はなしの始めにさかのぼれば、それは二月のまだ寒い夜、おやじの、転任が、決まった。
 「まあ、じゃ、やっぱり本当になりましたのね」
 ちょっと古風で正確な日本語を使う異国生まれの母は心なしか嬉しそうにそう言い、かなりの田舎なその地方へ当然ついて行くつもりで、単語帳かたてに飯を食っていた俺は試験に受かればどのみち下宿の予定だったしと、わりあい冷静に受けとめた。
 複雑そうな面持ちでたがいに顔を見合わせたのは高校と中学の2年生をやっている、なかの良い三人の弟たちで、親父は例によって少し申し訳なさそうな物解りのいい口調で残りたいのなら何か手だてを考えるし自分達で決めなさいと、言う。
 しばしの沈黙のあと、みなの視線が集まった先では、
 「……ぼく、転校、できるのかな……」
 見ひらいた目をひたっと両親に向けながら、信じちゃいけないと自分に言いきかせるような、ここしばらくですっかり痩せてしまった六年生の末っ子が箸をもったままの細い手を胸に握りこむようにして小さく小さく、ポツンと呟やいた。
 「転校、したいかい?」
 中学の教師でもある父がおさえた声で尋ねる。その瞬間、残りの兄弟には全てが解った。このために両親は、住みなれた家からの引っ越しを受け入れたのだ……と。
 もちろん、末の弟、清にも解っていただろう。
 「ぼく、学校、行く」
 弱い声で、でもきっぱり言いきった。
 「ぜったい、行く。」
 ……そうだ。こいつは約束したことは必ず守るんだ。
 となりの席の
 
 
 
 
 

(第2稿)
 しんしんと雪の降る港の丘のよる、兄弟たちの育ったたいそう古い洋館には暖炉の薪のはぜる音が静かにひびいていた。
 「まあ、じゃ、やっぱり本当になりましたのね」

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