○星火祭
×星炎祭
 
 
     星  火  祭
 
        みほしまつりのなつ   
 
 
 
                    柊実 真紅
 
 
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 ながく厄介だった事件もようやく片(カタ)がつき、とたんに気が抜けた  と、いうような時には野郎どものほうが回復が遅いらしいとみえる。ベッドになついて丸一昼夜、それぞれなりに服装を整えて、起きだしてきたのはまずは女性軍ばかり五人だけだった。
 「あら早いわねレイ、おなかすいたでしょ?」
 あまつさえ人より先に目覚ましをかけたらしい、この船の“主婦”なぞは白いエプロンも清々しく、ひさかたぶりのお手製パンの香りが絶妙のタイミングで胃袋を刺激する。
 たっぷりカップの合成飲料(ティレイカ)やミルクティー、各自の好みでとりわけ式の、肉やらエプやら卵やら……
 「ヒマなったねー、いきなり」
 休暇の朝一番の会話がこれだった。
 「あたしなんか仕事、辞めちったんだぜ」
 「それはみんな同じよティリス」
 「あたしもー。休学届けがあと半年も残っちゃったのぉぉ」
 「なんか、あんたら、奴らが捕まったのが残念みたいだな」
 片肘ついて手づかみで野菜を食う、レイの機嫌が悪いのはサキがまだ起きてないのを気づかってのことだろう。
 「あなたたちが引っぱってくる“事件”なんていうのはね」
 エリーが焼きあがったトーストの補給をしながら言う。
 「あたくし達、慣れっこになってしまって」
 ホットミルクのおかわり。
 「あってもなくても今更のことなのだわ」
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
 「そーゆー人間を護る側の身にもなってくれ……」
 がっくりと、疲れたようなポーズを装ってみっつ目のパセリの束にとりかかる。
 肉類に手が出せないというのは、やはり、まだ相当にからだの調子が悪いということなのだろう。レイは野性の獣とおんなじで、薬はとらずに植物で病気を治す。
 一歩、間違えば生きてここにはいなかったはずの彼女だ。
 そんなことは誰もがよく承知していたけれど、たかが、なのである。いちいち感慨に浸っていたらばこの航宙船(ふね)の生活では身がもたない。ましてや全員が、常時命を狙われていたのだ。
 数ヶ月間もの半人質状態から、ある日突然解放されて、事件究明のために走りまわる必要も当座はなくなったとすれば  
 茫然自失の虚脱感。
 すぐには平穏な暮らしに戻れやしないのが、ひとの情動の常(つね)ではあった。
 「う〜〜〜ん。ヒマ、だあぁぁっ!」
 フォークを天につきあげて自己主張する、その背後で、
 「労働中毒(ワーカホリック)。」
 ひとことぼそりと地に蹴落としたのは、毎度おなじみ主人公なのだった。
 「サキ!」
 「あ、戦闘(トラブル)嗜好症とも言うなァ。……傭兵部隊にでも入ってみる、ティリーさん?」
 「サキったらどこへ行くつもりなの?!」
 エリーが叫んだ。
 普段着に、大きめのショルダーひとつ。
 昨夜命を落としかけたナンバー2、それでなくとも一番疲労していた彼女の、見れば確かにいつもの“旅仕度”ではあったのだったが……
 「ちょっとね。地球に帰ってくるよ」
 こともなげに言いおいて立ったまま、ミルクティーを飲みほした。
 「地球(テラズ)へ!?」
 「うん。部族のお祭りがあってさ」
 と、いうからには極東草原だろう。
 民族自治区は同時に、広大な自然公園でもある。
 「五分待ってな」
 レイが素早く戸口に向かった。
 「きゃあん、三十分。お願いいいっ」
 ケイが叫んで走りだせば、ヘレナもティリスも、食べかけを呑みくだして慌てて自室に戻る。
 「えーっとっ」
 五分、程度ならともかく、そろそろ星間便の時間がと、うろたえる長身の少女の前にエリザヴェッタがお盆(トレイ)をさしだした。
 「あ、食事はいら……」
 「一時間、待っててくださるわよねぇ」
 にっこりと、大輪の 蘭 水芭蕉 白百合にも似て、サキは渋々とセリフの続きを飲みこんだのだった。
 
 
 とどのつまり小型艇ごと瞬動(テレポート)をかけてしまえば宙港までなど所用0分である。こっちはサキとレイという二大エスパッショノンをかかえているのだ、恐いものはない。
 「あんたたちって便利だったんだねェ」
 「どーゆー意味だ……」
 「遅刻防止用近道。」
 短い青髪の頭をかかえる。いまひとつ新来のティリスに対する驚異といおうか苦手感覚が抜けきっていないレイである。超能力(エスパッション)というものの実在を知ってまるで動じない普通人というのも、神経回路が並ではない。ヘレナはもっと、知らされた当初は困惑していたものだが。
 「まあまあ」
 そのヘレナがティリスをひきずって行き、疲れきっているレイはエリーがせきたてた。
 実のところ、おちょくって遊ばれているのだとは、気づいていないのは本人だけである。
 IDカードで検疫と出国手続きと。
 地球圏まで十八時間の船旅はいつもの通りなにごともなく過ぎた。
 
 「一般船室にしましょう。その方が目立たないわ」
 言ったエリーのセリフはもちろん、逆に、とか、かえって、とかいう意味だ。VIPはVIPの顔を知る。休暇の間中またいつかのように、記者だの求婚者(やじうま)だのについてまわられたのではたまらない。
   彼らはそもそも、とある著名な科学者のもとに超越能力者の研究という名目で集められたスタッフ達だった。むろん、世間に対してはそんな能力が現実に存在する、実在はおろか、博士の研究所自体が極秘にされている。
 いずれ、もっとも着実な方法で、社会への公表と市民権の獲得を、というのが、全国の隠れエスパッション達を探し出しては秘かに連絡を保っている、特にサキの、目標だったのだが  とまれ、科学者の秘密、なぞというものは裏街道のいらぬ誤解をうける。
 スパイやら特殊部隊やら、降りかかる火の粉を払っているうちに

 
 
 さあらさら……

 古代の謡(うたい)のひびきのとうりに草原のうえを風が吹きぬける。

 さあらさら……
 むかし むかしのものがたり……

 「広いわねぇぇ」
 だれかの呟やきに、舞のかたちをとりかけたサキの指がとまった。
 「怖い?」
 「ケイは宇宙船生まれだもんな」
 「大丈夫よ……でも」
 「こうして見ると、つくづく水の豊かな星だねぇ」
 「本当にこんな所があるんだねぇ」

 
 リスタルラーナ星間連盟首都惑星から地球まで、何万スランという距離も、いまでは片道わずか十八時間。船旅はいつもの通りなにごともなく過ぎて、ところが、そこから先がおなじくらい長かったのだ。
 極東草原地区に一番近く、隣接して建てられているシソカ市まで民間航空機で六時間。そこで一泊して、出身者のサキはともかく、他都市の人間やら、レイ、ケイ、ティリスといったまったくの異星人達が民族自治区に立ち入る許可をとりつけるために、半日。
 (結局のところサキの“顔”が通用したけれど  これは、実際、異例のことなのだ)
 磁性列車とエアローバーを乗りついで、目的地のサキの生家にたどりついたのは、さらに次の日の午前になっていた。
 「秘境〜(田舎)」
 「驚異の世界っ」
 「まだ本当にこんなところがあるのねぇ……」
 等々。
 機械と文明にかこまれて育った四人娘たちは行路のあいだじゅうきゃあきゃあと騒いでいたが。
 海港都市シソカから長い長い傾斜地をよじのぼり、極東の、草の高原のはじまって数キロのところに、サキの生家は建っていた。
 白い、小さな館(やかた)である。
 見渡すかぎりの草の原、そのただなかに、塀も門もなくすらりと緑のなみに洗われている。
 「マハール廟のようだわ」
 すでに失なわれて久しい遺跡の名を、写真で思いだしてエリーが呟いた。
 「似たようなものかもね。いまは母さまが眠っているし」
 「“灰色の貴婦人”が?」
 「ここは、部族最後の祭祀のあった土地なんだ」
   地球現代史の幕あけとなった、その事件を知らない者はないだろう。かつてここは二度にわたって世界を動かす舞台になった。いずれも主演は一人の女性  サエム・ラン=アークタス、あるいは蘭家の冴夢と呼ばれる、伝説の最後の巫女王である。
 「ここは、部族最後の祭祀のあった地なんだ。普通はもっと御山(みやま)にちかい辺りでやるんだけどね」
 「で、その御山とやらまではどうやって行くんだ?」

 
 
 
 
 
   さあら さら
   さあら さら
   むかし むかしの ものがたり
   死ぞ過(か)し往きて 還りこず
   ただひとなみの 白き骨
   うたうはされど 恋人か
   木々の梢えの枯れわたる
   鳴き 泣きゆきし 神鳥の
   ひびきの明日こと地につかん
 
 
       人の世の知らぬげに
          草原はただ 風の楽土  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   エリー、ケイ、ティリス、ヘレナ、レイ

   ここでの生活は身がもたない
 
   たけたかい草の荒原は夏。
 
   生女神、巫女王、斎姫、祭司
 
 
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