第一章  森の中にて
 
 
(さあ、今、あなたの記憶を封じました。  不安ですか)
(ええ少し)
(四年たったらお迎えに参りましょう。これが私(わたくし)からのせめてもの贈り物。全てを忘れて、もう一度、なんの制約もなしに子供の時をお過ごしなさい。
 短い休暇です。思う存分。
 四年たったら……)
 
       ×       ×       ×
 
 夜明け前に軽い休止をとった真里砂は、また例のいつものあの夢おを見た。四年たったら、四年……、と、彼女は言った。
そして、四年目。確かに彼女は来たのだ。と、真里砂は二年前のその日の事を思い起した。
 夜の漆の黒い髪。闇色の瞳(め)に、なめした皮の赤銅(あか)い肌。
その端正な憂えげな面ざしに、少し再会の喜びを差して、真里砂の記憶にある粗末な戦士の服とは打って変わったような、一点の非の打ちどころもないスーツ姿で、彼女が学園の面会室に現われた時には、さしもの真里砂もずい分驚かされたものだ。
美しい人、だとは記憶を掘り返す度に思っていたけれど、彼女があでやかであれる事などは全くの予想外だったのだ。
 が、彼女は、約束の非まで待って真里砂を連れて帰る事をしなかった。
できなかったのだ。…………。
 
 ……(皇女(おうじょ)殿下)
一月も速くに彼女は真里砂の窓辺に立った。
夜に溶ける色の長い布衣(ぬのごろも)を、あの粗末な毛皮の上にまとって。
寄宿舎の寝室の窓はなぜか音もなく静かに開いた。
あの晩、全てはもやに包まれて月も星もなかった。
(皇女殿下、大変な事が起りました。わたくしは行かねばなりません。……時が満ち、“通路”が開かれるのを待って、わたくしはあなたをお連れするつもりでした。が、一刻を争そうのです。わたくしは、冥府の扉を抜けて大地へ参りますが、ご存じですね。この道は我ら旅人(たびと)のみに許されています。あなたをお連れする事は今はできません。)
(そんな。そんなアルマリオン。  わたしはどうすればいいの?)
(お元気で。マーライシャさま。)
(マーライシャ。……それが、わたし?)
(生まれた故郷(くに)を忘れてはなりません。あなたの大地を忘れぬ限り、必ず道は開けましょう…………)。
 
 生まれた土地を忘れる。
大地の民である以上、それはあり得ぬ事だった。
永遠の旅人である彼女は知らないのだ  大地が、その国人(くにびと)をどんなに激しく呼ぶものなのか。
 
 
 
 

「はい、申しわけないですが、今まで2号に渡って分載して来た序章の設定を、ちょっと頭の中から追んだして下さい。
黒の山に赤い月が昇ったので、やや大幅に設定が変わってしまい、今回からまた新たに書き直しをいたしますです。」



(※……と、ページの終わりに書いてあるということは、これは高校一年の一学期の後半に、文芸部の部誌の第三号用原稿として書いたもの……だと思われる☆(^◇^;)☆

               .
 
 大地の国物語皇女戦記編I.
   記憶の旅

 序章  障害物競走

 
 緑の黒髪と言う言葉があるが、今年12歳の美少女・真里砂(まりさ)の髪の色は、正真正銘まがいものなしの緑色だった。
それも、萌え出でる春の炎を思わせる、純粋で明るい森の緑なのだ。
その瞳すらも殆どそれと解らぬ程かすかに青緑色のかかった濃い色合いを帯びている。
 象牙色の肌  これもまた日本人離れした。
 年の割に背が高く、すらりと伸びた手足は、一見してほっそりと言うよりは華奢と言う言葉を連想させる。(それだけ効率良く筋肉が着いている証拠だと、彼女の主治医が保証した。)
 そしてギリシア彫像よりははるかに雛人形に近く、それでいて西欧風の森の妖精族を想わしめるような、そんな容貌を彼女は備えていた。
 
 自身の故郷では、有澄(ありずみ)真里砂は愛称で『森の木洩れ陽(マダ・リクルメス)』、若しくは単にマ・リシャとだけ呼ばれていた。
自分の生い立ちにまつわる事を彼女はそれしか知らない。
気がつけば、何処とも定かでない故郷(ふるさと)を遠く離れて森の奥に記憶を失って倒れており、行くあてもないままに発見者である有澄夫妻の養女になった。
それが六年前  真里砂六歳の時の事である。
真里砂は現在外交官である養父母の元を離れて、日本の、とある大森林の片隅にある世界的名門の寄宿制私立校《朝日ヶ森学園》にて小等部最後の一年を過ごしていた。
 秋の事である。
 
    × × ×
 ♪ポンポンポンポーン!
 「選手招集をします。“五〇〇〇m障害物競走に参加希望した男女。大至急正門脇に集合して下さい。繰り返します……」
「あっ!大変!」
そろばんを放り出して真里砂は勢い良く立ち上がった。
時計はいつの間にか二時十分前を指している。集計係の忙がしさにとりまぎれて、真里砂はまだ昼食を摂り損ねていたのだ。無論今更食べている暇は無い。
(朝もろくに食べられなかったのに  …)真里砂は慌てて机上を片づけようとして三度も筆箱をひっくり返し、イライラしながら正門脇に到着した時には「遅いぞ」と委員の小言を喰わなければならなかった。
 障害物競走。
陸上部のエースで脚には自信があるとは言え、中等課の男子までもが同時に走る競技である。全国二位の記録の保持者としても、体格が大人に近づきつつある、走り込んでいる陸上部の先輩達が相手ではいささか心もと無かった。
(互格に走れるのかしら……)
 「いよっ!マーシャ!!」
ばん★ まるでインディアンのような黒い髪、黒い瞳。陽に焼けて浅黒く、中一にして身長百六十cmの体格を誇る真里砂の幼な慣じみ  雄輝が、彼女の背中を力まかせにぶったたいた。
「……ケフッ。少しくらい手加減したらどうなの」 相手が頭一つ分ばかり高かった所で真里砂が容謝する訳がない。
とは言えもう慣れっこになってしまっているので、彼女もいたずらっぽく眉を上げてみせただけだった。
雄輝にデリカシーなどと言うものを理解させようと言ったって、それは無理と言うものだ。
 「おまえ少し上がってるみたいだな。」  どういう風の吹きまわしだか兄貴風をふかし
 
 

(☆コクヨの400字詰め原稿にシャーペン手書き/清書級)

        (※続き未発掘※)
                            P1. 
     1.霧
 
 「う……ん。なあに、ママ。もう朝なの?……」
真里砂はふとんの中に頭を沈めながら不機嫌そうに答えました。
せっかくすてきな夢の途中だったのに……。
「なに、寝ぼけてんだよ。さっさと起きろっ!」
ばっ!と非情にもふとんを引きはがした声にぎょっとなって飛び起きると……そこにあきれ顔で立っている雄輝がいました。
「寒いじゃない雄輝。なにするのよっ!」
寒いと言うよりこの声には、12歳にもなろうという少女をつかまえて平然とふとんをはがすような、失礼なマネに対する抗議が含まれていたのです。
が、雄輝にとって真里砂は、幼ななじみのかわいい妹にすぎませんでした。
「おい、しっかりしてくれよ。今日がなんの日だか忘れてるのか?」
「あ!」
もちろん今日はこの朝日ヶ森学園の体育祭の日です。
そして……全寮制のこの学園では、夜の9時から朝の7時までの10時間、男子が女子の寄宿舎に入ることは禁止されていました。
その雄輝がすでにここにいるということは  
「いやだわ。もう7時過ぎちゃったの!?」
開会式は8時から。真里砂はいろいろな選手や役員を掛け持ちしているから、その前にやることがいろいろあります。
顔ごと水につっこみ、こすりもせずにさっとタオルでなで、火花が出るほどのスピードで髪にブラシをあてて、あとは体操着に着替えさえすれば朝の仕度は終るわけです。
真里砂はまだ部屋の中にいる雄輝を容謝なく追いたてました。
「いつまでも子供扱いしないでちょうだい。」
追い出された雄輝にしてみれば、つい最近まで服のボタンをかけてやっていた真里砂がです。
彼にはなぜ真里砂が怒っているのか、そこのところがさっぱりわかりませんでした。
 とはいえ彼だって体育祭実行委員の一人です。
真里砂を待ってなどいたら、まず朝食抜きは覚悟しなければならない

P.2

でしょう。
雄輝が先に行ってしまったことを知って真里砂は少なからずがっかりしました。
  ひどいわ。待っていてくれても良さそうなものなのに。
けれどそんなことでいつまでもぐずぐずしているわけにはいきません。
彼女はさっときびすを返すと雄輝とは逆に体育祭会場の大グラウンドへ向って走って行きました。

 20分後、真里砂は駐車場に向って走っていました。
委員会の最終打ち合わせには朝食抜きでなんとか間に合ったのですが、それが予想以上に長びいてしまって、約束の時間はもう過ぎています。
と、横合いから鋭がかけだしてきました。
「おーい、真里砂!」
「なに、鋭。今急いでいるのよ。」
「わかっているよ。おばさんたちを迎えに行くんだろ? ぼくもつきあおうと思ってさ。それと……」
そう言いながらもどんどん走って、ちょうどその時校門の向うにいる雄輝が手を振りました。
「急げ!ちょうど車が止ったとこだ!」
真里砂と鋭は雄輝に追いつき、校門の所から一斉に叫びました。
「パパ、ママ!」
「おばさ〜ん!」
どうやら、走りだそうとする夫人を有澄氏が捕まえている様子です。
なにしろ、真里砂を育てたママときたら、何もない所でけつまづくという特技の持ち主なのですから。
「おいおい里子、せっかくのドレスを大無しにする気かい。まあ、ぼくのプレゼントよりも、君のかわいい子供たちの方が大事なのはわかるがね」
「そんなこと……。でも、わかってくれるでしょう、隼人? 一人も子供を持てないはずだったわたしにとって、あの三人がどんなにすばらしい宝物か……。」
 二人は目を見合わせて微笑みました。
今でこそ申し分ない幸福な家庭を築いてはいますが、これまでずいぶん辛い目にもあってきたのです。

                            P3.

……今でも思い出すのは六年前のこと。
その年、二人が長い間待ち望んでいた赤ちゃんを流産して、もう二度と子供のできない体となった里子夫人は、自分の体の生まれつきの病弱から真紀子(死んだ赤ちゃんの名前です)を死なせてしまったと、ノイローゼになり、この朝日ヶ森の奥深くにある別荘に、隼人氏と二人、半年間の転地療養を続けていました。
そんなある日、ちょうど6年前の今日、10月10日の夜中に一人の少女がやって来ました。
少女は日本人ではないらしく、緑がかった不思議な髪の色をして、折からの嵐に打たれた高熱がひいた時には、ただ名前をマーリシャと言うばかりで、一切の記憶を失っていました。
有澄夫妻はその少女を養女としてひきとり、実の子以上に大事にしました。
それが6歳の真里砂でした。
 それから三年して、雄輝の両親、隼人氏の親友の翼夫妻が飛行機事故で亡くなり、それ以前から真里砂と仲の良かった雄輝も、休暇ごとに有澄の家で暮らすようになりました。
そして、鋭です。彼は一年前の臨時編入試験でみごとな成績を示して、特別奨学生として編入してきました。
元来、朝日ヶ森学園の奨学制度に全額支給という例はなかったし、鋭は孤児院育ちの捨て子の上に国からの援助を一切うけつけようとしなかったので(これにはとても深いわけがあるのですが、それについては長くなるので、別の章で詳しく説明することにします)必要な学用品や服、食費などは、全て里子夫人から出ていました。
もっとも、鋭はこれを『無期限無利子の借入金』と呼んで、卒業後には全額返すつもりなのですが……。
 そんなわけで、一人の子供もないままに寂しい生活を送るはずだった二人に、今は大騒ぎで迎えてくれる三人の娘と息子たちがいるのです。
里子夫人が人目も気にせず走りだしたくなるのは当然のことでした。

 「ねえ!」と、真里砂が言いました。
「少し、視界がぼやけてきたと思わない?」
「本当だ。……霧かな」
それは霧にしては少し妙でした。

P4.

いつの間にか現れたと思えばみるみるうちに濃さを増し、真里砂たちが気づいたころには、既に10数m先の有澄夫妻がはっきりとは見えなくなっていました。
「おかしいわ。何か変よ。この霧には何かの“力”が働いているわ」
「うん。力場(フォース・フィールド)ってやつに包まれたらこんな感じかな?」と、鋭。
「ちがうよ」
雄輝がじれったそうに言いました。
「おれたちが言いたいのは、つまり、『魔法的な』って意味なんだ」
おれたちだって、と鋭は少しむっとなりました。どうせぼくはきみらと違っておとぎ話なんか信じてないさ。)
彼らは気がつきませんでしたが確かにそれの動きかたは魔法でもなければ説明のつかないようなものでした。
それでも三人はこれを霧だと思っていましたから、真里砂はわけもなくうれしいような悲しいような不安な気持ちで、雄輝はワクワクしながら、鋭は(意地でも)この霧を科学的に分析してやろうと、次にはなにがおこるかと思いながらじっとしていたのですが……。
 里子夫人はそれの動き方に気づいてからもしばらくの間、何も言いませんでした。
霧が、まるでこぼれた水の逆まわしフィルムでも見ているように、真里砂たち三人のまわりに集まって行くなどということが、どうして信じられましょう?
けれどそれは本当におこったのです。
それはどんどんどんどん小さく濃くなっていって、そのうちには三人を中に閉じこめて銀白色のぼうっとした球になってしまいました。
そのころには多勢の人々が集まって、青ざめたり、叫んだり、子供を助けろとどなってみたり、大騒ぎをしていましたが、実際にはだれもどうしたらよいかわかりませんでした。
ただ一人、真里砂の親友の律子が、助けられないまでもせめて一諸にこの災難(かどうかはまだわかりませんが)な目に会おうと、それの中に飛びこもうとしたのですが、里子夫人の涙が彼女の足をひきとめました。
里子夫人は今にも死にそうな青い顔をしてじっと立っていました。
が、もうすっかりあきらめの表情で、律子を振り向いて言いました。
「もう会えないわ。もうあの子には二度と会えない。」

             1P=800字分         P5.

彼女がそう言った瞬間、まるでそれを是認するかのように、それがふっ、と見えなくなりました。
どんどんちぢまって見えないくらいになってしまったのだとか、いやそうじゃない消えたのだとか、後から人はいろいろなことを言いましたが、ただひとつだけ確かなのは、中の三人も一諸にいなくなったということです。
この地球上から。永遠に。
その後何ヶ月にわたる捜索も、それのおこった地点の科学的な調査からも、三人の行方を知ることはできませんでした。
「あの子は故郷へ帰ったのよ。」
そう里子夫人は言いました。あの子……真里砂。
「あの子はある日不意にあらわれて、わたしに楽しい魔法を見せてくれた。魔法は魔法。砂時計の砂が全部流れ落ちたら、柱時計が十二時を打ったら、その時楽しい夢は覚めるの。いつかこうなるだろう事はあの子が来た時からわかっていたわ。……覚悟はしていたはずなのに  。」
隼人氏は何も言わず、二人はひっそりと帰って行きました。
けれど律子はそうは思いたくありませんでした。
あの三人が二度と戻ってこないというのは本当かもしれません。
それから、真里砂の故郷へ行ったのだということも。
でも。と律子は思いました。
いつかきっと、もう一度あの人たちに会ってみせるわ。あの三人が帰ってこないというなら、わたしがそこに行くまでだわ。
彼女はまだ、この裏に隠された大きな動きを知りませんでした  

(☆窓辺にたたずんで彼方を見上げる「大江律子10歳」のシャーペン描きイラストあり。)

※「力場(フォース・フィールド)ってやつ」……(^◇^;)……『スターウォーズ』の「フォース」じゃないです! 懐かしのSF古典・『スカイラーク』シリーズ(ハヤカワSF文庫〜♪)のほうの影響です☆

 
     2. 森の中で

目の前に不意に現れた山小屋を三人はあ然としてながめていました。
「これは……なんだ?」
不思議な霧はまだ消えてはいないので、あたりの様子はまったくわかりません。
ただその山小屋だけが目の前にぬっと建っていました。
「見たことのない建築様式だな。」
何年か前に焼けたらしくて、右手の方が黒くなった土台石だけになって草がはえていましたが、残った半分は(建築技師志望の雄輝の意見にしたがえば)日本の合しょう造りとギリシアのコリント様式のごたまぜに上から中世ヨーロッパ風をぬったくったような、風変わりな建物でした。
「ねえ雄輝、この建物……本物だよね」
「本物でなけりゃなんだって言うんだ? 本物に決まってるじゃないか」
「これが本物なら、移動したのはぼくらかな。この家かな。」
「少なくともおれたちじゃ……」
ない。と言おうとして、雄輝は不意に自分がどこに立っているか気づきました。
いえ、正確に言うならば、自分がどこにも立っていないことに気がついたのです。
 足の下にはもやっとした霧があるばかり、その上に30cmほど離れて自分の両足が浮いています。
よく見て見れば、普通の霧な 


     (没原稿のバッテンマーク入り。)
                   p6.
 2.森の中で

 しばらく霧の中にいるうちに、三人はだんだんと眠くなり、感覚がぼやけてきました。
  霧が濃くなるにつれて高まってくる、寄せる波音に似たかすかなざわめきが、遠くから呼びかける声のように聞こえるのは気のせいでしょうか。
不意に彼らはその声をはっきりと聞きとることができるようになりました。
あたかもトンネルをぬけた時のように、スポリと音が耳にはまりこんだのです。

マーライシャ   アアア……マーシャアー  
マーライシャ   アアア……マーリシャア  

「だれ!?」  と真里砂は叫びました。
「わたしを呼ぶのはだれなの!!」
呼ぶ声は高く、低く、遠く、近く、繰り返し繰り返し聞こえてきます。
その声が真里砂の心の中に、わけのわからない不安となつかしさを巻きおこし、真里砂は耐えきれなくなりました。
「ここよ!!……わたしはここよ。あなたはだれ。どこにいるの?
 わたしはここよ!」
「待つんだ真里砂!」
ひきとめる雄輝の手を振りきって、真里砂はやみくもに霧の中へとかけだして行きました。
追いかけようとする後の二人も、三歩と離れぬうちにお互いの姿が見えなくなり、不思議な呼び声だけがこだまする空白の中に閉じこめられます。
「ここよ、ここよ!」
すっと何かに強く引かれるような気がして、真里砂はそれきり意識を失ってしまいました。
 
 次に気がついた時、真里砂は露の降りた枯れ草の上に横たわっていました。
着ている体操服も(それも半そでの)ぐっしょり濡れて、体はすっかり冷え消っています。
「よくもこんなになるまでのんびりと気を失っていられたものね真里砂。
……ここはどこかしら。」
実を言えば、彼女はしばらくの間なにがおこったか忘れていたのです。
それからあたりを見まわして、ようやく自分がとんでもない冒険にまきこまれたらしいと気づきました。
学園を包む朝日ヶ森ではついぞ見かけたことのない樅(もみ)の木があたりをとりかこんでいます。
「つまりここは学校のそばではないということね。きっともっと北の方なのだわ。」
 それにしても鋭と雄輝はどこでしょう。
むやみに離れたりするのではなかったと、真里砂は悔やみました。
あの二人さえそばにいれば、少しもびくついたりせずにこの不思議な冒険を楽しめるのに……。
 と、頭上で激しい羽音がして、驚いて上を見上げるいとまもなしに
背中にとび色の翼をつけた8〜9歳の少年が目の前に降りたつと、この年頃の男の子にしてはなかなか優雅な動きかたで礼の姿勢をとりました。
「遅くなってすみません。マーライシャ様ですね。」

(☆シャーペン描きに色鉛筆塗りの背中に翼の生えた少年の絵あり☆)

                            P7.


本当なら真里砂は、翼をつけた男の子の出現に驚かなければなりませんでした。
もし彼女が普通の地球人なら、です。
ところが真里砂は少年の背中の翼より、彼のしゃべった言葉に気をとられて、自分が翼を見て驚ろかないことや、むしろあたりまえの事実として受け入れていることの奇妙さに気づきませんでした。
それほどにその言葉は風変わりでした。
こんな言葉は今まで聞いたこともないはずです。
それなのに……真里砂はこの少年の言ったことがよくわかったし、さらに驚いた事には、自分がすぐに返事をしたことです。
「ええ、そう。わたしはマーシャ、  マーライシャに決まっているわ」
これは、むしろ、少年の質問より自分の疑問に答えたのですが、しゃべってから真里砂は気がつきました。
わたし、前にもこの言葉を使ったことがあるわ  
でも、いつでしょう? 彼女の頭の中には、6歳以前の記憶がまったくありません。
有澄の養女になってから6年。
ようやく忘れかけた心の傷跡を再び見せつけられて、真里砂の顔はそれと知らぬ間に青ざめ、ひきつっていました。
「わたしは  マーライシャ。……マーシャ」
なに、マーライシャだったのかは忘れました。
けれど、真里砂はこの瞬間にはっきりと悟ったのです。
今、彼女が立っているこの土地が、たとえどこであれ、どんな国であれ、(仮に地球の外であったとしても)、まぎれもない彼女の生まれた故郷だということを。
 ぐるぐるぐるぐる
 あたまの中で
 閉じこめられた
 むかしの記憶
 出口を求めて
 まわっているの
 ぐるぐるぐるぐる……
真里砂は立っていられなくて、そのままくずれるように枯れ草の上に倒れこみました。
翼のある少年はとても驚いて、すぐさまかけよって彼女を助け起こそうとしたのですが、真里砂は差し出された腕をじゃけんに振り払いました。
「いったいどうしたんです皇女(おうじょ)さま」
「皇女(おうじょ)ですって! わたしが!?」
真里砂は思わず問い返してから、しまった!とあわてて口をふさぎました。
何がおこったのかわからない今、うかつな行動はとれません。
『おちつきなさい真里砂。ここがあなたの故郷だというのなら、なぜわたしが記憶を失い、一人で森の中をさ迷っていたのか、きっとその謎の答えが見つかるはず。』
真里砂は直感で、目の前の少年が自分の味方だと信じました。
混乱した思考を、これだけ見事にす早く立て直すことができるあたり、実際に彼女は皇女と呼ばれるにふさわしいかもしれません。
「あなたは誰?」
少年は心配そうな顔をして立っていましたが、真里砂がしゃんと背すじをたてて、ややぎごちないながらもはっきりと言ったので、人なつっこく笑いました。
「ああ、よかった。このまま気絶するんじゃないかって思ったんですよ。ぼくは“つむじ風”ルンド家のパスタ・クラダです。この森に住む鳥人(とりびと)族の族長
 
なに、マーライシャだったのかしら、それがどうしても思いだせません。
ぐるぐるぐるぐる、頭の底で、昔の記憶が暴れまわっています。
    外へ出ようとして。
奥の方で秘やかに、それでも確かに息づいているわたしの記憶。
なぜ上へあがってこないの?
彼女が記憶をさかのぼって行くと、いつも必ず一つの扉のところで

 
 
               .
                            P8.

 真里砂は何か不安になって、このまま自分の心を好きなようにほうっておけば、ひどく感情的になってしまうに違いないと思いました。
初対面の、それも自分より年下の男の子のいる前でそんな態度をとることは、好ましいとは思えないのだし、何がおこっているのかもわからない今、客観的で冷静な判断力を失うことは、もしやして危険なことであるかもしれません。
「あなたは誰なの?」
こういう時は無難な方向に話題を変えて、心を鎮めるための時間をかせぐのが一番です。
少年はひどく慌てて、顔を赤くしました。
「無礼なまねをしてすいません。もし人違いなら大変だってそればっかり気にしてたんで……。ぼくはルンド家の第一子パスタ=クラダ。(自己紹介用の“ちゃんとした名前”はまだ持ってないんです)。父はこの森の鳥人(とりびと)族の族長だったんだけど、“会議”のすぐ後で病気で死んじゃって……、だから今はぼくの母が族長です。それで……。」
真里砂はすっかり楽しくなってその話を聞いていました。
耳まで真っ赤にして話すのね。それになんてメチャクチャな自己紹介なんでしょう。
“会議”やら“自己紹介用のちゃんとした名前”やら、意味のわからない言葉もずいぶんありましたが……。
「……そんなわけで、帰って来たあなたを最初に出迎えるって名誉な役がぼくのものになったってわけです。」
「帰って来た。ですって!?」
真里砂は少なからずびっくりして聞き返しました。
「もちろんあなたは『やって来た』と、言おうとしたのでしょうね?」
パスタはこの不意の質問にあきらかに気分を害されたようでした。
  ああ、それはもちろん、あなたが本当に帰るべき所はもっとずっと南の皇城、ルア(うるわしの)・マルラインだけど。ぼくが言いたかったのはティカースからこのダレムアスの土の上に戻って来たってことです。」
「ティカース……丸い地の国。……ダレムアス……大地の国……。」

p9.

この二つは確かに聞いたことがあります。
丸い地の国(ティカース)が地球のことなら『ティカースからダレムアスへ……』、地球から大地の国(ダレムアス)へ帰って来た!!
「じゃあ、じゃあここは地球ではないのね!? それで……帰って来た。ということは、わたしはここの国の  ダレムアスの人間なの?」
パスタはそれこそもう完全に怒ってしまい、ぼくをからかってるんですかとすごい剣幕です。
そんなつもりではないと、真里砂は大慌てで謝りました。
こうなったら正直に話すほかはありません。
「ねえ、驚かないで聞いてちょうだいね。実はわたし……」
『記憶喪失』にあたる言葉を思い出すことができなかったので、彼女はしばらく言いよどんで考えていました。
「わたしには、ええと、昔の記憶が全然ないの。だから、ここがどこでいったいなにがおこったのか、さっぱりわからないのよ。……もし、あなたが知っているのなら、なにがどうなっているのか教えて欲しいの。」
「それは……本当ですか!?」
パスタは驚くというよりむしろ怖えているようでした。
真里砂にはそれがなぜだかわかりませんでしたが。
「残念だけれど、本当のことなの。わたしは地球で、普通の地球人として六年間暮して……自分gあ地球以外から来た人間

 
すると突然、森中に響きわたる角笛の音が聞こえてきました。
高く低く高く、危険を知らせるかのようにせわしく音色が変ってゆくのですが、それを聞きつけたとたんパスタの顔がさっとこわばりました。
「あの吹き方は“異変の笛”だ! 館で何が起こったんだろう!」
それから大急ぎで手に持っていた大きな袋包みを真里砂に渡して、
「ひめさま、ぼくはすぐに館に戻らなくちゃなりません。この中には着がえと(あなたは本当に変な恰好をしていますからね)当座の食糧、それに粗末なやつだけど剣が一振入ってます。きちんとした旅仕度はここから西に一週間行った、森のはずれの村に用意されてるそうです。
そこの村の旅籠屋の“雪白”のルスカさんと“里ぶどうの瞳”って人ですよ。それじゃっ!」
よほど慌てていたのでしょう。それだけ言うとパスタはぱっと翼を

                           P10.

ひろげて飛び去ろうとしました。
「あっ、待って!!」
真里砂はこの見知らぬ森に一人でとり残される事に恐怖を感じました。
それに……その村へ行くにしても、文字通り“西も東もわからない”のです。
パスタは持ちあげた翼もそのままに、もどかしそうに振り返りました。
「……いいえ、何でもないわ。旅籠屋のルスカさんの所へ行けばいいのね?」
「はい。」  しかたがないわ。わたしだって家になにかあったら、他のものはほうって行きたいもの。
「ありがとう。気をつけてね」
「マーライシャ様もお元気で」
あっというまにパスタの姿は木々の向うに隠れてしまいました。
さあ、これでわたしは一人ぼっちになったというわけねと、真里砂が思ったちょうどその時、後ろから雄輝と鋭の叫び声が聞こえてきました。
「オウイ、ま・り・さ・あ!! ドコニイルンダア !」
驚いたことに、真里砂には一瞬意味が解らなかったのです。
6年かけてすっかり自分の“言葉”になりきっていたはずの日本語が、です。
それから少し遅れて、“たった今パスタと話す時に使っていた言葉”に翻訳されて、意味が頭の中に入ってきました。
  わたしを探しているんだわ。でも、この調子では、わたし日本語を話せなくなっているのではないのかしら。
不思議なことが次々おこるので、少々のことで一々慌てふためいているわけにはいきません。
それに、ここが真里砂の故郷なのかもしれないのですから。
真里砂は試しに一声、呼び返してみることにしました。
 どうか日本語が出てきますように。
「ここよ!雄輝!鋭!こっちよ!」
森の中に響いた声は確かに日本語です。
ああよかったわ。雄輝や鋭と言葉が通じなくなったらこまるもの。
真里砂は、自分がまるで“不思議の国”に迷いこんだアリスみたいだわと思って心の中で笑いました。
そうでなければ“街燈跡野”のルーシイね。
 パパとママを除けば世界中で一番好きな二人の友達がそばにいると感じることで、持ち前の空想好きで負けん気の強い性質が顔をだしたのです。
とり残された不安などというものは跡かたもなく消えました。
むしろ、そんな不安を感じた自分が腹だたしく感じられるくらいで、
  臆病ね!あの二人が近くにいるくらい、もちろんわかっていたはずでしょう。  真里砂は自分自身をしかりとばしました。
あの二人と一諸なら、どんなことがおこっても大丈夫だわ。
考えてみれば、今おこっている“これ”こそ、いつも憧がれていた“冒険”ではないこと?
 
 
 
(☆森の中で元気に立ち上がる、半袖の体操着にブルマ(w)姿のマーシャの絵あり。シャーペン描き、色鉛筆塗り。)

               .
 
 3.袋のなかみ
 
真里砂、雄輝、鋭。
三人は焚き火を囲んで、わずかな食糧をせっせと口に運んでいました。
それというのも、先程パスタから渡された食糧には一人分しかなかったのです。  当然のことですが。
「ともあれ」と、そのことに気づいた時に鋭が言いました。
「これでこの事件の原因が真里砂にあるってことがわかったよ。ここの連中  さっきの有翼人種の仲間なんか  は、どういう方法でかは知らないけど地球にいる真里砂を呼びよせて……ぼくら二人は手違いでまきこまれただけなんだってね。」
これは事実に違いありませんでしたが、思いやりのある言い方とは言えないようでした。
むろん、鋭としては悪気があって言ったわけでなく、むしろ巻き込まれたことを喜んで、真里砂に感謝したいぐらいだったのですが、そこは人一倍責任感の強い真里砂のこと、自分のせいでこれから危険なめにあわせてしまうかもしれないと思うと、鋭の気持を知ってはいても、どうも落ちつきません。
今だって朝日ヶ森学園にいれば、体育祭後夜祭の御馳走をおなかいっぱい食べられたはずではありませんか。
 それに、なぜだかわからないけれど、これはいつも憧れていたお話の中の冒険のようには終らないだろうという予感がしました。
だからといって、どういう終りかたになるのかはさっぱり見当がつかなかったのですが……。
「さて、と。これからどうする?」
みんなが食べ終った時に雄輝が言いだしました。
もちろん議論好きな彼らの事、これは「会議を始めようぜ」の合図だったのですが、転校生で朝日ヶ森の流儀に慣れきっていない鋭は、彼お得意の“科学的な”好奇心をおこして、先にパスタの残していった袋の中味を全部調べてしまおうと


(☆シャーペン描きで色鉛筆塗りのマーシャのイラストあり。「有澄真里砂(マーライシャ)12歳・朝日ヶ森学園小学高等部3年A級」のコメントつき。)

主張しました。
さっきは、食糧と火打ち金を見つけた所で、真里砂が、お腹がすいたし、風が冷たくなったと言いだして、奥の方の品物はまだ調べ終っていないのです。
真里砂も鋭に賛成しました。
「もしかしたら、なにか手掛かりになるような物が入っているかも知れないでしょう。」
議論の種が増えるとあらば、雄輝だって反対しようとは思いません。
次々にひっぱり出した小さな包みや袋を、順々に開いてゆき、それを鋭が、運よくポケットに入っていた、体育祭用の得点表の裏に書きとめました。
 まず、さっきの食糧袋。
乾燥させた果物と、乾パンとおせんべいの合いの子のような固いお菓子が一包みづつ。袋に入った強飯(こわいい)の乾したものと干魚少量。
(肉類がないわ、と真里砂。)
小型の辞書ぐらいの大きさの木の箱には、火打ち石と火打ち金、それに塩とハチミツが入っています。
それから、ふたが深皿になる小さな白いゆきひらと、中華料理に使うような、おたまのような匙(さじ)。

 
 
 
(※没原稿マークのバッテン印で消してある※)
 
 3.雄輝と鋭が見たもの
 
『今夜は野宿』の覚悟を決めて、三人はパチパチと小気味よくはぜている焚き火を背に、それぞれが体験した不思議なできごとを話し合っていました。
 普段、たとえば遠足ではぐれていたのが落ち合った時などだったならば、三人はお互いを見つけたとたんに、途中で見た景色のことやら、その感想やらをしゃべりだしたでしょう。
でも今日おこったことと言えば、およそ信じがたいことばかりで、案外今日あった事は全部夢で、わたしたちは単に霧の中で朝日ヶ森に迷い込んだだけなのじゃないかしらと、それぞれよけいな方へ想いを巡らせては話すきっかけを失って、とうとう夕御飯の後までのばしのばしにしてしまったのでした。
 みごとな夕焼色の空の下、枯れ草の土手に腰を降して、それぞれ離ればなれになっている時に見た物、感じた事、あの不思議な霧の正体についての推測などを準ぐりに話していって、ちょうど最後に真里砂が話し終えた時、頭上に一番星が現れました。
それは、まるでマッチをすったようにいきなりぱっと輝やきはじめ、青空のジュースのひとしずくのような深く澄んだ光をあたりになげかけたものですから、真里砂はいっぺんに心の中まで明るくされたように感じました。
「アルテ! ルマルウン デア!」
思わずそう言ってしまってから、真里砂は慌てて口をつむぎました。
「……いま、君、何語でしゃべったんだい?」
鋭が眉に唾でもつけたいような奇妙な目をして聞き、一瞬、気まずい沈黙が訪れました。
ところが、じゃあ、やっぱりここは、と、瞳をきらきら輝やかせて雄輝が言ったのです。
おまえの生まれた国なんだな、と。
この一言は、かえって真里砂を驚かせました。
自分でも半信半偽でいるものを、いったいどうして雄輝にわかるのでしょう?
雄輝がなかなか話したがらないので、真里砂と鋭が二人がかりで責めたてると、昔々、真里砂が有澄の家に現れたその日に、彼女が同じ言葉を使ったのだと白状しました。
「うそよ。わたしは覚えていないわ。いつ?」
 
 
 
            (未完)


 仮題 炎の皇女(ひめみこ)物語

 (地球の姉の国戦記)
 (地に立つ  大地の国物語)

 第一部 記憶を求めて


 第一章 ダレムアス

 第二章



              .
P1.
 
     1.ここはどこか
 
 「いったい、ここはどこなんだ?」
 三人はみじめで、寒く、そして怖えていました。
森の中の空き地は暗く、北の方から来る風が少しづつ三人の体を冷してゆきます。
三人は昼間汗で濡らしてしまった薄い体操着を一枚着ているだけでマッチも、ライターも、火をおこす道具を何も持っていないのです。
  木の葉や枯れ木は山ほどありましたが……。
 「12時10分」と、雄輝が言いました。
「時計は狂ってない」
 それなのに、たった今、夕陽が沈もうとしているのです。
「これで日本じゃないってことは確かだな、鋭。」
「昼の12時か夜の12時かわかればなァ。いったいぼくら、どのぐらいの間、気を失ってたんだろ。」
鋭は隣で火をおこしている真里砂に話しかけたのですが、真里砂は相変らず何か思いつめた顔をして、答えません。
しばらく会話が宙に浮いた恰好になりました。
 彼ら三人は、ほんの数時間前までは、日本のある国立公園に境を接する広大な森林「朝日ヶ森」のはずれの学園で、真里砂と鋭にとっては小学校最後の、雄輝にとっては中学最初の体育祭に参加していたのです。
それが、いきなり現れた銀色の濃霧の中で、真里砂の体が何もない空間に吸い込まれたように見えなくなりました。
近くにいた雄輝と鋭がとっさに「その空間」に飛び込むと、一瞬森の中の焼けくずれた山小屋が見え、次いで更に「強い力」で「引っぱられる」のを感じて気を失いました。
 そして気がついた時には、三人が三人ともこの不思議な森の中に倒れていたのです。
「おれは最初、朝日ヶ森の中だと思ったんだ。木の様子が大体同じだろ。もっとも向うはまだ10月はじめなのに、こkは11月の終りって感じだけどな。……緯度か高度が高いのかな?」
「とにかく南半球じゃないみたいだ。温帯と亜熱帯の中間くらい

P2.

で、日本と気候の似てる……あれ? 日本から東か西に90度行った所ってどこの国だっけ」
「なんだ、理科には強すぎるぐらい詳しいくせに地理はからっきしだめなんだな。東は……で、西は、えーと。」
 二人はしばらくの間、あそこでもない、ここでもないと議論していましたが、いくつか条件のあてはまりそうな土地があったにもかかわらず、「かもしれない」以上に話はすすみませんでした。
大体、どうしてこんな事になったのか、ここにふっとばされてきた理由が解らない。話題はいつの間にかそちらの方に移りました。
「なんて言うか、こう、……気絶する前にさ、引っぱられるというか、だれかに呼ばれたような気がしたろ。まるで魔法で吸い寄せられたって感じで。」
雄輝がこう言うのを聞いて、鋭はおなかをかかえて笑いだしました。
「魔法だってえ〜〜!? この場におよんでそんな非科学的なことを言いださないでよ。」
「悪いかァ! おれはだれが何と言おうと魔法を信じてるぞ。おれは昔、魔法が使われる所を見たことがあるんだからな!」
「見たことがあるって? 夢想家もここまでくると狂信的だ。ホントに中学生ですか? 翼 先 輩。仮に魔法だとしたら、だれが、何のためにぼくらを呼んだりしたのか知りたいや。」
鋭の皮肉に、しかし雄輝は真面目に答えました。
「マーシャさ。マーシャを呼んだんだ。」
「え?!」
「いつも言ってるだろう。魔法を見た事があるて。あれはマーシャなんだ。いままでだれにも言わなかったけど、マーシャは小さい頃魔法を使えたんだ。……おれたちは単にそれにくっついてきただけなんだ。」
マーシャというのは、もちろん真里砂の愛称です。
雄輝があまりに真剣な顔をして言ったので、一瞬、鋭はひどく驚いた顔をしていましたが、すぐに前にも増してひどく笑い始めました。
「すごいジョークだ! おーいマーシャ。雄輝が、君が魔法使いだなんて言いだしたよ。ぼくら魔法で呼び出されたんだって。」
 真里砂はこの間ずっと木と木をこすり続けていたのですが、丁度この時、小さな枯れ葉の山にちらりと赤い花が咲きました。

P3.

 いじの悪い風に吹き消されないよう片手でかばいながら、真里砂はまるで毎日やりなれてますといった顔をして、次々と枯れ葉や小枝を積み上げていきます。
ふいに、真里砂は低い声で歌いだしました。
その歌は日本語でも英語、フランス語やドイツ語でも、真里砂が知っていそうなどの言葉とも違っていたので、鋭と雄輝は始め真里砂がでたらめを歌っているのだと思いました。
けれど、きちんと韻を踏んで調子の良い旋律が繰り返しにかかるころには、これが二人の全然知らない言葉で歌われているのだということがわかりました。
 それでも雄輝には何かその言葉に思い当る事があるらしく、驚きながらも目を輝やかせて聞いているのですが、鋭にはそれがかえって気にさわりました。
いつもいつも、この二人の間には何か昔からのつながりがあるのです。
真里砂と雄輝の両親が親友で、二人が小さい時から兄妹のように育ったのに比べ、鋭は一年前に転校して来たばかりの異邦人。
そして、真里砂と雄輝が二人にしかわからない小さい頃の話などして楽しげに笑っている時、いいえ、けんかをしている所を見てさえ、とても腹だたしく感じるのでした。
 それがなんのためなのかは鋭自身知らなかったのですが、それでも彼は腹だちまぎれにこう怒鳴りました。
「おいマーシャ、いくら突然おかしな事が起こったからって怖気づいたり狂ったりしないでくれよ。これこそぼくらがいつもあこがれてた冒険の始まりじゃないか。……チェッ! 結局はきみもただの女の子だったんだな。非科学的で(これは本当だぞ。科学のテストの時はいつだってぼくが教えてやったんじゃないか)おしゃべりで、バカで、なんでも泣けばかたがつくと思ってるんだ。」
鋭はなおも悪口を言い続け、自分でバカな事を言っていると知りながらやめられない自分に、その自分を驚ろいて見ている雄輝に、そしてなによりも、これだけ言われても何の反応も示さない真里砂に、表現しがたい複雑な、ドロドロとした憎悪と腹だたしさを感じてやりきれなくなりました。
『今すぐ真里砂が怒りだしてくれれば、さもなけりゃ雄輝がぼくを

P4.

なぐり飛ばしてくれればいいんだ。そうすれば………… 』
そうすればどうなるのか、うず巻きながら一時にあふれ出ようとするめちゃくちゃな気持ちがかえって鋭の口をふさいでしまいました。
 一方、真里砂は鋭のそんな言葉や態度も一斉見えず聞こえず、ただ、ずっと昔に習い覚えたこの歌を不意に思い出したことを喜び、なつかしい響きを楽しむように最後の繰り返しを心をこめて歌うと、炎がそれに呼応していきおいを増したのを見て言いました。
「 マルナ セレ ナン (歌えたわ!)」
なぜならこの歌は火のいきおいを強くするための魔法の歌なのですから。
それから、真里砂は不意に気がついて顔を上げました。
「え? なにか言った?」
 鋭は、こうまで完全に無視されていたのかと思うと腹をたてるのもバカバカしくなり、同時に自分の言ったことを真里砂に聞かれないですんだので、少し気が楽になりました。
「ごめんなさい。あまり夢中になっていたので聞こえなかったの。何て言ったの?」
鋭が返事に詰まっているのを見て雄輝が助け船を出しました。
「おれが、おまえが昔魔法を使ったことがあるって言ったら、冗談だと思って笑ってるんだよ、こいつは。」
雄輝には先程からの鋭の不可解な態度がなになのか、さっぱり見当はつかなかったのですが。
『ま、誰だって突然ヒステリーをおこすのはよくある事だからな。』
鋭は雄輝に感謝しつつ、無理に苦笑いを作って言いたしました。
「まったくバカみたいな話だよ。ここに魔法でつれてこられたんだって言うんだ。」
鋭は自分の態度がおかしいと気づかれないかとそちらの方に気をとられていたので、魔法という一言で真里砂がそれとわかるほど顔色を変えたのに気づきませんでした。
「ぼくは次元のひずみではじきとばされたんだと思うんだけどね。……雄輝の童話狂いもいい加減にしてほしいよ。」
「なんだと、自分だってSF狂じゃないか!」
「SFは科学だ!」
「ファンタジィの歴史の古さを知らないな。」

P5.

 この調子だと、二人は本題をはずれていつまでもやり合うことになりそうでしたが、
「ナルニアだのミドルアースだの、全部空想上の別世界の話だろ。ここは地球だぞ。」
鋭が興奮してこう怒鳴った瞬間、真里砂はとうとうこらえきれずに笑いだしてしまいました。
最初はぼんやり、次には妙な歌を歌い出し、今度は気でも狂ったように笑いだす。雄輝はショックのあまりマーシャの気がふれたのかと一瞬疑ってみたほどでした。
「おいマーシャ! どうしたんだ!?」
真里砂はなおもくつくつと笑いながら言いました。
「地球……ですって? 空想世界ですって?! ……あなたたちは、ここをどこだと思っているの!」
 真里砂の瞳がくるくると色合いを変えて、不思議な光りかたをしたのはちらちら燃える焚き火のせいでしょうか。
「どこだと思うの……?」
真里砂はもう一度、尋ねました。
「それじゃやっぱり……」と雄輝。
「おまえには何がおこったのかわかってるんだな?」
「ええ、まあ、大体のところはね。」
 意味ありげなこの会話に、鋭は何かしら背すじを走るものを感じました。
「いったい君らは何の話をしてるんだ?!」
真里砂はもう一度、あの、秘密を知っている者特有の謎めいた笑い声を立てました。
「ここはダレムアス。大地の国よ。」
そこまで言って、真里砂はようやく鋭の表情に気がつきました。
  いけない。鋭は本当に何も知らないんだったわ。
ぺたり、と火のそばに腰をおろして他の二人を誘います。
「わたしにわかっている限りは全部話すわ。でも、とても長くかかるの。」
 雄輝はすぐに、鋭もしぶしぶながら腰をおろすのを見とどけてから、真里砂は半分目をとじ話し始めました。
 
 
 
               .
 
     2.真里砂の記憶
 
「ここはダレムアス。そう、……そう言ってよければ地球の外よ。
ううん。他の星とかいう意味ではなくって、別の世界。SFの言葉で言えば異次元、て言うのかしら? 地球と平行に存在しているパラレルワールドの一つなの。……わかっているわ鋭、あなたが言いたいことは、それをなぜわたした知っているのかってことでしょう?
簡単なことよ。だって、ここはわたしの故郷なのだもの。わたしはここで生まれたのよ。
鋭と雄輝の唖然とした顔を見て、真里砂はおかしくなりました。
「いつも言っていたでしょう、わたしはティカータ(つまり、ダレムアスの言葉で、地球人、て意味よ)ではないって。あなたたちは冗談だと思っていたようだけれど……。
 
 
                .
大地の国物語 皇女戦記編

     失なわれた記憶 記憶の旅
                                 P1.
     序章    障害物競走

 緑の黒髪、と言う言葉があるが、今年12歳の美少女・真里砂の髪は、正真正銘まがいものなしの緑色だった。
それも、後世地球の一部学生たちから『にせ緑』色と呼ばれる事になる人為的な緑とは異って、萌え出でる春の炎を思わせる純粋な森の明るい緑色だった。
その瞳すらも、ほとんどそれとわからない程にかすかに青緑色のかかった濃い色合いを帯びている。
象牙色の肌  これもまた日本人離れした。
年の割に背が高く、すらりと伸びた手足は、一見、ほっそり、というよりは華奢と言う言葉を連想させる。(それだけ効率良く筋肉がついている証拠だと、彼女の主治医が保障した。)
そしてギリシャ彫像よりははるかに雛人形に近く、さらには最も似通ったところで森の妖精といったに最も酷似した容貌を備えていた。
 自身の故郷では、有澄(ありずみ)真里砂は愛称で、『森の木洩れ陽(マダ・リクルメス)』もしくはマ・リシャと呼ばれていた。
自分の生い立ちにまつわる事を彼女はそれしか知らない。
気がつけば故郷(ふるさと)を遠く離れて『丸い地の国(ティカース)』の森の奥に記憶を失って倒れており、行くあてとてないので、言葉を教え世話をしてくれた、子供のいない有澄夫妻の養女になった。
これが6年前  マーシャ(現在の真里砂の愛称)6歳の時の事である。
真里砂は現在(いま)、外交官である養父母のもとを離れて、日本の、とある大森林の片隅にある寄宿制の世界的名門私立校、朝日ヶ森学園にて小等部最後の一年を過ごしていた。
 秋のことである。

P2.

       ×       ×       ×

 ポンポンポンポーン
「選手招集をします。5000m障害物競走“小等部上級〜中等部低級”に参加希望の男女、大至急正門脇に集合して下さい。繰り返します。……」
「あっ!いけない!」
そろばんを放り出して真里砂は勢い良く立ち上がった。
時計は2時10分前を指している。集計係の仕事の忙しさにとりまぎれて、真里砂はまだ昼食を摂り損ねていたのだ。無論、もう食べている暇などない。
朝だってろくに食べてやしないのに  。真里砂は慌てて机上を片づけようとして3度も筆箱をひっくり返し、イライラしながら正門脇へ到着した時には「遅いぞ」と委員の小言を喰わなければならなかった。
 障害物競走。それは陸上部のエースで脚には自信があるとは言え、  特に長距離は最も得手とする種目であったが  中等2年の“男子”までもが同時に走る競技である。全国2位の記録の保持者としても、体格が大人に近づきつつある、走り込んでいる陸上部の先輩達が相手では……いささか心もとなかった。互格に走れるのかしら……。
 「いよっ! マーシャ!!」
ばん★ インディアンのようにつややかで風になびいている黒い髪、黒い瞳、陽に焼けて浅黒く、中二にして身長170160cmの体格を誇る  真里砂だって155cm/145はあるのだが  そして午前の部最終の中・高等部の騎馬戦において、一人で二十騎を引き倒し、並いる上級生たちを押しのけて、最多制覇記録を打ちたてた闘争本能の権化とも言うべき古強者、雄輝が、真里砂の背中を力まかせにぶったたいた。
「……ケフッ。少しは手加減したらどうなの」相手が頭一つ分ばかり高かったところで真里砂が容しゃするわけがない。とはいえ、もうなれっこになってしまっているので、真里砂はいたずらっぽく眉を上げてみせた。
雄輝にデリカシーなんてものを理解させようったって、そりゃ無理と言うものだ。

                                 P3.

「おまえ少しあがってるみたいだな」
おやおや。6年越しの幼な慣じみはどういう吹きまわしだかわけだか兄貴風を吹かしたがっている様子で、開いている方の左手で真里砂の頭を気やすくポンポンたたく。
右手は(午前中いっぱい暴れまくった後なので午後からは委員会を手伝わねばならず)ピストルと薬きょうの入った箱でふさがっていた  雄輝はスタート係なのだ。
「ハチマキずれるでしょ」
真里砂はぱんと雄輝の手を払いのけた。雄輝も慌てて手をひっこめる。
真里砂のみごとな黒髪がかつらとばれたら大事(おおごと)だ。緑色の髪の地球人人間だなんて。
今の所、学園内で真里砂の秘密を知っているのは、真里砂本人を除いてわずかに2人だけなのである。
 そしてその残りの一人、真里砂のクラスへ1ヶ月前に転入して来たばかりの鋭は、広い校庭の反対端で、上級生の群れに見え隠れしながら競技用の障害物の最終点検をやっていた。背は高くないので探しにくいのだが、混血児(ハーフ)らしい色の白さと明るい色合いの髪が結好良い目印になるのである。
 「ところでおい、おまえ障害コース見てまわる余裕あったのか?」
 名物障害物マラソンの障害物は、科学部建築クラブ等の面々が毎年毎年技術の粋と意地の悪さを存分に発揮して毎年毎年違った新しいコースをこしらえあげる。
それは大会体育祭当日朝のうちに組みたてられるまでは、極秘、が建て前だったから、障害物競争に出場しようと思っている人間は空き時間を利用して確認してくるのが常だった。
ところが真里砂は3つの委員会とクラブを掛け持ちで、食事すら朝昼満足に摂っていないのである。
「雄輝だって知ってるでしょ、そんな暇あるわけないじゃない」
真里砂は茶目っ気たっぷりに(そう見えるように見せようと半ば意識しつつ、)小さく肩をすくめた。
 でも、大丈夫かしら。本当に勝てるかしら。速さの点では後半でなんとか喰らいついて行けるはずだわ、長距離は体力の問題だから。5000mなんて軽いものよ……。

P4.

真里砂が実は優勝候補の一人であることは無論周囲の良く知るところだった。
殊に真里砂の後背  陸上部や演劇部  の女の子達は、熱心にその事を願っている。憧れの先輩を応援している。
真里砂はそんな風に周囲から期待を寄せられるのは嫌いではなかった。むしろその期待を裏切ってしまうような事の方が不慣れである。
障害物は  これはもう機転と判断力の問題だわ。そしてそれならもちろん心配な……
 ……あらっ!?
してみると不安に感じる理由などないではないか  真里砂はいぶかった。彼女は自分がなんのいわれもなく不安になるような人間ではない事を良く知っていたのだ。
では、わたしが心を騒がせている原因は、どこか他にある。
断定してみて真里砂はほくそ笑んだ。思考法が段々、向こうで作業中の清峰鋭に似て来てしまったようだ。
鋭の異名をコンピューターと言う。IQ260の天才少年と人は呼ぶ。
「おーい!」 呼ばれて雄輝はスタート係の仕事をしに走って行った。
真里砂はどうせもうしばらく暇なのだからと意識を集中させて自分の不安の原因を突き止めようと試た。  いや、“不安”と言うのは的当でない。それは何か予兆に似ていた。春の始めに猫柳の若枝が、今にもはじけそうではじけない新芽のむずがゆさにおののいている  そんな感じだった。
 障害物の最終点検が終了したらしい。鋭が何事かを伝達しに審判・スタート係のたむろしている場所へ走って行った。各走者一斉に身構える。雄輝の拳銃が天高く秋の空に響き……真里砂は先頭を切って走り出した。
 
       ×       ×       ×

 実にとんでもないコースだった。実に、実に。
きっとこれは鋭の立案によるものに違いないわ、と、自分自身も予測のつかない難コースに

                                 P5.

辟易しながらも真里砂は十分楽しんでそう考えた。
図体がでかいばかりで総身に知恵の回り兼ねている連中は、早くも最初の網くぐり、尾瀬沼(1)辺りでひっかかって、ゴキブリホイホイよろしくジタバタやっている。下見をしていなかった真里砂は、置いてある器具をどのようにしてどうやって通ったら良いのかわからなくていちいち立て札を見なければならなかったので、最初はかなりきつかった。が、コースの設計者の方も楽しんでしまっているから、半分も行く頃には落伍者も半分、4分の3行程行けば走者は4分の1なのである。真里砂はどの障害も気前良く追い越した。(無論人間も)
前に残っているのはもう中等課の2・3人だけ。ものすごい応援合戦が繰り広げられている事が、夢中で走っている真里砂にも良くわかった。
「フレー!フレー!真    砂!!」
「フレー!フレー!マー   シャ!!」
残るは2m間隔に並べられた12段の飛び箱のみ。計4つ。それを越えれば(規定では側面に足をかけずによじ登る事ができれば良い事になっていた)後は、300mの直線コースで勝負が決まる。
飛び箱は4列用意されていた。真里砂が助走に入った時、隣の列の2つ目の所でもう一人残っていた中等課の女子が足をくじいてうずくまった。男子2人陸上部の先輩達は2つ目と3つ目の所でよじ登ろうとあせっている。
真里砂は陸上部に入る前、半年ほど体操部だった事があった。
飛び箱の向うにきちんとマットが置いてある事を頭のはしで一瞬確認すると、真里砂はためらわずに思い切り蹴って飛び跳び越した  
 1つ。2つ。3つ。
深く着地し、すぐに体を起こして助走に入り、そのまま一歩半でまた跳ぶ。
いや、跳ぶというよりはむしろ飛ぶに近かった。
                             
※(1) 10cm幅の細い板の両側に、一面粘着性の強い塗料がしきつめてあり、平均台と同じような役割を果たすが、一度足をつっこむと抜け出るのが大変なばかりでなく、後々までベタベタ走りにくくなるので、よりタチが悪い。

P6.

半年やそこら何をしようとも普通の人間にできる真似ではとてもない。
白い閃光がひらめいて行くようだった。応援はもう熱狂して叫んでいる。仙の白鹿のようなスピードで速技で真里砂はトップに踊り出た。
そして4つ目に飛びつき飛び降りようとした時    

 ひゅっ! と短く息を吸い込み、真里砂の体は呪縛にかかったかのように動かなかった。
腕を飛び箱の上に突っ張り、両脚を前に降り出して今にも着地に移ろうという姿勢のまま  それでも、地球の重力(若しくは慣性の法則)だけは動き続けているらしかった。真里砂は落ちた。
いや、陥ちた、と言った方が正しかったかも知れない。逆らおうとするだけの意志が動き始めるその間もなく、不意に眼下着地点に現われた(若しくは消滅した)灰色の虚空に音もなく吸い込まれたのだ。熱狂していた観客は、一瞬、視神経に伝わったものを脳に吸収し切れなかったることができなかった。斧で断ち切ったような静寂が訪れた。誰もがその存在する空間にはり付けられてしまったかのように動かなかった。
 唯、雄輝だけは別だった。唯二人を除いて。
雄輝はゴールでストップウォッチを握っており、最初、真里砂は単に着地に失敗しただけなのだろうと思っていた。考えていた。
だが、かけつけて見て、そうではないとわかっても、彼は一瞬たりと足をとめず、信じ難い現実の向うに真里砂の姿がかすかに薄れて行くのを見た時、彼は一刻もぐずぐずはしていなかった。思考が脳細胞をかけ巡るのより速く、筋肉に命令が伝わるのが彼だったのだ。雄輝の行動の全てだったのだ。
 そして、校庭の反対側に居た鋭もまた一瞬の遅れをとっただけだった。一瞬たりとも遅れてはいなかった。
鋭は熱心な科学絶対主義の信奉者だったが、それと同じくらいS・F

                                 P7.

小説に傾倒してい、さらに彼の伝で言わせれば「全ての現象は科学的に説明される事が可能」なはずだったので、“科学的に説明”できる物事を彼が恐れて彼がパニックに陥るなどという事はありえなかったのだ。
 虚空は、わなにはまった一人の少女と、おくれてかけつけ、自らの意志で身を投じた少年二人をわけもなく飲み込んで姿を消した。
その間1分とはかからなかった。長い沈黙を破り、不意に真里砂の養母が泣き出した。
そして、その後の学校側の必死の捜索にも関らず、三人の生徒が大衆の面前目前で姿を消した原因も、あの虚空の正体も、姿を消した子供達自身すらをも、遂に地球上において発見される事はなかったのである。
 物語の舞台は“大地の国”へと移行する。
かつての四国神が治めた四界の一つ、地球の姉なる大地の国(ダレムアス)へと移行する。
 
 
 
 
◎「銀のイス」参照に、もっとちゃんとした伏線を
 ひいてから移動する事。


☆シャーペンで描きかけでハンパに消した、体操服姿で斜めに振り返っている「見返りマーシャ」の胸像画あり。

   (「太陽系」第三号連載分)
 
 「 りゅーん!! 」
やぶかげから二人の人影が現われた時、木によりかっかって考えにふけっていた真里砂は思わず驚きの声を上げた。
「 ゆまゆ た くむる る・る・る! (あなたたちがどうしてここに!)」
「 ふぇろうぐん! (まぬけ!)」
雄輝が唯一覚えていたダレムアス語で切り返した。
「俺たちにわかるわけないだろ!」
鋭はあ然として二人の顔を交互に見比べている。気が狂ったのかと言わんばかりだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待ってよ! よけい頭が混乱して来たじゃないか」
 
 3人は今、見も知らない森に迷い込んでいた。辺りは速やたそがれて、夕闇がせまっている。
真里砂が座っていたのは、とあるちょっとした空き地の片すみで、どうやってつけたものか小さな焚き火が明々と燃えていた。
 そして火の上には小さな白い美しい行平(ゆきひら)がかかっていた。
その火の上に小さな鼎がかけてあり、ぐつぐつと心地良い音をたてて何かが煮られているのを見つけた時、雄輝は無言のままどっかと座りこんであぐらをかいた。
「やれ、やれ。助かったぜ。そろそろ寒くてたまらなかったところなんだ。うん? なんだこの鍋?   いーや、今日はもう何が起ころうとも驚くのはやめだよ。実のところ空腹でメゲちまってるんだ。
 おら、鋭も座れよ。」
  あ、うん。」
 ここの気候は明らかに、3人がいたはずの朝日ヶ森の学園よりも厳しかった。
さもなければ、季節がずれているのだ。かすかに西陽をとどめている空の向うを除いて、そびえたつ針葉樹の上に広がっているのは、どんよりとして鈍い、今にも降りだしそうな雪雲だった。
 「俺の推測は当たっていたらしいな」 雄輝が鼎に指を突っ込みながら言った。
「あちっ! つっつっつっ  なんだよその顔は。」
鋭はどうせさっきからひどいすっとんきょうな顔をし続けていたが、今は真里砂の方がひどかった。驚く、とか慌てる、とかではなく、何かに脅かされた者の眼をして雄輝と鋭を交互に見比べているのである。
正直言って真里砂は怯えていた。何故この2人がここにいるのだろう? もしかしたら自分はとんでもない
 
 
 
   たしか、あれは、今日の昼の事だった  と、正気づいた後痛む頭を左右に振りながら、真里砂は一人で必死に考えをまとめようとしていた。混乱してしまっていたのだ。
そう、そう、そうだわ。足下にあったはずの土が灰色の薄ぼんやりした霧に変わってしまった時、わたしは確かに飛び箱の上にいたのよ。そう。
それから?   吸い込まれたんだわ。そして、気を失った。
「良ろしい」 真里砂は口に出してつぶやいた。「それから?」
気がついた時には、ここに倒れていたんだわ。ここ  ここ、とは、何処なのだろう?   ? 「森の中」、そうね。単純な事だわ。
 だが、何処の森の中かということになると、事は単純などとは言っておられなくなった。ここは明らかに少女の育くまれた朝日ヶ森とは別の場所であり、どこまでも常緑針葉樹ばかりが連っている。
早や傾き始めた薄陽と雪雲を見つめながら、真里砂は今日が6年目の日に当る事を思い出してぎくっとなった。
真里砂が濡れそぼち、傷だらけになり、記憶すらも失って、嵐の晩に現在の養父母に救われたのが    つまり6年前の今日なのだ。
6年。それは真里砂にとって深い意味を持つはずの数だった。
「でも、でも、    それじゃ    ?!」
真里砂はおののいた。 いつか、いつかは自分が故郷へ還る時が来るのだろうとは思っていた。だが、こうも早くだとは考えてもいなかったのだ。

                          (10/4分)


 北
東+西
 南

               >翼人の村

                    ↑
         樹          
        真里砂
         ↑
       雄輝・鋭


 
  ※※ 翼人(よくんど) ※※
 
 「待って! 待っ! ……」
自分の叫び声に驚ろいて、真里砂は急にはね起きた。「……あ……?……」
確かに何か大事な夢を見ていたのだ。が、夢の記憶はあっという間に飛び去ってしまった。
「思い出せない……あれは、一体なんなの?」真里砂は半ば状態を起しながら痛む頭を振ってつぶやいた。それから「えっ!?」
真里砂の目前すぐの所には、ガリガリと赤茶けた、しかし暖かい色のがっきりと灰色がかった太い木の幹があった。慌てて振り向けば、5m程下に、地面。
真里砂は木のまたにしつらえられた、鳥の巣に似たプラットフォーム(舞台)に寝かされていたのである。
気絶したまま落ちてしまわないようにとの配慮からだろう。使い古した帯のようなもので上手に体が幹にくくりつけられてある。
  そうだわ。障害物競走の途中だったのよね。」……真里砂はあぜんとしてつぶやいた。
パニック状態におちいってしまうのを防ごうとして、真里砂はわざと大きな声を出して言った。彼女は、これ程現実離れのした事はまあだなかったけれど、誘拐されかけたとか休みに登った山で遭難したとか、年の割にずいぶん豊富な経験を持っていたので、非常事態に出っくわした時に何よりも大事なのは何であるのか既に知っていたのである。
手早く帯の結び目をほどきながら、真里砂は辺りのようす様子を見渡す。
下には隠陽樹たちやぶやつる植物がびっしり生ひ茂り、頭上には20〜30mの向うまで見覚えのある針葉 見た事のない針葉樹のこずえが突きだしている。
かなり大きな森の中のようだ。
太陽はまだ傾き始めたばかりのところらしいが、真里砂のいる所まではほとんど光が届かない。それに寒い。
はえている植物は全て見覚えのあるものばかりであるのに、ここではもう落葉樹の葉は全て姿を消し、からみついたつたも黄色くなって小さな実を残すばかりになっている。
冬仕度はすっかり終っているのだ。と、言う事はここは真里砂がいた学園のあった朝日ヶ森ではないのだ。季節がずれているのか  さもなければずっと北に位置しているのだ。
北と言えば、そう本当に寒い。初雪でも降りそうな温度ではなかろうか。くしゃん! 半袖短パンという格好では手もなく、鳥肌たった両腕をくんでしきりにこすった。はく息が白く流れて行く。
  が、寒さのおかげでかえって頭が冴えたようだった。不思議に落ちつきかえっている自分を知って真里砂は少しばかり驚いたくらいだ。へんだわ、わたしってこんなに図太かったかしら  。しかし
 冗談じゃないわ。真里砂は思った。いきなり足もとの地面が失せた時のあの恐怖感。上も下もなかったあの灰色の空間。ぞっとする。なんだって……「あっ!?」
真里砂は心の中で小さく悲鳴をあげた。そんなまさか  いや、だが、順序が逆なだけである。灰色の虚空。恐怖感。……
 それは真里砂が覚えている最も古い記憶だった。あの時までは、確かにそれ以前のでき事も自分の素姓もわかっていたはずなのである。そして、寒さ。
森の中を迷っているうちに10月の雨に打たれて、肺炎を起こした。熱のひいた後はもう何も覚えていなかった。
しかし    共通する、灰色の空間の記憶。その意味するところに気づいた時、真里砂は、自分の血が音を立ててひいていくようなのをはっきりと意識した。
そんなまさか    それでももう一度否定した。6年を、地球の、近代文明社会の中で育ったのである。いかに真里砂が空想好きであろうと、とっさの事には信じられなかった。小学6年生にしてはかなり分別臭い方に育っていたのだ。
そんな  でも、本当なのかしら? 本当に、ここが、わたしの故郷(ふるさと)だなんて事が、  (S.F.の読みすぎじゃないの)  ありうる、の、かしら? かしらね。
 
 
(10/11分)      .
 
 いろいろ考え併せると、感情的に信じられようがられまいが、理論的(!?  あやふやなものだが)に、そうとしか説明しようがないようだった。自分の髪が緑色だなどという非現実的な証拠がなかったならとても信じられなかったろう。真里砂ははっきり意識する程にうろたえた。故郷へ還りたい、本当の両親に会いたい、自分の名前、自分の記憶を取り戻したい    …… こういう、つき動かされるような感情は、ずっとずっと昔から持ち続けていたのだ。だが、薄ぼんやりとだが真里砂は覚えてもいた。奇妙な話だが、記憶を失う直前の、自分の心理状態を、である。
何かが恐ろしくて悲しくて真里砂は逃げだすためにあの灰色の空間へかけこんだのだ。
40度を越す高熱にうかされて生死の境をさ迷っていた時も、真里砂は必死でその何かから逃げる事しか考えてはいなかったのだ。それが幼なかった真里砂にとっては死神より恐ろしいものであった事も確かだ。事実、夢の中で真里砂は“魂の導き手”(ル・リーズ)と名乗る男に連れられて冥界の扉へまでも行ったのだったから。
それから? それから先はない。はまだ続いていたはずなのだが、心の錠が降りていて、どうしても思いだせないでいるのである。
「そうだわ」真里砂は一瞬目を輝やかせて一人言ちた。「今さっきの夢  あれは、あのの続きだったのよ。それから、「駄目ね。どのみち思い出せないわ。」

記憶を失う直前、何かが恐ろしくて悲しくて自分がそれから逃げ出そうとしていた、という事をである。
冷静に考えてみれば、記憶を失った事だって高熱の為というよりは恐怖感に精神が耐え切れなかったからなのかも知れない。小説などではよくある話である。
真里砂は自分が臆病ではない事を知っていた。だからこそ、逃げだしたいという感情が記憶をも飲み込んでしまう程のでき事、を、思い出す事が怖ろしかったのだ。
 どうするべきだろう? 何をどうするというのか、とっさの間に真里砂は考え続けて、それから、苦笑した。
馬っ鹿馬鹿しい。仮にここがわたしの生まれた国だったとしても、わたしが思い出したいと決心したからって、はい、さいですか、なんて記憶が飛んで来るわけではないじゃないの。と言う訳である。それよりも今現在どう動くべきかを考えなければならない。
このままでは早晩風邪をひいてしまうであろうし、雨でも降って来た日には、あの記憶を失った晩の二の舞だ。真里砂は、とりあえず物事をきわめて実際的・即物的に考えようと努める事にした。

 「うわあ」 考えてみるとひどい事態である。西も東も、大体が今自分がどこにいるのかさえわからない。自分の髪の緑色を勘定に入れると、ここが地球上であるか否かまで疑わしいのだ。
昨年、養父である有澄氏の友人達に連れられて休みに連れられて登った槍穂高で見事遭難してしまった事があったが、あの時だって雄輝と二人だったし、シュラフも、わずかだが水と食糧もリュックサックに入っていた。霧がひどかったとは言え、ちゃんと登山地図も持っていて、最後には自力で下山できたである。
甘い考えを起こさない為もあって、ここは地球上でない。と直感的に断定してしまう事にした。  ではどこなのかしら? 真里砂はその答を知っているような気がした。だがその事について考えるのは後まわしだ。それで?
 昨年  昨年ね。真里砂は対策を考えつづけた。でもあの時は登山用の長袖長ズボンだったし、寝袋だってちゃんと持ってんだわ。食料と水はやっぱり無かったけれど。それに雄輝と二人だったしね。雄輝どうしてるかしら。さぞかし慌ててる事でしょうねえ。少しは心配しているかしら。鋭は? ………
 まさか二人が自分を追って、同じ世界へ来ているなどとは、雄輝の無鉄砲さから見ても十分に考えられる事ではあったのだが。真里砂は夢にも思ってみなかった。そしてそれだからこそ真里砂は、事態がかなり無茶苦茶に進
真里砂はまさか二人が二人とも自分を追いかけて同じ世界へ来ているなどとは知らなかったし、夢にも思ってはいなかった。雄輝の無鉄砲さをころっと忘れていたのである。くしゃん。
 
 バササッ
大きな羽音の不意打ちをくらって、ぎょっとして上を見上げた真里砂は、あやうく枝の上の舞台(プラットフォーム)からずり落ちそうになって、「おっと危ない」
いせいのいい腕と声とにかかえられた。
真里砂は翼のはえた彼らの姿を見て驚かなかった。いや、驚くには驚いたのだが、その驚きは一瞬遅れて  つまり、有翼人種を見ても自分が驚かなかったという事実に驚いたのである。自分が驚かない事に驚くなんてホント驚いた話だ。
振り向けば、そこにいた優しげな青年も、やはり、肩から後ろへ大きな翼が伸びていた。
 不意に真里砂をとりかこむように現れた鳥人たちは3人。兄弟らしい若者と男の子と、それからその母親と覚しき女性だった。
「まあまあまあ」
ふっくらと暖かい顔をしたその婦人が、とん、と真里砂の隣に降りたった。茶色の髪、茶色の目、鳥そっくりのその翼も同じ茶色で見るからに親しげな様子をしていたので、体をこわばらせてその翼bかりを見つめていた真里砂も少しばかり警戒をといた。
「ほんとにまあ」 その女の人はもう一度繰り返して言った。
「何て恰好でしょうねえまあこの寒いのに。まあかわいそうに。さあさあ毛布を持って来てあげましたよお嬢ちゃん。おくるまんなさい。早く早く。それから話を聞きましょうねえ。  あら、言葉がわかるとよいのだけれどねえ」
「解リマス」 発音に疑問を持ちながらも、真里砂は用心しいしいこれだけ言った。別に鳥人が日本語や英語を話したわけではない。どころか全く聞いた覚えもないような言葉であったのに、なぜだか真里砂には確かに理解できてしまったのだ。
だが真里砂はこの時、有翼人種を見たおかげですっかり動てんしてしまっていたので、その事を不思議ともなんとも思わなかった。
「解るわ  」真里砂はもう一度確認するようにしゃべった。「  あら本当。ええ? なぜかしら?    ?!」 真里砂はまたもうろたえなければならなかった。本当に全然知らないはずの言葉なのだ。
今度は顔を見合わせるのやは有翼人  翼人(よくんど)たちの方である。
「さあさあお嬢ちゃん。」女の人は座ったまま立ち往じょうしているような真里砂の上に優しくかがみこむと「シンマ、それをおよこし。」自分の小さい方の息子から小さなつぼを受けとって「暖ったまりますよ  落ちつくしね。さ、ほらお飲(や)んなさい」
そう言って真里砂の口の中にとろりとしたハチミツ酒の薄いやつを流し込んだ。
  ありがとう。」真里砂は素直に感謝して。冷え切っていた体がほんの少しづつだが暖まって来たのだ。
「あの、ここはどこなんですか? あなた達は? わたしは  

「どこって緑森の中に決まってるじゃないか、もちろん」シンマと呼ばれた方の男の子があきれた口調で言い返した。「その中のどの辺かって事なら
 
 
(10月18日分)

(☆体操服姿で黒髪おかっばカツラの「真里砂」と、
  「マーシャ、23齢」とコメントのある緑髪バージョンの
  シャーペン+色鉛筆のイラストあり。)

                .
 
 のどが焼けつくように感じてわたしは気がついたのね。目を開けると、そこには全然見知らない人達が三人、わたしをとり囲むようにしてのぞき込んでいたわ。丁度、気つけ代わりに強いお酒を飲まされていた所だったのよ。
「ここは……?」
わたしはそう尋ねたのだけれど、聞こえなかったのか、さもなければ聞こえても通じてなかったんでしょうね。三人のうちの一人が身振りで黙っているようにと答えたわ。
それで、まだ頭もぼんやりしていたし、しばらくは様子を見ることにしたのよ。
 
 「あ痛(いた)。いたた……あち☆」
罵声とも悲鳴ともつかない声を発しながら、真里砂はやっとの思いで立ち上がった。頭がひどく痛む。
  寒い!……」と思わず口に出してつぶやいた程、彼女の体は完全に冷えきっていた。気がつけば、どこでどうしたものだか薄手の体操着がすっかり濡れそぼって体に重くまとわりついている。
辺りの景色を見るに及んで、真里砂はしっかり腹をたててしまった。
木、木、木、     一面の樹。 うっそうと頭上におい茂る森の樹々が、陽の光さえもさえぎって真里砂を取り囲んでいるのである。   「なんてこと!」。
一旦はかんしゃくを爆発させようとした彼女も、怒鳴った声をこともなげに吸い込んでゆく森の静かさを悟って怖じけづいた。てしまった。
「いったい……何が起ったって言うの!?」
ここは、どこかしら   さしもの真里砂も除々に声が低くなった。実を言えば、彼女はしばらくの間、自分の身に起ったことを思い出せなかったのだ。それから、ようやく自分はとんでもない冒険に巻き込まれたらしい、ということを思い出した。に思い当たった。
と、その時である。真里砂の背後で木々の下枝をかきわけ押しのける音がして「お  っ! いた、いた!!」
声と共に二人の少年達の姿が現われた。が姿を現わした。
「雄輝!鋭!!……どうして!?」

(☆シャーペン描きで驚いているマーシャの斜め顔のイラストあり)

つかんで押した枝をそのままへし折って前に出ながら、雄輝は開いている方の手でバサバサの頭をかき上げた。ただでさえ着るのを面倒がって伸ばしっぱなしだった黒髪が、小枝やらくもの巣やらでひどい有様だ。

(☆森の枝をかきわけながらひどい有様になって藪漕ぎしている二人のシャーペン描きイラストあり。)

「どうしてって……何が“どうして”だよ?」
「だって、だって……なんだってあなたたちがいるのよ」
「決まってんだろ。おまえを追っかけて来たんだ。
 ……ふう! ああひでえ目に会った。」
「つまり僕らもあの穴に飛び込んだ。
 君と違うのは自由意志だって点だけで」
「なんですって!? 馬鹿な!
 何が起ったのか解ってるの?
 帰れないかも知れないのよ!!」
真里砂はあきれると同時にひどく腹が立った。
自分は恐怖していたというのに、こののほほんとした言い草はどうだろう!
 と、雄輝の答えて曰く、
「面白そうじゃん」。
「おも☆」ズル。
真里砂は絶句した。大いにズッこけた。
なんて神経! これでわたしより年上だなんて……
「鋭!あなたもなの?」無論そうだとでも言おうものならひっぱたちてやろう  と完全に頭に来ている。
「いや……僕は」返事に窮した鋭こそいい迷惑だった。
「僕はまずあの暗黒穴(ブラックホール)まがいの正体をつきとめてやろうと思って走りだしたんだよ。それを雄輝が先に飛び込んじゃったんで、やむなく……さ」。
「そう    」と真里砂。「なら、まあ、あなたは許してあげるわ。  雄輝!」「あん?」
ところが真里砂が凄まじいけんまくでまくしたてようとした時である。
「くしゃん! くしゃん!」

(10月25日分)         .
 大地の国物語皇女戦記編 I “記憶の旅” 〜連載第二回〜
 
 第一章 森の中で    1.ここは地球じゃない。

                         ※ 本 名 ※
 
 
「あ、痛(いた)。いたた……あち☆」
罵声とも悲鳴ともつかない声を発しながら、真里砂はやっとの思いで立ち上がった。
頭がひどく痛む。
  寒い!」と思わず口に出してつぶやいた程、彼女の体は完全に冷え切っていた。
気がつけば、どこでどうしたものだか薄手の体操着がすっかり濡れそぼって体にまとわりついている。
辺りの景色を見るに及んで、真里砂はしっかり腹をたててしまった。
木、木、木、    一面の樹。 うっそうと頭上に生ひ茂る森の樹々が、陽の光さえもさえぎって真里砂を取り囲んでいるのである。  なんてこと!」。
一旦はかんしゃくを爆発させようとした彼女も、怒鳴った声を事も無げに吸い込んでゆく森の静かさを悟って怖じけづいてしまった。
「一体……何が起ったって言うの……!?」
ここは、何処かしら  さしもの真里砂も除々に声が低くなった。実を言えば、彼女はしばらくの間、自分の身に起ったことを思い出せなかったのだ。それから、ようやく自分はとんでもない冒険に巻き込まれたらしい、ということに思い当たった。
 その時である。
真里砂の背後で木々の下枝をかきわけ押しのける音がして、
「お  っ!! いた、居た!!」
声と共に2人の少年達が姿を現わした。
「雄輝!鋭!……どうして!?!」

(☆驚いている真里砂のシャーペン描きイラストあり。)

つかんで押した枝をそのままへし折って前に出ながら、雄輝は開いている方の手でバサバサの頭をかき上げた。
ただでさえ着るのを面倒がって伸ばしっぱなしだった黒髪が、小枝やらくもの巣やらでひどい有様だ。
「どうしてって……何が“どうして”だよ?」
「だって、だって  なんだってあなた達がいるのよ」
「決まってんだろ。おまえを追っかけて来たんだ。
 ……ふう! あーあひでえ目に会った。」

(☆髪を掻き上げながら蜘蛛の巣だらけの藪から出て来る雄輝と、
 その後ろでげーっという顔をしながら蜘蛛の巣をくぐっている鋭の
 シャーペン描きのイラストあり。)

「つまり僕らもあの穴に飛び込んだんだ。
 君(きみ)と違うのは自由意志だって点だけで」
これには真里砂もあきれかえった。
「なんですってェ!? 馬鹿な!
 何が起ったのだか解っているの?
 帰れないかも知れないのよ!」
真里砂は同時にひどく腹が立った。
自分は恐怖していたと言うのに、この
のほほんとした言い草はどうだろう!
と、雄輝の答えて曰く、
「面白そうじゃん」。
「おも☆」  ズル。
真里砂は絶句した。おおいにズッこけた。
なんて神経! これでわたしより年上だなんて……
「鋭!あなたもなの?!」
無論、そうだとでも言おうものなら
ひっぱたちてやろう  と完全に頭に来ている。
「いや……僕は……」返事に窮した鋭の方こそいい迷惑だった。
「僕はまずあの暗黒穴(ブラックホール)まがいの正体を突き止めてやろうと思ってたんだよ。
 それを雄輝が先に飛び込んじゃったんでやむなく……さ」。
「そう   」と真里砂。「なら、まあ、あなたは許してあげるわ。  雄輝!」「あん?」
 ところが、真里砂が凄じい剣幕でまくしたてようとした時である。
「くしゃん! くしゃん!」不意に鋭がくしゃみを始めた。
一旦は三回で止んだもので、真里砂が、「あら、3でほれられ、ね……」と言おうとした途端にまた「くしゃん!」
後はたて続けに くしゃん くしゃん くしゃん くしゃん …… くしゃみの大安売りである。
そのうちに真里砂までが鼻をむずむずさせだしたので雄輝が笑いだした。しかし、
「わ、笑ってる場合じゃないわよ雄輝。くしゃん! わたしもだけど、あなたたちの服だって濡れてるじゃないの。それに、そうでなくってもここずい分寒いと思わない?」
それを聞いて初めて雄輝も少しばかり真面目な顔になった。
「確かにこりゃ12月頃の気温だよな……おい、鋭! そこら辺に乾いた木ぎれにストーブかなんかないか? 無けりゃ火炎放射器でもなんでもいいぞ!」
「ちぇっ、なんでも茶化すんだから……」今度は鋭の方が恨めしげな声で言う。
それでもなんとかかんとか20分もすると小さな火の手が3人を暖め始めた。
もっとも、その頃にはくしゃみのしすぎで、鋭の横隔膜はしっかり痛くなってしまっていたが……「ちぇっ!」
「腐るな腐るな。しかし“河童”でも風邪はひくんだなあ」と雄輝が妙な事に感心して見せるのに反論して、
「“コンピューター”は温度変化に弱いんだよ。雄輝こそよく平然としてるね。まあ、ナントカは風邪ひかないって言うからねえ。あ、僕はだれかさんと違って夏風邪はひかなかった。」
「抜かせ!」
自称“コンピューター”で“河童”の鋭が相手では、単細胞の雄輝は、はるかに分が悪い。
「お腹が空いたわね……」クスクス笑っていた真里砂がそうつぶやくと、辺りは急に静かになった。
 不意に、あ、と鋭がかすかな驚きの声を上げた。「雪だ……」。
なる程、確かに白いものが散らつき始めていた。多分風向きが変わったのだろう。先程までわずかにさし込んでいた薄陽は姿を消して、代わりに灰色の厚くたれこめた雲が空を覆っている。
樹木の間で風から守られているのがせめてもの救いだ。
急に、雄輝が自分だけ羽織っていたジャージのジャンパーを脱いで、半袖短パンのまま左隣にうずくまっていた真里砂に着せかけた。
「あ、いいんだ。僕は?」 鋭が半畳入れると雄輝があきれ、
「おまえなあ一応男だろ」「あら女だからって特別扱いになんかしないでちょうだい!」 憤慨して鋭にジャージを渡そうとする真里砂の腕を素速く雄輝が引き戻した。「マーシャ。半袖だろ。」
いつになく有無を言わせぬ口調である。 それでも真里砂がぐずぐずしていると、「俺はに貸してやったんだぞ。兄貴の言う事が聞けないのか?!」
……「はい  兄上サマ……」?。 なんとなく気圧されたのを感じながらも、真里砂は茶目っぽく笑ってジャージを羽織った。
正直なところ、朝、昼(食)抜きプラス2000mの全力疾走の後では、この寒さはひどくこたえていたのだ。
真里砂は幼な慣じみの荒っぽい優しさに感謝した。湿ったジャージがなぜだかとても暖かかった。

(☆ジャージを羽織って小さな焚き火にあたる、
  おかっぱ頭の真里砂のシャーペン描きのイラストあり)

 
 「……面白そうな冒険、と思ったんだがなあ……」と、口先程には嘆いている様子も見せないで雄輝がぼやいた。
 
 
 
 
                .
「くしゃん!」不意に鋭がくしゃみを始めた。
一旦は三回で止んだもので、真里砂が、「あら、3でほれられ、ね……」と言いだした途端にまた「くしゃん!」
後はたて続けに くしゃん くしゃん くしゃん くしゃん …… くしゃみの大安売りである。
そのうちに真里砂までが鼻をむずむずさせだしたので雄輝が笑いだした。しかし、
「わ、笑ってる場合じゃないわよ、雄輝。くしゃん! わたしの服はびしょぬれなのよ  忘れてたけど。わたしもだけど、あなたたちの服だって濡れてるじゃないの。それに、そうでなくってもここずい分寒いと思わない?」
それを聞いて初めて雄輝も始めて少しばかり真面目な顔になった。
「確かにこりゃ12月ごろの気温だよな……おい、鋭! そこら辺に乾いた木ぎれないか? 火打ち石でもいいぞ!」 なけりゃ火炎放射器でもなんでもいいぞ!」
「ちぇっ、なんでも茶化すんだから……」今度は鋭の方が恨めしげな声で言う。
それでもなんとかかんとか20分もすると小さな火の手が3人を暖め始めた。
もっとも、それまでにはその頃にはくしゃみのしすぎで鋭の横隔膜はしっかり痛くなってしまっていたが…… 「ちぇっ!」
「腐るな腐るな。しかし“河童”でも風邪は引くんだなァ」と雄輝が妙な事に感心して見せるのに映画反論して、
「“コンピューター”は温度変化に弱いんだよ……。雄輝こそよく平然としてるね、まあナントカは風邪ひかないって言うからなあねえ。あ、僕はだれかさんと違って夏風邪はひかなかった。」
「抜かせ」
自称“コンピューター”の“河童”の鋭が相手では、単細胞の雄輝ははるかに分が悪い。
「おなかが空いたわね……」クスクス笑っていた真里砂がそうつぶやくと、辺りは急に静かになった。不意に、あ、
「あ、」と鋭がかすかな驚きの声を上げた。「雪だ……」。
なる程、確かに白いものがちらつき始めていた。多分風向きが変ったのだろう。先程までわずかにさし込んでいた薄陽は姿を消して、代わりに灰色の厚くたれこめた雲が空を覆っている。
樹木の間で風から守られているのがせめてもの救いだった。
急に雄輝が一人自分だけ羽織っていたジャージジャージのジャンパーを脱いで、半袖短パンのまま左隣りにうずくまっていた真里砂に着せかけた。
「あ、いいんだ。僕は?」鋭が半畳を入れると雄輝があきれ、「おまえなァ一応男だろ」「あら、女だからって特別扱いになんかしないでちょうだい!」憤慨して鋭にジャージを渡そうとする真里砂の腕を素速く雄輝がひき戻した。「マーシャ。半袖だろ。」
いつになく有無を言わせぬ口調である。それでも真里砂がぐずぐずしていると、「俺は妹に貸してやったんだぞ。兄貴の言う事が聞けないのか?!」
……「はい  兄上……サマ?」うわ、なんとなく気押されるのを感じながらも笑って、真里砂は茶目っぽく片目をつぶって、ジャージを羽おった。
正直な所、朝昼抜きプラス2000mの全力疾走の後では、この寒さはひどくこたえていたのだ。
真里砂は幼な慣じみの荒っぽい優しさに感謝した。湿ったジャージがなぜだかとても暖かかった。

「緯度か経度か、とにかくどっちかがずれてるねえ」
鋭がこう言うのを聞いて、真里砂は、え、と思った。
「う〜ん、この気温じゃあな」と雄輝があいづちを打つ。「なんとかしないとそのうち凍え死んじまうぜ。ほら、さっき言ってたろ? 木の葉が散りきってないから、ここは今まだ晩秋なんだって……」
「大体こうなった原因のあの穴の正体はなんだったんだろ? 暗黒穴(ブラックホール)にしちゃ灰色っぽかったし」「そいつは後まわしだよ、
 
 
 「……面白そうな冒険だと思ったんだけどがなあ……」と、再び森の中をガサゴソ必死で押し歩きながら、口先程には嘆いている様子も見せないで雄輝がぼやいた。一心地ついたとおろで木の洞でも何でも夜を越せそうな場所を探そうという方に話が進んだのである。
寒くて雪が降るんなら降るで、そこら辺りにフォーンでも現われないかなねえかな」「  この森、街灯がありそうには見えないけどねェ」鋭が答える。  この森、街灯が植へてそうには見えないわよ」まだ落ち着かなげに何かを考えている真里砂が答える気のない様子でしか答えようとしないので、雄輝はしかたなく話題を変えた。
「おおい、鋭。気違い博士殿。おまえの妖しげな科学的判断で行くとここはどのあたりだ?」
「う〜ん。とにかくあの暗黒穴(ブラックホール)ならぬ灰色穴(ニュートラルホール)のせいおかげで緯度もしくは時間的にすっ飛ばされたことは確かだね。緯度的に言えば北  だから東北あたり……かな? 時間的に言うとちょっと判断つきかねるね。10月上旬から11月にすっ飛んだだけかも知れないし、もしかしたら何百年も後か先の11月だったりして……
「気温が低いのは高度のせいかも知れないぞ。ほら、学園のある朝日ヶ森の中にだってずい分高い所はあるだろう?」
「無理だよ。学園付近はあれでもう十分高原状になってるから、あれ以上登ると植生が違って来ちゃうんだ。ここは見た所、朝日ヶ森と同じような様子だろ?」「あ、そうか」
鋭は、こと理科に関する事柄である限り、小六にしてたっぷり高校生並みの知識は持っているので、こう言う場合、雄輝は頭が上らない。いわんや事態がこうもSFじみてきているのではなおさらである。冒険好きの雄
朝日ヶ森名物の神隠 あの灰色の……おまえ何てってたっけ? 灰色穴(ニュートラルホール)? あれ、存外神隠しの原因かも知れないなあ」雄輝が真面目な顔をして言い出したので鋭がとんきょうな声をあげた。「神隠しィ!?」
「ああ。そうだおまえ転校したでで知らないんだよな。朝日ヶ森でもあの学園のある近辺な、古来から神隠しその他の怪現象が起こる事で有名な場所なんだぜ。現にうちの生徒でどう見ても神隠しとしか思えない様な失そうのし方をしたやつが創立以来10人はいる。そのうちの一人は何日かしてから東北の方で見つかったんだがな、あっ!!」 と雄輝はいきなり興奮しだした。
「そいつが見つかった場所がやっぱ朝日ヶ森って森だったんだ。植生もここと同じはずだ!」 「ストップ! 話を非科学的な方へ持ってかないでくれよ!」
いきなり真里砂がヒステリックに笑い出した。それまで珍しく奇妙な表情で二人のやりとりを大人しく聞いていたのである。
「それで解ったわ!」 鋭があからさまにムッとした表情をするのにもおかまいなしに真里砂はなおも笑い続けた。「このわたしが怖えているっていうのにどうしてあなた達がそんなに落ち着いていられるのか、不思議でしようがなかったのよ」
雄輝と鋭は訳も解らないまま、ただぎょっとなって互いに顔を見合わせるばかりだった。
「そうね  」少し落ち着いたのか真里砂が続けた。
「巻き込んでしまった以上、黙っているのは礼儀に反するわね。すっかり話すわ……わたしが知っている限りはね。」
そう言って真里砂は、やおら座り込むと話し始めた。
 
 
 
              .
 
しばらく話すうちに、とにかく野宿できそうな場所を見つけようと言うので、三人はせっかく起したたき火のおきをていねいに土に埋めて歩き初めた。
先頭は一番図体の大きな雄輝で、続いて真里砂。真里砂は雄輝の後にちゃっかり小判ざめよろしく張りついたものでほとんど枝にさわりもせずに済むのだが、前二人を通した後の枝のはねっかえりをもろに受ける鋭は不平たらたら、ひっきりなしに悪態をついていた。
辺りの様子h、冷帯性の安 鋭に言わせるとれば「冷帯性の安定樹林」だそうで、小さい頃から朝日ヶ森のただ中で育っている真里砂と雄輝にはおなじみの風景だったが、ただ、もっと古びていて寂しげだった。天気のせいか鳥影一つ見えず、暗い枝々を通して時折りのぞく空模様は、ますます重苦しく雪雲がたれこめている。
雪は少しづつはげしさを増している様子で、小一時間も歩く頃には、かきわけた枝から積りたての綿雪が降りかかって来る程になった。
「どんどん暗くなっていくな」鋭がつぶやいた。「夜までには避難場所を見つけないと……」「八甲田山になっちまう」「雄輝! 遊ばないでよ!」
抗議しつつも真里砂は雄輝が一所にいる事に感謝していた。もしこれが鋭と自分だけだったら? 2人とも物事を真面目に考えすぎるから、さぞかしやり切れない気分になっていた事だろう。 雄輝が、本当に真剣になるべき時には誰よりも頼りになる存在である事を真里砂はこれまでのつき合いで良く知っていた。
 
今も、そうだった。
3人がそれぞれ胸の奥で考えていた、答を出すには少し重大すぎる疑問を最初に口に出して言ったのは雄輝だったのである。
 
 

 
 古いノートの「2.森の中で」からパスタのシーンを持って来て、
「雄輝!鋭!……どうして!?」につなぐ。(←雄輝と鋭の魔法vsSF会話。古ノートより。)
野宿に適当な所を探してから火をたいて座りこみ、
「今、君、何語でしゃべったんだい……」に、つなぐ。
 

 
                .
P8
 
 第1章  森の中で 1.  ここは地球じゃない。
 
 「だれ!?」夢の中で真里砂は懸命にもがいていた。「わたしを呼ぶのはだれなの!?」
 呼ぶ声は高く、低く、遠く、近く、繰り返し繰り返し聞こえてきた来る。
 真里砂は不思議な呼び声だけが木霊する空白の中に閉じ込められていたのだ。わけの解らない不安となつかしさを同時に感じとって真里砂の心は耐え切れず、叫んでいた。
「ここよ! わたしはここにいるわ!!」
 すっと何かにひかれるような気がして、真里砂は自分の声に起こされて現実世界に立ち戻った。
 「あ……夢  …」
 気がつけば、真里砂は露の降りた枯草の上に横たわっていた。
 着ていた体操着もぐっしょり濡れて、体はすっかり冷え切ってしまっている。
 「よくもこんなになるまでのんびり気を失なってなんかいられたものね真里砂。」
 自分を叱りつつ立ち上り起き上り、辺りの景色を見るに及んで真里砂はしっかり腹をたててしまった。
 「いったい……何が起ったって言うの  !?」
 ここは、どこかしら  
 さしもの真里砂も、次第に声が小さくなって行くのは隠しようがなかったを隠す事ができなかった。
 実を言えば彼女はしばらくの間何が起ったのかを思い出せなかったのであるが、木、木、木、    一面の樹。だった。
 うっそうと頭上に生い茂る森の木々の梢が、陽の光さえもさえ切って真里砂を取り囲んでいるのである。
 それから、ようやく自分がとんでもない冒険に巻き込まれたらしい事にてしまったらしいと気がついた。あの灰色の虚空間の事を思い出したのだ。
 不意に頭上で激しい羽音がして、上を見上げる暇もなしに背中にとび色の翼をしょった少年が目の前に現われたのだ
 真里砂より3つばかり年下だろうか、地球ではギャングエイジなどと呼ばれるこの年頃の男の子にしてはなかなか優雅な動きかたで特有の礼のしかたをとった。
 「遅くなってすみません。マーライシャ様ですね?」
 
 
 
 
 (つづく)         .

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