『 (無題) 』 (「H.01.02.03」以降)
2006年6月21日 連載(2周目!・上古神代〜水の大陸) コメント (1)
……イハウルの樹の葉は広くて厚く、まだ朝露の乾かぬうちに拾いあつめて湿らせた布でくるみ、日影のひつに入れて保存する。
その日の間に石筆で描いた文字は、堅く乾かした枯れ葉の上に黒く刻み記されて、けしてその色の褪せることはなかった。
『滑崖落』 リリオスとイジュニーシ (日付不詳)
2006年6月21日 連載(2周目!・上古神代〜水の大陸) コメント (1)『滑崖落』 リリオスとイジュニーシ
『苦 夏』 − サタナクラ −
『巫女譚』
『遷恋歌』?
《精》
『滑崖落』
《樹木》
−−−−−
《犠牲》
『苦 夏』 − サタナクラ −
『巫女譚』
『遷恋歌』?
《精》
『滑崖落』
《樹木》
−−−−−
《犠牲》
黄白色の砂岩の荒土のさなか、軍事力のみによって富み栄える強国。一人の少年が一人の青年に出会う。しかし、戦士たる男児を為すことのない朋友との恋は、固く戒められていた。
憧憬する青年の名誉を守るため、自ら死を選ぶ、少年。褐崖と呼ばれる絶壁から身を投げた半身の姿を胸に焼きつけて、青年はひとり戦場に立ちつづけ、やがて戦場で命を落とした。
○
馬からおりることなく、若き十騎長は尋ねた。
「リリオゥ……」
南の訛りののこる言葉で、少年はただ乗り手の眼差しに見とれたまま応えた。
「己(おれ)はイジュニーシ」
号令。
ひろい軍庭を、隊列が横切ってゆく。
乾季の三月目の国土は荒れきって硬く、水天の冬まではあとまだ十二月を数える。
隊伍は分かれて対峙する。銅鑼が鳴り、互いに乱撃となる。
黄白色の砂塵が踏みたてられて視界もきかず、ただ実剣の青銅の輝やきだけが、目を射る。
……ああなっては、指揮官の智謀など、役にも立たぬ……
先の乱撃の一方の組頭で、負傷者の治療の手配を済ませてきた
ひとりびとりの判断と剣技が試される。戦士の修練を積む者たちの、卒業の試験にも当たる実剣での乱撃演習である。
それで良いのだ。イエルガの神聖軍に、弱者は要らない。
男児たる者、生まれたからには戦士として生き抜くべきだ。
そう、教えられて、彼らは七つの歳より軍で育った。
荒野のさなかにある生国を護り富ませるための栄えある神聖軍である。
少年自身は昨日、今日と続いた実戦演習で、四人の腕と三人の脚を断ち、彼らの未来を奪うとともに、二人までを一刀のもとに即死に致らしめていた。
「数年来の俊英」
戦師たちは彼の功績を賞揚し、予定された初陣では緒戦から騎乗の兵となることを約束してくれたが、少年にとってはただ、教えられ、要求されたままに正しく振る舞った、という、その結果であるのに過ぎないことだった。
栄誉である。と、同輩らが称える。
それではそうなのだろう、と謙虚に彼は受け、百人の戦童の組頭として与えられた責務を、期待される通り正確に、多くも少なくもなく果たし続けていた。
合図の銅鑼。
軍庭からは一斉に人波が引く。
戦果が報告され、戦師連の叱咤や論功があり、
食営の給配の指示を出さねばと心づいた少年が営道を急ぎかけたその時、
黄に光る砂風の庭を横切りやって来る、黒い姿があった。
徒歩の戦童やら兵卒ではない。
騎乗の戦士。それも、激闘の西の陣営に属することを示す見事な黒葦毛を打たせ、漆黒の戦衣に、十騎の長であるしるしの黒と青銅の軍被をまとう。
赤色の髪。日に灼けた
近づくにつれ長身の整った容貌があらわになる。
北イエルガ人種の典型。軍人の理想像。
そして黒と青銅を許される戦士にしてはたいそう若かった。
自分といくらも違わない、初陣から三年を経てはいないだろう、その十騎長の英姿を、少年は
食営の開扉を告げる大銅鑼が響き渡り、それでも少年は
烈光の刻を迎え、白日と黄砂と風だけが満ちる無人の軍庭。その営道に、ひとりたたずむ
「訊くが、ドリアシニュ戦師長の御居室は……」
どこか、と尋ねかけてふと口をつぐむ。
心うばわれたふうに表情すら失せて、己れを見つめる瞳を、青年もまた、覗きかえしてしまっていたのだ。
夜闇の眼。射干玉(ぬばたま)の髪。浅黒い肌。
なめらかで思慮深げな湖沼地方の顔立ちは、軍営にあるのでなければむしろ神巫や書官を思わせる。
しなやかな肢体。
線の細い少年に、血の染みのついた白茶
「……名前は?」
「リリオゥ……」
南の鈍い訛りの残る言葉で、呟くように少年は応じた。
「己(おれ)はイジュニーシ。ゼレンデ家のイジュニーシ」
「《星導者》(イジュニーシ)」
おうむ返しに、息をつめて少年はただ鞍上の彼を見上げている。
胸が、苦しくなるようで、ひらりと青年は傍らに降り立った。
頭ひとつ分、やはり少年は相手を見上げる。
どこかで、確かに、出会ったことがあると、強運の名を持つ青年は感じた。
数瞬が流れる。
背後からいまひとつの馬蹄が響いた。
「おーい、イジュニーシ! 待ってくれ十騎長殿っ」
声はすぐにも走り寄って来る。
はっと、二人は、なにか崇貴
夜の星河
そこには痩せぎすで小柄ではあるが教則通りに動作も精神も
「ひどいですよ。あなたの黒風号におれの馬でかなうわけがない。」
飾りのない軍被をまとう年長で位下の朋友は不利な競技を強いられたことをぼやく。
「すまん、ハトイシュ。走りたかったのだ」
十騎の長はなかばうわのそらで応じた。
「その子供は?」
問われて、戦童は、礼儀正しく頭を下げた。
「私はリリオシ。ウァイバの沼の部族の者でございます」
一般に、南イエルガの者は戦士として怯懦と言われる。
「おれはザイダ家のハトイシュ」
新たな戦士はぞんざいに応じた。
「イジュニーシ、道を尋いていたんですか? では行きましょう」
「あ、いや……、待ってくれ」
らしくもなく戦士は言葉をためらった。
「これは……、幼年の頃の馴染みの者でね。ここで偶然会ったんだ。少し話をしたい。」
「あなたが南のお育ちだとは知りませんでしたよ」
「叔父がウェルゾクの駐営にいる。母と訪ねたことがあったのでね。」
ちょうど中食に間にあったようだ、戦師長殿に表敬するのはあとにして、少し食営で待っていてくれないかという、隊長の依頼に逆らうような不作法を、ハトイシュはむろんしなかった。
立ち去る黒馬を片目で見やりながら戦士は言う。
「ウェルゾクとウァイバの沼では多少無理があったかな?」
「私は、父の行商に連れられて、あちこち行きましたから」
「ではやはりどこかで会っているのに違いない、……思い出せないが」
「私も……、そう思います」
「ウァイバのリリオシと言ったな」
若い、本当に若い十騎長は弟のような戦童の背中を無雑作に覗きこんだ。逃げ傷はない。正面の返り血だけだ。乱撃の戦果はと問えば、答えの数字に、賞賛のしるしに
「それは己(おれ)の記録を上回るぞ。南の民にも、度胸のある者は確かにいるらしい」
北部式にリリオシと名乗るリリオゥは、静かに立っていた。
「今年、十七で己(おれ)は青銅の位を受けた。この記録も破って見せるといい。南の恥を雪(そそ)ぐことにもなるだろう?」
活達な笑顔で戦神イエログの祝福を祈る仕草を見せて、十騎長はひらりとまた黒風号にまたがった。
立ち去りがたく