真里砂は、はっとしてなって顔を上げた。「おい鋭! それ……」「おい鋭、それ  !」少し先で2人が追いつくのを待っていた雄輝が、尻切れるように問い返す。
「うん……」 悲しい時に時折り見せる癖で、少し首を斜めに傾けて鋭はうなずいた。
「そうなんだ。丁度こんな雪の日のね、バスケットかご生まれの孤児院育ち」
 悔しさと恥しさから、薄暗闇の中で真里砂の瞳に涙が光るのが鋭には見えた。
震えるようにわずかに唇が動いたが、ごめんなさいという言葉は声になって出ては来ずに、真里砂はそのまま黙って立ち上がると、歩き始めた。
 
 
 
     2. かがり火
 
 3人は歩いて、歩いて、歩き続けた。どこにも体を休められる場所は見つからず、一度立ちどまって真っ暗闇の中で真里砂の袋の中から衣服をひき出しただけで、ただ前へと進んだ。もう直進しているかさえも定かではなかった。
 完全な暗黒になってから更に1〜2時間。雪はいつの間にかみぞれまじりの冷たい氷雨に変わっていた。
 雲が厚くたれこめ、どこまでも真暗な森の中である。雨に打たれてぐしゃぐしゃになり始めた雪がなお一相、3人の足を冷えさせる。今は真里砂が先頭に立ち、袋は雄輝がかついでいた。
 その内に、それと気付かない程に細い野道に踏み入り、たどって行くと人間ふたりが並んで通れるくらいの幅でうねうねとどこまでも続いている林道にぶつかった。少しでも雨をしのぐためと万が一だれかが通るかも知れない場合に備えて、1m程の間をおいて木立ちの中を道に沿いながら、3人は下りの方向へと更に歩いた。
 
 二〜三十分もたって木々がまばらになり始めたのに気がついた頃である。急な葛折りの一つを曲がった途端、慣れていた暗いどこまでも続く森の姿は消えて、三人はかなり急なスロープの上に立っていた。
 夜目には真暗闇の中では殆ど見えはしないが、そこから先にはやや開けた谷合いの、良く区画された耕地が続いているようだった。
 「  森から出ちまったらしいな」 雄輝が言い、鋭が頼りない声であいづちを打つ。雨足が、激しくなっていた。
 
 
 
(つづく。)
 
 


 マーシャがおかしいという話から、「たよりのマーシャはあの通り……」の、雄輝と鋭の自分達に関する会話。


 
               .
 
「おいマーシャ、どうする?」と、うねうねと折れ曲がり折り返しながらスロープの下へと続く道を指して、雄輝までが自信なげに尋ねた。
 直ぐ道の先に、村らしき影と松明の炎が見える。ぐるりに柵を築いてめぐらせて大して大きな集落にも見えないのに物見やぐら櫓までが築いてあった。とてもではないが、こっそりしのび込んで納屋かどこかで一夜を過ごしたりはできそうにもない。かと言ってこちらは真里砂以外は言葉も違うし通じないし、服装も、もしかしたら髪や目の色さえ  真里砂の髪が緑である事を考えれば  異なるのかも知れない。 「マーシャ?」
 雄輝と鋭が異常を感じ取るより早く、真里砂の体はぐらりと傾いたまま、雨に打たれたスロープの草地に足を取られて、声もなくころがるようにして落ちて行った。
一瞬、他の2人には、まるで無声の恐怖映画でも見せられているような感じがした。
 「マーシャ!!」
 落ちて行く彼女真里砂の手を捕まえようとして、鋭は自分もバランスを崩して倒れてしまった。雄輝がザッと草をなぎ倒して、ころがった鋭の脇を凄いスピードで滑り降りて行く。
 「マーシャ! おいっ!!」
 気を失っている彼女を膝の上に抱え起こして、雄輝ははっとなった。追いついた鋭を振り向く。
 「  鋭。  ひどい熱だ  …」
 そこへさっと松明の光が投げかけられた。「アルダムないまン!!」(見つかった!)鋭は思わず体を固くした。
 (見つかった!)雄輝と鋭は観念して振りかえった。
 「アルタムないまン!!」
 松明を手に現れた武装した村人たちは4〜5人くらいだった。おそらくやぐらの上から降りて来たのだろう。黒や茶の短い皮の胴着に『古事記』に出てくるような型の厚手の布の下衣を着け、思い思いに上着をひっかけている。翼はない。一人はまだ少女と言っていい若い女性だった。更に、村の中が騒がしくなったと思う間に、手に手に弓やそして、全員が手に手に弓をたずさえていた松明をたずさえてあっという間に男女2〜30人が問から飛びかけ出して来た。(ひえ〜!)鋭が小声でつぶやく。村人達の間では、ざわめいているうちに報告と伝達が終わったらしい。顔役と覚しき人間が数人、皆をかきわけるようにして前へ進み出ると、後を追うようにかけ出して走り出て来た若者たちが松明をかざして3人のぐるりを取り囲んだ。
 
 
(つづく。) 

 アルダンないまム! 

 
               .
 
「いまム?! ……ディゑあるざ!」
声……おそらく誰何の言葉なのだろう……は、かなり厳しい調子だった。子供3人と見て安心はしたものの、警戒をとく気はないらしい。もともとケンカっ早い雄輝が(真里砂を抱いたまま)すきあらば囲みを破って逃げ出そう……と油段なく目を走らせているのに気がついて、鋭はこの上もなく慌てた。
 人類皆兄妹。鋭は平和主義者なのだ。その割には剣道をやっていたりしてケンカも弱い方でないのは確かだが、SFマニアである関係上、異種族が出っくわした時にいきなりドカンと突っかかる程、馬鹿な事はないと固く信じている。
第一、熱で気を失っているような真里砂を連れて、この冷たいどしゃぶりの中をどこへ逃げろと言うのだろう?
「僕は……」
害意がないのを精一杯見せようと、かじかんだ手の平を広げて肩の前に上げ(つまりはホールドアップだ)、半ばは必死、半ばはやけっぱちで鋭は前に進み出た。が……
「まいま!」
この一言で全ての状況が変わってしまった。
気を失ったまま雄輝に抱かれていた真里砂が、悪夢にでも襲われたのかいきなりうわ言で口走り、何かから逃げ出そうとするかのようにもがき始めたのだ。村人たちの目には、真里砂が雄輝の手から逃れようとしているのだとしか見えなかった。そのはずみに、ずれかけていた黒いかつらが外れ、短く刈り込まれた緑色の髪が松明の灯りに照らし出される。
「マ ダレムアト まりゅしぇやん く カラ!」
大地の国人(くにびと)の少女じゃないか! 一言叫んで、雄輝の腕から若者が真里砂をさらい出した。
「何をするっ!!」とり戻そうと必死に、前後の見境を失くした雄輝がつかみかかり、別の何人かに叩き伏せられる。止めに入ろうとした鋭の喉頸を、後ろから誰かが羽がいじめ羽交い締め式にしめ上げた。
「違うっ! 違うんだ。僕たちは……!」 もがこうとした鋭だったが、息がつまりそうになる目の端で真里砂が無事に女性達の手に引き渡されて、暖かそうな灯のともった大きな家へ運び込まれたのを見て、やめた。
その頃には雄輝は散々抵抗した挙げ句に斧の柄で強打されて気絶していた。
文字通り引きずられるようにして村へ入れられた二人の背後で、重い木戸門が音をたてて閉じられた。
 
 
(つづく).
 
「………………おかしいとは思ってたんだよなァ」
 ようやく息を吹き返した次の日の午後遅く、牢屋代わりらしい倉庫の屋根裏の薄暗い一隅で、雄輝はしきりにぼやいていた。
 真里砂の高熱に気がついてやれなかった事だ。
「あれだけ鼻っ柱が強くて弱音を吐きたがらない奴が口に出して恐いなんて言うし、おまえの手ははねのけるし。思えばあの時にはもうかなり具合が悪かったんだろうなあずい分と具合が悪かった筈だよな。……畜生(チキショウ)。もっと早く気がついていりゃ、無理して歩かせたりしないでおぶってやったのに」
「実際ああやって倒れるまでは、一言だって自分から言いそうにないもんね。マーシャは。根っから気が強いみたいだ。」と鋭。気が強いなんて生優しいもんじゃないさ、と磊落に雄輝は笑った。
「しかし鋭、真里砂の奴、結局おまえにちゃんと謝ったのか? あの時。」
……『あなたには解らないわ!』。いくら気が動転していたからと言って、ヒステリックにそんな言葉を投げつけるなど、普段の真里砂からはとても考えられないセリフだ話しだ。
「うん……。いや、仕方無いよ、あの場合」「……しようがないな、まったく!」雄輝は真里砂に向けて口で怒りながら、真面目に鋭の報へ顔を向けた。
「だけど、おまえのあの話が本当だとすると、俺は何度か気に障るような事を言っちまってたようだな。悪かった。」
 言われて鋭にももちろん心当たりはあったが、半月以上の前の事だけに、いきなり謝られるとかえって面食らった。
「雄輝はそんな古〜〜い事をわざわざ謝るのかい?」
 すると雄輝が意外そうに答える。「当然だろ? 何たって悪いと思うのと人を傷つけた事に関しちゃ時効なんぞないんだから。」
(……僕はとてもそこまでは潔くはなれない。) 瞬間的に表情に現れてしまった鋭の内心の動きには気づかずに、雄輝はどさりとわら床の上にひっくり返った。
「マーシャはどうなったかな……」 ぶん殴られてあっさり倒れてしまったのが何とも言えず残念なのだ。
「彼女は多分心配ないんじゃない? 熱が高いったって死ぬような事はないだろうし、大事そうに扱われてたもの。それより問題は僕らだよ。」
「そっちこそ問題ないだろ。奴の意識が回復しさえすりゃ、少なくとも俺たちとは合流できる。
 三人いりゃ何とか後の事は何とかなるさ。」
「……そう、うまく行くのかなぁ……」「何?」「うん、いや何でもないけど……」
 鋭は根っから自信に満ちた人間を見ていると必ず不機嫌になる自分の事を根っから嫌な人間だなあとののしりながら、同時に不安も抱え込んでいた。
(聞きかじった話を総合してみると)、真里砂が6年前に記憶を失ったのは原因は、何か恐ろしい目に遭わされて逃げていたを持っていた時に、雨に打たれて高熱にさらされたを出した事らしい。それも発見されたのは森の中を何時間もさ迷って、ようやく人家  有澄家の別荘  にたどりついた時にだそうだ。どうも今度と条件がそろう。
(まさか、もう一度僕らの事まで忘れたりはしないだろうな……)
 S.F的に発想を飛躍させながら、鋭はどうしてか“真里砂に忘れられる”事ばかりを恐ろしがっていた。
 
(第5号連載文)   .





(2009年10月30日追記)
 続き?の設定変更メモ。
 http://85358.diarynote.jp/200910302342577899/

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