのは真里砂であり、おぼろげながらもそれを理解できていたのも、やはり彼女自身だけであった。
 
 「……やっぱり森の奥に向かったな。」
真里砂が姿を消した方角    を見つめながら雄輝がつぶやいた。
「え、じゃあ雄輝にはマーシャがどこへ行こうとしているか見当ついているのかい?」
「うん?  いや。具体的などこにってのは俺にもわからない。それより受信追跡器の調子はどうだ」
「感度は良好。だけど短時間で作ったシロモノだから持続性の方は保証できないよ。  おまけに距離もわからないと来てる。」
 科学狂のIQ400鋭になら、もっともっといくらでも立派な受信機装置を作ることができたのである。  ただ、雄輝が時間さえ十分にくれていれば。
だが、一度制作にとりかかったら最後、外界俗世のことなど一切忘れて没頭してしまう、根っからの気違い博士(マッドサイエンティスト)タイプの鋭よりも、はるかに実際的にできている雄輝は、鋭の不平など気にも止めなかった。には耳も貸さなかった。
 「どっちみち距離なんぞ問題にならないさ。あいつがこの森の中に踏み入ったら、まず足の速い野生動物でない限り追いつけない。それよりマーシャが見えなくなってから5分経った。出発するぞ」
「ちぇっ!」
鋭は大げさに舌打ちして、受信器を右手に持ち変えた。
古懐中電灯の筒を容器に利用してあるそれは、ある一定の方向に筒先がぶつかると、小さくチカチカ、と明滅する。
 別荘の北側へまっすぐ進むと、まだしばらくは温帯性落葉樹の混じる雑木林が続く。十五、六分も歩くと、川が東から南へ直角に曲がっているところにぶつかった。
幅約5m。深さは流れが激しく渦まいているので計測不能。
登山用地図にも名前は載らない川だが、土地の昔話(むかしがたり)伝承によれば銀白青川(ぎんびゃくせいがわ)。またの名を物忘(ものわする)川とも言う、様々な伝説のある不思議な川である。この川はこの急な曲がりを経て、大きく屈曲し、別荘のすぐ西をとうとうと流れてゆくのである。
 鋭と雄輝は黙々として、川曲がりのすぐ上手にあるつり橋を渡った。
川の対岸よりいよいよ本格的な大森林が始まるのだ。月に照らされた木々のこずえが、くっきりと天蓋に浮き上がっている。
奥の沼へ三日と開けずに釣りに出かけているのだから、それでもこのあたりはまだ下枝をはらった簡単な道がついているし、かなり物慣れた場所と言ってもよいのだが、よく、下枝をはらっただけの簡単な道もついている。それでも月の明るさの谷間の闇にはさまれたが、闇に沈みがちな森の細道を二人きりでたどってゆくのは、やはりかなり頬がこわばる所業だった。気力がいることだった。
 「なあ」
奥の沼の脇を通り抜ける時、森のふちのところで川を振り返って、雄輝が精一杯冗談めかした口調で言った。
「ここへ夜来るのはなにも初めてってわけじゃないが……、今夜は特に水魔でも出そうな雰囲気じゃないか?」
鋭は『水魔』という言葉を聞くと、頬をこわばらせて右手の沼地にちらっといたとたん、びくっとなって後ろに視線を走らせた。
雄輝が言うとうり、不気味なほどに青白い月の光に照らされて、を反射して、川は妖しい輝きを放っている。
「非科学的だね」
視線を無理にそらしてそちらの方を見ないようにしながら、鋭は精一杯の虚勢を保とうとした。
「立ち止まってないで早く行こう。マーシャの発信器が有効圏外に出てっちゃ……」
バシャリ! と水のはねる音。
雄輝は瞬間的に飛びすさり、鋭はとっさに振り向こうとして、二人ともバランスを失ってひっくりかえってしまった。
しかし、それは単に魚が一匹はねただけの音だったのである。
 その事に気がつきづき、お互いに相手も恐ろしがっているのだという事実を知った時、二人は怖さも忘れて顔を見合わせたまま、思わず知らずのうちに声をあげて笑いだした。
 「なんだ、雄輝も怖がってたのか」
 「コンピューターでも暗闇は恐しいってわけか。ええ、おい」
あはははは………………。
 笑い声が闇を、どんなサーチライトよりも鋭く切り裂いてしまった。
 
 
 
 
 
   二、序章
 
 「ねえ雄輝、気がついたかい」
森の中へわけ入ってしばらくしてから、沈黙を破って鋭が話しかけた。
「あん?」
先に立っていた雄輝が軽く振り向く。
「この道……多分マーシャがつけた道だね。」
 鋭の言う通り、二人は今道を歩いていた。
道なき道を歩く覚悟で森境のやぶに氏を踏み

 
 
           (未完☆)

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