p9
 
 本来なら真里砂は、まず翼をつけた少年が出現したことに驚ろいて然るべきだったのだろう。しかし彼女は少年の背中の翼よりも彼のしゃべった言葉に気をとられていて、自分が有翼人を見ても驚かなかった事や、むしろ、あら!と思った程度であたりまえの事実として受け入れてしまった子との奇妙さにさえ気づくゆとりがなかった。
 その言葉は何か不思議なリズムと抑揚を持ち、生き生きとしていて、聞きようによっては少年が何かの歌を口ずさんだ、ともとれるような感じだった。
 そして、全く聞き覚えもないはずのこの言葉が、まるで生まれてこの方、使い続けているような自然さで真里砂の脳に伝達されたのだ。 真里砂には聞いた瞬間にその言葉が理解できていた。
 「  どうして  いえ、そうよ。え、え。そう。もちろんわたしは真里砂(マ・リシャ)……マーライシャに決まっているわ。」
 一人言ち独りごちたこの言葉は少年の質問と同時に自分の内部への技もに答える為でもあったのだが、いつのまにやら自分自身の声までが不可解な抑揚を帯びているのに気がついて真里砂は背中がゾッと鳥肌立つのを感じた。(わたし、前にもこの言葉を使っていた事があるわ!!)
   直感だった。理屈もなにもありはしない。それに加えて真里砂(マリサ)  マ・リシャ  マーシャ  マーライシャ
 (どうしてこれがわたしの名前だなんて思ったの? わたしの名前? え?! ?! )
 その時になって初めて、真里砂は自分が両親の本当の娘ではなかった事を思い出す始末だった。
 日頃あまりむつまじい親娘だったので、ともすれば自分の記憶の無さも髪の色の事すらも忘れきっている時の方が多かったのだ。
 それに、6年も前の事だ。
 「わたしは……マ・リシャ……マーライシャ店」
 では、ここは、わたしの故郷なのかしら? 緑の髪の人間がいて、魔法が世界を支配している……?
 真里砂はがくぜんとして突っ立っていた。
 だが、恐怖感よりは理性と好奇心の方がかろうじて勝った。
 それとも、勇気を保てたのは、初対面のしかも自分より年下
らしい男の子の前でしゅう態をさらしたくない  という、真里砂本来の自尊心の高さゆえであったのかもしれない。
 とにかく真里砂はもちこたえた。
 
 
(つづく)           .

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索