(※「コクヨ ケ……」の「裏紙」利用。シャーペンで縦書き、ものすごい殴り書き☆)

(4枚目)

耐えられるのはたしかだが、滞在予定は未定であるし、大気中の水分はゼロにちかい。
 「なんで市街地の空調 ……

 ……やっぱ、あまりにも判読困難なんで、
 アップするのは、やめておきます……☆
 
 (^◇^;)(^◇^;)(^◇^;)(^◇^;)”

 だってこれ、
 手書きの殴り書きの第一稿(?)だけで26枚もあるし、
 同人誌既発表の完成原稿が、どっかにあるハズだし……☆

 
 
              .
(※青い和紙風背表紙の大学ノート型原稿用紙にシャーペン縦書き)


 
 
  『テラザニアの斎姫連(さいきれん)』
       夢を迎える者たち  
 
               尊貴(とき)真扉(まさと)
 
 
    着想 一九九一年 三月 十六日
    改題着筆  同  四月二十六日
    第一稿   目標 五月二十六日
 

"The Psy-tech Ladies of Terazania"
presented by Toki, Masato
 
 
  〇、紫昏迷走
 
 白と青の二連星  
 それは、予知だった。
 ひとを数倍する永い生をへてきたライラは、それでも、おのれの最期の時を知らされた知った者の怖(おび)えで震えながら目を覚ました。
 それではとうとう終わりがくるのだ。
 終わりのはじまりが。
 白と青のふたりが訪れるとき、すべては動きだす。
 佳(よ)いほうへか、
 悪いほうへか。
 世界全体のことなど、じぶんのあずかり知らぬことではあったが。
 まだ、だ。
 あたしにゃ、見届けておきたいことがある。
 冷たい汗にぬれる体をビロードの寝台からひきはがし、としおいた褐色の美貌にこずるい年齢にさまたげられない生気に満ちた微笑をうかべると、  夜の、明けきる前、わずかばかりの荷物をまとめ、豪奢な部屋のすべてを捨てて、
 ライラは、逃げた。
 
 
 
 一、序章  式典開幕
 
 星史(せいし)十七年〇八〇三(ぜろはちぜろさん)。
 地球人の惑星連邦テラザニアが異星人類の星間連盟(リスタルラーナ)と国交条約をむすんで十七年になる。
 
 国境恒星系《最涯(さいはて)》軌道上の公易第七宙港は、折しも任期満了で帰国の途にある対連盟大使ムベンガ・ラナ=ロイシをむかえて、近隣星域中から著名人や高官がつめかけていた。
 収容客数二千名をほこる加重力集会場。
 遠心力をつかう連邦(テラズ)式宙居にしては広すぎるために床が半球状凹形の局面になっている。
 それを逆に利用して壁ぎわからでも顔をあげれば見おろせるよう設計された中央の壇上。
 すらりと背すじが伸びて遠目にも美しい女が、はりのある声で式次第を告げようとしていた。
 「女史および博士がた(ソリ・セラ・ヴィ)  おあつまりのみなさま。本日はようこそ(リ・セーテ・エクセラ)  本日はようこそおいで下さいました」
 
 幾人か列席している連盟人(リスタルラーノ)に敬意を表し、また開国記念ということから、かならずはじめに連盟語(リスタルラン)を、つづけておなじ内容の連邦第一公用語をと、一文ごとにくりかえす。連邦主催の行事における公式礼法のひとつだ。
 第一以外の公用語か少数部族語しかわからない参加者のためには個別に通訳がはいるから、そのための時間差も計算にいれてゆっくりただしく。
 語学と儀典法の二本立てで難関とされている司会者資格の一級を持っていた彼女は、しかも開会のあいさつから終了後の余興まで二十いくつの演目を、メモひとつ見ずに正確このうえなく伝達してのけた。
 「時間につきましては一応……となっておりますが、こればかりは御挨拶をいただく先生がたの、おきもちしだいでございますので」
 予定は未定とさせていただきますと茶目っけたっぷりにつけたして聴衆の笑いをとったのは、ひとりふたり、広長舌(ながばなし)で知られる大学教授がいたからだ。
 つられてまだ苦笑している宙港総長が話者の一番手として立ちあがり、記念式典は本格的にはじまった。
 
                           
 
 臨時で公務についているしるしの、緑の連邦記章にはセラ・レン=エラ。  ただし、偽名だ。
 
 
 
 二、無重力騒動

 無差別投票でえらばれるテラザニアの公職員には講演上手が多い。
 だというのに舞台からいちばんはなれた壁に無法者よろしく背をあずけ、退屈そうな視線をあたりになげていた。
 紙のように白い肌。冷たい黄色の目。
 はやりの鮮やかな青に染めたみじかい髪の前だけななめに流し、おなじ色彩の衣装できめて絵の具が三色あれば肖像画が描けますという極端な外見をしている。
 周囲からあたまひとつぬきでる長身。
 北欧系にしても高すぎる鼻稜(びりょう)がどこか特異だが、整った顔だちはひとめをひく美貌だ。
 つつがなく祝辞のすすむあいだはそれでも遠まきにざわめかれているだけだったが、閉会の辞がおわるころには着飾った女性軍がわれさきにとすりよってきていた。
 「キリアスとおっしゃるのね。すてきなおなまえ」
 参加者みながつける胸の名札をよみとって、化粧美人がうっとりした声をだす。
 こんな美青年をこのあとの祝賀会のあいだひとりじめできたらどんなに気分がいいだろう。
 とりかこまれてあれこれ話しかけられるのをキリアス・ヤンセン=エラはしばらくのあいだうるさそうに無視していたが、
 「おひとりでいらっしゃったの?」
 「いや。相棒が  ああ、もう来るな」
 講演者が退場していく舞台をばくぜんと示してそう言い、意地の悪い笑顔をそちらへ投げたかと思うと姿勢をただして、愛想よく御婦人がたのお相手をつとめはじめた。
 「まあっ、どなたですの」
 さては著名人の息子かなにかだったのかとかってに期待してさらに盛りあがる一団。
 つかつかと割りこんできたのはさきほどまで中央壇上で司会をつとめていた人物だった。
 臨時で公務についているしるしの深緑の連邦記章にはセラ・レン=エラ。
 あっさりした銀鼠(ぎんねず)の礼装には飾りといえば純白の蘭だけで、祝いの場所にしてはまわりの華やかさとくらべればずいぶん地味なのだが、信号のように目立ちまくるキリアスと向きあっても、上背のある優美な姿態はけっして見劣りしない。
 知性的な面差しに欠点をさがす根性は、色気に満ちた女豹美女のむれにも持てないようだった。
 欧亜混淆人種らしい白木に朱をのせた微妙な肌に、やや重いとりあわせの、おさまりの悪そうな濃褐色の髪。
 星のような灰色の瞳はさもいやそうに相手の服をながめおろして、
 「男装(それ)はやめろと何回言ったっけ」
 けっこういい家のお嬢のわりに粗雑な言動なのは、同室のひとつ部屋で旅をつづけるキリアスの悪影響にほかならない。
 「趣味だぜ、勝手だろ」
 「同性にもててなにがおもしろいんだっ」
 「あんたの厭がる顔」
 「〜〜〜っ」
 たしかに、知らずに見れば細身の男性、それも特上の美青年としか思えないが、よくよく観察すれば立ち襟のなかの細い首に喉ぼとけはないようだ。
 あっけにとられる十人ばかりをおきざりに、怒ったセラ・レンは相棒の耳をつかんで曳きずり去った。
 こんな人間と一つ部屋で旅をつづける不幸な友人が異性と知りあう機会に不自由したとしても、責任をとってやるつもりは、もちろんなかった。
 式次第はつつがなく終了してそのまま祝賀会となる。

 歴史が浅い連邦国家の低い税率からの予算であれば豪華であるとも洗練されたともいえないが、四方の通用扉があいて接待係が可搬卓をおしてくると料理がはこばれてくると薄給な為政者達は無邪気な歓声をあげた。
 新年と連邦誕生日につぐ年中祭事だ。
 食べて飲んで、楽しんだものの勝ちである。
 その素朴で陽気なさわぎにまぎれて女性客がひとり、遅れて入場したのをキリアスはふたりとも見逃さなかった。していなかった。
 うずをまく黒髪とほの白い肌の、堂々たる姿態の婦人。
 高年にしては若々しく華やかな紫と銀糸の絹をみごとに着こなして、今日の主賓であるムベナ大使をかこむ一団へさりげなく近づいてゆく。
 セラもキリアスも《闇》の幹部ライラの顔を知らず情報すら得られなかったが、現われた瞬間にひとめで判った。
 まぶしいほどの紫光の気波(きは)だ。
 これほどの潜在力とは思わなかった。
 むろん普通の人間に視えはしないから隠すつもりもないのだろう。刑事たちに気波司(きはし)の素質がなくて助かった。と、考えるうちに、セラが軽い足どりで人波をぬけてやってきた。
 司会役を高名な俳優にひきついで記章と蘭の花をはずしてしまった銀鼠(ぎんねず)の服はあっさりしてずいぶん地味だが、孔雀のように目立ちまくるキリアスのとなりに立っても決して見劣りしない。

 「  彼女だね?」
 かたわらを抜きさりつつ確認のためだけにセラは言い、
 ああとうなずいてキリアスもあとを追う。
 時間は、あまりなかった。
 密輸組織《闇》の取り引きが今日この場で行なわれるとの確証を星間警察はすでに把んでおり、要員も相当数、すでに潜入している。
 宴(うたげ)はまさにたけなわで、閉会と同時に参加者すべてが厳重な身元調査をうける。
 《闇》の下層幹部で今回の主犯、《紫昏(しこん)の》と二ツ名をもつライラにこちらの正体と条件を説明し、承諾が得られれば、この場からの逃亡を助けてそのまま二人の所属する機関で保護する、と。
 手際のよい交渉はセラのほうが適任だ。
 キリアスは一歩下がって警察の邪魔がはいらぬよう、周囲に気をくばる。
 「ライラ・ミタ=マンデラ女史(さん)? ちょっと内密でお話が」
 「  あんたは……あんたたちは……!?」
 その瞬間、彼女は自分の予知の正体を悟ったのだ、とは、二人に気付くすべもない。
 大使一行と談笑していたライラがぎくりとして不審げにふりかえろうとした瞬間。
 「そこまでよ。手をあたまのうしろで組んで、足をひろげて」
 銀色の銃を少女の背につきつけて、赤毛の女が断固とした口調で言った。
 「連邦星間警察です。密輸および麻薬類不正取引きの現行犯として連行するわ」
 「ちょっ……と待って。なんでわたしらがっ」
 あぜんとして云いかえすのへ左手がのびてカツラをむしりとる。
 「こんな変装くらいでごまかしたつもりなの? 刑事の記憶力をなめないでよね。」
 「痛ーったたたっ……」
 セラが、悲鳴をあげる。
 濃い銀鼠の服のせなかに、白にちかい純灰色の髪が、月下の滝、星月夜の瀑布(ばくふ)のように、ながれておちた。
 いつのまにかまわりは私服刑事らしい一団でかためられ、ほかならぬムベンガ大使までが、「失礼」とか呟やいて取り出した銃を、ライラに向けている。
 「ててて……。これは、もしかして」
 涙のうかんだ目で連盟(リース)側の犯罪組織とまちがわれたかとあきれているセラに、
 「らしいな」
 と、はやくも気をとりなおして事態を楽しみはじめたキリアスが、皮肉な笑みをうかべた。
 よこあいから紫昏のライラをかすめとる心算(つもり)で、どうやらどつぼにはまったらしい。してみると本当の取引相手がどうでるかと好奇心もはたらくが、とりあえず、反応したのはものほんの犯罪者である《闇》の幹部のほうが早かった。
 おとなしく手をあげるふりをして髪飾りの石をぬきとり床めがけて叩きつける。
 光弾が、炸裂した。
 
 三、無重力空間狂詩曲 
 
 閃光。
 空白。
 悲鳴。
 混乱。

 首領の合図を受けて、場内に散っていた密輸犯たちは一斉に光弾を放った。
 殺傷性はまったくないが、気力と視力の回復に数十分を要する特殊な武器だ。
 一時的に盲目となった客たちが恐慌におちいり、
 張りこんでいた警官たちとて、すでに役には立たない。
 追い討つように遠くでたて続けの爆発音。
 ぎしり。と、厭な音を発して。
 惑星《大鼻》軌道に停泊中の航宙客船《蒼洋》は、加重力用の回転柱を、止めた。
 斜めの揺激。
 体重のなくなる一瞬の数秒間の、めまいに似た感覚。
 続く数秒で長い裳裾やずるずるの民族衣装の二千人は。
 かつて奢侈を誇る高天井だった無重量空間に、手に手をとって舞い散っていた。
 
 料理の大皿があとを追い。
 酒びんが中味をまき散らして飛んで行く。
 目は見えないながらも皮膚感覚で一張羅に起きつつある惨事をさとり、女性たちが断末魔のような悲鳴をあげてもがきまわる。
 ぐずぐずしていて渦巻く酒類だの踊る鮮魚の活け造りだのとお近づきになりたくない。
 常人離れした回復力で視力と気力をとり戻し、あたりの悲喜劇を冷ややかに鑑賞したキルは、素速く気波の壁を張り、細かな浮遊物を避けつつ手近に来た大卓を片手でつかまえた。
 振り出した反動でまっすぐ出口を目指し、扉の近くの、“床”にとりつく。
 最初の光弾からわずかに二分。
 常人離れした対応力である。
 右腕でかかえているセラは、もちまえのカンのよさで突嗟に顔をかばったとはいえ、至近距離で直撃を受けて半ば気絶した状態だ。失神している。
 まだ見えていない大きな目からパタパタ涙をおとしてを見ひらいて、ぶつくさ言っている。
 「どおして……?!」
 二人は《紫昏の》に会ったことはなかった。
 当然彼女もこちらを知らないはずだ。
 それが、顔を見たとたんのあの反応。
 ちょっとあんまりではないかと茫然自失。

 緊急放送がはいるのを聞いてようやく気をとりなおすというあたり、実戦には向かないやつ、と、野戦兵士あがりのキリアスは黄色い目で苦笑した。
 (いきなり戦闘体勢?)
 「あーくそ、もうっ」
 セラが言う。知的な顔だちに似合わない悪舌だ。
 二、三度まばたくと意志の勝った灰色の瞳に強い表情がもどる。
 ただしキリアスほどの生体回復力は彼女にはない。
 眼球と視神経は機能を停止したままで、副次的な知覚を作動させている。
 いわゆる透視というやつだが、とりあえず動くのに不自由はない。
 「どうする?」と、キルが尋ねた。
 「追おう」
 「ちょっと待って」
 《紫昏》と闇の一味は会場からとっくに姿を消していた。
 すぐに追えば船外へ脱出する前に捕まえることもできるかもしれない。
 すくなくとも、この機を逃したら再度探りあてるのは至難のわざだろう。
 キル一人なら迷わず追跡する。
 
 全艦放送が破壊工作の発生と応急人員の不足を告げ、必要な職能とそれぞれの行くべき所を列挙している。
 政府予算の少ない開拓惑星連邦(テラザニア)に独特の、全市民?臨機応変に民間人を行政に組みこむ公職登録制度の発動である。
 二人の現在地は医師および無重力救助経験者の急行先として指定されている。
 この場で仕事を見つけてもよいのだが、セラは航宙士や宙船整備工の資格も両手にあまるほど持っており。
 一方で。
 
 キル一人なら迷わず後者をとった。
 自分の身も守れない役立たずに手を貸す趣味はない。
 しかしここ(テラザニア)はセライルの古巣だし、主導権がそっちにあるのは認める  と。
 一単語の質問から言外の含みまで正確に読みとって、あまりのらしさに少女は苦笑した。
 キリアスの性格は仲間の一人から「律儀で無愛想」と評されている。
 すぐに真顔に戻って繰り返される放送に注意を集中する。
 航法室・動力炉ともに人員を要求し、二千人の乗客高官や著名人がが無重力に溺れている会場へは有資格者ではなく“経験者”だけを振り分けているということは。
 思ったより事態は深刻らしい。
 どうも、面倒なことになってしまった。相棒のうす青く視える気波壁から身をはなして自信の真珠色の気波を張った。
 「損害状況を。」
 調べようと後半は省略して会場から泳ぎ出す。

 よみとったセラは数瞬、考えていたが、「航法室へ」と強く言って会場から泳ぎ出した。
 逆に急行してくるのはほとんどがセラと同じく連邦記章をつけた臨時の有志公職官で、それもそのはず、乗客と非番の乗員のほとんどすべては、会場に集まっていたのだから。(船内は無人に近い)


 連行されかけて、「それ、女です!」


   四、連邦警察第七支部
 
 暫減した部下たちの残りをかき集めて逃走する犯人一味の追跡にあてたがまんまと逃げられ。
 かろうじて捕えた二人組はどうやら民間人でこちらの誤解であるらしい。
 大使ムベンガの無事だけはいちはやく確認されているのが不幸中の幸いというべきだったが、宙港都市の被害が大きく人員を救助活動にふりむけねばならなかったため、捜索活動は中断。
 上司であるアリニカ警部補  たいそうな赤毛の美人  の憤怒の形相に、新任のパリス刑事はおそれおののいていた。
 新任といっても連邦警察警備部隊では五年間てがたく勤めた中堅どころである。アリニカより年は上である。
 このところ広域化の一途をたどる密輸幻覚剤事件のあおりをくらって捜査本部の応援にまわされたが、聞きこみや情報検索に必要なカンどころがいまいちつかめない。
 
 
               .


 敬愛する多戸雅之先生と、

 わたしに環境意識(エコロジー)をおしえ、
 
 生きかたを変える(さばくにきをうえる)力をくれた

 グレンフォード・A・オガワ博士へ。


 
 
 エスパッション・シリーズ 紫昏(しこん)の闇(やみ)
 
 テラザニアの斎姫連(さいきれん)
 
                   土岐 真扉(とき・まさと)
 
 
   序章・照坐苑(テラザニア)

 つよすぎる陽光は影絵のように世界を切る。時刻をあらわす計器だという機械仕掛けの長いほうの指針が二周ほどするあいだ、なにをするでもなくレイは木陰にへたりこんでいた。
 ここは公園、と呼ばれる区画らしい。
 たたきつけるような恒星の直射と、暑熱にからだの溶けそうな街路を逃れて、どこか一休みできる場所をと尋ねて教えられたのがここだった。
 しかし……休息と涼をとるのが目的の施設を、密植された樹林が太陽を遮(さえぎ)るとはいえ気密性のまったくない屋外につくるとは。科学の進みすぎた星間連盟(リスタルラーナ)に籍をおく人間としては冷房装置が恋しくて、理解に苦しむ。
 空調技術がないわけではないのに、地球連邦人(テラザニアン)の発想は、どうなっているのか。
 とはいえ、黒にちかい濃緑の葉を透かして白金色のひかりが躍るさまは確かに美しかった。
 大樹のえだの奥ふかく、砂土の地面にじかに腰をおろすというのも珍しい体験だ。
 たぶん呼気の成分調整や温度管理の効率などよりも、そういった心理面への機能を優先して設計された空間なのだろう。
 当たらずとも遠くはなさそうな推論をはじきだして疑問を消化する頃には、最低だった精神状態もかなりの回復力を発揮していた。
 つまるところ、育った世界がこれだけ違うのだ。解ってたまるか、ばかやろうと。意志の不通のいいわけは文化の相違におしつけて、ひらきなおるに限る。
 遅めの朝食のさなかに相棒と喧嘩をはじめて飛び出したのだから、そろそろ昼だ。容赦のない日光はこれでもかとばかり大地に暗黒を縫いつけている。うすぐらい樹陰にいると外界はまるで白日夢のようだ。
 なにやら賑やかな一団がやって来るのも、はじめは声しか聞こえない。小径をゆくのを眺めていると群青に朱線の混ざった鮮やかな制服姿の男たち。めいめい手にさげた小さからぬ包みは、やがて向かいの樹下に敷物をひろげ、車座のなかに繰り広げるにいたって、豪華きわまりない弁当だと知れた。
 「……大食……」
 ひとりあたりの量と栄養価をおもわず目算して呆れる。とりたてて儀式や挨拶らしいものもなく一斉に食べ始めるのを見れば、祭事や祝日でもなくふだんの献立なのだろう。暗色の肌や彫りの深い顔だちとあいまって、だれも痩身にみえるが、あれを毎日たべて体形を維持するとなると、どれだけの運動量をこなしているのか。
 運動……いや、〈労働〉か。
 機械を使わない人力の作業に手間暇(てまひま)かけたがるのは連邦制を否定している小数民族に多いと聞いた。だとすると、色鮮やかなそろいの衣装は一族固有のものだろう。そういえば来る途中で地下通路の簡易舗装をモザイク模様の細かい敷石に張り替えているところを、高温で朦朧としながらだが見かけた記憶があった。
 みるみるうちに食物の小山はへってゆく。それを見ていると自分も空腹を、覚えるかといえば、このクソ暑いのに食欲のあるほうが信じられない気分だが。
 生命力旺盛な地元民たちは快食快眠を実践し、食べ終えるなりごろりところがって公共施設のなかだというのにどう見ても熟睡している。
 かなりたってから、起きだした彼らが向かった先に、〈護美箱〉と書かれた備品があった。不用品の集積場だが、むろん分子分解機に直結などしていない。ただ入れておくだけの容器である。
 その前で彼らはすこし、揉(も)めているようだった。年の若い、ひとが良くて気の弱そうな男がなにかを主張し、年輩の者たちが軽蔑するような笑みで否定の方向に首をふっている。
 「我らは部族民だ(ノ・グ・マー)。ゆえに我らに従う義務はない(ガ・ノ・ガ・ミ)。」
 ことばが解れば最年長らしい老人の吐きすてたセリフは聞きとることができただろう。
 時報、と呼ばれている合図の鐘が鳴った。
男たちは慌ただしく去り、乱雑に投げ込まれた食べがらが容器からこぼれ落ちていた。
 
            ☆
 
 昼の休憩時間が終わったということなのか公園から人がいなくなる。とはいえ午後の灼けつく日ざしのなかでは動きまわるにも気力もない。夕暮れまで待とうと覚悟を決めて、けだるく足をかかえたまま、争点になった四阿(あずまや)をながめていた。
 直射熱をさえぎるぶあつい屋根のしたに大きさのちがう箱がとりどりに並べてあり、男たちの使ったものは中央にあって一番大きく、中身があふれてあたりに散っている。
 ここで、分子還元するのでなければ、どういうシステムで処理しているのだろう。
 箱の表面には二十七種あるという地球系開拓惑星連邦(テラザニア)の公用語が色分けされて書いある。
 最上段の第一言語だけはさすがに修得済みなので、好奇心にかられて単語をひいた。
 〈無分別〉=分別のないこと。前後の考えがないこと。思慮のないこと。
 「つまり……、馬鹿だと言いたいのか?」
 これは、悩む。不要品の処分と罵倒語(ばとうご)に関連が、ないこともないような気もするのだが。
 そこで否定型をはずした語幹にあたる。
 〈分別〉= 一.心が外界を思いはかること。事物の善悪・条理を区別してわきまえること。
 「………………??」
 ますますわからない。
 謎ときに頭をひねっていると何かをひっかくような音が微かに耳に届いた。
 視線を転ずれば誰かが道をやってくる。
 女、だろう。奇妙にからだを屈めながら、白く塗った細い棒を地面すれすれにさし伸べて、左右に振っている。
 砂漠のまちの午睡の樹林にしずかな律音(リズム)。とおりすぎる風にさわりと濃緑の硬い葉が歌う。
 杖のさきが小径におちたガラスにあたって、キィンと鳴いた。
 「あら」
 女は重たげに屈みこむ。
 「あら、あらあら、あら」
 探るような手のひらがぱたぱたとゴミのころげた地面をなでる。
 目が、みえないのだと、気づいて驚いた。
 近くまできた女の顔には、あろうことか眼球がない。
 まぶたのあるべき位置にはよじれた肉丘の亀裂がのこるのみ。
地球連邦では遺伝子の伝達情報に誤差のある人間も珍しくないのだと聞いてはいたが。厳選された染色体を人工母胎で合成するのが常識の星間連盟では、とても考えられない。
 膝をついて紙片を拾いはじめた女の頭巾のうえに七色の星があった。
 その意味に、一瞬、ひるむ。
 同じ星型がきのうから自分の肩にも縫いつけられている。
 説明された機構のしくみをまともに理解した自信はないが、とにかく相互扶助協定のたぐいの識別証であろうと見当だけはつけている。
 地球圏(テラズ)では絶対的な権威をもつ組織だそうだ。
 〈仲間〉が困っているときに、見捨てるわけにはいかないらしい。
 しかしどうやってと悩むよりは先に、座りこむのに飽きたからだが反応をおこしていた。
 「手伝おうか?」
 まだ使い慣れない第一言語でたずねる。
 耳をこちらに傾げた女はゆっくりと腰を伸ばした。
 左右で歪みの異なる奇形の瞼(まぶた)が異星人には怖かった。
 よくみれば四肢の骨格もどこか微妙に、基本の数値からズレている。
 非論理的というよりは、単純に原始的な嫌悪感が背筋をはいのぼって毛根を刺激した。
 と。いびつな眼窟(がんか)のしたでふっくらした頬が、純白の歯をみせてふわりと笑った。
 「珍しいわね……あなた参加者(ゲーマー)なの?」
 第一公用語はおなじく不慣れなようだ。
 「ああ。でも加入したばかりで、まだよく解ってないんだけどね」
 女のやわらかい笑窪がますます深くなる。
 「だれでも最初はそうよぉ。……見せていただける?」
 「え? あんた、目……」
 「あら? だいじょうぶよ。えとね、あなたの〈星〉に、触らせてもらえるかしら?」
 手のひらを立てて探るような動きをみせる。
 とまどったが、腕をつかんでひきよせた。
 小さな指が小さな金属をたどる。
 楕円形に七角の星が浮き彫りになった装置には、表示された色数に応じて点々と奇妙な突起が出る。
 「赤と橙(だいだい)が七つずつに、黄色がふたつ。渡航権があるってことは、よその星から来たの? この惑星(ほし)には参加者(ゲーマー)は少ないのよ。たいてい知り合いですもの」
 「…あ…? これ、文字なのか?」
 「そうよーぉ」
 女はますます嬉しげに、
 「盲字も知らないなんて、じゃ、どこかの部族出身ね? 連邦参加制度(ゲーマーズ・システム)に登録なさった気分はどぉかしら?」
 「え…、っと…」
 じつは非合法に入国した、異世界人です。
 とは、言えない。
 「個人誓約を守れる自信がないんで困ってる」
 「まぁ、なんで?」
 「喧嘩っぱやいんだ」
 「……あらあら」
 芝居がかった大きなためいき。
 「〈暴力行為の否定〉は、連邦機構の最大原則よぉ。それじゃ、いつか減点になってもいいように、今のうちにたっぷり稼いでおくことね?」
 「…だ、ろうな」
 「いいわ。ここの掃除で得点(ポイント)を稼ぐのはあたしの特権なんだけど、今日はとくべつに手伝ってもらおうかしら。でも、全部はやろうとしないでちょぉだいね? 視力がなくとも、あたしにもちゃんと出来るんだから」
 「……あたしは何をしたらいいのかな?」
 「あら、いや。主語の性別を間違えてるわよぉ」
 苦笑する女に、公用語は慣れてないもんでと、レイは高い背のうえの広い肩をすくめた。
 風にのって、歌うような呼び声が響く。
 「キィー…ルー……ゥ? キーリ……アー…スっ?」
 レイの姓名はキリアス・ヤンセン=エラと、偽造の証明書には記載されている。
 声の主を悟ったとたん思いきり嫌そうに顔をしかめた反応に、気配で女は感づいたらしい。
 「お友達が迎えにきたんじゃない?」
 「あんなん、ダチじゃねーや」
 ぼそっと吐き捨てたのは母国語だったので相手には聞き取れなかったろう。
 わざわざ探しに来るからには用事ができたということだ。
 〈仕事〉のことなら、無視するわけにもいかない。
 「〜〜〜〜〜〜っ。ここだ!」
 再度の呼びかけに応えて怒鳴りかえす表情がかなり複雑なものだったのは、聴覚だけに頼る人間にも伝わったのか、どうか。
 ここの手伝いならもういいわよと女は笑って手をふった。
 直線コースを突っ切ったのか、薮(やぶ)から少女が現れる。
 「あーもう、こーんなとこにいてっ!」
 怒気をふくんだ第一声は、余人の存在に気づいたとたん、調子をがらりと変えてみる。
 「失礼。…こいつってば、なにか悪さをしませんでした?」
 「あらぁ、いいえ。ここの得点(ポイント)を半分コしましょぉかって、話していたとこよ」
 「ほんとに?」
 「なんでそこで疑うんだ?」
 「おたくが善行をつむなんて誰が信じるって?」
 数年ぶりにふんだ故郷の地(テラズ)での記念すべき最初の食事を、寝起きの悪い相棒に一方的に喧嘩を売られて台なしにされた恨みは深いらしい。
 はなから喧嘩ごしのふたりは、だまって並んでさえいれば似合いの恋人同士としか見えない、なかなか美形な青年と少女なのだが。
 「…………っ?」
 しばらく視線を飛ばしあっていたが、さきに理性を取り戻すのはいつものように少女の方で。
 「人手(ひとで)が足りないのなら私も参加させて貰いますけれど?」
 相棒が〈必殺愛相(アイソ)笑い〉と評する極上の笑顔にころりと切りかえて、第三者になら礼儀正しく、あくまでもコビを売る。
 「そぉねー。でも急ぐんじゃぁ、ないの? 私、もう少しで貴金属階級(メタルクラス)に上がるところなのよね。がんばっちゃおぅかなー」
 「ああ。じゃ、代わりに、ごあいさつ点を受けとって下さいね?」
 にこにこにこと、人畜無害どころか、地球の宗教でいう神様とやらの使いのごとき。
 「いいのぉ? あなたの点が減っちゃうわよぉ?」
 「ふっふっふ〜」
 こんどのかおは満腹した猫のようだ。
 「〈視(み)て〉下さい。これに関しちゃ威張って歩いちゃう」
 ひょいと腕をつかんで自分の星に触らせた。ええっと女は叫ぶ。
 「まだ草花級(フラワークラス)だっておかしくない齢なのに、光彩(ライト)どころか、もう貴金属(メタル)なの?」
 「語学がちょっと得意だったもんで。公用語ぜんぶ、資格とっちゃいました」
 「うそぉ、すごーい……! 偉いっ?」
 「どうもー?」
 公用語二十七種どころか、その倍はかるく解するに違いない超越天才児のくせに。
 つくり笑顔でない、はにかんだ表情で、白い歯をみせた。
 「おい……急いでたんじゃないのか?」
 レイの機嫌がますます悪くなるのに拍車をかけるつもりなのか少女は片目をすがめ、
 「誰のせいで時間がなくなったんだ?」
 「おまえだ」
 「あのねぇえっ」
 はたからは痴話喧嘩としか聞こえないのだろう。女は笑いをこらえた顔をしている。
 それでも、予定があるのは本当らしく。
 ゴミ捨て場である四阿(あずまや)の一隅の、ちいさな戸棚をあけて公用端末をひきだすと、手早く自分と彼女の記章をさしこんで規定の指令をいれる。
 淡い緋色の金属でできた少女の記章に変化はないが、光画面表示の女のほうには新たに青紫の一線が加わった。
 「じゃ……楽しんでくださいね(ラクエリータ)」
 「どうもありがとぉ。あなたもね?(エドレノーシュ)」
 少女が本気で立ち去りかけるのに違和感をおぼえて、レイはあわてて心話(はな)しかけた。
 『おい…、いいのか? 彼女、眼球が無い』
 『出来ることを自分でやるのは人間の権利でしょ? それに…盲目なのは地球圏(テラズ)では別に、悪いことじゃない。音声で話していいんだよ』
 御先祖サマが原因な(わるい)んだから変に気をまわすほうが、よっぽど失礼だよと言いさして、でも気をつかってくれてアリガトウと言いなおし、やっと表情をやわらげる。
 それではじめて天災少女の低気圧の原因が、自分だけではなかったらしいと、不仲な相棒は遅まきながら感づいたのだった。

              ……続く……
 
               .
 
   テラザニアの斎姫連(さいきれん)
 
                        土岐 真扉
 
     第一章・惑星《最涯(ワンゼルラン)》 その一
 
          ☆
 
 うすい酸素の層にまもられた若い大地の東のはてが銀(しろがね)と黄金(くがね)に染まる。
 一日のもっとも動きやすい聖なる時刻をのがすまいと起きだす人々のこえ。
 祈りの書物がしらじらと暁光にぬれ、燈火のたすけなしに読めるようになるころ。
 娘たちは天をあおぎ、金の初矢が蒼空を焦がすをみる。
 うなじから背なへと流した被り布をひきあげ、深くひきさげて。
 また、熱く灼ける陽光と、炎暑と乾燥の素朴な暮らしがはじまる。
 それをこそ、われら部族は選びとった……と。
 つつましく誇りやかに、うたいながらの生が。
 
          ☆
 
 ふたりが降りたとき《最涯(さいはて)》市街はちょうど夜明けに位置していた。
 出てきたばかりの宙港塔が希薄(きはく)な大気をつらぬいて惑星外へと続く、その銀の高みのなかばまでしか陽光は届いていない。
 それでも熱気が起こした旋風(せんぷう)は赤い砂をまきこんで街路をけずる。見本のように酷薄(こくはく)な岩石砂漠は地球系人類(テラザニアン)が自力で生息しうるぎりぎりの限界点だ。
 と、いうのに〈赤道直下〉ときいて異世界人(リスタルラーノ)が自分でえらんだ衣装は。
 肩もあらわに太股むきだし、ほとんど水着の袖なし短パン、海青色に極楽鳥。服に合わせて染めたとおぼしい真青(まっさお)な髪が衛星軌道をむいている。
 めだちたがりでハデ好きの浅慮(せんりょ)な性格まるだしと、となりの人間はさも嫌(いや)そうだ。
 しかも地球人(テラザニアン)だとすれば純血の北欧種にしか見えない。
 出自をごまかすための偽装手術のおかげだが、肩幅のひろい長身のわりにひょろっと生白い手足をむきだしのまま戸外に立つなど、想像したこともない濃褐色(のうかっしょく)の住民たちが、あきれ驚いて立ちどまる。
 「……………………………………………………………………………あ……あつい…………」
 当人は、たっぷり二分は絶句したあげくにぼそりとつぶやいて。
 「だから言ったじゃないか、日中には地球式(せっし)で五十度超(こ)える」
 尖(とが)ったこえで刺されたクギは、かなり太いしろものだった。
 なにしろ夏でも水は固体であるような極寒惑星(きょっかんわくせい)のレイは出身だ。とりあえず人類の可住地域とされている〈熱帯〉で、表皮を保護する必要があると言われてピンとこなかったのも無理はないのだが。
 色素と適応力の欠落した文明人の素肌は、強すぎる直射日光をあびたら五分で火ぶくれだ。
 皮膚癌(がん)で死にたいのか!と、あわをくった宙港職員にひきとめられたばかりだ。
 それを肩でおしのけて入国管理を強引にくぐり出たのは本人なのだから。
 心配するよりさきに通行人の好奇の視線でこちらの顔が火をふきそうだと表情で訴えるつれに、レイはむくれる。
 「だって暑いとこってから、地球圏(テラズ)の服わざわざ調べて」
 「その恰好(かっこう)は亜熱帯の湿潤地方のやつ。ここは熱帯で、乾燥(かんそう)気候なの」
 学術用語で断定する、口調が辛辣(しんらつ)だ。
 いけすかない優等生だと前から見ていた相手にとっても、八方美人の九番目の方角に、自分が分類されていると気がついたのはつい最近だ。正確には仲間たちと別れてここへ来る船中で、二人きりになってから突然に、あたりがきつくなった感じだ。
 「…………そうなのか?」
 「何度も説明したと思うんだけど?」
 ひとの忠告はすなおに聞こうねぇと容赦もない彼女は、用意よろしく厚地の外套(がいとう)に深い庇(ひさし)の頭布をかぶり、外見からでは性別もわからない焦茶(こげちゃ)のカタマリと化している。
 この土地ではそれがふつうで常識なのだと教えられたのは確かだが。「泳鳥(ペンギン)のまる焼き」と、ごくまともな感想をのべたら一度で見捨てられた記憶が……ある。
 それでつい、ムキになった。
 「はン、簡単じゃんか」
 宣言するなり《気波(シ・エス)》をあやつって周辺の分子運動を抑える。
 肉眼では感知できない霧状の力場が発生し、ほの青い燐光にゆれる。
 たちまち熱量をさげた気波壁(きはへき)のなかの冷涼な空間で腕をくみ、さぁどうだという顔を本人はしたが、
 「ひとめを考えてよね。その服装でも身体に支障がないっていうの私にしか〈視(み)え〉ないんだよ。それに……。滞在予定がどれくらいになるか、わかってる?」
 悪意としか解釈できない楽しげな嘲笑(ちょうしょう)をうかべられてしまい、がるると唸(うな)ってしかたなく、商店のならぶ宙港塔へ、くるりと踵(きびす)をかえした。
 研究所では最強を誇(ほこ)るレイといえども長時間、続けて使えるワザでないのは認めなくないが事実である。
 
          ☆
 
 《気波使(きはつかい)》または《気波術者(サイ・テック)》、連盟語(リスタルラン)では《感働人(エスパッショノン)》。古い地球語では《霊力師(サイキック)》とも、《神》とも《悪魔》とも呼ばれたひとびとの、探索および実態調査が今回の目的だ。地球連邦機構(テラザニアン・オリガ)からの極秘だが正式な依頼と、星間連盟総裁(リスタルラーナ・パス)じきじきの財政支援のもとに始動した企画である。
 連盟(リース)側の予算確保の名目は『未解決犯罪における手段の実証および再発防止のための法制化』なのだが。四十周年をむかえる新生の連邦(テラズ)としては差別や抑圧を受けている影の存在の権利を、公認することで保護したいという意向がつよい。
 その、膨大(ぼうだい)な範囲におよぶ現地調査は一人でやると、彼女が宣言したのがそもそもの始まりだった。
 「参加者(ゲーマー)……つまり自主的に連邦機構の運営に協力すると志願誓約(しがんせいやく)している連邦市民の洗い出しは簡単なんだ。参加者協会(アソーシアン・ネット)の情報網が使えるからね。問題はそれ以外の、いわゆる部族民とか独立人として分類されている、戸籍調査すら嫌(いや)がる人たちで……しかも未確認の《気波使》が発見される確率は、変異(へんい)発生指数から推(お)してこっちのほうが高い」
 研究所のほとんどを占める連盟人種(リスタルラーノ)を対象に、天才と評されている地球出身の留学生は故郷の歴史と現況を手際よくまとめて語る。
 もうすこし、色気と飾(かざ)りけのある衣装にすれば美少女でも通るのに、などと。
 職務に不熱心なレイはよけいなことを考えていて、説明はほとんど聞き流してしまった。
 
 「……ということで、実施(じっし)期間は三地球年。都市部における参加者の抽出(ちゅうしゅつ)と面接はエリーが統括(とうかつ)。地方および辺境の調査は、いちばん事情にくわしい私が単独で行います。情報解析(かいせき)班の編成はソレル博士にお願いします。……以上、なにか質問は?」
 「まった、地球圏(テラズ)の辺境って、かなり治安が悪いんだろ。用心棒いらないか?」
 成人と子供ばかりの研究所内でただふたり、年齢の近い地球人の少女たちが、そろって三年も留守になるのはおもしろくないのが口をはさんだ原因だった。どうせ仕事もない落ちこぼれの所員なのだ、厄介払われもかねて物見遊山(ものみゆさん)としゃれこもうというのが、本音でもある。
 いつものように先回りでこちらの意図をよみとって、満面笑顔の
お返事と思いきや、
 「説明……、ちゃんと聞いてた?」
 意外なことに困惑したふうの八方美人
である。
 「もう一度いうけどね、なるべく目立ちたくないわけ。地球本星での最後の大戦の時にどの陣営に属(ぞく)した地域かによって反応は違うんだけど、地球系の文化圏においては、私たちみたいな《気波使い》は、《神》やその部下という解釈で〈聖域〉に隔離(かくり)されるか、同じく《悪魔》かその卷族(けんぞく)だという偏見で追い出されたり、最悪では磔刑(はりつけ)にされたりとか、どちらかだったんだ、つい最近までね。
 こういう技能があると周囲に知れたら最後で、迫害だろうが特別あつかいだろうが、ふつうの人間としての、あたりまえの生活や結婚をするのは、ほとんど不可能になる。だから大抵(たいてい)は自分の〈正体〉を隠して平凡に暮らしていくために、しなくてもいいような苦労をしてるわけ。
 私なんか、それが面倒で連盟(こっち)まで逃げてきちゃったくらいで。
 そういうビクビクしながら生きているところへ、地球人の私が一人で行ってさえ、知らない他所者(よそもの)が何しに来たってだけで不用意にひとの注意を引いて、生活環境を破壊しかねないのに。
 異世界人(リスタルラーノ)で、ましておたくのような……。ねぇ?」
 意味をたっぷり含ませて首をかしげる仕草に、ひとの目を魅(ひ)くことに快感を見いだしているレイの過激(かげき)な服飾をみなれた一同は遠慮なく笑いをもらした。
 「……ったって、ならよけい、危ないだろうが」
 優等生のいつになく攻撃的な論法にかすかな違和感がある。
 「迫害される地域で、暴走癖(へき)のある《気波技師(エスパッショノン)》のあんたが、ひとりで無事に済むのか?」
 力量はあるが細かい作業の苦手な少女はみごとに無表情の笑顔で、
 「それは心配ない。抑制(よくせい)装置の小型化はすでに試作にかかってる」
 怒(おこ)ったな、とレイは思ったが口には出さずにおいた。
 はじめは被験体として参加しながら卓越(たくえつ)した理論構成ですぐに研究職の筆頭(ひっとう)になり上がった天才児は、うっかり自分で気波を飛ばすと実習室ごと破壊する。
 一方で所員として失格のレイは、実用技能の正確さと安定性では師範格(しはんかく)を自称している。
 そのあたりを酌量(しゃくりょう)した人間がまあまあと仲裁にはいった。
 「いいじゃないの、サキ。連れて行っておあげなさいな」
 「エリー、そうは言っても、ことは対象者の人権そのものが懸(か)かってる」
 「それは解るけれど、あなたのことだから舌先三寸でまわりを胡麻化すくらい簡単でしょう?」
 「…それ…、誉(ほ)めてるか貶(けな)してるか判らないんだけど★」
 地球人が埓(らち)もない半畳(はんじょう)合戦をはじめたら議題が中断されるとは、連盟人種(リスタルラーノ)の共通認識だ。
 「あら、敬愛している友人を、あたくしが貶(おとし)めたりすると考えるなんて、ひどいと思うのよ」
 「寡聞(かぶん)にして尊敬なんてされてるとは存じませんで」
 「それは不見識(ふけんしき)というものよ。大体あなたは他人の好意に鈍感(どんかん)すぎるきらいがあるわ」
 「古傷えぐるの止(よ)そうよね。それを言うならエリーのほうこそ恋文を読みもしないで反古(ほご)にするのはいくらなんでもやめた方がいいと……」
 まんまとハメられて脱線しかかるのを、うすい刃物のようにさえぎる声がある。
 「所長決裁とします。レイを護衛として、かならず同行すること」
 「えっ! …でも博士っ…」
 「研究者の貴重な頭脳を危険にさらすわけにはいきません」、と。
 それまで議長席で沈黙していた所長から、じかに宣告されてしまっては連邦の公費留学生に反論の余地はない。
 緑の瞳のエリーはゆるやかな金の巻毛をかきあげて、してやったりと片目をとじた。
 
          ☆
 
 出会ったのはこちらのほうが先とはいえ、おなじ惑星の出身で仲もよいエリーは何か知っているのかもしれない。なにか……、自分は知らないことを。
 最初にうけた奇妙な印象は出発の準備がすすむにつれ深まる一方だった。
 どうやら相手に嫌(きら)われていると気がついた、それはいい。善人面(づら)したマヌケのおひとよしと、いいように罵(ののし)りながら都合よく利用もしてきた当然のむくいである。それで一緒に旅行なぞ、したくはないと断られるなら疑問も不満もない。
 わからないのは、それが理由ではないらしいからだった。
 嫌うというより避(さ)けているだけでしょうと、すこし年上の金髪美人は余裕で笑う。
 聞き出したいことは色々あったが、同道するからには最低限の言語と礼儀作法くらい覚えてもらうと主張する相棒に、ぎりぎりまで睡眠学習槽(そう)にたたきこまれていて時間がなくなった。
 そもそも地球圏(テラズ)の文化が複雑で配慮を要するくらいは誰でも承知はしている。
 科学万能主義の連盟世界(リスタルラーナ)とはずいぶん感覚も違うだろうが、レイとて持って生まれた《力》のせいで爆発事件をひきおこし、故星の追放処分をうけて研究所へ引き取られたクチだ。
 ほかの人間に同じ思いをさせないよう、必要とあれば隠密行動に徹するくらいできるのは、六年ごしのつきあいで向こうも了解しているはずだ。
 それを、人目につくという強引な名分で、切り捨てて一人で行こうとしたのは……何故か。
 最終的なうちあわせに至って、それは深刻な疑問符となった。
 異世界人である自分が入国後も自由に動けるように、人種的特徴を簡単な手術でごまかして地球人になりすますという配慮はわかる。用意された偽造の身分証でいまさら驚くほど相手の常識はずれな多才ぶりを知らないわけでもない。
 だが、なぜ……地球生まれの地球人までが、偽名を使って再入国をする必要があるのか。
 今度の調査は連邦の正式な依頼によるものだ。公費留学生が一時帰国して研究活動をするのに、不都合があるとは考えられない。
 憶測(おくそく)するにも限界を感じたレイがいいかげん煮詰まったあげくに説明を求めたところ、長くなるとか時間がないとかの口実で逃げられつづけて今日まで来ている。
 といただすしつこさのあまりに「だから一人で来たかったんだ!」と怒鳴られて以来、二人の仲はいたって険悪なものになっていた。
 
 現地の気候にあわせた服装をという指示を無視して薄着(うすぎ)をしたのも結局はただの抗議行動だ。
 宙港塔の基盤部(きばんぶ)に迷路のようにつらなる商店街で合いそうな上着を探しながら、無駄な馬鹿をやったなと暑さによわいレイは内心ためいきをつく。
 深緑(ふかみどり)の紋様(もよう)織りに金糸で刺繍(ししゅう)をほどこした、色鮮(あざ)やかだが悪趣味ではないと少女もしぶしぶ承諾する一着をみつけて市場での用事をおえた。
 ついでというふうに二度目の朝食をとりに地元料理の店に寄る。
下船のまえに早すぎる軽食はとっていたので食欲などないレイをしりめに、あれこれ地球式の皿をならべた少女は、時間はずれのこの正餐(せいさん)をじつはずいぶん楽しみにしていたらしい。
 八年も異邦で暮らしたあとの最初のご馳走(ちそう)である。
 食は文化なりという格言も地球にはあるくらいだ。
 あいにくと、定時におこなう栄養補給という貧しい認識しかない文明育ちは、店内にほかの客が少ないのを見てとるなり、すでに習慣と化しつつある質問攻勢を再開してしまった。
 「〜〜〜〜〜〜また、その話?」
 三日も断食したような風情で料理にとりついていた留学生は、星間連盟(リスタルラーナ)や宇宙船内では望むべくもなかった骨つき肉の焼いたのを丈夫な歯でひき裂きながら、もぐもぐと嫌そうに言う。
 「またじゃないだろ、まだ何も聞いてないんだぜ、こっちは」
 「渡した資料もろくに読まなかったくせに偉そうに……研究所に置いてきちゃって」
 「あんな分厚いもん目を通せるか。学術言語は苦手なの知ってんだろ」
 「……さては、開いても見なかったわけね……」
 「見たよ! 対照表だの模式図だの、こむずかしいのばっかりだったぞ」
 「説明文だよ。ひとが折角(せっかく)おたくの母星語に訳しておいたのに」
 むっすり呟(つぶや)いて乾燥植物の浸出液(しんしゅつえき)  その色から〈茶〉とか呼ばれるもの  をすする。
 「…………へ?」
 一拍おくれた反応をするレイを、切って煮た野菜に手を伸ばしながら上目使いに睨(ね)めつけて、
 「これだもの。なんでこんな不勉強なやつ連れて来なくちゃならないんだか」
 「えー……っとぉ…………。悪かった、あやまる」
 嫌いな相手にさえ発揮される八方美人の博愛的な親切心に、なかば呆(あき)れつつ下手にでる。
 「簡単でいいから口頭で、説明しなおしてくれる気は……」
 「やだ」
 「そう言うなって」
 「短くできる話なら最初からそうしてる。私の本名さえ知ってれば、調べれば誰にでも解る事情なんだから、自分で勝手に探せば?」
 「本名って、サキ・ラ……」
 ぱっしゃんと、派手な音をたてて顔のうえを流れたのは草の実の絞(しぼ)った汁だった。
 ひとの生き血のような色と味に閉口してレイが注文したきり手をつけていなかったやつだ。
 「〜〜〜〜なにすんだっ!」
 塩気をふくんだ赤い汁のなごりをとどめたグラスは、少女の器用な指のさきでゆれている。
 「その名前、地球圏(テラズ)についたら絶対に、口に出すなって言ったよ」
 切りこむような声のひびきは気迫というより緊迫感がある。
 「だからっ、なんでだって聞いてんだろっ?」
 「…………………………ひきかえして勉強しなおせば?」
 邪魔だから帰れと、きっぱり表現されてレイは言葉を失う。
 どんなかたちであれ実力行使に訴えるほど相棒が本気で怒るのは長いつきあいで初めてだ。
 動転のあまり対処に窮(きゅう)して、原始的な手段にはしる。
 がらがっしゃんと半分ほど料理ののこった皿ごと食卓が倒された。
 「〜〜〜〜〜〜〜〜たべものをっ!」
 すでに声にもならない悲鳴を地球人はあげる。
 「これは連盟(リース)の合成品じゃない。土から採れたものなんだよ。よくも粗末(そまつ)にしたねっ」
 なにいってやがる、先に果汁をぶっかけたのはそっちだろうが……。
 理不尽なセリフに憤激(ふんげき)しすぎて震(ふる)えのきた異世界人は、あいての頬をひとつ張(は)りとばすなり店から飛び出したのだった。
 
                続きます★
 
              .
 
   テラザニアの斎姫連(さいきれん)
 
                   土岐 真扉(とき・まさと)
 
 
     第一章・惑星《最涯(ワンゼルラン)》 その二
 
          ☆
 
 「……殴ったりして悪かった」
 相棒のほおにくっきりのこる指のかたちのアザを認めてしかたなくレイはつぶやいた。半日が経過してなおこの状態ということは、さぞ痛かったにちがいない。
 「……なおすぞ」
 そう宣言して手をのばす。気波使(きはつかい)にしか視えない蒼光がすぅとひらめいて、傷は癒えた。
 「たすかったよ、ありがとう。これで人様を訪問するのはちょっと問題があるものね」
 にっこり笑って腕力をふるった当人に礼をいう、少女の神経はレイには不明だ。
 「このくらい自分で治せるだろうが。やりかたは教えてやったぞ」
 「いやぁ、やっぱり、責任はとっていただかないと?」
 「あんたなぁ……★っ」
 見せつけるためだけにわざわざ治療はせずにおいたと、言われたほうはがっくり疲れはてた。
 こいつには、てめえの美貌の自覚はないのかっ!
 毎朝の洗顔のあとで鏡を点検するかどうかも疑わしい無頓着(むとんちゃく)な天才少女は、絶句する面喰いの反応を読み違えたのか底意地の悪い笑顔をうかべて見せて、さっさと歩いていった。
 ここは砂漠の宙港都市。その人工緑地(オアシス)のなかである。
 「どっちがいい?」
 木立に隠れるような半地下にしつらえた石造の休息所で、飲料の缶をふたつ手にして戻ってきた少女は、すぃと流れるような動作ではすむかいに腰をおろして訊ねる。
 「どっちたって……これ、なんなんだ?」
 
         (???続きのデータが無いっ!! (T_T)” )
 
               .  

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