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「さ、では」とソレル女史が言った。
「各自、自分のやるべき事は了解していますね?」
細いシガレロを取り出して優雅に唇にくわえる。紫煙がたなびくが、無論これは一昔前のような喫煙者以外にまで害を及ぼすものではない。リスタルラーナに地球からこの因襲が伝わった時、化学者たちがいたって有効なフィルターと金属筒で、すっかりそれの性質を変えてしまったのである。
ソレル女史の言った各自、はるばるジーストまでソレル女史にくっついて来たサキ、レイ、エリー、ケイの4人は、そろって女史の執務室とも言うべき部屋に集まっていた。部屋、と言ったがこれを船室と呼ぶのは正確でない。ブルーを基調にした飾り気のない部屋はしっとりとした雰囲気をかもしだしていたし、そもそもこのエスパッション号自体が“船”ではない、可動性の基地(ベース)なのだから。
「はーい、女史」
最年少、今年12歳のケイがなんとも愛くるしい声で答える。
サキはこの子を見るたびに思うのだ。このと言ったってサキと2つ違うだけなのだが、(うっそでしょ〜〜〜。わたし12ん時だってこんなに無邪気じゃなかったよーーー)。……。
栗色とこげ茶色の中間あたりだろうか、髪と同系色の瞳がいかにも素直な性格を思わせる。やはり3歳この方宇宙空間で純粋培養されていると、こういう子ができてしまうのだろう。
「まず」とエリー(エリザヴェッタ・アリス・ドン=レニエータ!)が話を引き次ぐ。
「ジースト本星の周回軌道に乗った時点で、あたくし達4人は各自別れて行動する事になります。ケイは御両親のエレンヌ大使夫妻の乗っていらっしゃる船へ移動して、そちらの資格で入国。  これは年齢が足りないからですが、あたくしとサキ、サキは少し変装しなければなりませんわね  あたくし達は女史の秘書兼身辺警護(ボディガード)という事になりますわ。そして……」
「あたしとミス・クラレンが留守番さ。」とレイ。
ミス・クラレンはソレル女史の私的秘書(プライベート・セクレタリー)だ。今はソレル女史のすぐ後ろにひかえているが、身障者排斥の風潮が強いジースト上流社会に降りて行くのは、いくら賓客扱いとは言っても安全ではないだろう。彼女は盲目なのである。
「はっ」レイが両手をホールドアップ、といった感じに開いて、行儀悪く椅子を後脚立ちにした。どうせ留守居役などと言っても、着陸してから頃合いを見計らってさっさと地表までテレポートしてしまうもぐりこんでしまう心算りだが、元ジースト帝国人で帝国最大のお訪ね者であるレイは、正体がバレでもしたら“安全でない”どころのさわぎではない。見つかったその瞬間に最高の悪意をもって帝国警察に迎え入れられるだろう。レイはそんな自分の故国の状態が腹だたしくてならないのだ。
 レイとエリーはすこぶる仲が悪い。レイにとってブルジョア階級とは“敵”の代名詞に他ならないし、まして王侯貴族の娘ときては何をか言わんやである。そして、エリーにはレイの粗暴な態度とむきだしの敵意がなんとも我慢¥まんできないのだ。
今も、レイの悪意は転嫁してエリーに向けられていた。
《何ですの!? その眼は》
《眼? 眼は目だけどね。あんたちっとあ普通の言葉使えんの?》
エリーがぐっと詰まる。テレパシーで二人だけにしか通じない会話だったとは言え、顔つきを見ればまわりの人間にわからないはずがない。
しばし、気まずい沈黙。慌てたサキとケイが同時に口を開いた。
「ま、まあまあレイ……」
「それで? 女史。そこから後の予定は変更ないの?」
ソレル女史がケイに合わせて本題に戻る気配を見せたので、その場はひとまず治まったが、レイの凄じい目つきを見て、いつエリーがかんしゃく玉を爆発させるかとサキは気が気ではなかった。
……ったく☆
 
 結局、ソレル女史はたいして予定(スケジュール)を変更する気はないようだった。
着陸まであと3時間。ケイは若い航法士の一人に送られて、使節団の母船に乗っている両親のもとへ小型船で「お引っ越し」して行った。
レイは、仲の良いサキがここ当分エリーと組んで出歩く事になるのが気に喰わないらしく、すこぶるヒステリックな顔で自室に引き上げてしまっている。
「さ、サキさん」
反対にエリーはひどくうれしそうだ。彼女はまだエスパッションに加わって間もないので、一番友好的なサキと行動できるのにほっとしたのだろう。ま、レイと組んだらどーいう事になるやら察しはつくが。
「あたくしはこれでも16歳にしては大人っぽい方だから良いのですけれどもね、あなたはまだ14歳で就職年齢に達していないのでしょう。身分証明書は偽造してあるのだから、奇異に思われないよう少し姿を変えなければなりませんよ。」
サキはエリーの口調に思わず苦笑した。考えてみれば、ひと月前にエリーがやって来て以来、2人っきりで話す機会はこれが初めてだ。
小国とは言え一国の王の長女として目一杯気位高く育って来たエリザヴェッタは、連邦屈指の科学者であるソレル女史に対しては非常にいんぎんで社交的な態度を取るが、大使夫妻の娘のケイはともかくとして、代々西欧諸国家では蛮族と見なされて来た東方騎馬民族の血をひくサキや、故国では(いわれのない罪ではあるけれども)返逆罪で最高刑が待っているレイを相手にした時、どういう態度をとるべきなのかさっぱりわからずにいるようだった。
へりくだった口をきいてみたり、今のように侍女をさとすような口調になったり、下男に命令する声音を出してみたり、いろいろするのである。
 時代錯誤(アナクロ)だ、とサキは思う。地球において全ての身分制度が禁止されてから既に半世紀はたっているのである。祖父が、アイン族(ヌウマ)最後の族長として統一政府と戦った時代だ。
「ねえ。」 たいして考えもしないうちに、声の方が先に口に上った。
「わたし達がソレル女史について一つの目的を仕上げようとして集まって来ているのである以上、わたし達は“仲間”だと思うんだけど、どう?」
突然の質問に、明らかにエリザヴェッタは面喰らったようだ。
……「あたくしは、これまで他人(ひと)と対等な交際、というものをした事がないのですわ」
いきなりへりくだった口調になる。あーもうやだ。頭痛がして来る。
サキは頭をかかえこんだ。う〜〜と一声。うなる。
「いいや、いいよ。要はお化粧しろって言うんでしょ。面倒みてよ。」
そして何か、エリーの顔がとてもなつかしいもの  どうしても思いだせない  に似ているように思われてくるのだ。
その後長い間、サキはそれを思いだしたくて記憶巣をさぐりつづける事になった。
 
 
 
 
 ジースト到着時点から始めて、ミステリー風に描写を続けながら続々挿話をぶっこんで行き、リア、サキの恋、レイの想い、過去回想など全部通してオーダの事へうづく、ひとつのミステリー大系。

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