黒褐色の渦まくくせ毛が布団のはしからはみだしている。
 子供がひとり、寝ていた。
 いや、ぼんやりとだが目覚めてはいるらしい。ながいまつ毛にふちどられた濃い茶色のガラスの丸窓瞳に、まくらもとの窓ごしのぬけるような春の青空と、まだ三分咲きの白い山桜の梢が映じて、ちらちらと揺れている。……
 

 
 この街は、いままで住んでいた横浜よりも、寒い。
 早ければ卒業の時期には花吹雪の散りはじめる海港都市とはちがって、の染井吉野の並木道とはちがって、標高の高いここでは、入学式も済んだこれからが、いよいよ花見のシーズンなのだ。
 

 
 子供はまだ、意識がはっきりとは目覚めてないようだ。
 
 「清?」
 
 すえの弟の枕元を、広はそっと叩いた。いくどか瞬いてようやく焦点の合ってくるその表情を探る……今日は、具合がいいようだ。
 
 「時間、わかってるか? 起きるか?」
 
 
 

 
 ♪ のぺしゃんしゃん

   とわてんてん
   
   のぺしゃらてん ♪
 

 
 
 山あいをぬって奔る銀の清流を、囲むかたちで発達した盆地の、街道沿いに城下町、をもとにして拓けた大野市は、東のきわで山岳地帯の国立・国定公園に隣接し、往時よりすたれたものの、
 
 
 山あいをぬう一筋の清流を、囲むかたちで発達した盆地の、特産は日の木に杉、木材に炭、草の実で染めた手織り布。気性の荒い木びきの男衆、情の細やかな桑摘みの女たち。
 童は野山を自在に駆せめぐり、
 戦乱の世も年貢と飢えの苦しみも、知らぬげに生き続けるこの小さな山国を、代々の在の者たちは《善き野(おおの)》と呼んだ。
 
 ……やがて、馬籠の通った川沿いの街道にはじめての鉄路がはしり、汽笛がひびき、いつしかまたディーゼルへ、電車へと移り過ぎる足早な時節のなかを……
 
 変わらずに伝えられる、この野にはひとつの心があった。
 
 
 

 
 ♪ 久坂、長坂、
   はより坂〜 ♪
 
   はのせっさい♪
 

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