◎ とーとつに荒筋なのさっ <反動でNaNaになる。
              (哲学的命題なんザ続けて考えられるもんかっっ)

 1.ミアルドは王の不肖の長子として生まれ、そう育つ。
 2.ディカールは伝統ある一士族の末子として育ち、
   騎士見習いとしていー子で頑張る。
 3.ミアルドはディカールに出会い抑えていた感情が暴発しそうになる。
 4.ディカールは尊敬・崇拝していた主人に唐突に友人扱いされて面くらう。

 5.友人ごっこは直ぐに素直に恋愛感情以上にまで発達する。
   but,相手の感情と立場は? 自分の行く末は?
          > ディカールは朴念仁かっ?
           ? 何を考えて生きてるっ
 6. ?
 7.かんどーの告白シーンですね。

 8.王の暗殺騒動があって貴公子は一人で都落ちしてディカールを訪ねます。
 9.ディカールは当然のように脱走して公子を守って逃避行に入ります。
 10. 森の《守りうば》の小屋で。老婆の死体みつけて。
   ミアルドさんお熱で。それから。
 11. ………人格ほーかいごっこ、やるの?
 12. ケッケッケッ 緑の妖婆っっ!

   ※ おばばとアンサの昔語のモチーフを構成として使うこと。

==================

 13. 戦乱がおこって、それでどこぞの地方の人類側戦線に、
   記憶喪失の金髪の美戦士と、その世話をした美人女戦士が
   志願して加わるわけでしょう。
 14. 隊長ミァ・トゥと
   女戦士(ルワ・ヘルマ)ディア・アッサムさん御活躍。
 15. 将軍閣下、タルーサ タッサールさん(仮名)登場。
   ディアは美人です。>いいよろう。
 16. ディアはミァ・トゥの話をタルーサにうちあけます。
   戦況説明? ミアルド公子は貴重な人材。
 17. まぁ、いろいろとあるだろうが……
   ●サムサラ地方おちて難民のむれ。
    ディカールのお母さんとディアの会話。
   ●ミァ・トゥと隊長たち?
   ●タルーサ公とディアのえんえん会話っっ!!
   ●ミアさんとディアさんのおはなしっ!
    etc.

(18. 帰るところを得る話)
 19. トゥ隊長はディアにプロポーズします。
   ディカールと呼ばせられ、記憶をとり戻し……そして。
 20. ディアはタルーサ公を呼びに行き。無言の
   さようなら。そして ジ・エンド。

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 21? 政略結婚でめとった幼い少女妃をミアルドは慈しみ守るでしょう。
    彼女の死後、悲嘆にくれる彼のもとに王子の乳母として
    タルーサ公妃ミアが現われるかも知れません。

 ◎ この時代の歴史的状況 …… えっ!?

(7/13)●だぁからぁ、アトル・アン古伝説シリーズ。
     神々の既に失われし時代?
    ●《神》という語の2つの概念。
     一般的なものとサムサーラに伝わるものと。
    ●後にひろまるサムサラ教の初まりですかね…ディカールは。




・(前ページの続き)

で、ディカールとミアルドという個体の形を借りて、この問題に 理想の解答 (鋭の場合はまた別の結論であり、好の方はいまだに未解決である) を与えようとした場合どうなるか。特異なケースとして育ったのは貴公子ミアルドである。対するディカールは十二分な愛情と躾と信仰を得て育ち、更に天性の讃むべき【他者を思いやる心】を持っている。(※)
ミアルドはまぁ、前生の努力のたまものでしょう。性格・気質的には(典型的なABではどうやらあるが)非常に優れた、前向きで根の明るいものを持っている。努力家で理想家で最終的には楽天気質で。誰に教えられなくても天性のあふれる程の他者への愛情と上へ立とうとする責任感を持っているのだが …… 前者はその漠然としたものの使い途をまるっきり教えられず、後者は下手にそれを行使すると必ずや裏目に出るという立場におかれて、なまじ頭が良すぎるのでそれら全てを理解して、他者の幸福の為に黙って我慢してしまって。でもまっとうな人間が聖人君子でもあるまいに、まして哲学的事実に気がついている成長欲旺盛な者である場合 …… いつまでもそう孤独に耐えられる筈がないんだよね。まあミアルドはかなりよく保った …… というか、はっきし言って あまり 有り得ない仮空性の強いキャラだとは自分ながら思うが。
さて気がついたら結論は右ページの大矢印に書いてしまっていた。
要するにあれがテーマだ。

>>> 《母》(イシスとでも、イブでも、マリアでも、何でも)というものは要するに《絶対的な愛情》 → この場合、与える側の愛情の深さに関しては議論をおかない。与えられた側がその絶対性に対して疑問・疑惑を抱いてしまうか否かである。 → を注いでくれる相手のことであって(この場合ヘッセの使った語義とは相当に異る・あれは一切空とか「すべてはそれでいいのさ」式のかなり奇妙な心になじむ感覚だ)それを与えられさえすれば人は帰るべき所を得るのだ、という事実。
(してみるとあたし個人は母親の愛情を実はハナっから疑っていた事になるのか?)

(※疑問その1.)
 にもかかわらず(?)、彼がミアルドを 特に選んだ 理由は? (*)

・ミアルドは天性の貴人であり、王の器、人々を統べるべき者である。
 (ディカールはそうではない)。
同情と愛情の違いはどこにあるんだ。優しさと恋心と?
・ようするにこの2人は結ばれるべき《運命の2人》だったのさっ

(*)ミアルドの帰るべき所はディカールの側(そば)だったのに、ディカールにとってはそうではないのか? but ... 実母ん所に帰るんだとも思えないけど……

 > 判った! つまり《母》てのは絶対的な愛情そのものの事なんだよ実は。んで、狭義での《母》はそれを体現もしくは具現化し、人に教える誰かしらの事なんだよ。だからナルチスはゴルトムントを通じてイブの存在を知り、ミアルドはディカールの内にそれを見出したと。で、ディカールはもちろん最初、生母からそれを教与されたんだろうけれど、既にそれを消化し、与える側にまわってる。だから図式としてディカール=母(絶対的愛情)に成り得るんであって、

 (母=絶対的愛情) ……【誰か(母)】 > 教与 > 人。

……あれ?

 ミアルドは未成長の母である。人みなすべて母である……ゴンゴンゴン……よーするにレンズかプリズムか? それとも色即是空の世界か……うん。

          わーらん。頭がパーじゃ。次頁へ。
 





 設定ノート

   大アタラン,もしくは古アトル・アン物語

                   四部作

 ・ 殺される神

 ・ 森のふところ還るべき者

 ・ ヴァセラーセダン  〜 夢見る民 〜

 ・ 

 



1983.7.6. これは基本的に ディカール & ミアルド 用 設定のぉと なんですが。

・仮題 : 森のふところ還るべき者(もの)
            懐 還る(ふところかえる) では具合が悪いが、
            還りゆく者?
            還りきたる者?

・テーマ: > H.ヘッセ『知と愛』(ナルチスとゴルトムント)
      ラスト・シーンの ゴルトムント最後のセリフ。

 「だが、ナルチス、君は母を持たないとしたら、
  いつか一体どうして死ぬつもりだろう?
  母がなくては、愛することはできない。
  母がなくては、死ぬことはできない。」

  ここから私なりに考えだした、あるいは読みながら同時に抱いていた、結論もしくは答えのようなもの。

・ ナルチスはちゃんと死ねるんですよ。ナルチスは愛することを学んだ(教えられた)から、ゴルトムントから。ゴルトムントに愛し愛され、奔放さに対する考え方の誤りを正された …… 事によって、ゴルトムントはナルチスの《母》になった訳です。ナルチスはゴルトムントという《母》を得たのだから、いつか必ず安心して死につくことができる訳です。

 ↓ ここから

・ 人は、まぁ、愛し愛される事を学ばなければ不完全であり満たされない訳です。多くの人は、無論、生まれて初めて、もしくはその以前から、血を分けた実母の愛に触れて育つので …… 決定的な欠陥を持って、成長してしまう事は少ない。そうでなくても、例えば実母を持てなかった場合でも、普通は誰か代わりの者が愛情を持って育てるので一応問題はない。その他、愛情ヌキで育児が行なわれた場合でも(例えば孤児院等)、人間(いきもの)てぇのは強いですから、上位者から与えられなくても同類同士でそれを補い合うという器用なマネができる。しかし、それが出来なかった少数の特殊な場合はどうか。(考えてみれば 鋭 や 好 の成長過程もこのケースだなぁ…)




  サラティス
 《サラーの後を継ぎし者》

 アトル・アン・ティス

 「サラ・ティス? では、サラーは亡くなったのですか?」
 「いいえ……未だ。」


 


 ミアルド・トゥリアンギィア(ギア)
      >ミァ・トゥ隊長

 ディカール・デュアレスト・ダム・サムサーラ
      >デュア・アッサム



     
 1440円 




 7/13

 ミトラの誓い 我 知る。
 心つなぎし者 その定め違うこと
 なかれ。そは唯一の神聖
       絶対
 なればなり。
 ミトラの誓い 汝(なれ) 知る。


 
1785.11.16

 マセク・アルマド・アルロイド

・マセク >  アンゼリアナ
        ライアーラナ
        リライアッサ(リアー)
     > 婚約者 リルアリア・ハイナム > アヤラン
                     > ルアリー

・イルヴァド …… オンゼリーのイルヴァドル・カイザー
         水の妖精(シアナ)の頭、シアナ・ファシオラ

・護衛アゴロン
・村娘 アイカ

○世界(わりとせまい)……名前なし。
 ホビット庄みたいな所ね。


 タユラス・ハムローン 
 吟遊詩人の語り謡(うた)い 




 病都  死の砂漠  西の山脈 (世界) 起伏  麦 (海なし)




 とりあえずの主人公 …… マセク・アルマド・アルロイド。
 (マセク)
 アルロイド選帝侯の一人息子。どちらかといえば控え目の優男だが、背は高い。武術はあまり強くない。学究タイプ?

 その悪友 …… オンゼリーのイルヴァドル・カイザー
 (イルヴァド)
 オンゼリー領を治めるカイザー家の次男坊。浅黒い腕力タイプの色男。自惚れ屋で妙な所に智恵がまわる。

 水の妖精(シアナ) …… 《水妖・治める者》(シアナ・ファシオラ)。
 古い掟、およびマナ減少の影響によってしばられる。

 ヒロイン …… リルアリア・ハイナム。
 (ルアリー)
 ハイナム侯領の華。選帝候の掌中の珠で兄が一人いる。

 村娘 …… アイカ・コンロン。
 マセクに惚れてイルヴァドに近づく。

 護衛 …… アゴロン・ガスフェット。
 マセクの目付役。中年いっぽ手前。
1995.03.18
 眠い……★ すでに人生を投げているぞ私は。昨日・一昨日はこっち(西関東)は大雨だったらしく、雨戸取り替えの工事は今朝きて始めている……しくしく。まだ私のいないうちに片づけておいてくれた方が精神的にマシだったのに……★
 急ぎの仕事があろーが音と気配がうるさくて手につかないし、低気圧と湿気で眠くても寝るわけにすらいかないし、本も落ちついて読めないし、さりとてバイトの制服の洗濯を昨日やるはずだったのに今朝になったから、乾くまでは出かけるわけにもいかない。
 どーしろと言うんだー! つぅことでまたもや現実逃避……に積極的に取り組む気力すら実はないのだが。……ひたすら眠い……★★ ついでに私はここ当分、満足な量のタンバク質やお野菜にはありつけない運命にあるらしい……★★
 ところで、渡良瀬を一周したあのシーンは、よく考えたら1年くらい前の夢でも全部?見ていたな……★

◎前世夢?より『崖(仮題)』のあらすじ

○最初の夢?で見た、イントロとラストシーン。

 主人公の少年(私)は軍人になる訓練を受けている。制服は茶色。黒髪・黒い瞳・茶色の肌。級長?なので訓練の後の片づけを点検したか何かで一人遅れて寄宿舎に戻る途中、兵営のグラウンドをつっきってやってくる騎乗の人物を見る。黒馬に黒い制服のエリート部隊の士官候補生。支配民族である白い肌。髪の色は薄い。はじめ遠かったし、あとは逆光だったので、顔はよく判らない。
 校長室の場所を聞こうとして?、その人物は斜面を馬でつっきって私の方へ来る。質問に答えて敬礼して別れるはずのところ、相手が「……どこかで会った事がないか……?」と言う。「……私もそんな気がしてたんですが……」と、2人して、どこで会ったんだっけー?と、出身地の情報交換をする。“私”は見るからに被差別民族とわかる外見であるにも関わらず、全然そんなのに拘らずに親しげに話しかけてくれるので、すごく感動するのだが、気後れして戸惑ってもいる。結局、向こうが、親の都合で子供時代に南部の沼沢地方の駐屯地(“私”の出身地の近く)で2年ぐらい過ごしたことがあったから、その時にどっかで一緒に遊んだんだろうか?みたいな話に、双方どうも自信はないが結論づけておく。向こうの連れ(同じ部隊の友人)が後から追いついてきたので挨拶して別れるのだが、その時に、被差別民と話しこんでいた自分を恥じるでもなく、ごく普通に(嬉しそうに)、「この後輩は同郷で、幼なじみなんだ」と友人に紹介してくれるので、すごく嬉しくもあるし、驚く。

 その後、彼の所属の部隊全体が私のいた兵営に転属されて来ることになり、訓練の行き帰りなどに偶然出会うと挨拶を交わす中になる。私の側からは恐れ多くて近づけない相手だが、向こうがわざわざ(周囲の一部のヒンシュクを気にも止めず)寄ってきては「調子どうだー?」とか話しかけてくれる。すごく嬉しいのだが“私”は感情表現が極端に乏しくもある。それでもめげずに嬉しそうに、見かける度にとことこ寄ってきてくれる。
 “私”は自分の生命にまったく執着してなかった(早く死にたかった)ので、逆に有能きわまりない兵士になってしまい、被差別民であるにも拘らず学年?の代表を務め、初陣以降きわだった手柄を立て続けて注目を浴びてしまっている。白人種からは妬まれる反面、同族からは「侵略者に誇りを売った裏切り者!」と石を投げられる立場であり、まったく孤独である。
 向こうの部隊がどこかへの征服戦で大手柄を立てて戻り、昇進して百人隊長になる事になる。明日は任官式?のために首都へ出発しようという日の午後、わざわざ“私”を呼び出して、「副官にはお前を指名するから、用意しといてくれ」と、すーっごく嬉しそぅーに言う。「これからずーっと一緒にいような」という主旨のセリフも聞いた気がする☆

 ……で、“私”はそれが、すごくすごくすごく複雑で。嬉しくて泣きたくもあるがそれ以上に、混乱しきったまま「これで終わりだ……」という絶望を強く感じていて。その夜のうちに身辺を整理して、翌日、大河沿いに船で出発する一行の中で、「なんだアイツは見送りにも来ないでー★」とグレている向こうが、他の戦友たちが「見送り崖の上に人がいる」と騒ぎ始めたのを聞いてふっと見上げ、かなり遠かったにも関わらず一目で“私”だと見分けて、一瞬、「なんだ、また民族の違いなんてのを引け目に感じて、あそこから見送ろうって言うんだなー?」と苦笑いしたのも束の間、その船を見おろしながら(このシーンは視点が入り乱れてぐちゃぐちゃ)“私”は、あっさり木柵を乗り越えて飛び降りてしまった。
(ここで“私”の記憶は途切れてて、あとは向こうのまわりを幽体になってウロウロしていたらしく、相手の“心の声”だけが“主観”と化している。)
 パニックを起こして半狂乱から呆然自失になったまま仲間にひきづられて任官式に参列し、戻って来たところで校長室?で遺品と遺書を渡されて“私”の自殺の理由(ただし後で考えるとその一部に過ぎないが)を知る。犯罪であり恥ずべきこととされていた同性愛の感情を相手に対して持っているので、副官になって同じテントで寝起きなんて、とても出来ません……という主旨で。「それなら一緒に追放刑を受けたって良かったのに」とかの問題発言を向こうが吐く(ので“私”はものすごく焦る)が、校長は“私”と私たちに対して好感を持っていてくれた数少ない人物の一人だったので、聞かなかったフリをしてくれる。
 その後、彼は一刻も休まずに自分と“私”を責め続け、「あんなにあっさり死ぬことはなかったじゃないか。勝手だ。ひどすぎる。相談してくれれば少なくとも一緒に考えて結論を出すことぐらいは出来たはずだ…!」と、ずーっとぐるぐる同じ事だけを考えている。「他の副官なんかいらない!」と断って百人隊を一人きりで完ぺきに仕切ろうとして夜も眠らず(どうせ自責の念のせいで安眠は出来ない)、その状態で前線に出て、かなり早く死んだんだと思う。幽霊になった“私”は、ずーっとその回りを、「ごめんなさいごめんなさい!」と叫びながら、何ひとつ出来ずにひたすらうろうろしていた。

○結局のところ健&小次シリアス本を読みながら寝入った事による妄想に違いないという自覚はありながら、あまりにも哀しくて悲しくて、どーしよー……もなかったので、そのあと数日かけて「なんで自殺なんてしちゃったんだろう。他の方法だってあった筈なのに。そもそも“私”ってなに考えてたんだー? 追放刑受けたって、兵営の外でだって生きていけるという発想は、なかったのかーっっ?!」と怒り狂っているうちに、できて(甦って?)しまった設定。

 数千年の昔から同じ暮らし方をしてきた、豊かでのどかな南の沼沢地方の、歌が好きで踊りが好きで家族を大事にして、一つの沼のまわりに一族の家が点在していて先祖代々で住んでいる。子供たちは適齢期になると幼なじみと婚約した場合を除いて配偶者を探しに冒険?の旅に出て、道すがらの路銀稼ぎに歌と踊りの大道芸を披露するので、それが近隣諸国(地中海地方?)の名物になっている。彼らの宗教は独特でおおらかで、赤い血のもの(ほ乳類と鳥類)はすべて家族であるとして、食べないし決して殺さない。
 北方の台地の上には騎馬と金属精錬を技とする一族がいて、互いに覇権を争い続けていた。ある族長がついに帝王として一族を統合した時、台地の上はあれ果てて一草も残らず、もはや一族とその騎馬を養うだけの地力がなかった。金属製品の交易だけでは帝王の贅沢(自らを神として聖殿を建立など)を支えられず、結果として他国への侵攻をこととする一大軍事国家となった。格好の被征服地として最初期のエジキになったのが南の沼沢地方である。
 数世代を経て、膨れあがった北の国家には一つの伝説?が定着していた。「南の沼沢民はひよわで迷妄な連中で、兵士として徴用しても糧食の大半を占める動物の肉を決して口にしないので、栄養失調でフラフラになって使いものにもならない。せいぜい訓練の模擬敵として人間狩のマトにするのが関の山……なのだが、民族独特の身の軽さや勘の良さを活かせれば、1万人に一人ぐらい、北の民すら感服するほどの類まれな名将が出る」と。
 この『1万人に一人伝説』のおかげで、“殺されても殺さない”を信条(宗教)とする沼の民は、基本的には兵士としての適性がまったくないにも拘らず、常に一定の割合で、少年たちを北軍に、使役され戯れに殺される為だけに差し出さねばならない。故に、万人一人伝説の基となった数人の歴史上の“裏切り者”は、悪魔のよーに忌み嫌われている。

 主人公(“私”。面倒なので仮にSとする)は、当時まだ徴兵の年齢に達していなかった。が、大勢いた兄弟のうち長男は徴兵逃れのために事故といつわって屋根から飛び降りて足を不具にしており、次兄は自殺or出奔してしまった。北軍の徴兵官が父母を殴り倒して見せしめの為に処刑すると言う。Sは持ち前の運動神経で徴兵官の前にハデに飛び降りて、「いやだな母さん、いなくなったなんて何ボケたこと言ってるのさ」と、2歳年上の次兄のフリをする。体格が小さすぎるので徴兵官は当然疑うが、子供とも思えない度胸と覇気と口の達者さに、『万人一人』の片鱗を見て、「だまされたフリを今はしてやるが、おまえが役に立たなかった時には残された家族がどうなるか覚悟しておけよ」と脅す。Sは、オロオロするだけで為すすべのない両親や、後先考えずに自分たちだけが徴兵逃れを図った兄たちにものすごい憤り(怒り)を感じてはいるが、とにかく徴兵官に連れられてその地方の兵営に連れられて行く。
 一回り小さい体格にも拘らず体力測定?の段階で早くもその俊敏さで頭角を現してしまい(だって本気出さなけりゃ家族が……)、事情を知らないか知っていても同情する余地のない同郷者たちからすさまじく攻撃される。彼らとしては万人一人伝説が早く消えてしまって、北軍が南部からの徴兵は時間とカネのムダと判断する日が来るのをひたすら待つしか手がないと思っているので、誰も彼も、徴発されてきたからには配給食(禁忌の獣肉!)を口にせずに衰弱して死ぬか、人間狩(訓練or祭事のイベント)の日に無力な標的としてなぶり殺されるのを待つしか選択しようがないのが、沼の民としての道だと思っている。家族の為とはいえ掟(信仰)を裏切って獣肉を食らい、同族だろうと容赦なく叩き伏せるSは、一部の寛大な教官に目をかけられているとは言え、北民の監視兵からは逆にイジメの標的にされるしで、ひとりでただ目をギラギラさせて、生き抜くことだけを考えている。(彼が出世せずに早死にしたら、同じ沼の者=一族郎党=が、なぶり殺しにあうのである)。
 そんな状態でしばらく過ぎて使役にも訓練にも耐えて生き残っていたSは、人間狩の日に標的として追い回されたあげく果敢に反撃して北民の狩人を殺してしまう。「強い者が正義だ」という信念を持っている北民の指導官たちは『万人一人』の候補者が現れたと大いに喜ぶが、同族である南の沼の民たちは、「おまえ一人のせいで、また1万人の同胞が無益に殺され続けるんだ!」と怒り狂い、信仰習慣上から直接に殺される危険はないものの、“事故”で手足の1本くらいは失うことになったら……と懸念した司令官が、自分が北方に配転になった際に、Sを養子待遇として連れていく事にした。

 北方台地の旧都(かつて部族抗争時代には争奪戦の対象となっていた堅牢な首都だったが、周辺の自然環境の荒廃と、拡大した国土の統治の都合で、現帝都は南の平野部に遷都)の郊外にある広大な軍事施設は、ほぼ正方形の高い土塀で囲まれ、若い訓練生には初陣に参加して生き残るまで外出の自由はまったくない(親の死に目とかだけが例外)。北民の代々の戦士の家柄の子弟を対象とした訓練施設なので肌の茶色い南部の民はS一人である。新任の司令官(指導教官)の養子待遇という事で、万人一人伝説のもととなったかつての英雄は北民には人気がある(全部ではなく、蔑視する奴もいる)ので、やりようによっては友人も出来たのだろうが、性格上あまりにとっつきが悪すぎて孤立するが、実力は揺るぎないものがあるので一目置かれてもいる。戦闘訓練となると勇猛果敢にして冷酷なほどなところと、徹底して寡黙で無愛想なところが「ぜんぜん南の民らしくない」と、賛否はともかく衆目は一致している。若干一名、友人未満だが学年長と副官として、ある程度は個人的な会話もかわす相手は一応いる。
 この国(北方台地)は徹底した尚武の国である。強い者が正義であり、惰弱は罪悪。女が武器をもつことはなく、名家の妻女は外出すら滅多にできない。台地は乾燥しており、砂嵐で摩耗しつつある街路は堅牢な石造り。緑はほとんどない。歌うことも舞踊ることも恋をささやくこともない(結婚は親同士が政略で決め、成人と同時に縁組みするのが普通で、逆らう自由はない。どちらにしても名家の若い男は1年の大半を戦場で過ごすので、妻の顔も忘れるようである)。公の場では男=戦士がみだりに笑うことすら恥とする気風がある。Sが育った南の沼地とはあまりに違う。何ひとつ同じものはない。濃い緑と豊かな風と水、同族の少女たちの幸せそうな笑顔とを、嫌って飛び出して来たわけでは決してないSは、しかし殺人の禁忌を犯した以上、2度と郷里では受け入れてもらえる筈はなく、すべては幻に過ぎない。自分が守ろうとしたものからは完全に否定され、罪悪と教えられた殺し・奪い取ることを至上の正義と考える異民族からは、優れた才能を持つとして称揚される日々……。自分に目をかけてくれる北民のエリート達を憎むことも出来ず、けれどけして消えはしない違和感をうまく伝える事もできず、「劣等民族である南の出自を恥じている」(あれだけの武勇を誇るのに謙虚なことだ)と、周囲には誤解されるような言動でしか、親しい人間づきあいを避けることも出来ない。初陣で武勲をたてて生きて戻った後は比較的自由な外出も許されてはいるのだが、外出イコール「略奪でさらってきた異族の女を買いに売春宿に行く」誘いに同行もできず、Sの世界は四角い兵営の中に縛られている。(後で考えれば脱走でも何でもすればよかったのだが、それで自分の手についた血の染みが消えるわけではないし。殺人を禁忌としない他の民族の放浪芸人たちに合流するという手だってあったのに……という知識や発想は、自殺した後で、“向こう”の意識に同調していて得た。そういう“他の”世界を全然知らない子供のうちにSは徴兵されたのだった)。

 何ひとつ惑うことなく北民の理想である「強さと明解さ」を具現している相手(仮にLとする)に出会った時、Sは強く魅かれた。理由なんてなくても好きにならずにいられない磁力を備えた存在でもあったけれど。けして同化することは出来ないだろう絶望と、痛みすら伴う違和感(……「初陣で何人殺したんだって?」と、我がことのように嬉しそうに誉められてしまう時の絶望感!)とが、かえって思慕の念?をつのらせる結果になったのは事実である。相手のまっすぐで単純な好意のぶつけかたに、ようやく混乱から立ち直って自己を分析する余裕ができた時には、すでにそれは変更不可能な恋愛感情に育っていた。身体的には壮健きわまりない10代後半の、完全に禁欲生活を強いられている少年に、色欲を伴わない恋愛が成立するかなんていうと、それは無理な話である。どちらにしても時々たまたま出会って話をするという程度の間柄に過ぎなかったし、表情を消すのはとっくに習慣になっていたし、S本人には同性愛に対する嫌悪の念は薄かった(南の民は恋愛に関してはかなり大らかだった)しで、「ばれなきゃいーや」という開き直りで、当初は逆に心の支えになってもいた。が、兵営の同学年のなかに同性愛のカップルがいることが判明し、学年長の職務として追放刑(すべての権利や名誉を剥奪し、奴隷の烙印を押して乞食の格好をさせ、双方を東と西の門から石つぶてでもって追い出す)の執行に立ち会ったのだが、その際に同性愛者に対する北の民の深刻な嫌悪と、出世や社会的地位といったものを完全に断たれるのだという事実をまのあたりにして、「ばれたら(相手が)終わりだ」という恐怖にひたる。(人気の高い人なだけに、ちょっとの傷でも足を引き落とそうとする敵対者も多い。)
 ……が、こっちの心情の変化になんかお構いなしに、向こうはどんどん距離を詰めて来るんである★(Sが現役の兵になり、行動の自由や社会的立場があるていど確保されたので、以前よりちょくちょく会えるようになっていた)。Lが成人して妻を迎えたという話を聞いて、そらぞらしくも祝辞を述べなきゃいけなかった時の気分とかをはっきり覚えている(?!)。
 そんなこんなで早く死にたい病に拍車がかかり、運がいいのか悪いのか前線に出る度に無茶な行動をとっているのに何故か勝ち残ってしまう。(騎馬軍団のほかに馬で引く戦車や、原始的ながら爆薬や手留弾のたぐいもあったような気がする……時代考証は?!)
 で、前線に出れば同じテントで寝起きして完全に一心同体の暮らしをする副官として、ものすっごく嬉しそーに「早く百人隊長になってお前を指名したかったんだー!」と、プロポーズされちゃった時、私はものすごくぐちゃぐちゃな顔をして、「……わかりました」という答え方をしたんだと思う。「ああ、これで終わったんですね」という意味だったんだけど。向こうは当然、了承の意志表示として取るだろーから、「なんだ、ちっとも嬉しそうじゃないなぁ!」という不満はあれど、私が無表情なのはいつもの事だったから、全然気にも止めないというか、まさか自殺するほど思い詰めているなんて予測もできなかっただろう……。すごいショックだったろうなぁ。ごめんなさいごめんなさい……★

(……これはやっぱり□○さんの結婚話のショックによる動揺プラス健&小次本の影響による妄想の産物と見たぞ。……そして■▲がいきなり「ごめんなさい攻撃」を受けたのだった……★)
 


 黄白色の砂岩の荒土のさなか、軍事力のみによって富み栄える強国イエルガ。唯一神イエログの旗のもと、鉄の規律を誇る神星軍は八方に戦乱を巻き起こし、異教徒を断ち、征服した国々から略奪の限りを尽くしていた。
 数百年の昔に併呑され、今では南イエルガと呼ばれる低湿地の湖沼地方。その地の部族民は代々、行商と放浪芸、詩学や細工技術を生業としてきた思索好きの人々で、北イエルガの勇猛で大柄な民とは異なり、一般に兵としては怯懦であると、神軍の国では一段低く蔑まれる存在だった。しかし万人に一人は衆に優れた智将が出る、という定説から、為政神官らは七歳に達した長男の戦童としての供出を、強制し続けていた。
 ウァイバ沼のメルシュの息子リリオゥは三男であったが、長兄は虚弱体質だったため徴童検査官に突き倒されて不具となり、神童といわれた次兄が捨て駒として戦場に引き出される将来を拒んで七歳式の前日に自ら首を突いた為、怒った徴童神官によって五歳にして生家から引き離され、年長の子供らと共にウェルゾクの駐留軍営にたたきこまれた。
 二歳の体格差は格闘術や剣技において致命的な弱点であったが、まもなくリリオゥは戦術や神学、捨て身の勇敢さなどで、万人、百万人に一人という素質を現わすようになり、教神官や戦師らは期待をこめて彼を鍛え上げた。
 同期の南イエルガ民が十三歳で雑役夫や捨て駒同然の最下位歩兵として戦場に出される時、彼は戦師長の養子格としてゾルグ家のリリオスと名を改ためられ、神聖軍中枢である北イエルガ・アリゾル軍営の戦童舎へ送られた。
 その地で同年の者らと教練を受けながら百人組の戦童頭を務め、卒課試験にあたる最終の乱撃演習で過去最高の戦績を示し、南イエルガ民としては破格の、初陣からの騎馬隊編入を約束された。
 この時点で、彼は、十余人にのぼる朋友をその手で葬り、千人にのぼる者たちが教練で手足を失って野に捨てられ(運がよければ、なんの保障もなく生家に戻され)るのを見て来ている。彼は、ただ、聖なるイエログ神の威に従がい、神軍の鉄の規律に服し、与えられた命令を過不足なく実行するだけの、生ける戦闘人形であるに過ぎない。
 その、彼の目の前に、若干十七歳で十騎長となりおおせた、いま一人の俊英、ゼレンデ家のイジュニーシが、誰もが名誉として望む激闘の西方戦線の徴である黒づくめの装束で現われた。
 二人はその日、初めて出会い、しかし過去に確かに相手を知っていたと互いに確信し、言葉少なに、折に触れて、眼差しを交わしあうようになる。 
 イジュニーシは南方民であるリリオスを差別することはせず、その才能をたたえ、言う。「もっと強くなれ! リリオス!!」 怯懦と蔑すまれる南の民の恥を雪げ! と。
 その言葉の通り初陣以降、目ざましい軍功を獲得し続けるリリオス。




 黄白色の砂岩の荒土のさなか、軍事力のみによって富み栄える強国。一人の少年が一人の青年に出会う。しかし、戦士たる男児を為すことのない朋友との恋は、固く戒められていた。
 憧憬する青年の名誉を守るため、自ら死を選ぶ、少年。褐崖と呼ばれる絶壁から身を投げた半身の姿を胸に焼きつけて、青年はひとり 戦場に 立ちつづけ、やがて戦場で命を落とした。



     ○

 「名前は?」
 馬からおりることなく、若き十騎長は尋ねた。
 「リリオゥ……」
 南の訛りののこる言葉で、少年はただ乗り手の眼差しに見とれたまま応えた。
 「己(おれ)はイジュニーシ」


 号令。
 ひろい軍庭を、隊列が横切ってゆく。
 乾季の三月目の国土は荒れきって硬く、水天の冬まではあとまだ十二月を数える。
 隊伍は分かれて対峙する。銅鑼が鳴り、互いに乱撃となる。
 黄白色の砂塵が踏みたてられて視界もきかず、ただ実剣の青銅の輝やきだけが、目を射る。
 ……ああなっては、指揮官の智謀など、役にも立たぬ……
 先の乱撃の一方の組頭で、負傷者の治療の手配を済ませてきた 少年 戦童は、場外の営道を歩みながら、そう眺めた。
 ひとりびとりの判断と剣技が試される。戦士の修練を積む者たちの、卒業の試験にも当たる実剣での乱撃演習である。
 少年彼の輩下であった負傷した七人のうち、二人は確実に、今夜中に命を落とすであろう。
 それで良いのだ。イエルガの神聖軍に、弱者は要らない。
 男児たる者、生まれたからには戦士として生き抜くべきだ。
 そう、教えられて、彼らは七つの歳より軍で育った。
 荒野のさなかにある生国を護り富ませるための栄えある神聖軍である。
 少年自身は昨日、今日と続いた実戦演習で、四人の腕と三人の脚を断ち、彼らの未来を奪うとともに、二人までを一刀のもとに即死に致らしめていた。
 「数年来の俊英」
 戦師たちは彼の功績を賞揚し、予定された初陣では緒戦から騎乗の兵となることを約束してくれたが、少年にとってはただ、教えられ、要求されたままに正しく振る舞った、という、その結果であるのに過ぎないことだった。
 栄誉である。と、同輩らが称える。
 それではそうなのだろう、と謙虚に彼は受け、百人の戦童の組頭として与えられた責務を、期待される通り正確に、多くも少なくもなく果たし続けていた。
 合図の銅鑼。
 軍庭からは一斉に人波が引く。
 戦果が報告され、戦師連の叱咤や論功があり、解散が命じられ、しかるのちに自力では動けぬほどの重傷を負った敗者や、不運な骸たちがとり片付けられて、昼の烈光の刻をひかえた軍庭はいっとき空白になる。
 食営の給配の指示を出さねばと心づいた少年が営道を急ぎかけたその時、
 黄に光る砂風の庭を横切りやって来る、黒い姿があった。
 徒歩の戦童やら兵卒ではない。
 騎乗の戦士。それも、激闘の西の陣営に属することを示す見事な黒葦毛を打たせ、漆黒の戦衣に、十騎の長であるしるしの黒と青銅の軍被をまとう。
 たいそう、若かった。青銅を許される戦士にしては。
 近づくにつれ長身の整った容貌があらわになる。
 赤色の髪。日に灼けた白い肌。高いひたいに剽悍な印象の頬骨。快活な茶の双眼。
 近づくにつれ長身の整った容貌があらわになる。
 北イエルガ人種の典型。軍人の理想像。
 そして黒と青銅を許される戦士にしてはたいそう若かった。
 たいそう、若かった。黒と青銅を許される戦士にしては。
 自分といくらも違わない、初陣から三年を経てはいないだろう、その十騎長の英姿を、少年は理由も解らず、不躾であることすら忘れて、ただ、ひたすらに、見とれていた …… 理由すらも自覚せず、ただ、ひたすら。
 食営の開扉を告げる大銅鑼が響き渡り、それでも少年は魂を奪われたふうで、己れの職責を忘れ、動けずにいた。
 烈光の刻を迎え、白日と黄砂と風だけが満ちる無人の軍庭。その営道に、ひとりたたずむ白茶の衣の戦童の姿に、戦士もまた気をひかれ、わずかに手綱をひいて馬身をめぐらせた。
 「訊くが、ドリアシニュ戦師長の御居室は……」
 どこか、と尋ねかけてふと口をつぐむ。
 心うばわれたふうに表情すら失せて、己れを見つめる瞳を、青年もまた、覗きかえしてしまっていたのだ。
 夜闇の眼。射干玉(ぬばたま)の髪。浅黒い肌。
 白茶色の戦衣の少年は線が細かった。
 しなやかな肢体、浅黒い肌、ぬばたまの髪、夜闇の眼。
 なめらかで思慮深げな湖沼地方の顔立ちは、軍営にあるのでなければむしろ神巫や書官を思わせる。
 しなやかな肢体。
 線の細い少年に、血の染みのついた白茶重たげな戦童衣は、不似合いですらあった。
 「……名前は?」
 「リリオゥ……」
 南の鈍い訛りの残る言葉で、呟くように少年は応じた。
 「己(おれ)はイジュニーシ。ゼレンデ家のイジュニーシ」
 「《星導者》(イジュニーシ)」
 おうむ返しに、息をつめて少年はただ鞍上の彼を見上げている。
 胸が、苦しくなるようで、ひらりと青年は傍らに降り立った。
 頭ひとつ分、やはり少年は相手を見上げる。
 どこかで、確かに、出会ったことがあると、強運の名を持つ青年は感じた。
 数瞬が流れる。
 背後からいまひとつの馬蹄が響いた。
 「おーい、イジュニーシ! 待ってくれ十騎長殿っ」
 声はすぐにも走り寄って来る。
 はっと、二人は、なにか崇貴なものが壊れてしまったことを悟った。
 夜の星河の刻の天蓋を思わせる黒い瞳に鍵のおちる瞬間を、戦士は見た。
 そこには痩せぎすで小柄ではあるが教則通りに動作も精神も律せられた鍛えられた、一人の優れた戦童頭が一人、規律正しく直立している。
 「ひどいですよ。あなたの黒風号におれの馬でかなうわけがない。」
 飾りのない軍被をまとう年長で位下の朋友は不利な競技を強いられたことをぼやく。
 「すまん、ハトイシュ。走りたかったのだ」
 十騎の長はなかばうわのそらで応じた。
 「その子供は?」
 問われて、戦童は、礼儀正しく頭を下げた。
 「私はリリオシ。ウァイバの沼の部族の者でございます」
 一般に、南イエルガの者は戦士として怯懦と言われる。
 「おれはザイダ家のハトイシュ」
 新たな戦士はぞんざいに応じた。
 「イジュニーシ、道を尋いていたんですか? では行きましょう」
 「あ、いや……、待ってくれ」
 らしくもなく戦士は言葉をためらった。
 「これは……、幼年の頃の馴染みの者でね。ここで偶然会ったんだ。少し話をしたい。」
 「あなたが南のお育ちだとは知りませんでしたよ」
 「叔父がウェルゾクの駐営にいる。母と訪ねたことがあったのでね。」
 ちょうど中食に間にあったようだ、戦師長殿に表敬するのはあとにして、少し食営で待っていてくれないかという、隊長の依頼に逆らうような不作法を、ハトイシュはむろんしなかった。
 立ち去る黒馬を片目で見やりながら戦士は言う。
 「ウェルゾクとウァイバの沼では多少無理があったかな?」
 「私は、父の行商に連れられて、あちこち行きましたから」
 「ではやはりどこかで会っているのに違いない、……思い出せないが」
 「私も……、そう思います」
 「ウァイバのリリオシと言ったな」
 若い、本当に若い十騎長は弟のような戦童の背中を無雑作に覗きこんだ。逃げ傷はない。正面の返り血だけだ。乱撃の戦果はと問えば、答えの数字に、賞賛のしるしにひらりと片手を上げた。
 「それは己(おれ)の記録を上回るぞ。南の民にも、度胸のある者は確かにいるらしい」
 北部式にリリオシと名乗るリリオゥは、静かに立っていた。
 「今年、十七で己(おれ)は青銅の位を受けた。この記録も破って見せるといい。南の恥を雪(そそ)ぐことにもなるだろう?」
 活達な笑顔で戦神イエログの祝福を祈る仕草を見せて、十騎長はひらりとまた黒風号にまたがった。
 
 
 
 

 立ち去りがたく

 
『滑崖落』 リリオスとイジュニーシ
『苦 夏』 − サタナクラ −
『巫女譚』

『遷恋歌』?
 《精》
『滑崖落』
《樹木》
−−−−−
《犠牲》

  


 ……イハウルの樹の葉は広くて厚く、まだ朝露の乾かぬうちに拾いあつめて湿らせた布でくるみ、日影のひつに入れて保存する。
 その日の間に石筆で描いた文字は、堅く乾かした枯れ葉の上に黒く刻み記されて、けしてその色の褪せることはなかった。


 翠林(すいりん)
 ●一の王子、見合いの宴を敵前逃亡する。
 ●おなじく脱出組の星華蘭と意気投合、婚約者に定める。

 雪宴(せつえん)
 ●武芸に長じる星華蘭、婚約者である一の王子に「あれは女じゃない」と言われ愕然とする。
 ●星華蘭、髪をのばし学舎に精勤するが性格がきつくなる。

 蒼天(そうてん)
 ●アルゼワ国が新興宗教にかぶれて軍備を固め、近隣諸国をおびやかす。
 ●二の王女に求婚の使者がくる。
 ●不戦・開戦をめぐってフェンテル王家の外交政策ゆれる。

 華苑(かえん)
 ●一の王子に先陣の命が下り、王子、副将として星華蘭に参陣を要請する。
 ●「女の身でそのようなこと」とつっぱねる星華蘭、大喧嘩のすえ王子と和解する。


 二、雪宴

 つまるところ、つるしあげというものをくらっていたのだ、彼女は。



 七家のうちとはいえども席次の低い航家の、それも三男坊のそのまた息子とあっては市井の子供と変わらぬ。  


(※ 王家の家系図と、
   成人後の色っぽい(笑)「神妃将軍・星華蘭」の絵が
   描いてあるんですけど……、省略 ※)
 

 
 まだ恋もせぬ十四のうちから婚約者を選べとは、けっこう無理な注文である。
 亡くなった前王にかわって父が位(くらい)をつぎ、組閣にあたって王太子の女婿にあたる者はあらかじめ要職から外しておくのが国のならわし。とばっちりを食ったのだ。必要性を頭では理解していても、やはりかなりな難題である。
 だいたい、理想の年齢差とされる三つ四つ下の姫君たちといえば胸も腰も豊かな曲線もあったものではない、まったくの子供である。
 その先どう育つかもわからない。
 何十人つれて来られようと初対面の少女たちに人生かけろとは絶対無謀だ実行不可能だ。
 自分本位な論理を展開してひとりうなずいた王子は見合いの宴を目前に、侍従どものすきをついて三十六計を窓から敢行する。
 大事にされすぎた王宮の庭の巨樹たちは繁茂しまくって梢のなかは緑の迷宮。
 そこでばったり、運命にでくわすとはまさか思いもせずに。

 姫さま危ない止(や)めて下されと次女の悲鳴があがる。
 ふってきたのは星家の香蘭。枝ふみはずして王子の腕へ。

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 ●舞台は特に固定しない、
 ●つなぎとして正体不明の二人連れ、
 ●一の王子妃 …… 星華蘭の雅歌
 ●七の王子  …… 学舎の恋歌
 ●五の皇女  …… 詩人出奔

尊貴 真扉
尊(トキ)真扉
朝(トキ)真扉

雪樹臣
雪世臣
樹神
朱臣
二臣

精霊

亜樹
亜主
亜朱里
 「御無事でなによりだ、姫君」
 「礼はいおうぞ。したが、あれしき」
 無用な手出しじゃと、まだ紅みのさす頬のそっぽを向けて、言う。
 たしかにあの身のこなしなら多少の危難は自力で解決できたにちがいない。が、考える前にからだが動いてしまったのだから、しかたがないではないか?
 「それは、すまなかった」
 苦笑をこらえた少年はにっこり笑って口ではすなおに謝まり頭まで下げてみせる。
 大人ぶった相手の対応に、今のはやはり自分のものいいが礼儀からはずれていた行儀知らずだったと自覚したのか。
 むっ、と困った顔で朱唇をへの字にまげる。
 歳のころなら十一、二歳か。
 幼なさには似合わぬ豪奢な装束の白絹がみるも無惨にもののみごとにあちこち鉤裂けていた。
 きちきちに結われていた黒髪も荒技のせいで髷(まげ)が乱れて、小さな手が苛立たしげに留めの飾り具をひき抜く。
 その落ちかかる漆黒の滝にかこまれた額(ひたい)は雪のように淡く、光を放つ双瞳は、翡翠(ひすい)をおもわせる碧緑(へきりょく)。
 このあたりではごく普通の黄楊(つげ)色の肌に焦茶の眼をした少年とは、顔だちの彫りの深さからして異なる。
 「失礼だが、西の方(かた)か」
 尋ねると小さい媛(ひめ)はまったいらな胸をはって社交用の笑顔を浮かべた。
 きかん気とはいえ、躾(しつけ)はなかなかよろしい。
 「わらわは星華蘭(セイカラン)じゃ」
 少年は、すなおにおどろいた。
 先代の王が跡継ぎをのこさずに亡くなり、《碧天(フェンテル)国の七家》の互選によって新しく航(コウ)家の三男が才腕を買われて位(くらい)に就いたのがつい最近のこと。
 星(セイ)家といえば新興の王族などよりよほどの由緒を誇り、むろん至高司政者の椅子も青い血の一族にまわるもどるものと思われていた。詩人肌の当主が最後まで固辞しつづけたのでこのたびの政権委譲禅譲(ぜんじょう)とはあいなったが。
 その、星家の長姫(おさひめ)の名を聖なる国樹からつけたとは、ひとづてに聞いたことがある。
 「つまりは見合いの席から逃げだしておいでだと」
 苦笑の呆れた顔にもなろうというものだ。姫たち乙女たち娘たち姫たちの中でも別格の、王太子妃の第一候補である。
 「わらわは学びの齢(とし)にもあいならぬのじゃ
 決めつける声音(こわね)は拗(す)ねるというより義憤に近かった。
 「かなわぬ。なんぞ見も知らぬ者と婚儀を約されては」
 ☆(説明文)☆
 それは王子のほうとて同じ、とは、少年……名を海空(かいくう)という……は、云わない。
 「しかし慣習(しきたり)だからな」
 と、したり顔の年長者をぎりと睨(ね)めつける、童女のほそい腹の虫が、ぐうと鳴った。
 肌の薄さにみるまに血がのぼる。
 「いまだ朝餉(あさげ)もまだなのじゃ。おとなしゅう仕度をさせねば駄目じゃと言うて乳母どもが……朝餉ももたぬ」
 「兵糧ぜめとはたしかに卑怯だな」
 魔法のように懐中からあらわれた甘菓子に礼もそこそこにかぶりつく。幼なすぎる貴婦人の仕草に、苦笑がもれた。
 華蘭樹の名をもつ幼姫は空腹をみたす一方で空海の風体を判(み)ている。
 「そなたもしや、王子がたの御学友か」
 はじめは端下の者ぞと思うたが、と続く言葉に、たしかに今日の剣術では三度も地面に倒されたと、湯浴みに行く道すがらで抜けだしてきたおのれのけいこ着姿を見おろす。
 「たしかに、今年の春に学舎に入ったが」

 「王妃になるのは、おいやか」
 「妃(みめ)にはならぬ。所望は将軍ぞ」
 「武芸がお得意か」
 「母上は、お好きでないのじゃ」




軍籍 


西高天(さいこうてん)/西高原(さいこうげん)

航 海空(こう・かいくう)
  潮可(こう・ちょうか)
  流華(こう・りゅうか)

 
 一、翠林(すいりん)

 そもそも杜(もり)こそが聖域で、王宮など初めはそれを護る外壁にすぎなかったと伝える。
 数百年を経た華蘭樹の枝々(えだえだ)は広大な中庭いっぱいを埋めつくし張り交わし、初夏のころ、新緑と呼ぶには日ごとに色濃くきらめく大きな葉を繁らせて、梢(こずえ)もまぢかい樹上の高みは視界のきかない自然(じねん)の迷宮だ。
 「これぞまさしく碧天(へきてん)の神の御加護だぜ」
 敵前逃亡に成功したばかりの少年はちょろりと舌をだしてなむなむと形ばかりの不謹慎な礼拝(らいはい)をする。
 手ごろな枝のつけねにどっかとまたがり懐中に手をつっこめば、とりあえずくすねてきた木の実や菓子の類が、出てくるでてくる。
 昼食というには気の早い時間帯だが今日はなにしろ朝から忙しかった。
 弓だの剣だの馬術だの、いつにも増してしごかれたうえに午後の日課の語学の授業まで午前中日の出前の予定に詰め込まされたのだ。
 「今からこんなんで俺の人生どうなるんだ……?」
 嘆息しながら暮らすにはまだ若すぎる早すぎる未熟すぎる未(ま)だ熟(わか)すぎる十四歳。脳裏に浮かぶのは糧食確保に忍び入った宴(うたげ)の間で準備に余念のない女官たちの、甘い香りと柔らかな声、まるみを帯びた体の線。
 「夏だもんなぁ」
 めっきり薄着になってしまうから心の臓に悪いのだ。手にした桃香果にみょうな思い入れをしそうになり慌ててかぶりつく。
 城中一(いち)と噂にたかい年上の美女の匂いやかなたおやかな胸。
 去年の夏には気づきもしなかった赤い口唇のなまめかしさに胸騒ぎのする心の騒ぐ今年になって、ふりかかった境遇は災厄と言っていい。
 できすぎた親をもつと子供たちが割(わり)をくうのだ。
 「……けど、協力するって、最初に言っちまったしぃ。……」
 「なにを一人でぶつぶつ言ってるんです」
 と、ここで従兄を登場させると枚数が増えるわね。 

 腹がくちくなれば苛立ちもすこしはおさまる。
 このまま城外へ抜け出してすっぽかしを敢行してしまおうしようか、それとも大人しく戻ってシキタリとやらを甘受するべきか。
 律気な長男気質(かたぎ)に生まれついたのが運のツキだとばかりに深い吐息がまたもれる。
 生まれついての長男気質(かたぎ)がすべての不運の源(みなもと)だ。
 ずっしりと肩に重みを感じて深い吐息がまたもれる。
 と、その時。
 ぎゃぁぁぁーーーーーーっっ!!
 うららかな夏の午前の陽ざしを刺し子雑布(ゾーキン)をちぎるようながごときおたけび悲鳴がさえぎった。
 「ひっ姫さまっ、お止(や)め下さいアブアブ危ない〜〜っっ」
 侍従らしい老爺(ろうや)のおたけびに何事かと葉むらをかきわけてみれば身をのりだせば。
 白と黄金(きん)のかたまりが瑠璃(るり)ひといろの天から降(ふ)ってくる。
 それが、《邂逅(かいこう)の宴(えん)》のために正装束で着飾らされた少女だ、と理解するのに一瞬の間(ま)があった。
 貴賓室(きひんしつ)のある塔の窓から木立ちのはずれの張りだした大枝めがけ、成人でも足がすくむ七ウァルの常人なら足がすくみ目をまわす高みから高さを思い切りよく飛びおりたものらしい。
 宙空でくるりと体をまるめてまるまり一回転、つまさきから樹上におりたつ。そのまま重みでしなる足場はかなり不安定で、すべった、と見えるのは意図してのようだった。
 すとんと枝にかけた膝を支点に背面へ倒れこんで落下の速度をねじまげる。
 上体のふれた反動のままにでかなり離れたとなりの梢(こずえ)に飛びうつってきた連続技は見事というしかないほとんど猿(さる)というしかない。
 ほとんど猿だな、あれは」
 惜しむらくは把んだその枝それが細すぎた、ということで。
 ばきっ
 ーーーーーーーーっっ?!
 「きゃあ!」
 叫んだのは、見ず知らずの少年に抱きとめられて驚いたせいだった。
 「慮外者(りょがいもの)、放(はな)しや!」
 「おっ……と」
 かんだかい童女の声には王者の気迫がある。
 真っ赤になって暴れる子供を腕にかかえて枝上をわたる人間少年の平衡感覚も、なまなかなまじな鍛錬で手にはいるものではなかった。
 ゆさゆさと揺れる中天の緑の小径(こみち)を一陣の風がふきぬける。【女神の手のかたち】と称される金碧(こんぺき)の葉が陽光の波に踊る。
 足の下のはるかな海底でちらつくそれが地表にとどいた木漏れ日の紋様だと気づいて、ようやく救けられたのだと事実にようやく納得したらしい。静かになったのを幹にほど近い大枝に腰かけさせて少年未熟な戦士守護者は内心の冷や汗をぬぐった。
 歳月を経た華蘭樹の梢ちかくは見かけよりも折れやすい。のだ。それが他国の刺客ら間諜などを除(しり)ぞけると同時に、こうして子どもらだけの逃走経路となっている。
 同時に二人の体重というのはかなり危険なカケでもあったのだ。

 
 まえの村でさちうすい孤児たちのために有り金ほとんど投げだした。その結果がこれである。
 「財華(ザイカ)の入市税はひとり七銅貨(ソル)。三年前にはそうだったはずだが」
 憮然としてうでをくむ男は長旅に汚れた姿に長剣をはき、荷駄の一頭もつれてはおらぬ。
 市門をまもる兵たちは軽侮もあらわに槍杖(そうじょう)を交差させ、
 「あいにくと昨秋の祭りから、ひとり三銀貨(ラソル)になってな」
 「暴利だ。ここは自由な商いが謳(うた)いの都邑だろう」
 「さればこそ、食いつめ者など市(いち)には無用との、大公様のおおせよ」
 治安が乱れるだけで役にもたたぬ穀潰し、とはまた紋章をカサにきて、放言したものだ。

 富裕な都に雇われるだけあって腕も確かであろう衛兵の一小隊は片手で黙らせて押し通るというわけにも行かぬ。
 もとより無用な騒ぎを起こすのは本意ではないのだ。そうこうするうちにも検門の順番を待ってうしろに行列ができはじめるし。
 「〜〜っ。やつの言いそうなこったぜっ、あの×××の××××!」
 肉体的欠陥をあげつらうのがけして上品とはいえないのは万国共通なのだが。
 為政者と知己でもあるような不遜な悪態をつく血の気の多い男は、兵どもの反応なぞどこ吹く風で、ほこりまみれの陽に灼けた顔を背後のつれにふりむけた。
 「どうする? マラーサ」
 問われたのは女である。揶揄する口調で、
 「ウード、わざわざ喧嘩を売りに来たのか?」

 
……《碧天(フェンテル)》王家の七恋歌 ……
− あるいは、星よりきたる青銀の船のこと −

  口上 ・ 剣士にして吟遊詩人 …… 一、
  一の歌・ 星華蘭の雅歌

  星華蘭 − ひともとの花にまつわる雅歌(うたがたり) −

 まえの村で売られようとする薄幸な孤児(こども)たちのために有り金ほとんど投げ出した。その結果がこれである。

 「財華の入市税はひとり七ソル(銅貨)。一年前にはそうだったはずだが」
 憮然として腕を組む男は徒歩(かち)での長旅に汚れた姿に長剣を吊り、荷駄の一頭も連れてはおらぬ。
 市門を守る兵たちはあからさまな表情を浮かべて逆手に槍を構えた。
 「あいにくと昨秋の祭りから、ひとり三ラソル(銀貨)になってな」
 「暴利だ。財華は自由な商いが自慢の都邑(みやこ)だろう」
 「さればこそ、食いつめ者など市(いち)には無用、治安が乱れるだけとの、大公様のおおせよ」
 紋章をカサにきて言いたいことを口にする。富裕な都に雇われるだけあって腕も確かであろう衛兵隊は数も多いし、片手で黙らせて押し通るというわけにも行かぬ。
 「〜〜〜〜っ。やつの言いそうなこったぜっ」
 もとより知り人のいる街で無用な騒ぎを起こすのは本意ではないのだ。そうこうするうちにもうしろに検門の順番を待って、行列ができはじめる。
 どうする? と、まだ若い旅の戦士は背後の連れをふりかえった。
 若い、女である。
 こちらもわずかばかりの荷を背に負って長剣と小弓をたずさえただけの仕度。
 ほこりと陽光をさけるためか薄布をまぶかくかぶっているが、均整のとれた長身の肢体といい、かいま見える切れながの黒瞳といい、兵たちの関心をひくには十分にして過ぎる。
 その、まれにみる美女と二人連れであることで自分への風あたりが余計にきつくなるのだとは、呑気な本人は気づいてすらいないが、女の方にはしっかり自覚がある。
 「金はないなら作ればよいのであろう?」
 苦笑を秘めたまなざしで問い返すその指には、ごくごく小さな銀づくりの竪琴がいつのまにか握られていた。
 「放たれた故郷とはいえ我らは本来《谷》の民。ひさびさに伝来の技で生計を立てても路銀を稼いでも、バチはあたるまいと思うぞ」
 とたんに男は嫌そうな顔になる。
 「戦士たる身が大道で、歌舞で路銀を得るとはを売るしかないとは情けない……」
 「それを私に言えるのか、おまえが?」
 剣の技倆においては彼女のほうが格段に上である。
 「オレに唄わせるつもりか?」
 「当然だ。よい声なのは知っている、隠すな。

  ……そうだな、せっかく二人いるのだから……、『星華蘭の雅歌』がいい。覚えているだろう?」
 「おい、待てよ、オレはまだやるとは……!!」
 連れの抗議など黙殺して、さっさと歩き出した女戦士は城壁を背にとって隊商たちと向かい合う。
 「お聞きのとおりの故(ゆえ)にてかたがた、吟遊詩人の最初の一弦、一刻ばかりのお耳よごし、御容赦願いたい。
  ……それは昔の物語。西のかたなるアルヴェの岬に《碧天》(フェンテル)という小さな国があり、」
 和音。旋律……前奏。
 しょうことなしに唄いはじめた青年の声が青空のしたに広がった。


 

 星妃香蘭
 星銀の星船

 天碧き星よりの歌
 天碧き地の者たち

 尊貴真扉
 東木真土


 斎 真扉
 朝 真扉
 東輝真扉
 尊貴真扉
 
 
 ヴァラン ヴァラン …
 慈弦のひびきの最後の調律。
 バルララン! バルララン!
 龍琴の音の力強さ。

 ほら貝が天に哭く。
 地をもゆるがす鼓の波音(プァルラ)
 楽人の声たからかなる、
 讃えよ! 今日のこの日を。

 
 


 ……知ったら、どうするだろう。

 あるいは、運命が異れば、夫としたかも知れなかった相手の顔を思い浮かべてアマラーサはくすりと笑った。
 あいつの反応などいつでも手にとるように判る。
 蓬髪の仙戦士。
 そこ抜けに陽気で単純明快な……。

 愛しているよ。

 けして相手は知らぬそのことを、ひとり、胸のなかで呟いてみる。……女として、男を。

 それでも自分は選んだのだ。

 短かいこの旅が終われば、彼女はすでに人外の存在、不可侵なる月女神につかえる聖巫女戦士となる。




 『月仙譚』

 郷戦士 戦師
 剣策士 仙士
 仙戦士 仙女士
 女仙士 月媛
 仙者  聖戦者
 選戦者 巫女戦士

 ……言わずに出てきた。
 さぞかし、本当に、怒って拗ねるのだろうなと、笑う彼女につられるように野営の火花がはじけ、姿をあらわした最初の細い月が静かに荒野を観ていた。 


 神
 |
 聖
 |…………
 尊 >
 | > ここまでは「人界」に属する。
 仙 >
 |…>……
 貴 > < 以下、「俗界」。

 
 発心(ほっしん)、というのだろうか。その他火(たひ)に出(た)つべきときが私を訪れたのは、涼気をよぶ亜熱帯の月がわずかに欠けを見せる、季節のはじまりだった。
 てばやく荷をまとめ、村をたばねる老にだけ出立を告げて歩きだす。眼下の斜面でもう夕刻だというのに、ひとり鍛錬にはげむあいつの姿があった。
 彼が負かしたい相手はしばらくいなくなる。永遠に、とあるいは言うべきか。今度の旅がかなえば、私はきっと異(ちが)うのだろうから。
 ……怒るだろう。
 まして黙って去るならなおさらだ。これまで私はいつでも、武者修業に足がおもむく前にはあいつに断わりを入れていた。
 あいつが、私にたいしてそうするように。
 

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