sect.1
 
 なんでだろうと思った。始め、好が俺にちょっかいをかけはじめた時。
 だっからBとAB型の親なんて嫌いだ。別にねー、放任主義も結構ですけどねー、
 転校初日の思春期の息子を、朝、起こしてくれるくらいしたっていいじゃないか薄情者っっ!!
 ……おかげで、2日間、学校へ行き損ねた。
 
あらおまえ、学校どうしたの、くらい云いそーだなー、ここん家の親なら。

 
 あ〜あ。
 K県は都会のY市からいきなりド田舎……でもないけれど旧へーな空気のどどん、と残っている土地に引っ越しさせられて、自慢じゃないけどバリケードにできてるとはお世辞にも云いがたい俺の神経、かなり緊張してた。それでも花の中学1年生!の初日のゴタついた雰囲気に最初っから紛れこんじまえば“転校生”に向けられる奇異の視線もかなりは緩和もできようかってもんだ。なのに、俺が初登校したの、3日目だぜえ〜〜っ☆
 ええいっ! 俺は珍獣(パンダ)でも一角獣でもBEM(バッグアイドモンスター)でもないわいっ!!
 他人の視線が集中する、とゆー俺の最もニガテな事態に老い込まれ、ますます慣れない事に男女ともにから結構人気も出てしまったりして、環境適応不良のままひきつり笑いで世を過ごすこと1ヶ月! 1ヶ月もの間、不特定多数の相手から不特定多数として適度に愛される、などという境遇に耐えたんだ俺はっ!
 うっうっうっ。不得手なんだよー、これは。俺は特に親しい相手を作るか、さもなけりゃ1人がいい、ってタイプなんだから。
 そんなある日のことだった。
 定期的そううつ症状こと5月病も兼ねて、昼休みと自習時間とが重なったのをいいことに、ふら〜っと、そう、学校の裏山を散歩してみるつもりだった。緑がきれいだったから。
 緑、みどり。いや、“青葉”てのは本当にあるんだなー、ゆうのがその時の実感だった。Y市では、春を探そうと思ったらあっちこっち血眼になって街路樹あるきまわって、比較的廃ガスにやられてないとこ見つけて、やっと、あ、春だ春だ。ができるんだってぇのに……ここじゃそこいらじゅうにごろごろ転がってるんだもんな。
 なんて言ったらいいのかなあ。それは、ホントに“新緑”なんていう若葉の1部分を見つけて大げさに感激してみせる、ようなケチくさいシロモンじゃなくて……“青葉”が山ごと……どころか1山いくらのバーゲンセールで本当に無造作に呼吸している、って事なんだ。
 だから山歩きって好きだよ。俺自身は、それほど体が丈夫でもないし、ハードな登山とか不便な山小屋の生活には、耐えられそうにもないけど。暖かい山、が限度でちょっと厳しい顔されたら手も足も出ないだろうとは思うけれど。
 ……10分ほども歩いて行くと話には聞く市内観光むけ名所の滝がある。平日のこととて人気はなくて、センスのない滝名やら由来やらを記した安手の看板がちょっとイヤだったけれど……滝は滝。
 や、今日は。初めまして。俺だったら、そう貴女(あなた)の名前は……
 う〜ん。ま、いいや、保留にしとこ。
 その時ふっとなにかの気配に呼ばれたような気がして、俺は足の向くままに上流をすこし外れた方向へ歩いていった。
 ポケポケと梢の空気を楽しみながら行くと進行方向に誰かいる。待ち構えてでもいるような姿勢でこっちの方を透かし見て。
 あう☆ 嫌だな〜お。せっかくの久しぶりの1人っきりを楽しんでた所だのに。帰ろーかなー。だけど案外“お仲間”で、友達になれそうな人かも知れないし…… でも……
 例によっての優柔不断をし続けるうちに足は惰性で勝手に動いて行き。
 気がつくと、すでに俺は、そいつの領域(テリトリー)の中に踏みこんでいるのだった。
 「サボる奴には見えなかったがな、転校生」
 「さっ、サボりじゃないやい。5校時目、自習になったから、だから……」
 わ、タバコ。わ、不良!
 嫌だやだやだ、どーもどっかで見たことのある奴と思えば、転校初日にあげ足とられて、後で見るからに優等生ヅラのおためごかし連が、あいつには近づかない方が身のためだよとばかり、御忠告下さった当の 本人 相手じゃないか。わ〜〜★
 「5校時目? 桂木(かつらぎ)どうかしたのか?」
 「か、風邪だって。」
 「ふん、じゃ後で自宅(そっち)行くか。今日はもう学校に用はねぇな。」
 「今日はって、だって、おま……きみ……だって、午前中にだって居なかったじゃないかっ」
 「それがどーした」
 「どーした……って、そっちこそサボりだろっ!」
 うわ。まず。
 こんな人気(ひとけ)の無い所で不良(ふりょー)さんガンつけていいもんだろーか。呼んだって誰も来そうにない所なのに。そりゃ、昔っからイジメられっ子だったから殴られるのは慣れてるけど。にしてもこいつ腕っぷしは強そーだなー、身長なんて殆ど高校生なみにあるじゃんか、総身にまわりきる知恵があるかは知らんけど、あれ、こいつ、こんな所に本なんか持ち込んで来てやがる。学校フケて煙草吸いに来てたわけじゃないのか?
 そいつ……杉谷の左眼が狂暴な光を帯びてすぅっと細くなる。
 「おまえ…………」
 殴られるのはイヤだ。これはもう、叫ぶっか、ない。
 「わ〜〜っ!! ハインライン! きみS・F好きなのっっ?!!」
 へっへっへっやったね、ペースを乱してやったね、と喜んでばかりいられたのも束の間だった。ともあれその時は、
 「おまえ中学生(ガキ)のくせして英語の題(タイトル)読めんのかよ」
 「(なんだとそっちだってガキじゃないか)母親がもと国連所属の看護婦だかんね。一応初歩の英会話ぐらいは小学校で叩き込まれたよ。」
 て会話だけであと切りあげて逃げ出せたんだけど。それからが問題。(……今にして思えばあの時おとなしく殴られてやってた方が俺の一生ははるかに平穏だったのではないだろーか。)
 本当に、何でだろうと思ったね、急につきまとわれだした頃。
 つきまとうって云ったって好(こう)のことだ。他の、俺の混血(ハーフ)の外見や転校生に対する好奇心から、磯原クンお弁当食べましょー、磯原一緒に帰ろうぜー、の仲間に入って来るわけが無論ない。そうではなくってじゃあどうされたのかって云うと、別に、変わった事って何もなかったんだよなー。
 ただ、それから、ふっと気がつくと奴の視線がこっちを必ず捕らえてやんの。それも、ただ視る、なんて生やさしいもんじゃない。じいいぃっとばかりに、観察してやがる。担任の桂木センセと割に個人的に親しかったみたいなんで、勝手に人の成績やら、家族構成、前の学校での事、調べあげたりして。
 最初はやっぱ腹が腹が立ったね。直接こっちに尋けばいいだろー、とか、つっかかって行ったりしては鼻であしらわれて。どーせ俺は動物園の熊なんだと思って、スネたし。
 夏服になって、肌寒い程の梅雨時を耐えしのいで、ようよういきなり暑くなりはじめた、7月。
 「おまえS・F好きなのか?」
 教室のドアの所ですれ違いざまに杉谷に尋かれた。しっかり、左手に俺の図書カードぴらぴらさせて。
 「……どっちかってファンタジー寄りなのはそのカード見りゃ判ると思うけど?」
 「家にルイスやらル=グィンやらの原書がかなりあるぜ?」
 「!!」
 「……読みたけりゃ、今日の午後、家に来るんだな。」
 「読み……たい……けど……」
 逆接の続きを考える暇もあらばこそ。言うだけ言っちまうと既にそこに好の姿はある訳もなかった。
 断じて。
 行く気はなかったんだぞー、俺には。けど、学校から帰るには、1本道だったし、臨時の図書委員会で30分ほど遅れて、下校しようとするところを待ち構えられていたんじゃ、俺でなくたって…………
 ……えぇ〜い、全部どうせ俺の薄弱すぎる意志がいけないんだ。悪いのはみんな、俺なんだっっ!!
 「なにをうなってる。」
 「べつに。」
 おさげにエプロン姿の(考えてみりゃ今と変わらんな、)ユミちゃんに出会って、ヌケた話だけれど兄妹みくらべて初めて色の白さは混血(ハーフ)のせいだったのかと気づいて……
 ユミちゃん。混血(ハーフ)。俺と同じ2分の1。
 まだ小4だった妹姫が俺になついたと見るや、その晩のうちに奴はさっさか外泊しに出かけて行っちまい、俺は初めて自分が観察された理由をさとったわけだけど……
 可愛かったよ。男ばっかり4人兄弟の末っ子の俺としちゃ。くるくるっとして元気のいいのが本当の妹みたいで、責任感が刺激されて。
 ……だから好が俺を見ていた訳は解る。夜遊びがしたくて、だけど妹を1人っきりにさせるわけにもいかなくて。好が俺を選んだ訳も判る。同じハーフで、いざとなればブロークンながら英会話もこなすから、典型的帰国子女言葉の姫君の守役には最適。
 ……だけど。
 それだけ、なんだろうか、たったの。
 
 なんだかんだとつき合い、つきあわされ、滅茶苦茶な喧嘩騒ぎに巻きこまれ……酒煙草の類まで半ば強引に覚えさせられた、最初の1年間。
 だけど、好、知りゃしないだろう。俺、ユミちゃんは、好きだよ。それでも。
 中1の俺が小4の女の子(ユミちゃん)とつきあいたくておまえの無理難題に(ギャアギャア逆らいっつうも)ついて行ってた訳じゃない。おまえのやる事なす事、もの凄い反発ももちろん覚えていたけれど。それでも、俺は、おまえが…………
 
 偏よった育ち方をした俺にとって、杉谷好一って奴はどんどん“親友”という言葉の重みを、増していく存在だった。なのに、そいつには、外にもいくらでも……
 いくらでも俺より話の判る知り合いがいるんだもんな。
 ……そんな中途半端な状態に、気づいて、俺が長いこと耐えていられる筈も……なかった。
 
 好。俺は、単に便利なだけの存在なのか……?
 
 
 
     sect.2
 
 「……嫌だよ! 俺は!!」
 理由なんかもう覚えちゃいない。もともと大した事じゃなかった。ただとにかく爆発しちまったんだ、たまりにたまってた、奴への欲求不満。
 それは、単に“もっとかまって欲しい〜”式の、今おもえばガキの単純ないさかいだったのかも知れない。それにしても俺にとっては、他人に、はっきり自分の欲求や感情をぶつけるなんてのは初めての行為で……
 で、自分でもなに口走ったものか、覚えていないんだよね、よくは。
 ヒマな土曜日放課後の、夕方も遅くに連れだって帰る道すがら。人気の失せた校門を出るあたりから俺の突発的発作性愚痴り攻撃が始まって……だから、その日俺たちは前後に遠く離れて歩いていた。
 
 7月、2年目の1学期ももうそろそろ終りという時期だ。
 良く晴れ渡った暑い1日で、カラスが編隊くんでお家に帰ろうってぇともう7時近い時刻になる。無論、どんな運動部だってこんな辺境にある学校である以上、とっくに終って生徒は帰してる。……
 何故だかひどく追いつめられた気分で、言いたい事をとにかく全部言ってしまった後、好は、なにやらもの凄く怖い形相をしてズンズン前へと行ってしまった。俺はといえば、ま、虚脱状態。暗〜い顔をしてホケホケ歩いていた。
 町のドンはずれにある中学から市街地まで出て行くには1本道だ。日中は1時間に3本バスも走るけれど普通は歩いて30分。その、結構幅はある隣りの市へと通じる道  両脇は森。
 鮮やかな夕焼けが辺りを染めあげようとしていた。カーブや起伏の多い道路があかがね色に鈍く光る。
 夏の、丘陵地帯の逢魔が刻(とき)。
 不意に。直ぐ俺の後の小高い峠からダンプが1台、事故の名所だとは思えない猛スピードで現れ出た。直線下り坂コースをかっ飛ばし  
 (危ないなァ)
 横を通り過ぎる1瞬、俺は気づいちまったのだ。運転手、寝てる。酔っ払い運転。
 (好!!)
 ひとり先を行く好は直線コースの向う、ヘアピンの外側を歩きはじめる所。
 まきこまれる。危ない。カーブの下は崖だ。
 叫ぼうとして声が出なかった。呼んだとしても、いくら好でも、手遅れだった。逃げられない。死。
 難所での車の轟音がおとろえないのを、いぶかしんで好がふり向く。鋭い眼が一瞥で事態を見て取り  
 逃げられない。大型トラック。
 恐怖心なんて本能、欠落してんじゃないのかと思っていた奴の顔に、俺ははじめて驚愕が浮かぶのを見た。視た   と思った。その時には、好は既に車体のかげになっていたのだから。
 時が、凍った。
 
 
 
 
 
(……続……きは未だ、書いて無い……☆) (^◇^;)”

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