それは、時間を超越した あるいは現象だったかも知れない。
彼の視座は閉ざされたまぶたの奥にいまだあるようで、同時に高く虚空に飛びたちかけてもおり、眼下、一面の廃土には、悪魔の孫(DEMON-III)とも呼ばれる薬品特有の傷膿のような薄い黄緑色が、月に照らし出されて渺々(びょうびょう)とひろがっていた。
点々と、ひときわ濃く散るのが汚染された泉の姿か。
おともなく風もない世界でたましいは、寒さだけを感じた。
地獄
そう、呟やきかけたとき。
荒漠たる地平の彼方より、純粋な靄(もや)だけがもつ白ひといろの光が、ひとつ、ふたつ……そして無数に、たち昇り現われた。
白虹。
いや、おぼろな 人影 とも見える。
光柱はそれぞれに散らばり、地の上に降りたつと、くまなく覆うように漂よい動きまわる様子だ。ふとたましいが心づいたことには、それらが通り過ぎた後には大地はひとしおに寒々と
かわりに、ごく小さな無数の金色の光粒が、よくこれだけと思うほど地表や地底から丁寧に集め
ちかくで視ればひとつひとつは小さな生き物の姿をしているだろう、そう思考するわけでもなく たましいは感じた。
こころひかれた魂は、いつしか己れもまた、さまざまなひかり渦まくさいはての野へと 吸いよせられ、まざりこんでいた。
見上げるばかりに宙天を指す、ひかり、またひかりの柱。
そこには、遠い潮騒やかすかな瀬々らぎ、はるかな鳴滝にも通じる、無限にくりかえし、つつみこむ、時そのものを楽の音にしたような不可思議なざわめきが、静かに満ちていた。
いつしか、遠い潮騒やかすかな瀬々らぎ、はるかな鳴滝にも通じる、無限に くりかえし、たたみかけ、包みこむ、時 そのものを楽の音にしたような不可思議なざわめきが、沙の封土のうえいっぱいを、静かに満たしていた。
よく聴こうとすればそれは、光の柱や光の粒子たちの、声やことのはとも思える。
魂は、呪詛の声をなかば、救われた声をなかば、小さな光の亡骸たちに望んで、その群のさなかへとわけてはいった。
けれど、異(ちが)ったのだ。
しれらは一様にかたくまぶたを閉ざし、彼のように目覚めているものさえいない。
野に斃れたけものたち、ひとたちの失なわれた姿は、胎児のようにまるまり、ただかつての生命の残光を発しながら白虹の周囲をへめぐり、乱舞し
魂は、おののいた。
うつくしすぎる光景だった。
おのれもまた、呼びよせられた ひとつとして、気がつけば 小さな光柱の力に とらえられている。
魂は、ふるえた。
消えるのは、いやだ 消えたくない……!
逃がれようとする異なる分子のあることに、人影とも思える天高くそびえる光は、気づいたようだった。
気配がのびてきて、魂に触れる。
光が魂を識るのと同時に、たましいは、光人のいま視ている世界をかいま見ることになった。
女性……で、あった。
植物に そそぐ 夏の雨のように、かつて生命あった金色の光たちを力としてとりこみながら、その大いなる数多の存在は
いつしか息絶えかけた泉のかたわら、自分の体に戻り、目を瞠(みひら)いて精霊界の出来事を見上げながら、彼は、声を聴いていた。
この地をお見捨てなされた。
以後この荒土には一雨、一滴たりとも流れ降りることはないゆえ、
あとは煮るなと焼くなと、皆さまのよろしいように。
……母上様はお怒りです……
……お怒りです……
殷々とひびく深い銅鑼のような波動で、光柱のどれかが語ったその意味を、ふいに魂は はっきりと覚った。
……もはや、水の太霊(おかあ)さまはこの地をお見捨てなされた……
……お見捨てなされた……
幾多の光柱が、くりかえしよせるように それらの思念を、反復し、伝えあい、境土の隅々へと浸透させてゆく。
……地よ、火よ、風よ……
……他の三族の皆さまに申し上げる……
……申し上げる……
……我ら、水霊……
……これより後、この荒土には……
……一雨、一滴たりと 流れ降りることはない……
声はひとつのもののようでもあり、光柱すべてが潮の響きのように唱和したものとも、思えた。
ややあって、
(
という応えが 地、火、風、 それぞれの波動で届けられた時、すべての気配は消え、彼は異し世を見る力を失い、正気づいたと思った。
燥いた世界。
荒涼ただひといろの……
動かぬ瞳であたりを見渡せば、先刻まではたしかにあった周囲の木立ちの枯れた姿もなく、湖底の泥も その亀裂も さらさらと風に吹きくずれて、ひとかけらの湿りけもないただの無機物、細かく砕かれただけの鉱石と帰していた。
月面の、クレーター、というのがオアシスの最後にもっともよく似たものだろう。
西の地平にその月は沈みかけ、おびただしい白虹の群れが遠く海の方角に尾をひいて飛び去ろうとしていた。
星々だけが はるか高処に凍てつき、塵のような惑星上のことなど、そしらぬ貌をしている。
軌道のうえを人工衛星が すばやく よぎって行った。
その動きにつられて視線を転じた彼は、おのれの傍らに、なにかの気配があしをとめ、うずくまるのを感じた。
気配はさきほどの白虹だったろう。
応えるともなく波動がひろがり、無数の、もとは生き物たちだった光の粒子をまといつかせて、その存在は青白い純粋な光そのものと、彼の意識には映った。
俺の魂を連れて行くのか……?
笑い、ともとれる、ゆらめきの波をたたせて、精霊はそう告げた。
好きなところに行くがよい。
したが、そなたの器のなかの〈水〉、
それは我らのもの、我ら一族のもの、
我ら〈水〉が神々とそなたに貸して
与えてあるもの。
返してもらおう。
そなたの滅びと共に。
彼は呟やいた。では、俺の魂は どこへ行くのだ?
精霊は冷たく応えた。
転生流転の行く果てなど関わりなきこと。
器を離れて まで 何故みずからに固執する?
聖霊 精霊
DEMON-THIRD、デモサード
「渇くのなら求めるのなら、
我らの庇護する世界から
出でなければよいものを!!
・神霊と精霊、転生と変化のこと。
・魂と器の構成物質のこと。
・人祖、ティクス=アセル神が水霊を犯して生ませた人族のこと。
・人界神話のこと。
・精霊世界のなりたちのこと。
(……未完……★)