『 冒 ・ 険 ・ 譚 』 − トゥードとアマラーサ − (by 当野槇子、着筆 87.09.26. 脱稿……????) 2
2006年6月10日 連載(2周目!・上古神代〜水の大陸) コメント (1) 1. 嵐
ようやくに樹海の熱気から抜けだせようかという数日後、おいしげった植物群のほとりちかくにたたずんで、アマラーサが、ふと、なにかを指さして足をとめた。
「妙だな。見ろ」
「どうした? マラーサ」
これが最後のひと丁場と、のこり数尋(ひろ)の雑木を怪力と大剣でもってばったばったとないでいたウードが手をとめて戻ってくる。
「この道祖神(みちがみさま)。」
「……これが?」
疑問符のさきにあるのは何の変哲もない、黒石でできた道しるべの像である。過去いくどかこの樹海抜けをするたびに、いつも見てい……
「あ!?」
「気づいたか」
位置が、ちがうのである。
「この前わたしが通ったときには、これは確かに樹海のきれた[外]にあったんだ。そこで休んだ覚えがあるのだから間違いない。」
「てぇことは」
「まわりの樹を見てみろ。この像より光に近い植物は、みなまだ若いぞ。」
それは本当だった。何千季節を変わることなく茂っていたタチモスの緑の海は、ここわずか1〜2年のうちに20尋ばかりもその領土をひろげようとしているのである。
「妙だな……」
「ああ、妙だ。」
かといって足をとめてうなっていたところで事態のかわるものでもない。大きな町の知学売りでもあるまいに、あてもなく悩むことなど戦士の職分からは遠い。
十分に注意をはらって残りの行程を切りひらき、その日は、はるか樹海から離れてしまうまで、ふたりは野営をさけた。
そして、翌日。
「とんでもねーーーっ!」
なんともいえぬイヤな予感にふと空をふりあおいで、すっとんきょうに叫んだのはウードの方である。
「え?」
北の方、いまは距離のあいている海のうえから、どこまでも青い空をやぶって、暗雲のかたまりが姿を見せている。
「……なに?」
こんな時節に雨期がおこるはずはない。
否定するそばから嵐神はその版図をひろげ。
めったにないことだがアマラーサがうろたえた。難を避けようにも右も左も、ただ一面の草原地帯である。
むきだしの肌にうちつける雷雨に体熱を奪われる。熱帯で暮らす人間にとって、サバンナで遭遇する嵐ほど恐ろしいものはないだろう。
「どうする? 樹海まで戻るか」
ウードが後方の地平にわだかまる緑のかげをさす。
「いや、かえって危険だろう。それにどうせ間にあうまい。」
シーズン中だったとしてさえ異例の速さで進軍してくる雲塊に、はやくも、朝もおそい黄金の太陽が閉ざされ。
世界がかげる一瞬、さっと水をふくんだ重たい風がはせぬけていった。
これからどんどん気温が下がる。
吹きつけるものに、雨滴がまざるようになった。
「……あちらだ。」
道からややはずれた前方をアマラーサはさす。
なにかをいう前にウードは走りだしている。
野生の獣にも似たふたりの疾走者だ。
サバンナを、その動物群はといえば何処へ逃げたのか姿もない。
昏い。
狂気の最初の一陣が、叩きつけるように左から右へとあおる。
体重が軽いぶんアマラーサがまかれた。
走りつづける、ウードが、片手を伸ばして彼女を引きもどす。
「すまん。」
「なに。」
寡黙にただ安全を求めて馳せる。
いまや嵐は世界を占めていた。
いったん吹き荒れたら、幾夜眠られぬ夜が続くものか。それは、おとに知られた大陸のはずれの激しい狂宴だ。
はためく雷光。
心胆ゆるがす大音響。
ざっ、と目のまえで草原が薙(な)がれひれ伏す。
次の一瞬には逆の風にあおられて、昏い銀色の渦をまく。
大地を蹴る。大地を蹴る。
稲妻と渦と闇のなか、ただひたすらに突き抜ける。ま濡れて脚をからめる草藪の、腰の強さが邪魔になる。
「えぇいっ、このっ」
幾度目か、足をとられかけて怒鳴ったのはどちらだったのか。
ひとくちに草原といい、平原と呼んでも、それはけして遠目ほど平らかではない。
シャン、と嵐の轟音のさなかでさえ耳に冴える鮮やかな手さばきで、アマラーサが無音のままその剣をひき抜いた。
炎銀である。
呪句(オラムン)の詠唱につれて新月に似た炎銀(ミスリル)の輝きが讃月祭の夜ほどの明るさを放ちだし、と同時に、持ち手の光魂に応じて淡い黄金(こがね)に染まる。
誓言をたてた女戦士(ルワ・ヘルマ)にしか許されない術ではあった。
闇と嵐の草原を、光に包まれた二人組が疾駆する。
「あれだ。」
「おう。」
二刻ほどもたっただろうか。ずぶ濡れになって彼女が示した先には、ステップと海岸部とを仕切る岩だらけの丘陵地帯があった。
迷うているひまはない。道などあるはずもない岩肌にとりついて、よじのぼる。雨が腕をすべらす。渦まく風が横なぐりに吹きはがそうとする。
ずいぶん難渋して小さな峠から尾根を乗りこえると、海までまだだいぶ距離があるにも関わらず、潮のまじった突風が千人並んだ楯のように一斉に叩きつけてくる。
「うぇっ」
ウードの悲鳴をよそに、だが、その昔は火吹き山だったというこのゾレテト山稜のこちら側には、複雑な形の洞(ほら)が多い。
「……あそこにしよう。」
うまい具合に風向きから隠されたひとつを探して、ふたりはようやく息をついた。
長時間の疾走のおかげでずぶ濡れになっても体は冷えてはいない。とはいえ、消耗は激しい。
呪句を使ったアマラーサはなおさらのことである。
「人間ランプ」
「うるさい。」
常人離れにますます磨きのかかってきた相棒に軽口をたたきつつ、剣(つるぎ)の余光の失せきらないうちにとトゥードは手早く火口(ほくち)の支度をする。
幸い、このての天然の洞(ほら)で燃料にこと欠くことはあまりない。乾期のこととて − そのはずだったのだ − 結実したまま枯れて次のシーズンを待つ、ふかふかしたコケシダに、一面が覆われている。
炉床にする分を切りはがしてのけた。
「すこし休んでろ。メシの仕度なんざ一人いりゃあ十分だ」
「………………飯………………。ったく、この体力男がっ」
あきれたように呟きつつ、自分で積みあげたコケシダの山にもたれて素直にアマラーサは寝入ってしまった。
月神戦士(ルワ・ヘルマ)はただの男戦士(エル・ヘルマ)よりもはるかに夜目の利くものだという事実を、ふたりはお互いによく知っている。
背袋からよくこれだけと思うほどの食料をゴタゴタと取り出したウードはしばらく迷ったあげく、気に入りの乾肉をあきらめてマラーサの好きな煮豆料理をこしらえることにした。
外は、荒れている。
(どうせなら天気ごと変えてくれよなぁ)
そんな術力を持つ人間は、いない。
長く待たされることになりそうだった。
ようやくに樹海の熱気から抜けだせようかという数日後、おいしげった植物群のほとりちかくにたたずんで、アマラーサが、ふと、なにかを指さして足をとめた。
「妙だな。見ろ」
「どうした? マラーサ」
これが最後のひと丁場と、のこり数尋(ひろ)の雑木を怪力と大剣でもってばったばったとないでいたウードが手をとめて戻ってくる。
「この道祖神(みちがみさま)。」
「……これが?」
疑問符のさきにあるのは何の変哲もない、黒石でできた道しるべの像である。過去いくどかこの樹海抜けをするたびに、いつも見てい……
「あ!?」
「気づいたか」
位置が、ちがうのである。
「この前わたしが通ったときには、これは確かに樹海のきれた[外]にあったんだ。そこで休んだ覚えがあるのだから間違いない。」
「てぇことは」
「まわりの樹を見てみろ。この像より光に近い植物は、みなまだ若いぞ。」
それは本当だった。何千季節を変わることなく茂っていたタチモスの緑の海は、ここわずか1〜2年のうちに20尋ばかりもその領土をひろげようとしているのである。
「妙だな……」
「ああ、妙だ。」
かといって足をとめてうなっていたところで事態のかわるものでもない。大きな町の知学売りでもあるまいに、あてもなく悩むことなど戦士の職分からは遠い。
十分に注意をはらって残りの行程を切りひらき、その日は、はるか樹海から離れてしまうまで、ふたりは野営をさけた。
そして、翌日。
「とんでもねーーーっ!」
なんともいえぬイヤな予感にふと空をふりあおいで、すっとんきょうに叫んだのはウードの方である。
「え?」
北の方、いまは距離のあいている海のうえから、どこまでも青い空をやぶって、暗雲のかたまりが姿を見せている。
「……なに?」
こんな時節に雨期がおこるはずはない。
否定するそばから嵐神はその版図をひろげ。
めったにないことだがアマラーサがうろたえた。難を避けようにも右も左も、ただ一面の草原地帯である。
むきだしの肌にうちつける雷雨に体熱を奪われる。熱帯で暮らす人間にとって、サバンナで遭遇する嵐ほど恐ろしいものはないだろう。
「どうする? 樹海まで戻るか」
ウードが後方の地平にわだかまる緑のかげをさす。
「いや、かえって危険だろう。それにどうせ間にあうまい。」
シーズン中だったとしてさえ異例の速さで進軍してくる雲塊に、はやくも、朝もおそい黄金の太陽が閉ざされ。
世界がかげる一瞬、さっと水をふくんだ重たい風がはせぬけていった。
これからどんどん気温が下がる。
吹きつけるものに、雨滴がまざるようになった。
「……あちらだ。」
道からややはずれた前方をアマラーサはさす。
なにかをいう前にウードは走りだしている。
野生の獣にも似たふたりの疾走者だ。
サバンナを、その動物群はといえば何処へ逃げたのか姿もない。
昏い。
狂気の最初の一陣が、叩きつけるように左から右へとあおる。
体重が軽いぶんアマラーサがまかれた。
走りつづける、ウードが、片手を伸ばして彼女を引きもどす。
「すまん。」
「なに。」
寡黙にただ安全を求めて馳せる。
いまや嵐は世界を占めていた。
いったん吹き荒れたら、幾夜眠られぬ夜が続くものか。それは、おとに知られた大陸のはずれの激しい狂宴だ。
はためく雷光。
心胆ゆるがす大音響。
ざっ、と目のまえで草原が薙(な)がれひれ伏す。
次の一瞬には逆の風にあおられて、昏い銀色の渦をまく。
大地を蹴る。大地を蹴る。
稲妻と渦と闇のなか、ただひたすらに突き抜ける。ま濡れて脚をからめる草藪の、腰の強さが邪魔になる。
「えぇいっ、このっ」
幾度目か、足をとられかけて怒鳴ったのはどちらだったのか。
ひとくちに草原といい、平原と呼んでも、それはけして遠目ほど平らかではない。
シャン、と嵐の轟音のさなかでさえ耳に冴える鮮やかな手さばきで、アマラーサが無音のままその剣をひき抜いた。
炎銀である。
呪句(オラムン)の詠唱につれて新月に似た炎銀(ミスリル)の輝きが讃月祭の夜ほどの明るさを放ちだし、と同時に、持ち手の光魂に応じて淡い黄金(こがね)に染まる。
誓言をたてた女戦士(ルワ・ヘルマ)にしか許されない術ではあった。
闇と嵐の草原を、光に包まれた二人組が疾駆する。
「あれだ。」
「おう。」
二刻ほどもたっただろうか。ずぶ濡れになって彼女が示した先には、ステップと海岸部とを仕切る岩だらけの丘陵地帯があった。
迷うているひまはない。道などあるはずもない岩肌にとりついて、よじのぼる。雨が腕をすべらす。渦まく風が横なぐりに吹きはがそうとする。
ずいぶん難渋して小さな峠から尾根を乗りこえると、海までまだだいぶ距離があるにも関わらず、潮のまじった突風が千人並んだ楯のように一斉に叩きつけてくる。
「うぇっ」
ウードの悲鳴をよそに、だが、その昔は火吹き山だったというこのゾレテト山稜のこちら側には、複雑な形の洞(ほら)が多い。
「……あそこにしよう。」
うまい具合に風向きから隠されたひとつを探して、ふたりはようやく息をついた。
長時間の疾走のおかげでずぶ濡れになっても体は冷えてはいない。とはいえ、消耗は激しい。
呪句を使ったアマラーサはなおさらのことである。
「人間ランプ」
「うるさい。」
常人離れにますます磨きのかかってきた相棒に軽口をたたきつつ、剣(つるぎ)の余光の失せきらないうちにとトゥードは手早く火口(ほくち)の支度をする。
幸い、このての天然の洞(ほら)で燃料にこと欠くことはあまりない。乾期のこととて − そのはずだったのだ − 結実したまま枯れて次のシーズンを待つ、ふかふかしたコケシダに、一面が覆われている。
炉床にする分を切りはがしてのけた。
「すこし休んでろ。メシの仕度なんざ一人いりゃあ十分だ」
「………………飯………………。ったく、この体力男がっ」
あきれたように呟きつつ、自分で積みあげたコケシダの山にもたれて素直にアマラーサは寝入ってしまった。
月神戦士(ルワ・ヘルマ)はただの男戦士(エル・ヘルマ)よりもはるかに夜目の利くものだという事実を、ふたりはお互いによく知っている。
背袋からよくこれだけと思うほどの食料をゴタゴタと取り出したウードはしばらく迷ったあげく、気に入りの乾肉をあきらめてマラーサの好きな煮豆料理をこしらえることにした。
外は、荒れている。
(どうせなら天気ごと変えてくれよなぁ)
そんな術力を持つ人間は、いない。
長く待たされることになりそうだった。
『 冒 ・ 険 ・ 譚 』 − トゥードとアマラーサ − (by 当野槇子、着筆 87.09.26. 脱稿……????) 3
2006年6月10日 連載(2周目!・上古神代〜水の大陸) コメント (1) 目覚めると、歌声である。
ウードははじめ、アマラーサが歌っているのかと思い、彼女はといえば子供のころの夢をみていた。
やがて同時に、ふたりではね起きる。
………明るい。
晴れている。
四日ぶりにようやくすべての音のたえた[外]から、ずいぶん遠くからその歌の音(ね)はきこえてくるらしかった。
消えかけた白いたき火をはさんで顔を見あわせ、すぐさま行動する。
大気の澄みわたった世界は早朝。
そして地勢は、まるきり一変していた。
「……ウソだろう、おい。」
眼下にひろがる一面の泥の海を見てウードが呆然とつぶやく。
海、というのは比喩にはならない。本当に、はるか見わたすかぎりの − おそらくは実際の海岸線にゆきあたるまで − ただ泥、なのである。
虹の鮮やかさをあわせ持つ銀の色
淡い黄金のオーラの持ち主。
ウードはたぶん炎銀色だろう。
ウードははじめ、アマラーサが歌っているのかと思い、彼女はといえば子供のころの夢をみていた。
やがて同時に、ふたりではね起きる。
………明るい。
晴れている。
四日ぶりにようやくすべての音のたえた[外]から、ずいぶん遠くからその歌の音(ね)はきこえてくるらしかった。
消えかけた白いたき火をはさんで顔を見あわせ、すぐさま行動する。
大気の澄みわたった世界は早朝。
そして地勢は、まるきり一変していた。
「……ウソだろう、おい。」
眼下にひろがる一面の泥の海を見てウードが呆然とつぶやく。
海、というのは比喩にはならない。本当に、はるか見わたすかぎりの − おそらくは実際の海岸線にゆきあたるまで − ただ泥、なのである。
虹の鮮やかさをあわせ持つ銀の色
淡い黄金のオーラの持ち主。
ウードはたぶん炎銀色だろう。