2.十数年後。隠雀族出身の戦奴として飼われている戦士ベルガ。
 
 かつての砦城地には今、皇帝の広壮な“総督行政府”が構築され、一応の完成と更なる拡張を祝って今日は盛大な祝典の張られる日である。ベルガも常の獄舎から連れ出されて、総督府の前庭で、かつて隠雀の男達の腕前を誇りあう儀式であった“バッファローならし”を、久方振りに実演させられる手筈だった。
 その事を聞きつけたすばる、「食わしておくれ」と云ってどこからともなく現れ、後宮の下働きとして生活しているまだ幼い少女だった。周囲の下女たちも殆どが穏雀族である。そろって同族の拳闘士に声援を送りながら、時折り夜の酒宴にそなえて美女狩りにやって来る下級捕吏司たちの目をさけ、応援と非難とに使いわけるしきたりの、真ン中で赤と黒に染めわけられたヒモを数本集めてその場を抜け出す、すばる。『貧民・隠雀族 立ち入り禁止 』の場所をかいくぐってベルガの姿を捜す。
 いない。
 やっと場末の小さなオリに他の隠雀たちとつながれているのを見つけ、「ベルガさまは今日のバッファローならしにお出になりますか。もしそうなら、わたしを助手にして下さい!」「勝算はあるのか」「はい。」それで全ては通ずる。全国に散らばった隠雀とそのシンパを集めて反乱を起こすとすれば、その首謀者たりうるのは今ではベルガしかいないのだ。(その割には粗末な扱い。)
 
 けれどそんな2人の会話から意図を察した番兵が1人いた。彼は外見(怪我の跡か何かを赤い毛糸帽で隠している)から性的なコンプレックスに陥っており、孤独で、思想的に仲間とも上手くやっていけていない。
 ベルガの出番を待ってブラブラし始めた美少女・すばるに、「寝てくれとはいわない。一緒に風呂に入って、体を洗わせてくれるだけでいいんだ。」 引きかえにベルガ逃亡の協力を申し出る。
 「だってあなたを信じていいの?」 問い返す、すばる。
 信じ、そして、「少し待っていて。」
 中央広場へ向かって駆け戻って行くすばる。途中で“皇帝”の御車が着く。ひれふしながらも、じっと見守り。だが祭りもたけなわになる筈が、誰か重要人物の死、仮葬儀ということで、見物人たちは急遽、もがり場へ参列せねばならない事になる。事態の変化。
 様子を見定めた すばる は、作戦変更をつぶやいて再び後宮下女だまりへ。古着と例のヒモを編んでロープにしたものをいくばくか、集めて、ベルガのもとへ戻る。
 出入りの人気の無くなった今では、ベルガを人知れず連れ出す事は不可能だった。しかし番兵の多くも仮葬に狩り出されて行ったので、例の青年ともう1人の他は誰もいない。青年はすばるの姿を見つけるなり、もう1人を殴り殺してしまった。
 安全な処理法を知っていると云って下水溝へ流す青年。小雨がふりはじめる。すばる、「この人にも親兄弟がいるわ。」 めいふくを祈る。
 ひとまず青年の宿舎(もしくは兵員専用のセルフサービスの淫売宿)に身を隠したベルガとすばる、青年。すばるは例のヒモになにごとか書き記し、こよりにして、他の数本と共に何か複雑な形の編目に編みあげる。
 青年が外へ見回りに行っている間に  「その間にあんたたちが逃げちまったらどうする」「あたしはあなたを信じたわ。あなたはあたしを信じてくれないの?」  自分の服を脱ぎ捨てて古着の包みを作り、その中に例の編目をも入れて、地図を広げ、
 「側門から1〜2kmのところに小さな街があるわ。その街の、ここよ、“がるもん”という店の裏口から入って、『すばるの洗濯物を届けに来た』と云って頂戴。後はそのバーテンが全て望みをかなえてくれるわ。」
 ベルガは娘の予想外の能力に驚きながら、「おまえはどうするのだ。」
 「いっしょに行っちゃったらあの人との約束が果たせないでしょ。かといって待っててもらったらあなたが逃げそこねてしまうかもしれない。」
 「なぜそうまでして、おれを逃がしてくれる? おまえは隠雀ではあるまい。」
 「隠雀よ。少なくとも心はそうだし。本当にそうなる筈だったわ。本当は、わたし、あなたの娘として生まれるのだったかもしれないの。」
 驚きながらもベルガは去って行く。
 青年、全裸でいるすばるを見て、「本気にしなくてもいい。」
 すばる、「何故? 約束は約束だわ。」
 おずおずと、すばるを愛しながら、自分も“彼ら”の仲間に加わりたいが、1兵卒とはいえ皇帝の兵ではスパイと思われるのがオチだろうという青年。すばるは青年の手に入れて来た上物の服に手を通しながら、「“仲間”にしてあげる。」
 
 詰所に行って名乗る名は、
 昴(すばる)・白礼亜・跡見来流(アトミラル)……。
 
 
 
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