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 真里砂は何か不安になって、このまま自分の心を好きなようにほうっておけば、ひどく感情的になってしまうに違いないと思いました。
初対面の、それも自分より年下の男の子のいる前でそんな態度をとることは、好ましいとは思えないのだし、何がおこっているのかもわからない今、客観的で冷静な判断力を失うことは、もしやして危険なことであるかもしれません。
「あなたは誰なの?」
こういう時は無難な方向に話題を変えて、心を鎮めるための時間をかせぐのが一番です。
少年はひどく慌てて、顔を赤くしました。
「無礼なまねをしてすいません。もし人違いなら大変だってそればっかり気にしてたんで……。ぼくはルンド家の第一子パスタ=クラダ。(自己紹介用の“ちゃんとした名前”はまだ持ってないんです)。父はこの森の鳥人(とりびと)族の族長だったんだけど、“会議”のすぐ後で病気で死んじゃって……、だから今はぼくの母が族長です。それで……。」
真里砂はすっかり楽しくなってその話を聞いていました。
耳まで真っ赤にして話すのね。それになんてメチャクチャな自己紹介なんでしょう。
“会議”やら“自己紹介用のちゃんとした名前”やら、意味のわからない言葉もずいぶんありましたが……。
「……そんなわけで、帰って来たあなたを最初に出迎えるって名誉な役がぼくのものになったってわけです。」
「帰って来た。ですって!?」
真里砂は少なからずびっくりして聞き返しました。
「もちろんあなたは『やって来た』と、言おうとしたのでしょうね?」
パスタはこの不意の質問にあきらかに気分を害されたようでした。
  ああ、それはもちろん、あなたが本当に帰るべき所はもっとずっと南の皇城、ルア(うるわしの)・マルラインだけど。ぼくが言いたかったのはティカースからこのダレムアスの土の上に戻って来たってことです。」
「ティカース……丸い地の国。……ダレムアス……大地の国……。」

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この二つは確かに聞いたことがあります。
丸い地の国(ティカース)が地球のことなら『ティカースからダレムアスへ……』、地球から大地の国(ダレムアス)へ帰って来た!!
「じゃあ、じゃあここは地球ではないのね!? それで……帰って来た。ということは、わたしはここの国の  ダレムアスの人間なの?」
パスタはそれこそもう完全に怒ってしまい、ぼくをからかってるんですかとすごい剣幕です。
そんなつもりではないと、真里砂は大慌てで謝りました。
こうなったら正直に話すほかはありません。
「ねえ、驚かないで聞いてちょうだいね。実はわたし……」
『記憶喪失』にあたる言葉を思い出すことができなかったので、彼女はしばらく言いよどんで考えていました。
「わたしには、ええと、昔の記憶が全然ないの。だから、ここがどこでいったいなにがおこったのか、さっぱりわからないのよ。……もし、あなたが知っているのなら、なにがどうなっているのか教えて欲しいの。」
「それは……本当ですか!?」
パスタは驚くというよりむしろ怖えているようでした。
真里砂にはそれがなぜだかわかりませんでしたが。
「残念だけれど、本当のことなの。わたしは地球で、普通の地球人として六年間暮して……自分gあ地球以外から来た人間

 
すると突然、森中に響きわたる角笛の音が聞こえてきました。
高く低く高く、危険を知らせるかのようにせわしく音色が変ってゆくのですが、それを聞きつけたとたんパスタの顔がさっとこわばりました。
「あの吹き方は“異変の笛”だ! 館で何が起こったんだろう!」
それから大急ぎで手に持っていた大きな袋包みを真里砂に渡して、
「ひめさま、ぼくはすぐに館に戻らなくちゃなりません。この中には着がえと(あなたは本当に変な恰好をしていますからね)当座の食糧、それに粗末なやつだけど剣が一振入ってます。きちんとした旅仕度はここから西に一週間行った、森のはずれの村に用意されてるそうです。
そこの村の旅籠屋の“雪白”のルスカさんと“里ぶどうの瞳”って人ですよ。それじゃっ!」
よほど慌てていたのでしょう。それだけ言うとパスタはぱっと翼を

                           P10.

ひろげて飛び去ろうとしました。
「あっ、待って!!」
真里砂はこの見知らぬ森に一人でとり残される事に恐怖を感じました。
それに……その村へ行くにしても、文字通り“西も東もわからない”のです。
パスタは持ちあげた翼もそのままに、もどかしそうに振り返りました。
「……いいえ、何でもないわ。旅籠屋のルスカさんの所へ行けばいいのね?」
「はい。」  しかたがないわ。わたしだって家になにかあったら、他のものはほうって行きたいもの。
「ありがとう。気をつけてね」
「マーライシャ様もお元気で」
あっというまにパスタの姿は木々の向うに隠れてしまいました。
さあ、これでわたしは一人ぼっちになったというわけねと、真里砂が思ったちょうどその時、後ろから雄輝と鋭の叫び声が聞こえてきました。
「オウイ、ま・り・さ・あ!! ドコニイルンダア !」
驚いたことに、真里砂には一瞬意味が解らなかったのです。
6年かけてすっかり自分の“言葉”になりきっていたはずの日本語が、です。
それから少し遅れて、“たった今パスタと話す時に使っていた言葉”に翻訳されて、意味が頭の中に入ってきました。
  わたしを探しているんだわ。でも、この調子では、わたし日本語を話せなくなっているのではないのかしら。
不思議なことが次々おこるので、少々のことで一々慌てふためいているわけにはいきません。
それに、ここが真里砂の故郷なのかもしれないのですから。
真里砂は試しに一声、呼び返してみることにしました。
 どうか日本語が出てきますように。
「ここよ!雄輝!鋭!こっちよ!」
森の中に響いた声は確かに日本語です。
ああよかったわ。雄輝や鋭と言葉が通じなくなったらこまるもの。
真里砂は、自分がまるで“不思議の国”に迷いこんだアリスみたいだわと思って心の中で笑いました。
そうでなければ“街燈跡野”のルーシイね。
 パパとママを除けば世界中で一番好きな二人の友達がそばにいると感じることで、持ち前の空想好きで負けん気の強い性質が顔をだしたのです。
とり残された不安などというものは跡かたもなく消えました。
むしろ、そんな不安を感じた自分が腹だたしく感じられるくらいで、
  臆病ね!あの二人が近くにいるくらい、もちろんわかっていたはずでしょう。  真里砂は自分自身をしかりとばしました。
あの二人と一諸なら、どんなことがおこっても大丈夫だわ。
考えてみれば、今おこっている“これ”こそ、いつも憧がれていた“冒険”ではないこと?
 
 
 
(☆森の中で元気に立ち上がる、半袖の体操着にブルマ(w)姿のマーシャの絵あり。シャーペン描き、色鉛筆塗り。)

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