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第一章
 
 雲一つなく晴れわたっているはずなのに、空の光は遠く、空と大地の間に薄い浅黄色の幕が張りめぐらせてあるようでした。
大人たちの話では、その目に見えないほど細かい火山灰は、はるか彼方の、母神マリアンドリームが眠る炎の山より風に乗って飛んできたものなのだそうです。
マーライシャは一人窓辺にほおづえをついて、少し行儀の悪い恰好で空と、その青い布に時折現われる、様々な色合いの光のレース模様を見るともなしに見ていました。
つまらないのです。たいくつなのです。
かなり前から始まった地震や雷、加えて一昨日(おととい)からのこの火山灰天気で、遠乗りやらはともかく、庭へ出ることさえ禁止されてしまったのです。
それでなくても、こう空気中が黄色い細かい灰でいっぱいでは外に出る気などおこるものではありません。
マーライシャは朝から三十と六回目のため息をつきました。
まだ十時のおやつにさえなってはいなかったのですが。
すると、幸わいにも兄上のマリシャル皇子が戻ってきました。
「マ・リシャ、遅くなってごめん。待たせた?」
「ほんの少しだけだわ」
マ・リシャというのはマーライシャのごく内輪の愛称で、皇と女皇と皇子、それにフエヌイリ姫の兄、フエラダル四人しか使いません。
マリシャル皇子は少しばかり偵察に出て、食物倉から少々お菓子を失敬し、それと共に一大ニュースも聞きかじってきていて、すっかり興奮していました。
ところがマーライシャときたら、皇子が口を開くよりも早く、彼を一目見るなり聞きました。

「一体何が起こったというの!?」
「これはしたり。まこと皇女(ひめ)の勘の良さには敬服せざるを得ませんな。」
皇子が、秘密を言い当てられた時のトーザン卿の憤慨ぶりそのままに、おまけにひげをしごくまねまでもしてみせたもので、マーライシャはことこと笑いころげ、つられて皇子も笑いました。
「まったく、内緒にしておいてあとで驚ろかせようと思ったのに、おまえときたらすぐに見抜いてしまうのだからなあ。当てられたからには仕方ない、話すけれど……。」

 
 深皿に入ったすてきにべとべとする煮りんごを突つきながら、皇子は聞きかじってきたことを全部妹君(いもうとぎみ)に話して聞かせました。
皇女と皇子の年の差を考えれば当然のことなのですが、彼女には皇子がその時に教えてくれたことのうち三分の一は理解できず、わからなかった事柄や、理解はしても直接自分に関(かか)わりがなさそうに思える所は聞くはじから忘れていきました。
 
西の谷の村で、突然季節はずれの大雨が降って、折(おり)からの地震と共に山津波(やまつなみ)となって村を襲い、逃げ遅れた人達が十人近く死んだこと。
同じような災害が各地におこって、その救済のために多勢の力有る者(ちからあるもの)、すなわち魔法使いや精霊、神々の血を受けた者たちが力をつくしてはいるものの、着(き)の身(み)着(き)のまま全財産を失ってしまった人たちが大勢いること。
話を聞いているうちに、マーライシャはだんだん興奮してきました。
「ひどいわ。いったいなぜ、だれがそんなことをしているの!?」
「いや、だから、そこが不思議なところなんだよ。ぼくらの住んでいるこの美わしの白い館(ルア・マルライン)近辺は、土地そのものに護りの魔力が強いからまだ被害が少ないけれど、“異変”はダレムアス三百六十六国、程度の差こそあれ、全ての国を覆っているんだ。特に大地の背骨山脈の周囲の国は、ひどい地震がかた時も休まらないそうだよ。女神の山が火を噴く前ぶれだなどと言いだした者もいる。根も葉もないうわさで、すぐに消えたそうだけど」
「当り前だわ。女神の山が火を噴く時は世界の終る時ではないの。」
「だから単なる流言だよ。……ただ、おかしいのは、だれもそんなことは

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ことなんだ。」
「だれも!?」
「そう。だれも。これだけの大異変を引き起こすには恐ろしく強い魔力が必要だ。最も力の強い精霊でもそれだけの力はないよ。父上と母上が力を合わせても無理だろうな。とにかく、それ程の魔力が振るわれていれば、どんなに当人が気を使ったところで、心の瞳をいっぱいに開けば、見つけられないはずがない。」
「それでもわたしは見つけられないわよ。もう何回も試しているのに、」
「だろう!? だからこの異変は大地の国人(ダレムアト)が魔法を使っておこしたものではない。と、すれば、残るは神々か、あるいは聖なる霊達御自身の力しかない。ここまでは父上達にもすぐわかったんだ。問題はそこから先さ。何のために? 力有る者は皆、災害を食い止めるのに急がしかったから、異変後一週間たってから、やっと理解した。神人(かみうど)の長(おさ)、女神マリアンドリームを始めとした諸神が“大地の言葉”を借りて、ぼくらに何かを伝えようとしているんだとね。」
「大地の言葉って、この世の始まりに女神が聞いたというあの声と同じものなの?」
「うん。どうもそうらしいよ。ぼくにもよくはわからないんだけど。
それから後は、危うくばあやに見つかりそうになってね。聞いている暇がなかったんだ。」
 
 
(☆窓辺に寄りかかって林檎を囓りながら語る黒髪の皇子と、足下に座って話を聞く緑黒髪の皇女の「挿し絵」あり。シャーペン書き、色鉛筆塗り。)

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