『 (無題) 』 (@高校1年の時、……だと思う。)
2006年11月1日 連載(2周目・最終戦争伝説)戦争はきっと始まってしまう
人間が理想だけを抱いていられるのは ほんの一時のことだ。
戦争はまたきっと始まってしまう
人間が理想を抱いていられるのは ほんの一時のことだ。
いつか、60年代安保闘争の歴史小説だけは書きたい。
.
『 (無題) 』 (@中学?年の4/21)
2006年11月1日 連載(2周目・最終戦争伝説)はじめは冗談だったのさ
この俺 たちが 社会批判 (!?)
メッチャ 古いぜ
はいからあ だよなァー
だけどヨォ おまえら
新聞見たこと あるかい
ドンパチ 人間 死んでらァ
あきれるほどだぜ メッチャシブイぜよ
※歌詞。ブルーハーツみたいな学生有志のパンクバンドが学祭で演奏して問題視され、停学〜退学になるという設定。
『 憲法改悪反対 』 (@中学 = 1970年代後半)
2006年11月1日 連載(2周目・最終戦争伝説)憲法改悪反対!
わたしは声を大にして叫びたいのだが
わたしの回りには「なんとなく」が漂い
シラケ世代の仲間たちの内にあって
真念から出る声ですらが
空に追われる
軍備拡張反対!
わたしは戦争の悲惨さを訴えたいのだが
大人たちはそれを白眼視する
何を若造が と
「戦争を知らない子供たち」が
何をえらそうに言うのかと
『 だから平和を歌おう 』 (@中学か高校。)
2006年11月1日 連載(2周目・最終戦争伝説)平和の歌を歌おう
友だちが死んだから
鳩は戦いの為の蹴爪を持たない
だから歌おう 白い喉を赤く染めて
平和の歌を歌おう
平和の歌を歌おう
学生達は兵器廠に通っている
道路には地雷が埋められたし
ミサイルが山を覆っている
この上は竹槍をでも磨こうか?
今は玉砕するにしても二億の総人口
毎日の食糧さえ貧しくなっていくのに
戦車に乗って
戦場に通勤しろと言うのか
だから平和の歌を歌おう 友達が死んだから
平和の歌を歌おう 俺たちの歌を
『 (夢ノート兼用のメモ帳の走り書きからの転記2件☆) 』 (@1985.)
2006年10月31日 連載(2周目・最終戦争伝説)1985.1.10.
その野原いちめんに、貴人たちは、さきほどまでは確かにいなかったのです。夕暮れの空の星々の群れのように、ひとり、またひとりと、にじむように現われては 草の風ふくなかに立っているのでした。
1985.1.22
もう生きていても しようがないと思うのに それでも腹はへるのだ。
おつうは自分の腹のへるのを おそろしいと思い、悲しいと思い、
それでも気がつくとまるまるとした青虫に手をのばしているのであった。
。
えのきのひこ …… もしくは おぎのひこ だったかもしれない
おさのひこ?
天沢退二郎的ファンタジー
年中雨に降りこまれ、雨神と土中の
森の神「えばらすばらの神」(こっちが大玉)をのろいつつ、
のがれられずに洗濯とかに追われてくらしている街。
別地方から来た小学生の一団、不思議な老人。
えのきのひこは、山の中のえぼらおばらの杭を老人に教えられて
たたきわりに行き、
えばらおばらと共に土中に
「えのきのひこ〜〜!」
ファンタジーにおいて
戦いは、こういう風に純精神的に行なわれるべきなのかもしれない。
おぎのひこは強かったし、小悪魔どもを恐れなかった。ただ、死ぬのがつらかった。
○ 上のしらぎく
入園試験
指輪のお話破った たいこきく組の教室に
クラス間大戦争
自伝・すみれ組の章
「いつか自由になるんだ……」
から自由に書き始めてごらん。
りまの記録より
不思議な事件が次々起こること
担任の女の先生、
夢合はせ、竜子たちの打診、
黒い小さな おかしなむれ ……etc.……
旧暦15夜
15夜、すすき、心象世界(はざま)へ。
「暗いものに気をつけなさい。暗黒の邪魔夢(やまむ)に。
影は木に宿る。人の心をかげらせる。」
あら、わたしの姓も木の名前だわ。
竜子たちとは 後半別行動をとり、
魔法に目覚める。そのことは黙っているが、
朝日ヶ森へ行く決心をする。
※イメージイラストあり※
「地球は(いろんなヒーローがいて)にぎやかな星だって
評論あったでしょ。あんな感じだよね、実際」
「うん、一般の人間は、自分たちが
どんなにあぶなっかしく住んでるか、知らないんだ。」
「借りものだもんね、『空の民族』にとっては……」
(アイルミヤ)
どちらへ? と尋ねると
「わたしは探しているの。」
汽車から降りたった
彼女が言った。
「知っていますか? この宇宙が生まれる前にも
ここには宇宙があったということ」
知っています。この宇宙もわたしたちと同じ。
生き死んで、生き死んで、はてしない繰り返し
の中で、何かを探しているのだということ。
「この眼?
ああ、気にしなくてよろしい。わたしは自分の意志で
(自らこの両目を潰したのです。)
※この目が失明するにまかせたのです。(?)
おかげで普通の人々のように花や景色や明るい
物事の明るい表象をだけ見て過ごすことはできなくなりましたが、
そのかわり
このおかげでわたしは暗くよどんだ偽の真実の先の、
真実の光を信じ見通せるようになりました。
「盲目の律子」
尾霧竜子(青い花or青い王子の草原)…… 一の木 宮
楠木りま …… 清瀬律子
あなり
あいるみや
外海 錦 …… 竜子の娘?かもしれない
一の木 宮 (青い花の草原)の娘「尾霧竜子」、その娘、外海 錦 、楠りま と 妹・律子、その血縁、清瀬律子。
すずかけ台小学校(不死の木村)
田島団地
十五夜の銀すすき、
樽台団地 言霊小学校 大和田小学校
律子(リツコ)、八歳。
お父さんが死んだ。お兄さんが死んだ。お母さんが行方知らずになった。
それで妹は遠くの小母さんの家(うち)に引きとられて行き、律子はしせつに入った。
九歳。律子はすっかり変わってしまっていた。一人で起き、一人で食べ、一人で寝た。
一人で学校へ行った。学校へ行っても一人だった。先生に当ててもらえなかった日には、一日中、ひとっことも口を利かない日も、めずらしくなかった。
十歳、律子は五年四組になった。……
五年四組になっても、律子はあいかわらず一人だったが、もう、学校へ行きたくないとか、お家(うち)に帰りたいとか、死にたいとかは、考えないことにした。五年四組には、尾霧竜子(おぎりたつこ)がいた。
律子は、尾霧さんとは話をしたことがない。それどころか、むこうでは律子の顔を おぼえていないかもわからないくらいだった。
1945 「青い鈴の花の草原」
……一の木宮おぎりたつこ、“亜空間”に迷い込み、
青い王子、白い人あなり に出会う。終戦。
1960 楠木りま生まれる。同、立子うまれる。
この年、清瀬、不意に現れ、嫁して楠木清瀬となる。
1970 楠木父子、山火事で死亡、清瀬行方不明となる。
1980
1990
2000 “学校” 清峰 鋭 、国立新教育機関実験棟から脱走。
森の中で緑の少女に助けられる。
◎ シリーズ・暗闇の童話集(ブラック・メルヒェン・ファンタジー)について
どうしたって小品の連作である。
地理的な架空的小宇宙が形を成し始めている他は、
人物設定、人物相互の関係、年次設定その他一切が
未完成。むしろそのままで書き始めてしまってよい
と思う。不可思議さが出て。
時間的なわくとしては、
終戦から21世紀つまり2000年までの55年間。
最初が終戦間際の“青い鈴の花の草原”、終しまいが
これはもう大分S・F色の濃い“学校”(鋭の話)で、
登場人物の年齢層も大体この間、つまり活動範囲は
小学生である。尾霧竜子は例外。
作品を書くに当たっては、心理・人物描写の文章は一切不要。材料は主にわたし自身の空想歴から取り、従って出てくる“不思議”の種類には一切わくを設けない。ひたすら天沢退二郎(と宮沢賢治?)を参考にする事。迫力のありすぎる長寿人は出ない。
◎ シリーズ・朝日ヶ森小宇宙(仮題)について
国民戦線<>人民戦線
まだH・F(ヒストリー・フィクション)的人民戦線には至らない、前段階的な、学生たち、主として中学、の裏舞台。“暗闇の童話集”の次、“新世界
この時点になると旧いものたちの大部分はあらかた姿を消し、前はごく少数を占めるに過ぎなかった“黒いもの”と緑衣隊とが、不気味なものたちのメインとして浮かび上がってくる。それに引きかえ主人公たちの“味方”である善神たちや“白い力”は姿を失い、ごく強大な力を持つ数人の魔法使いと前哨線エスパー、新たに『科学技術クラブ』が戦列に加わる。
前後のシリーズの過渡期で、やはりブラック・ファンタジーの系列であるから、人物はそれ程大事に扱わなくても良い。このシリーズには、直接、それらしい長寿人・不思議人は登場しない。ほぼ朝日ヶ森中学部のみの閉じた世界である。
◎ 一の木宮 及び 尾霧竜子について
きつい感じの子。リーダー格。
宮の力は血統によるもので、不死の木村の不思議人たちに属し、他所者の得体の知れないのと幾晩も行方をくらましたり、たばこめいたものを持ち歩いたりしているので、世間からは不良と目されている。
竜子が“知って”いるのは『青い鈴の花の草原』以来で、青い王子に与えられた魔力を拠り所に、彼の願いの為に動いている。
宮があなりの娘、あなりがりまの母親で、ちなみに竜子の娘が外海錦にあたる。
不思議の才能においては、二人とも、どちらの楠とも対等であるが、与えられた魔力であるので、時、つまり治まる事が治まった時にはその力を失う。ただし宮の場合は封じられるだけで、子の代へと潜在する。二人とも、最後には洋子のように駆け抜けて行く。
竜子14歳時に“お宮”は小5か6?
姉妹と間違われるほど雰囲気が似ている。
(★鉛筆描きのイメージイラストがあるのですが、
お見せできないのが……以下略★)
色の黒さも手伝ってか、何とはなしにインド人めいた顔だちで、びっくりする程黒眼が大きく、時々には緑がかって光を帯びたりする。
クラスでもすごく目立つ方だが、有馬たちのようにクラスメイトを牛耳ろうとはしない。常に自分のやりたいようにやっていて、邪魔をされた時の怒りようは、余程の相手でない限り即座に逃げ返らせてしまう。
◎ あなり
青い王子と共に、封じ込められようとする亜空間に暮らしている女性である。一聞して白痴とわかる話し方をし、はかなげで、幼女のままの“白い女性(ひと)”。
◎ 楠(くすのき) りま
妹・
「暗いものに気をお付なさい。暗黒の邪魔夢に。
影は木に宿る。人の心をかげらせる。」
朝日ヶ森主要部見取り
大朝日ヶ森 閃ウラン鉱脈
○あぜにくる大滝
|
物忘れ沢
|
○あぜにくる小滝
|
○雹湖 石炭層
| 地下発電所
物忘る谷 □12号棟 −−地下ケーブル−−
|
○霧湖 □本部棟 アーヅマハヤ
| 地下水流
| □中
○あぜでく洞(どら) □高
| □大学部 地下 有澄家別荘
○月畝州沼 女子寮 組織 林道
\
\銀百青川(物忘る川)
朝日岳↑
登山道
↓二面渡野街へ 山小屋
|10km|
二面渡(戸)野街(間地,魔地): どうしてこんな所に集落が発生し得たのか、朝学生にもよく解らんという不思議な町。起源は学園と同じ位まで逆のぼるらしく、郊外の座敷童子(わらし)つき藁ぶき農家からバラの洋館、ごく一般的なパン屋に至るまでなんでもござれ。“気違い踊り”その他にも関係しているらしいのだがさだかではない。
◎ 有澄家の朝日ヶ森山荘について。
※ いにしえの朝日新聞の広告の切り抜きが「イメージイラスト」
として貼り付けてあるのですが、皆さんに…………以下略w
隠し階段やら何やらからくりが多くて、忍者屋敷めいた趣きを持つ家である。
◎ フィルムライブラリー
※ いにしえの朝日新聞の記事の切り抜きが「イメージイラスト」
として貼り付けてあるのですが、皆さんに…………以下略w
※ 清峰鋭とマーライシャ(日本人に変装中)/ともに12歳?の、
シャーペン描きのイラストがあるのですが……以下同文w
市原有枝(アリエ)、12歳。朝日ヶ森魔法隊の子である。姉一人、弟一人、久しぶりに夏期休暇で一家そろって“本家”へ帰る。“本家”は山と海の境にある。
数年前まではまったくの田舎であったが、今は観光地化の波が押し寄せていて本家の一角も民宿に改装されていた。
“山”の方で幾つかの事件が起る。「何か」と共に消え去った弟を探し出さねばならない。アリエは姉の奇妙な行動を見る。
父は山の“マ”に対して絶対な安全を持っている。父の血を引く子供たちも同じ。早廻りである山道の方を父と姉と小父たちが登っている間に、自分たちは沢沿いに登って行って見よう、と、不安を抑えられないアリエは母に提案する。中途まで行った時に大音響と共に地震が起り、崖くずれの真っ直中にまきこまれる。
精霊の地を引いているアリエはともかく、母の身は危険。“種”のペンダントを渡し、自分の身を盾に守ろうとする。祈るうちに、“木”の魔力でない何か他のもっと力強いものが混じるが、アリエ自身は気がつかないし、地響きがおさまった後で母に尋かれても覚えていない。母は漠然と、この子には父から受け継いだもの以外の力が秘められているようだと感ずく。
だが地響は実はアリエ達をおそったものではなかった。父は虜になり、姉は行方不明。小父たちは死体で発見される。戦慄するアリエ。魔法隊の仲間達に招集をかける。
いつの間にか“町”は外部から寸断されたかのような静寂を保っている。新聞が届かない。ラジオがこぞって故障する。(テレビはない) 本家の一部が地震で倒壊し、汽車の都合で直ぐには帰る訳に行かない民宿の客達をアリエはバンガロー代わりのかつての“木小屋”に案内するが、わずかの間にそこの木材は腐蝕しており、何故だか解らないが地震の予調を察知したアリエは慌てて客たちを非難させる。ギリギリで“波”に追いつかれて小屋は倒壊。海辺に向けて下る道すがら、アリエは不思議な勘で“波”から避難しなければいけないもの、じっとしていて大丈夫なものを見わけて声をかけて通る。海辺。顔見知りの子供たちが幾人かの母親に付きそわれて泳いでいる。アリエは客たちを駅に向うバスにのせて、浜に降りる。怖い程の夕焼けが徐々に無彩色の世界に見え始めた時、水の中に足だけ入れて立っていた子供達が順ぐりにバタッバタッと倒れ始める。最初気づかずに子供たちをしかっていたアリエも、やがて彼らが皆『砂の中の見えない手』に引き倒されているのだと気づく。大慌てで土手の上へ上げようとするが、母親たちも黙ったまま、あるいは悲鳴を上げながら砂の中に潜り始め、一旦土手に上げた子供たちも無彩色の夕陽に引きつけられたようにして、アリエの声に耳もかさずに浜へ降りてしまう。絶望しかけた時に魔法隊の仲間達が現われて危機を救った。
子供と母親たちをそれぞれ家に送り届けた後。再び浜辺へ集まった皆の口から、アリエはこの町に至る交通機関は全て土砂崩れでストップされているのだと聞かされた。海・空・樹の三族全てが故意に人間に害を及ぼしている。まだ大方が“マ”と血縁を持つ者で占められていた魔法隊全体が動揺する。
暗転。再び夕焼け。幾人かはこの事を朝日ヶ森本部に知らせ、指示をあおぐべく引き返して行った。アリエのグループリーダーである“わたし”は、とりあえずこの町で引き続き起きるであろう事件を見張り、人々を保護しておく目的で班を率いて残る事にした。ふと気がついて、当時数少なかったESPERである遠視者に頼んで、他にもこんな事件の起きている箇所がないかを全地球規模で探らせた。世界中を大きな三つの波動が覆っていて、特に自然破壊のひどさで知られる土地に今にも襲いかかりそうにしているという。一ヶ所、あまりに邪悪な念に占られていて眼を向ける事のできない土地がある。
……海・空・樹の三族さえもが話に聞く“何者か”と結託して人間を滅亡させる方向へ動き出した? ……全員が確信に似た不安にとらわれた時、突如としてアリエの体が炎色に光を放ち始めた。“彼女”はアリエとは微妙に違う声音で、大地母神の三つ子たちが愛児(まなご)である末つ児を倒す為に動き始めた、大地母神は嘆いていると言う。“わたし”が“彼女”に名を問うと、アリエの輪廻体である、大地母神の血を引く地人(アトラン)の娘、巫女マヤトであると告げた。
恒沙魔矢土の隣世界シリーズ。ブラックファンタジー編
今日の放課後、学校帰りの町はずれの道で、今日子は後ろから来た車に……
グーン・ブー
オンクニ
.
『 (無題) 』 (@小学校or中学校)
2006年10月27日 連載(2周目・最終戦争伝説) コメント (1)
昔々はるかな昔、僕がまだ本当に幼かった頃。そうあれは小学校の3年だ。孤児院にいた僕の所へ、緑色の護衛を二人つれて白い服の男が緑の服でやって来た。
その白い奴は妙に高圧な態度で院長先生を呼びつけて、話をしながら蛇そのものの目付でこっちをじろじろ見るんだな。
(あ、こいつは気に食わないな)
僕は一目でピンと来たよ。
だけどそいつが持って来た話は魅力的だった。
(前哨線)
× × ×
《センター》の広大な敷地内の西半部中央、J.S.E.S.系の建物の集中しているエリアのひとすみ。周囲のものよりも比較的小規模な“教育・訓練法開発棟”の一角に、ひとまず奈津城の個室はしつらえられていた。
8077のNo.のある、白亜の建物の最上階・4階である。
一旦、用意された部屋をのぞいた後、準備を整えた係員に2・3の指示を与えて再び奈津城は階下へおりた。
No.8077棟1階。エントランスからは少し離れたロビー部分の奥、一段高まったところに ちょっとした自給カフェテラスが仕切ってある。
完全な自販制で色気もそっけもない。とは云え《センター》内では特権階級ともいえる独立研究者(ドクター)と独立研究助手(インターン)・制度的にははるか下位だが いざという時には実指揮権を握る警備要員・緑衣隊の士官クラス、そういったエリート専用のエリアである。調度や設備には相応の金がかかっている。
品も上等で種類も多い。
奈津城はためらわずにそこへ入って行った。
別に茶を喫みたいというのなら自分の部屋で仕度させれば良い。それだけの設備や物はそろっていた。ただ、奈津城は自室へ慣れない人間が入っているのは好まないのだ。部屋の中を手直しさせておくために人手が必要とあれば、自分が出て行く。
そしてカフェへ出向いたのにはもうひとつ別の目的があった。
デモンストレーションである。
奈津城の後には、数歩はなれて、それが本来の彼らのコスチュームである緑の隊服をつけた北沢と遠野がノーマル装備で従がっている。北沢の胸には上級指揮官の徽章。
彼らは護衛兼側近参謀としての任に着くようにと奈津城のもとへ派遣されているが、主人の行動と緑衣隊との利害関係いかんによっては ためらいなくこの少女を撃殺する可能性もあるのである。
今は上部からの命令は“野々宮に従え”であったが
そんな部下2人を従えて13歳の少女はカフェテリアへ足を踏み入れた。
結構広い部屋の中にざわっとざわめきがおこる。
デモンストレーション。さっきも云ったようにこのカフェはエリート専用のエリアである。
エリート候補たるJ.S.E.S.の教育・訓練生たちもまた別の理由から立ち入りを禁止されている。
奈津城は落ちついて中央やや奥まった席に腰を降ろし、(人間の本能としてこういう場所では壁際から埋まってゆくのが常である。
幸い座っている連中の大半はまだ若い独立研究助手(インターン)と、彼らに従がって特権階級のエリアに立ち入っている平研究員ばかり。ここには緑衣隊員も歩哨に立たない。
1〜2分のうちに、若い
帰ってきたのか?!
まさか。科学分野への関心値のあの低さを覚えてるだろう。
第一、J.S.E.S.への復帰なら、あんなに堂々とここへ入ってこられる筈がない
様々な推測、個々の思惑が そちこちのテーブルの間でとり交される。
奈津城は頃合いを見はからって北沢に用を言いつけて一旦退出させ、遠野に紅茶のおかわりと軽食をとりにやらせた。
暫時、少女はまるで無防備な存在になる。
「やァ、ナツキちゃん
予測通り、席をたって話しかけに来る者がある。奈津城は上品に首をまわして声の主を見る。見るからに軽薄そうなこすっからい様子をした男
「……まあ。イチガネさん、でしたわね。お久し振りです。お元気そうでなによりですわ。
確かに少し早熟気味であり、異常なほどの聡明さをそなえてはいるが。そこにいるように思われるのは 上品で育ちの良い、どこから見ても純真無垢な幼ない美少女の見本である。小王女像、と云っても良いだろう。しかしかつてのJ.S.E.S.生活中、世間なみに考えれば学齢に達したかどうか
いいですかネ、などと見かけは丁寧に尋ねながら、返事を待つまでもなく壱金は奈津城の正面に陣どった。しきりにしゃべりまくるのはこのテの男には共通の態度だろう。存在感の薄さ、中味の頼りなさを、騒音によって補なおうとでも云うのだろうか。
戻って来た遠野からトレーを受けとりながら、にこやかに、あでやかに、奈津城は壱金にむけて頬笑みかけた。この男がうまくこの場に居あわせたこと、最初に声をかけて来たのがこの男であったことに対して神に感謝でもしてやりたいような気分になっている
「……そんなワケで、まァ長年コツコツと地道にやっていたのがむくわれましてネ、独立研究者(せんせい)のおかげサマで今ではいっぱし、独立研究助手(インターン)として大きなカオをさしていただいてる、とこんなワケなンですヨ。」
実に残念そうに壱金は長広舌にピリオドを打った。
「まあ、すばらしいですわ。出世なさいましたのね」と奈津城。
「いや、なに……」男のニキビだらけの鼻がピクピク動めき、途端、奈津城は口の中の食物を飲み下すのが困難になった。
あわててハンカチで口をおさえ、瞬間的な吐き気をこらえる。
「おや、どうか。顔色が青いようですヨ。」
「……なんでもありませんわ。慣れない飛行機で着いたばかりなものですから」
主人のもくろみや内心を知ってか知らずにか、憮然とした表情のまま遠野は待機の姿勢を崩さなかった。
「
壱金がようやく本題に入ろうとする。
((、しらじらしい))
奈津城は人畜無害な愛らしい微笑を浮かべたまま内心苦々しく毒づいた。
通常、ある存在の動静に関して もっとも詳しい情報を握っているのは それに敵対する者であると云われている。
《センター》屈指の有力者でありJ.S.E.S.関連プロジェクトの主要推進力でもある……
(未完)
○ 邂 逅
《センター》というのは、正確には国立科学者養成学校(J.S.E.S.)のみを限定して指す言葉ではない。同じく国立の、広大な敷地と予算・人員とを持った 科学・技術開発研究所
したがって科学者の卵たちの授業の何割かは実際の研究の一端を担う
いくらかは人文科学・社会科学系統を志す人間もいるのだが、これも最終的にはデスクワーク中心の専門バカになってしまうという点で大同小異だった。特にこの分野では、《センター》は有機的組織の編成・管理法に関して、目覚ましい成果をあげ得ていた。
「…… 《センター》へ行くわ。手続きしなさい、北沢」
報告書の最後の1行に目を通し、既処理のマークを捺(お)しながら云う。
「視察ですか、何日ほど」
「引っ越しよ。当分むこうに居つくわ。出発は明後日。」
「承知しました。」
北沢は軽く一肯してすぐに出て行く。慎重190cm近い、痩身の、非常で有能な男。奈津城(ナツキ)への忠誠心に少し欠けるとさえ思える、だからこそ信頼のおける、筋金入りの武人。
「
うっそりと部屋のすみからこちらを見ているのは、いつもこの男の方だ。
「……別に。」 低い声でぼそりと答える。例によって百万言も不平をためこんでいるのは目に見えているというのに。
「だったら早く行って あたくしの荷物をまとめなさい!」
ダン!! ぶ厚い書類の束を机の上でそろえて、ひきだしに放りこむ。
「わかりました」
いんぎん無礼きわまりない大時代的な辞儀。それから無愛想に背をむけて、皮肉にゆったりした足どりで歩き、扉をあける。
「お待ち。」
イライラと爪を噛みながらにらみつけ、よっぽど怒鳴りつけてやろうかとも考える。それからひと呼吸おいて気を鎮めて、
「これはもう下げていいわ」
傍らの盆を指さす。
遠野はかすかに微笑したようだった。比較的小柄で横幅のがっしりした、山男めいた印象を与える彼である。素早く歩み戻って来て飲みさしの茶器を取りあげた。
「ナツキさま。」
他には何も云わず、ただそう呼びかけただけで男は一礼して部屋を出て行った。
「……まったく。妙な男!!」
奈津城と呼ばれた彼女はまた新たな書類の束を取り出すと、判や文献などを片手に手速く処理を始めた。
野々宮奈津喜
そして、《センター》にゆかりの子供だった。
精子銀行、というものをご存知だろうか。1900年代も後半になってU.S.A.にて設立され、ノーベル賞科学者の精子と遺伝的に優秀な女性の卵子の人工的なかけあわせ実験を行う、一種非人道的でもある研究機関のことである。
《センター》でもそれに相前後して、純国産で極秘裡に同種の実験が行なわれていた。
そう、野々宮姓を名乗るこの驕慢な少女は、その生きた実験結果であり、数少ない成功例の一人だった。消えゆきつつある旧家の当主・野々宮子爵は、借金のカタに実の妻の生殖機能を売却したのである。世間体のために書類でだけ実の子としてナツキを扱いながら。
野々宮奈津城を成功例であると書いたが、実際にはそれが成功であるのか、失敗であるのか、判定が難かしいところだった。IQで云えばその異常なほどの高さは確かに成功と言えた。が、優れた後継者、より有能な科学者の出現を期待した当初の実験目的からすれば、《センター》としてはナツキを全くの失敗作と断定せざるを得なかったのである。
おそらくは卵細胞からの影響をより多く受けてしまったのだろう。
奈津城は、小児期から今日に至るまで、自然科学的なものに対しては一切の興味も適性も示そうとしなかった。彼女が激しい魅力を見いだすのは芸術作品に対してであり、哲学や思想・複雑に入り組んだ政治状勢などにであった。その生まれついての自負心は己れを意に染まぬ方向へ誘導しようとする環境に、あえて順おうとはさせないようだった。
以上のような推移から9歳の冬にこの早熟な少女は戸籍上の実家へ帰されたのである
そして無能な義理の父から家政の権限を奪いとるや、世間一般からは注意深く自分の姿を隠したまま、傾むき切った野々宮の財政を奈津城はたちまちにして建て直してしまった。
更に4年。
少女は次第に大きな力を身につけつつあり、それにつれ、何か莫とした野望めいたもの、大胆な計画が、心の奥底で形を成し始めているのが 彼女自身にもはっきりと解るのだった。
「……ふん。」
自ら指定した、出発の日の朝である。北沢も遠野も昨夜のうちには全ての手配をおえていて、あとは主人が出掛ける気になりさえすれば いつでも出られる状態。待機時間である。
それでもゆったりと優美な細い肢体をソファに埋もれさせて、奈津城は遅れて届いた最後の書類に目を通していた。
片手に紅茶のカップ。
「この前打った手はどうも無駄になってしまったようね、K物産の株は上昇一方。野々宮K.K.系列のかなりのダメージはこの分だとふせぎ切れないでしょう。
「は。」
「後で古物商の大井戸に電話を入れて、3日以内に例のものの買い付けを始めるよう云っといて頂戴。……いつまでも杉谷の好きにさせときゃしないわ。」
最後の部分は独言で、少女はつぶやきながらペロリと血の色の唇をなめる。対象的に色の薄い淡桃色の舌が、未だ子供の体型から抜け切っていない美少女の顔に、奇妙に妖艶な表情を与える。双眼が光をはじいてきゅっと細められる。
狩るべき獲物を与えられた時の、野性の猫族の微笑み。
「出掛けるわ。遠野、上着を」
目的地までは専用のジェットで3時間ほどだ。
『 序章 ・ すべての始まり (5) 』 (@1982.07.06.)
2006年10月24日 連載(2周目・最終戦争伝説) × × ×
その日の午後と夜と次の日の午前中いっぱい、囚人護送車のような造りのその大型自動車は休みなく走り続けた。鋭は頑丈な後部荷台その間中ひとりで乗せられていた。
ひとりぼっちが淋しくて怖い、などという殊勝な子供では最初っからなかったし、本を持ちこんでいたので退屈もしなかったけれど、夜も毛布一枚でそこに寝かされたのには閉口した。なにしろ走り続ける自動車の中の、固くて狭い作りつけのベンチの上だったのだ。揺れは比較的少なかったとはいえ夜中に確実に2回はころがり落ちた。
結局、目がさめてみると床の上にじかに寝ていた。
いつかの夏休みに川原にテントを張った時のことを思いだす。
「う〜〜〜……」
食事はさし入れられたしトイレには2時間おきの小休止があった。
けれど、歯ミガキも着替えも洗顔もなしだったのでひどく不潔な気がして具合が悪かった。風邪をひいてしまったようでもあった。
「着いたぞ。」
朝食からだいぶんたってそろそろまた空腹を感じだしていた頃、車が停ったと思うとヘンにピカピカする緑色の制服を着た男たちが鋭をおろしに来た。緑の服 小ヶ崎教授の奇妙な背広と同じ、人工的でよくよく見るうちに背中が粟だってきてしまいそうなヤツである。ただ地紋はなく、織ってあるものなのにまるでビニール布のようなテラテラした光沢。
「独立研究者(ドクター)・小ヶ崎は他に急用ができたのでこのまままた外部に出向かれる。おまえは正面に見えるあの白い4階建ての棟に行くように。連絡は既についている。これが通行証だ。
ゲートでこれを見せればすぐに迎えの者が出るよう手筈がついている。では。」
他の2人より階級が上であるらしい制服の男が、口早にそれだけ云ってまたすぐ運転台に戻った。
「あ・ありが ……」
鋭が礼を云う暇もなく、残り2名の隊員をも乗せて、制服や背広と同じ緑色をした車は走り去って行った。
リツコがいれば その車が昨日校庭に乗り入れてきたあの大型車と同じものだと すぐに気がついたことだろう。
ともあれ、何が起こったのか、何が起ころうとしているのか……?
そんな事柄にはまったく気づかぬげに、鋭は、教えられた白い建物へと素直に歩きはじめた。
ときに19××年6月末日。気象庁は例年より幾分早く、激しかった今年の梅雨がすでにあけたことを宣言した。
その日の午後と夜と次の日の午前中いっぱい、囚人護送車のような造りのその大型自動車は休みなく走り続けた。鋭は頑丈な後部荷台その間中ひとりで乗せられていた。
ひとりぼっちが淋しくて怖い、などという殊勝な子供では最初っからなかったし、本を持ちこんでいたので退屈もしなかったけれど、夜も毛布一枚でそこに寝かされたのには閉口した。なにしろ走り続ける自動車の中の、固くて狭い作りつけのベンチの上だったのだ。揺れは比較的少なかったとはいえ夜中に確実に2回はころがり落ちた。
結局、目がさめてみると床の上にじかに寝ていた。
いつかの夏休みに川原にテントを張った時のことを思いだす。
「う〜〜〜……」
食事はさし入れられたしトイレには2時間おきの小休止があった。
けれど、歯ミガキも着替えも洗顔もなしだったのでひどく不潔な気がして具合が悪かった。風邪をひいてしまったようでもあった。
「着いたぞ。」
朝食からだいぶんたってそろそろまた空腹を感じだしていた頃、車が停ったと思うとヘンにピカピカする緑色の制服を着た男たちが鋭をおろしに来た。緑の服
「独立研究者(ドクター)・小ヶ崎は他に急用ができたのでこのまままた外部に出向かれる。おまえは正面に見えるあの白い4階建ての棟に行くように。連絡は既についている。これが通行証だ。
ゲートでこれを見せればすぐに迎えの者が出るよう手筈がついている。では。」
他の2人より階級が上であるらしい制服の男が、口早にそれだけ云ってまたすぐ運転台に戻った。
「あ・ありが
鋭が礼を云う暇もなく、残り2名の隊員をも乗せて、制服や背広と同じ緑色をした車は走り去って行った。
リツコがいれば その車が昨日校庭に乗り入れてきたあの大型車と同じものだと すぐに気がついたことだろう。
ともあれ、何が起こったのか、何が起ころうとしているのか……?
そんな事柄にはまったく気づかぬげに、鋭は、教えられた白い建物へと素直に歩きはじめた。
ときに19××年6月末日。気象庁は例年より幾分早く、激しかった今年の梅雨がすでにあけたことを宣言した。
× × ×
机を直したりなんだりでいっとう遅くなってしまったリツコは、思い牛乳びんのケースを一人で運び上げなければならなかった。
5時限目は音楽で、音楽室へ移動して音楽の先生の授業だった。6時限目、教室へ戻ってしばらくしてからも細貝先生はあらわれなかった。生徒たちがみんなして騒ぎはじめた頃になって5組の楠本先生が来て、4組は自習だから帰ってもいいと云った。
みんないなくなってしまってもリツコは帰らなかった。楠本先生にきけば何か教えてくれるかもしれなかったが、リツコは男の大人の人はどうも苦手で、話しに行くのが恐いのだった。
あっというまに学級文庫の『世界の名作』シリーズ、残り3巻を読み終ってしまう。はっと気がつくと外はもう暗く、西の方の雲が少し切れて赤い光がさしこんでいた。雨がやんだのだ。時計を見ると6時45分。とうに門限を過ぎていた。……また食事ヌキだ。
((まァいいや。))
リツコは少し首をかしげて考えた。清峰クンはどうしちゃったって言うのかな。細貝先生だって毎日下校時間には、いのこっている生徒を帰すために(たいていの場合リツコ1人だったが、)教室へ見まわりに来るハズなのだ。
((おかしいな。今日はおかしいことばかり。))
首を振ってリツコは教室の中を見わたした。それから校庭を。もう一度室内を。
何がいつもと違うというわけではなかったが、やはり何かが見慣れた世界とは喰いちがってしまっているのだった。それともそれは今までもずっとあったもので、ただリツコが気づかずにいただけかも知れない。
危険、とか不気味、とか云うのではなく、ただ何かしらあやしくて、間違った、あってはいけないような雰囲気がぴったりとあたりをとりまいているのだ。
すぐに真っ暗になってしまったが、別に電気をつけたいとも思わなかった。昔から不思議と暗闇を恐がらない子供だったのだ。お腹がすいたけれどそれも慣れていた。清峰クンの席から上着と(鋭はいつでも非常に準備の良い子だ。)枕がわりにザブトンを借りると、リツコは机の上につっぷしてそのまま寝入ってしまった。
翌朝、朝一番の光で目が覚めると5時10分前だった。そうすると清峰クンも先生もついに戻ってこなかったらしい。戻って来てもしリツコを見つければ、先生なら大慌てで送って行ってくれるだろうし清峰クンなら自分の所へ泊めてくれるだろう。リツコはあくびをし、寝ちがえてしまった首をぐるぐるまわした。
どうりで一晩中風の音がうるさいように感じたわけで、窓の外はすっかり晴れてしまっていた。よい天気だ。
((夏が来たのね……))
なんとはなし そんな風に感じながら清峰クンの荷物と自分のとをまとめ
一旦ある場所へ寄って隠してあるお財布を持ちだしてき、一軒だけ開いていた牛乳販売店でパンと牛乳を買う。おばさんになんだという顔をされたけれど別に気にもとめなかった。
公園で朝食を済ませる。午前5時31分。
それからリツコはてくてくと街はずれへ向って歩きはじめた。
濡れたまんまのバス停のベンチで始発の時間を待つよりも、リツコはこの道をのんびり歩いてゆくのが好きだった。
朝まだきの白っぽく明るい光のなか、まだ古びていない舗装道路の両脇に新旧とりまぜて小ぎれいな住宅街。朝もや、朝露、なごりの雨滴に虹の色どりをそえられて、紫陽花、緑樹、バラの花などが歩道にのりださんばかりに生き生きと息づいている。
駅前広場へ通じる国道との交差点を通りすぎて、右へ左へゆるくカーブをえがきながら道は続いてゆく。市街地を外れ果樹林とわずかばかりの段々畑を抜け、となり町との境にあるゆるやかにうねるような山地にさしかかるあたり、リツコの道はバス道路からそれて美しい林のなかへわけ入っていった。
鳥の声がする、葉ずれの音がする。ひいやりと心持ちうす暗く涼しい木立ちのなか、雨続きで表土をすっかりはぎとられた黄土色の小径が、山頂へと登っている。車のわだちの跡が小川になっている。
澄んだ黄金色の光が雑木林の中へとさしこみ始めていた。少女の行く手で紗幕
鳥の声がする。蝶がとんでゆく。
すでに小一時間ほども歩いていたがリツコは一向に疲れた様子を見せなかった。むしろ小気味よく息をはずませ、頬を紅潮させて急勾配の坂をはずむように登ってゆく。山頂が近い。
特に枝の繁ったやぶのわきを抜けると目的の場所が見おろせた。清峰鋭のいる、聖光愛育園。キリスト教系の私設孤児院である。自然に足が速くなる。
と、その時、眼下の渓流の勢いのよい響きにまじって、どこかすぐ近くから人の話し声めいたもの音が聞こえてきた。
((え、))
リツコが足を止めるのと、
「ほお〜〜〜、ほけきょ!」
間の抜けた鳴きマネと共にヒョロッとした男の子が道の真ン中に飛び出して来るのとが、ほとんど同時だった。
ふみァお〜〜〜!! 男の子は今度はネコのまねをした。ウグイスに比べればはるかに堂に入っていて、身振りも加えて警戒する時の猫の感じが実によく出ている。
ヒョロッとして見えると云ってもそれはむしろ痩せているせいで、実際にはそう背が高いわけでもなく、歳も、せいぜい2つか3つリツコより上というぐらいのようだった。リツコは安心して、少し微笑った。
「なんだなんだ」
「なによ、へったくそな合い図ね」
男の子が飛び出して来た(正確には斜め上くらいの木の枝から飛び降りて来たのだったが)側のやぶ陰から、さらに何人かの子供たちがドヤドヤとかけ出して来た。
「どうした、登校時間にはまだ早いだろ。それとももう
しんがりになった背の高い男の子が、リツコを見つけてひどく慌てた顔をした。「誰だい、その子」
「ミーちゃんが知ってるワケがないんだもんネ」
「どっちから来たのよ」
「逆ホーコー」
「みはりィ〜〜〜、発見が遅いじゃないか!」
まぁまてよ、とか云って背の高い大人っぽい男の子を中心にワヤワヤと何やら相談し始めるのを、リツコはキョトンとした面持ちで傍観していた。
彼ら6人の子供たちは、議題にされている少女には知るべくもないが、昨日小学校脇のアジサイの陰に集まっていた例の連中である。
「きみ、名前は?」
すぐに意見はまとまったらしく、6人はリツコの方へ振りかえった。
((あの、……))
「ダメよォ! 礼儀しらず。」
リツコがあいまいに笑ってすぐには答えないのを見て、すらりとした体つきのカッコ良い女の子が質問した子を叱りとばす。
「ヒトに名前きく時はまず先に自己しょーかいするもンだって学校で習ったでしょーが。」
それから、
「あのね、あたし、ゆりや。こっちのコが“ノッポ”ってってあたし達(ら)の班のリーダーなんだ。で、そっちが“ふたご”のマークとレーニ。後ろにいるのが、ミーとおミソ。あたしたち、ちょっとワケがあって、あそこの
× × ×
「ここだ、ここだよ、市立『尊臣(とうとおみ)』第2小学校。可能性の最後の1人がいるところだ。」
すっぽりかぶったレインコートのフードで髪を隠して、双子の片われが快活に走って戻って来た。あまり目立たぬようにと、あとの連中は角をまわった植えこみの陰で待っていたのである。
「いま何時? 12:35か、昼食中だね。この学校ひる休み何分からだろ。」
背の高い黒髪そばかすの少年が防水のデジタル時計をのぞきこむ。
「昼休みはやっぱマズいんじゃない? 校内はいるのはサ」
「相手の都合もあるだろうし……第一めだつわ。」
そういう彼らにしてからが、登校中であるべき小学生である。
彼ら6人は学校の角の、紫陽花の大株と大株の間の奥まった所に集まっているのだった。アジサイの生け垣は、不思議なことに校庭の鉄柵の外側にあるのだ。
「なんか気にくわないんです、る。この学校、どうも嫌な“気”がよどんでいるみたいでする。」
柵ごしに校内をのぞきこんでいた、一番小さい子が戻って来てそう報告する。
「なに、おミソ。どういうこと」
年長の勝ち気そうな少女が聞きかえす。“おミソ”と呼ばれた子はモジモジして風がわりなマントのフードをますます深くひきおろす。
「よし。」
リーダーとおぼしき黒髪の少年が云った。
「雨もひどいし、食事して、さっき見た市立図書館で時間つぶそうよ。……放課後まちぶせすればいい」
わーい! 双児が歓声をあげ、もう1人の男の子がしみじみとつぶやいた。
「助かったァ、ミーちゃんもう毛なみがぐしょぐしょヨォ☆」
女の子が長い髪をなびかせて笑い声をあげる。それほどまでにこの年の梅雨はひどいものなのだ……
leader 黒髪、そばかす → のっぽ(黒ずみ)
twin 金髪ロールヘア マーク・エンゲル・レッドフラッグ
金髪ストレート レーニ・ボリシェ・レッドフラッグ
a girl 黒髪ローレ色白 ゆりや
塔遠見
尊御々
× × ×
清峰 鋭(えい)がおとなしく先生についてゆくと校長室の隣の応接室へと招じ入れられた。
「失礼します、うちのクラスの生徒がなにか
先に立った先生が校長に尋ねる。
「やァ、やァ、細貝クン。悪い用件ではないようだよ。こちらの御方が清峰クンに話があるというんだ。」
「小ヶ崎(おがさき)と申します」
校長と向いあった客人が軽く一礼した。
行儀良く、細貝先生と並んでお辞儀をして腰かけて、初めて目を上げて相手をみたとたん
生徒のそんな様子には気づかないようで、大人3人は型通りの挨拶などを交しあっている。
その男はわりあいに小柄で、尊大そうな態度や言葉使いをする反面、ひどく狡猾でいかがわしい雰囲気をもかくし持っているようだ。日に焼けていない黄色い肌に、ひどく分厚い黒ブチ眼鏡をかけて、しきりに唇と舌を突きだすようなしゃべりかたをする。
けれど鋭に、いつかヒルを背中に放りこまれた時のような感じを思いおこさせたのは、どこの町にでもひとりはいそうなその男の陰険さではなかった。
緑色
それはよく見れば自然の葉っぱの色に似せて作ってあるようでいて、やはりまるっきり違った性質をもっているものだった。木々や草の緑があくまでも優しくてしっとりと湿っているのにひきかえ、そのスーツの色は毒々しく無味乾燥で、ひどく人為的な感じを与える。
奇妙に目のまわるような形の地模様が織りだしてある。
鋭はそっと様子をうかがってみた。2人ともごくあたりまえの顔をしてあたりさわりのない時候の挨拶をとりかわしている。気がついていて礼儀上、表に出さないでいるのとも違うようだ。
コトン。音をたてそうな調子で不意に大人2人は寝入ってしまった。
いつのまにか、男は瞳から妙な圧力を発して鋭を見ていた。鋭はそんな眼つきを以前にも見たことがある。
「
ゆっくりと、抑揚の少ないくぐもった声で男は話しはじめた。
「わしは Dr.小ヶ崎。J.E.S.S.
その声を聞いているうちにDr.とやらが見かけより歳をとっているらしいことがわかってきた。それに、このまま彼の眼を見つづけてはいけないということも。
鋭は必死になって視線をそらそうとする。どちらかといえば半そで一枚では肌寒いような梅雨の季節なのに、じっとりと額が湿ってくる。体はぴくりとも動かない。
ヘンだな
校長も担任も、すっかり寝入ってしまっている。
「J.E.S.S.
この際、面倒な前置きは抜きにするとしよう。わしらの計算によればきみのIQは推定260、科学的方面に著しい興味および特性が見られる。……どうじゃね、《センター》へ来ないかね?」
今は小ヶ崎教授の不気味に細められた両眼からは手っ取り早く素直にうんと言わせてしまおうという圧力が放射されていた。
先刻の騒ぎの際に例の“影”からうけたものとはまったく異る圧迫感だった。“影”のそれが たちば的に相手より弱いものの必死さから来ていたのにひきかえ、今、鋭がうけているのは、「おまえなどわしにかなう筈もないのだ」
「え、
けれどついに、少年の好奇心が他のすべてに勝ってしまった。
「科学やS・Fがとても好きなのは確かですけれど、僕の知能指数がそんなに高いなんてことがどうして解るんです? それに第一、僕のことをどこで知ったんですか? 今、先生方が眠ってしまってらっしゃるように見えるのは、これは催眠術かなにかの一種なんですか? ……だとしたらどうやって
ひとたびアゴを押えつけていた圧力をどこかへやってしまうと、あとは実にスラスラと言葉が口をついて出た。まだ手足の先にはしびれに似た感覚が残っていたがそんなことは何でもない。この、10歳にもならぬ、小柄で大人らしい行儀の良い少年にとって、好奇心
一度言われたことは二度と注意されずに従がう、この子供にとっては非常に珍らしいことである。
((
顔にも、声にも、態度には一切あらわさなかったが、小ヶ崎“教授”は内心かなりの衝撃をうけていた。
心理といえばS・Fまがいのパラ・サイコロジー(※)にしか今のところ興味を示していない鋭には知るよしもなかったが、ドクター・オガサキと云えば知る人ぞ知る催眠技術の権威である。
その彼の施術を、破るための専門知識はおろか“破る”という自覚をさえ持たずに この少年は解いてしまった。……小ヶ崎にしてみればはるか昔の未熟なインターン時代以来はじめての事である。((これは。)) 彼は思った。
一般的にはたで聞こえているほどこの小ヶ崎という男は狭量ではない。それは彼の唯我独尊ともいうべき自尊心がなまなかなことでは揺るぎもしないせいでもあったが、むしろ、ちょっとした理由から気に入ってしまったものにはその是非を問わず肩入れをする、半ば以上マッド・サイエンティストじみた身びいきの強さが見られた。老人にありがちな偏執狂のケがあるのである。
「それは」
コンマ何秒かの沈黙のあと、小ヶ崎は再び自信に満ちて話し始めた。
梅雨どきの薄暗い部屋の中には冷気がこもり、そのせいで小ヶ崎はかなり不快なおもいをしているらしかった。
かすかにカビ臭い応接室の雰囲気。窓の外には例の、教授のスーツと同じ色の大型車が見える。
雨はますます激しく、その校舎や大地にぶちあたる轟音は、ともすれば男のしわがれた話し声をかき消してしまうまでになっていった。……
※ パラ・サイコロジー : 超心理学。
要するに超能力を科学的に解明しようというもの。
× × ×
雨だった。窓際に席をもらっているリツコは、さっきから外の景色ばかりを見るともなしに眺めていた。
とりどりのアジサイの花にぐるりを囲まれた校庭。その、校舎とは反対側にある正門のむこうから、おりしも一台の車が入って来るところだった。
((あ、))
リツコはその車を見つけた時、何か世界が一回転してしまうような不安定な気分になった。連日の雨でこれだけぬかるんでいるのだ、本当なら自動車のタイヤのあとがはっきり残るハズだ。と、言ってもリツコがこの時それに気がついたというわけではなかった。リツコがくらりと来て思わず机にひじを突いてしまったのは
いつも大人しく座っているだけのリツコが不意に動いたので、隣の席の男の子がどうしたの?という顔でこっちを見る。((あのね、))リツコは手真似で窓の外を見るように云おうとした。
「清峰クン。」 先生の声がする。
「はい。」 隣の子は、別にあわてるでもなく行儀良く立ちあがる。
この間 書いた 工場見学の感想文を順ぐりに返してもらっているところなのだ。
「あなたのには漢字や言葉使いのマチガイもないし、字も丁寧で、構成もしっかりしてる。細かいところまでよく調べてあるし、加工行程の合理化案なんてのも考えてあって、先生とても興味深く読ませてもらいました。
ただ、ねェ、先生は感想文って云ったでしょう。前に出してもらった読書感想文の時もそうだったけど、清峰クンの書いてくるのは感想文て云わないの。レポートなのね。……どうして、面白かった、とか疲れた、だけでもいいから、自分で感じたことを書かないのかな?」
「あの
男の子が困ったように云いはじめる頃、リツコは例の車の様子が変わったのに気がついていた。ゆっくり走ってそろそろ校舎にたどりつこうかという頃になって、ちょっとかしいだかと思うと止まってしまったのだ。
いや、ちゃんと止まったわけではないようだった。タイヤは回っているし、慌てたように揺れたりかしいだりしている。
「僕は
ガラッ!!
「早く! 急ぐんだ!!」
黒板のすぐわきで叫んだ ぼうっと黒っぽい人影は、ドアからかけこんで来たというよりは その場に湧いて出たようにリツコには見えた。
机の列を飛びこえるような勢おいで、2-3歩で教室を横切って来る。
「え、……」
まだ立ったままだった清峰クンは、いきなり腕をつかまれてキョトンとした声をだした。
「あの、……どなたですか?」
「急ぐんだったら!!」
影はひどく切迫している様子だった。
「説明しているヒマはない。今すぐわたしと来るんだ。早く! もう時間がない。奴らを抑えておけるのはあと少しだ。」
「……あの。ええと
迫力負け、というよりは“影”の必死な表情に圧されて少年はもう少しでハイと云いそうになった。と、
「
「誰ですかあなたは! どっから入って来たんです?! 今は授業中ですよ。あたしの生徒に手を出さないで下さい!!」
聞きなれた早口に生徒たちも一斉にさわぎはじめる。
「あんただれ!?」
「清峰クンどうしようっていうのよ」
「出てけよ
騒動が頂点にたっし、そろそろ隣近所のクラスからも廊下に出て様子をうかがうらしい音が聞こえ始めた。と、その時、
グ、ガッ!!
耳には何も聞こえなかったのに、みんな頭の中をなぐられたようなショックを感じて立ちすくんだ。それと同時になんだか教室内が暗くなったようなのだ。
天井のライトはまだついたままなのだったが、目に届く前に光と明るさが、どこか別のところへ流れだしていってしまう感じだった。「寒い。」と誰かがつぶやき、普段から頭の良い子とか絵や音楽の得意な子、ユリ・ゲラーごっこにいつも成功する子などは本当に気持ち悪そうにして倒れてしまった。先生があわててそちらの方へすっとんでゆく。
けれど一番てひどいショックを受けたのは例の“影”のようだった。
“影”は妙な音がひびいた瞬間、はじき飛ばされたように机にぶつかって突嗟に少年の腕を放してしまった。それから二言三言聞きとれないことを叫び
「駄目だ
ふと思いだしてリツコが窓の外を見ると、さきほどの不審な自動車がピロティの下に消えるところだった。
「
((えっ、))
リツコが振りむいた時には、そこはもうまったくいつも通りの授業風景だった。外の雨など知らぬげな明るい室内で、まじめに前を向いている子、熱心に内職をしている子。
「どうしたの? 清峰クン。聞いてるの?」
生徒あいてにはめったに怒らない、朗らかで優しい先生の声
「はっ、はい! でも、あの……」
ガタンと立ち上がったハズミに椅子を蹴倒しそうになり、リツコが突嗟に手を伸ばしてそれをささえた。一瞬、2人の子供の眼が合う。
((ええ、)) リツコは首をタテに振った。今日ばかりは赤くなっているヒマもなかった。
と、4時限目の終りをつげるチャイムの音がする。
「あら、もう? ……今日はやけに早いわね」
先生が腕時計と黒板の上の壁時計を見くらべながら云う。
「起立!」
先生が云い、
「礼!!」
学級委員が云う。
雑然となりかけた教室にドアをノックする音が響き、リツコたちはギクッとして班態形に直そうとしていた机をひっくりかえしてしまった。
「清峰クン。」
用務員のおじさんから用件を聞いていた先生が振りかえって、呼んだ。
「お客さまがおみえだそうよ。先生といっしょにちょっと来てちょうだい。」
倒れた机を直そうと身をかがめていたリツコは、目の前で少年の色白な手がギクリと握られるのに気がついた。
「
ぎごちなく云いながら、男の子は先生の云いつけに従った。
リツコはひとりで2人用の木の机をおこし、給食当番なので廊下へ白衣をとりに行った。
.
『 4.姫 (の続き) 』 (@高校1年以降〜高校3年のどこか☆)
2006年10月19日 連載(2周目・最終戦争伝説)緑衣隊
軍律厳しく、決して無駄な口を叩かず、音をたてない。隊員たちは一様に冷たく無表情で、身じろぎもせず《センター》のあちこちに歩哨として立っている姿は一種無気味でさえある。
帽子や胸の標識で、《センター》の広大な外縁部の警備、各建物内外の監視、独立研究者や視察官などVIPの護衛。3つのセクションにわかれている彼らの顔ぶれが時おり不意に変わるところを見ると、どうやら本隊は別の所にあって一分隊が任務の一環としてかわるがわる派遣されて来るにすぎないらしい。
姫君専属の緑衣隊員が鋭を迎えに来たのは、その日の夕刻遅く、彼に与えられている個室で西谷と翌日のミーティングをしている時だった。
自動扉を無断であけて、入って来るなりいんぎん無礼な無表情さで鋭に向って来意を告げる。気を悪くした西谷が今からでは明日のスケジュールに響くと不平がましく抗議したが、緑衣隊員がそれに注意を払わないばかりか最初から最後まで彼の存在そのものを無視し続けたので、インテリとして兵士を見下しているプライドをいたく傷つけられた。
鋭はそんな西谷と男とを見比べてしばらくためらう風だったが、再度せかされると大人しく立ち上がって部屋から出てゆこうとした。
「それでは」と西谷も神経質に眼鏡を押し上げながら立ち上がろうとすると、緑服の男は声も出さずに鋭い一瞥だけでそれを抑えてしまった。
《センター》の内外は昼夜灯火つけっぱなしが普通だが、この《教育・能力開発法実験棟》南翼は、3・4階が収容されている高知能児(モルモット)たちの個室にあてがわれていたために、精神衛生上の観点からかなり照明の光量がおとされていた。と、言っても少年たちが夜間廊下にさまよい出る機会など、ほとんどありはしなかったが。
「暗いですね。」
ところどころにある頑丈で小さな窓から相互にかなりはなれている周囲の棟の不夜城ぶりをながめやって鋭が云うともなしにつぶやいた。完全防音で夜になると自動的にシャッターのおりてしまう自室からはわからなかったが、雨だ。
「坊や、なぜこんな所にいるんだ」
突然、緑衣隊員である筈の男が低い声で激しく云った。
「
だがしかし、廊下のはずれ、エレベーターの前には明々と人工灯がともり、そこには緑衣隊数人の常時いる詰所があった。エレベーターの箱の中にも、2人。そして1階まで降りてしまうと、すぐその前が目的地だった。
「あの……」
「ここだ」
男はある1室の前で立ちどまり、インターフォンを押して鋭の到着を告げた。即座に「おはいり」と少女の高い声が答える。音もなく自動扉が開く。
一歩、室内に踏みこむと、そこは殺風景な廊下とは全くの別世界だった。
冷たい色の壁と天井、色気もそっ気もない牢屋さながらの小さな窓こそ他の部屋と変わらない造りだったが、金属の床はぶ厚いじゅうたんで覆われ、カーテン、大きなタペストリーの壁かけ、木製の大机、天幕つきの寝台。天井には規制の照明の他に小ぶりだが、いかにも美しいシャンデリアが下げられている。まったく、ここへ来て1日2日でよくここまで改造できたと思うほどだ。
だが、それだけの金をかけていながら
「藤井、おまえはもう下がりなさい。ドアの前で歩哨に立つといいわ」
巨大な長椅子の腕に投げやりに上体を倒して少女が云う。と、少女のそば近くに膝まづいて何かしていたらしい、大柄な緑衣隊員が立って部屋を出て行った。彼らが何をしていたのかは鋭にはわからなかったが、室内に漂うかすかな嗅ぎなれない原始的な匂いに気がついた時、少年を先導してきた男の眼に一瞬
「ふふん。遠野、今さら何を驚くというの」
少女の細い眉が皮肉に吊り上がる。
夜を知らない部屋の中で、しかし腰かけている椅子と同じく深い真紅色の部屋着をまとうている少女の
少女はそこに何かの象徴であるかのように身を投げだしていた。
「遠野、お茶。クインマリー」
あいかわらず鋭という部外者の存在を無視してぞんざいに云う。命じられた大の男が黙ってカップをさしだすに至って、はじめて少女は上体を起こし、鋭に向きなおった。そうすると背すじが驚ろくほど真っ直ぐだ。
手にしたカップに遠野に言いつけてブランデーを入れさせながら、12歳の美少女・野々宮奈津城は驕慢に年下の少年を見上げた。
「座りなさい。座っていいわ。そこの椅子」
半ばカップの縁に紅い唇をつけそうにしながら、目だけで自分の正面の豪奢な肘かけ椅子をさし示す。少年が大人しくその指示に従う。
その間に少女はこくこくと紅茶を飲みほしてしまった。
「待っていたのよ清峰。わたし退屈しているの。何か話をして頂戴。」
「え……」
無表情な子供の顔に初めてためらいらしい動きが現われた。
「まったく。高知能とやら称する子供がずい分集まったというから“これは”と思って来てみれば、何のことはないどれも泥くさい専門バカばかり。わたしの質問に答えられた最年少のおまえ1人とは《センター》のレベルも知れたものだわね……さあどうしたの清峰、何か話せと云っているのよ!」
「何か、って例えばどんな……?」
小女王の短気さに、お相手役は心持ち首をかしげてあいまいな頬笑みめいたものを浮かべた。
ドーワ? と少女は聞き返してから1人肯いた。「ああ童話、子供向けの話のことね。……それでいいわ。早く話しなさい。」
結局のところ奈津城は暇つぶしの相手が入り用だったらしかった。鋭は2つ3つ童話や民話を話させられ、その後で理解不可能な彼女の文学・文化論をそれでも結構興味をもって行儀良く拝聴し、 初め奈津城は、少年が科学的な専門教育しか受けていないのを知ってだいぶ気分を害したようだったが、勝手に話し続けるうちに、
「何でもいいわ。そうね
「、僕のこと?!」
今度こそ、少年は、予想外
「ええと」
「フルネームは清峰鋭、推定年齢で10歳です。推定
いかにもしにくそうに話しだすのを、奈津城はフン、という表情で邪険にさえぎった。
「知っているわよそれくらい。清峰鋭。sex、メール。19××年1月3日早朝、塔浦句県堅井中郡541-2、聖光愛育園門前にて発見さる……」
「調べたんですか? 知っているんならなんで尋くんです?」
「通りいっぺんの報告書の内容を読んだからっておまえを知っていることにはなりゃしないわよ。」
「? すみません。言ってることが、解らないん
「じれったいわね!」
まだ手にしていたカップが、鋭の肩先をかすめて背後はるかの壁にぶつかる音がした。
遠野、と呼ばれた例の緑衣隊員が黙ってそれを始末しに行く。
「狂暴なんですね」
恐れをなすでもなく、そう
「アハ、アハハ、おまえ
それからは話はわりあいにスムーズに進んだ。
× × ×
少年があくびをし始めているのに気づいて奈津城が許しをだしたのは、すでに11時を過ぎようとしている頃だった。
『 4. 姫 』 (@中学2年〜高校3年のどこか☆)
2006年10月18日 連載(2周目・最終戦争伝説)「個別指導における方法論と効果に関する実験はほぼ終了したので」
鋭(えい)の学習内容や生活スケジュールの設計とその効率の資料収集を担当している、まだ若い研究助手・西谷がある日そう告げた。「全生徒の教育進度のそろう来週初めをもって、集団指導制に切り換えることになりました。」
それは少年が《センター》へ着いてからほぼ丸1年たった頃で、その間に彼の知識と能力は驚くほどに増大していた。すでに並の大学生程度の課題なら何の苦もなくこなすようになっていたし、
そしてその一方、生まれつきよくしゃべる子供というのではなかった彼はますます無表情となり、抑制の利いた声で必要なことだけを話す
そこでその週の木曜日、少年は西谷につれられて初めて《センター》の外へ出ることになった。
「
長い回廊の端にあるラウンジの中央に腰かけて少女が言った。
「まだまるっきりの子供……!」
誰かに見られているように思って、歩きながら本を読んでいた鋭はふと顔を上げた。廊下の向うから数人やってくる、その先頭に立っている少女が無遠慮に彼を観察していた。
少年もその無感動な瞳で少女へ視線を返す。少女の、くっきりと細い形の良い眉が心持ちつりあがり、白い陶器のような頸がくいともたげられた。一瞬間、2人の子供たちの間に火花が
そうこうするうちに、2人は、長い廊下の中途に向きあって立っていた。
「……清峰 鋭?」
なおも子細に値ぶみを続けながら、少女は初めから相手を呼び捨てにした。
年のころは12・3歳。未だに女にならない透き通った体躯。顔だちはあくまでも白く、華奢、とか繊細という他に形容の言葉がない。
少し神経質そうに見開かれたすばらしく大きな漆黒の瞳。愛らしい、小ぶりの鼻。匂いたつような眉のあたり。
しかし、そのひとつひとつ全ての造作が完全無垢な“永遠の少女”像を具現するかのようでいながら、彼女にはどこか権高さ、なまめかしさ、といった似つかわしくないもののかげりがまつわりついているのだった。
もちろん、つややかにすぎるほど黒々とした髪を、大人びたクレオパトラ・カットにしていることからくる錯覚であったかもしれないが。
だがこの時、少年がそれらの事実に気がついたというわけでは無論ない。鋭が何をみ、何を感じ、何を考えて
「
鋭は肯きながらゆっくり答えた。ゆっくり
少女は矢つぎばやに幾つか問題を出した。基準を大学生におくのなら比較的初歩ではあるが、正確な計算値が必要とあれば専門の研究者でも電子計算機の助けを必要とするだろう。
鋭はしばらく
「
少女がかすかに首肯しながら「妾は満足じゃ」といった態で云うと、頬にかすかな赤味がさして、初めて本当の愛らしさに近いものがその口もとに浮んだ。
だが、それっきりで彼女の少年に対する興味は失せたようだった。
「手間をとらせました、博士(ドクター)。参りましょうか」
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鋭に対しては一言の挨拶もなく、ここ《センター》では最高の権力を握っている独立研究者
そのうちの数人
「清峰君。」
いつの間にか西谷が追いついて来ている。
「あの人は?」
鋭は目で後姿を追いながら一言尋ねた。
「彼女は
西谷、分厚い眼鏡をはずし、まっさらのハンカチでしきりにこすりはじめる。
「野々宮奈津城(ナツキ)といって、頭脳銀行の人工交配実験の第一号です。
「なぜ敬語を使うんです?」
「戸籍上、元華族の家柄の出ということになっていまして、ま、卵子提供者の夫の家、野々宮家自体は今では没落して見るかげもありませんが、まァ、それでも色々とあるわけですよ、上層部とのコネとか何とか。……あなたも今後顔を合わせることも多くなるでしょうが、ま、そう言うわけですから、くれぐれも態度には気をつけて
拭きおえた眼鏡をかけ、西谷は左手で神経質に位置を直した。
窓の外には陽光が照っている。銀色無彩色の合理的な建物の中には、空調(エアコン)の低いうなりと人工照明が、年中無休で稼働を続けている。
鋭は一旦閉じた本を開き、低く声に出して呟きながら長い廊下を歩きはじめた。
院長・岡山一朗
姫小路宮子
野々宮飛鳥
野々宮奈津城(なつき)
無津城
「神無月に生まれたからナツキだそうよ。」
それはきつい眼ざし、というのでもなかった。
何かはるけきものをだけ、ずっと見つめつづけている者だけが
もつ瞳をかれはしているのだった。
人によってはそれを夢を見ているような、とも云ったが
※ カバ、ナナへ。とこどこ
『 3. 夢 …… その1 』 (@中学2年〜高校3年のどこか。)
2006年10月17日 連載(2周目・最終戦争伝説)from diary of Ei Kiyomine.
8月1日
AM7:05当地着。現在位置詳細不明。気候・走行時間から考えて北海道〜青森あたりか。質問するが解答なし。平野もしくは広大な三角州と思われる。
当着早々燎野さんと別れる。別れ際の態度不審。
朝食AM7:27。味も素っ気もないが栄養価計算されている。朝食後、西谷一尋(にしや・かずひろ)に紹介される。僕専属のトレーナーorマネージャーもしくは「実験体No.7,Ei Kiyomine」の実験分析
僕の監督のもとに
「うえ〜〜……」
日頃の躾の良さもどこへやら、あてがわれた個室に1人とり残されるやいなや鋭は服を脱ごうともせずにベッドの上へ倒れ込んだ。
「疲れた。めいっぱい疲れた。4km遠泳のがまだましだ。ウ〜〜〜〜〜……」
人前での大人ぶった表情も全て放り出してしまう。
既に深夜に近い時限だった。あれから、朝食もそこそこに一日中、“健康診断”なる怪しげなものに狩り出されていたのだ。
(健康診断? はっきり言って能力テスト以外の何物でもないじゃないか、人をバカにして)
ごろりと頭の下に手を組んで仰向けになりながら、この、年よりもはるかにませた判断力を持つ少年は考える。
見なれぬ精密機器類。指紋から脳波から眼底毛細血管に至る識別可能部位の厳密なチェック。IQや一般知識・科学的専門知識の審査はまあ許せるにしても、反射能力、運動神経、さらには一見、付き添い(コンダクター)風の男の世間話に見せかけた、性格・思想・深層心理の判定!!
鋭の気に障ったのは、むろん、そういった検査をされるという事ではなかった。そんなことはここ、得体の知れぬ組織“センター”へ来ようと決めた時から予測されてしかるべき事だったし、思ったよりはずっと扱いも丁寧だ。
ただ、気にかかっているのは
(チェ、非科学的だ)
二日続きの緊張が育ち盛りの体をくたくたにしてしまったのだろう。鋭はそのままふっ、と吸い込まれるように寝入ってしまっていた。
その夜……
遠くでの人の話し声が、深く眠り続ける鋭の心の中に響いて来た。
目をつけられるのに時間がかかって。
「う、ん。誰……」 鋭は淀みに捉われたままかすかに身じろぐ。
「誰……」
きみが、いるから。そんなフレーズが、わけもなく頭の中をリピートする。
外のニュースを聞かせてよ。みんな、元気? リーツはどうしてる?
ただ
緑衣隊どもがうろつきまわるようになってきた。
今のところ、大した事件にはなってないが……
緑衣隊? ……知らず、妙に気にかかる言葉に、少年の意識はついに深い淵を離れて上昇を始めた。緑衣隊
緑の
しかし、鋭がまだ彼の肉体(からだ)の呪縛から逃れ切れずにいるうちに、こんな言葉がかすかに聞こえてきて、とだえた。
近いうちに直かに顔会わせる機会ができなけりゃ、俺の方で
何とか口実つけておまえの居る所まで行けるようにするよ。
あの白い棟だろ? 何階?
「
何がなし頬を染めながら、目覚めて鋭はそうつぶやいた。まだ最後の笑い声が耳に残っている。不可思議な夢
だが彼はまだ心理学にはさほどの興味を抱いていなかったし、フロイド式に夢判断を試みるには、育ち盛りの肉体の要求が強すぎた。
そして。
かけた覚えのないモーニング・コールに無理矢理たたき起こされた時、少年の心は既に昨夜の夢を忘れてしまっていたのである。
翌日からハードスケジュールな毎日が始まった。学習、学習、ひたすら叩き込まれるばかりである。食事と入浴以外、ほとんど常に何かを覚えさせられ続け(むろん睡眠時間にも)、日曜日などというものは与えられなかった。それが半月以上続き、鋭の他の数人の少年達もほぼ同じ状態におかれているらしく、友人ができるどころかほとんど口を利く機会すらない。彼らは皆一様に青白い表情をしてノルマを果たすのに追われ、子供らしい遊びの欲求も若々しい応用能力も、全てを封じこまれてしまっているようだ。
ただ、鋭だけはその中で一人異彩を放っていた。
鋭の連れて来られた所は、ここ、国立科学技術開発研究所、こと《センター》の西端中央に位置する《教育・能力開発法研究棟》だった。北辺には心理・社会・情報・統計学関係の研究棟が並び、南方には医学、薬学、生体科・化学、外科技術関係、細菌学などの集中ブロックがある。比較的高い場所からは、中央部の
土地は平盤で、北西はるかに丘陵地とそれに続く山脈がおぼろにかすんで浮かんで見える以外、《センター》の敷地も、その周囲に広がる廣野も、ほとんどと言ってよいほど起伏がない。まったく狭い日本のどこにこうも単調な景観が存在し得たのか、晴れた日に荒原の南端に輝やく細い銀環はどうやら水平線らしい、と、社会の授業のたびに科学雑誌を開げていたことを悔やみながら少年は考える。
鋭をはじめ、能力開発実験のモルモット兼《センター》のエリート候補生である子供たちは、3歳〜17歳くらいの総勢50人ほどだった。
うち30数名は比較的年のいったたくましい少年たちばかりで、宇宙・航空力学系の試験飛行士としての訓練。残りの10余人が科・化学者の卵、平均IQ220の高知能児である。
孤人(こひと)
In Japan, there isn’t a history of rebolution(?).
Though, Japanese can’t give up the mind what statesmen are so great.
『 2. 過程 』 (@中学2年〜高校3年のどこか?)
2006年10月16日 連載(2周目・最終戦争伝説) コメント (1)1週間というものはあっという間に過ぎた。その間に鋭は自分で荷物を造り、部屋を片づけ、学校の先生と世話になった院生とにきちんとあいさつをしに行った。
院長は院長で、法律上の手続きとか称して妻と子を東京へやらなければならなかった。そのくせ彼は自分で市役所まで鋭の移転届を出しに行った。
最後の日に愛育園の中でささやかなお別れ会が開かれ、窓を開け放った食堂にジュースとお菓子、わずかばかりの花を挿した花びんなどが並べられた。
子供たちも職員も、当然、話し好きの院長が「はなむけのことば」を一席ぶつものと期待していた。しかし、院長は気分が悪いといって部屋から出て来ようとはしなかった。
予定より早く例の男が緑の制服のボディガードを従がえて迎えにき、会は盛り上がらないままに解散となった。
「これ。」
「おちぇんべいだよ」
「バッカ、おせんべつだろ」
「体に気をつけて。辛い事があったらいつでも帰って来ていいのよ」
「みんなでお金出して買ったの」
ぎりぎりの瞬間に大きな紙袋が鋭の手に押しこまれ、口々の別れの言葉を少年はただ静かに肯ずいて受けた。
園に続く小道の向う側に、小型バスくらいの大きさの
「囚人護送車みたいね」
誰かが窓のないその型を評してつぶやく。
「早く乗りたまえ、清峰君」
男は鋭に後部ドアを指し示し、自分は前部のゆったりしたシートにおさまった。
鋭が乗り込むすぐ背後で2人のボディガードが左右から扉を閉ざす。彼らが前部の運転台に納まる震動が伝わったかと思うと見送りへの挨拶も残さずに緑色の車は走りはじめた。
(※緑色の「囚人護送車」の簡単なイラスト。)
背後からドアが閉じられるお急にひいやりし、ひっきりなしの蝉の声の途断えてしまったことが少年にかすかな異和を感じさせた。車内はそれこそ囚人護送車さながらの造りつけで、両脇に(つくりつけの狭くて低い)腰かけ。前半部とのしきりの壁についているひとつの他には
車が走り出してしまったので鋭はしかたなしに落ちつかなく手近かの椅子にかける。
しかし何よりも意外だったのはこの車室に既に先客が乗っていた事だった。
彼は鋭とは反対側のベンチの上にさも窮くつそうに横たわり、驚いたことには熟睡してしまっているらしい。今年9歳の鋭よりも確実に7〜8歳は上だろうか? 腕も脚も太く発達し、ケンカと云わずスポーツと云わず、反射神経の練度よほどのものであるだろう。
「優しい野蛮人」
車はどこか急な曲り坂にさしかかったらしい。幾度か左右にかしいだ挙げ句、特に激しくカーブを切った瞬間に、その少年はなにか寝言をつぶやきながら寝返りを打った。
「痛(て)っ!!」
「……うわ☆」
見事にころがり落ち、したたかに腰を打ったらしい。更に車の動きにつられて反動がつき、通路をころげて、鋭が座っている側のベンチの下に頭を突っこんでしまった。
「……あの、大丈夫……」
鋭が腰を浮かしかける途端、ガン、と鈍い音でベンチがゆれた。
慌てて飛び起きようとするあまりに頭上の障害物を失念したのだろう。こうなればもう、何をか言わんや、であった。
「ぐえ〜〜」
ところがそいつはようやくの態で椅子の下からはいだしてくると、もうけろりとした様子で、ひょいと元の席へ戻った。
「ヨ、ご同輩。おたく男、女?」
「え?
「あ、わりーわりー、気ィ悪くしないでっっ」
彼は慌てて手を振ってつけくわえた。
「女の子だろーとは思ったんだ。ただあんまり髪短くしてるんでサ」
「いや〜〜、美人だねェ、ホント。ちょっとボーイッシュなとこがまたかわいいよ。今度デートしない?」 彼は、本気であるらしい、どうやら。
「僕……男なんですけど」
「 !!
青年が素直に謝ったので、憤慨というよりはまだ唖然、呆然に近かった鋭の表情も、さして長びかずにいつものポーカーフェイスに戻る。が、「でも、おまえ、ほんっとーに美形だぜ。あと4・5年もすりゃ女も男も放っておかなくなる」
「しつっこいんですね。でも、男もって、どいう意味なんですか?
「あっ、いやっ、そういう意味じゃない! そういう意味じゃっ……っっ
ガキには通じない冗談なんだった☆ 忘れてくれっ」
彼はひとりでジタバタと赤くなっている。
「……へえ、……」
鋭は心持ち片目をすがめ、唇をきゅっと結んだ。
「ときに、オレ、燎野正明(りょうの・まさあき)。おまえは?」
「あ、僕は
切り換え
(「清峰 鋭 9歳」のイメージイラストあり。)
結局、好きな喰いモンは何かとか100m何秒で泳げるか
鋭がまだ9歳だと告げると燎野はひどく驚いたようだった。
何時間かが経ち、2度停車して鋭たちは用を足すために車から降ろされた。どちらもただのドライブインなどとは明らかに様子を異にしていた。2度目の停車の際にアルミパックの弁当がさし入れられ、いい加減しゃべり疲れた2人は黙ってもそもそとそれを詰め込んだ。弁当というよりは軍用の携行口糧に近く、鋭は初めその開け方が解らずに慣れた様子の燎野に教えられなければならなかった。
食べ終わってしばらくして鋭はそう尋ねた。既に夜の8時を廻り、3度目の小休止があって毛布を2枚、手渡されていた。
「車の揺れ具合いから推して、渋滞や何かにぶつかった様子ってありませんよね。ってことは、もうとっくに県境のひとつやふたつ、越えた頃だと思うんですけど……」
「そりゃ、だろうな。それがどうかしたン?」
燎野は早くも毛布をひろげ、寝る仕度を始めている。
「いえ。ただ、僕の越境届、自分で持っているんです」
「オレだってさ」
3度目のやや長い小休止で2人は毛布を与えられた。スイッチを探しあて、車内を薄暗くしてすぐに燎野は寝入ったらしい。
鋭は狭く固い長椅子の上で長い間、寝つかれなかった。夏の盛りの宵の口だというのに毛布一枚では肌寒くさえ感じる。
月光の中を、奇妙に目だたない色の車は静かに走り続けていた。
人気のない片田舎を縫う、一本の、白い細い道。アスファルトではなく、ただのコンクリとも、見えない。一本の道。
その道に沿って、えんえんと幅広の草地が続いている。
その意味するものを、まだ、誰も知らない。
× × ×
翌朝、目覚めると目的地に着いていた。考えてみると鋭はそこが何処であるのかを知らない。
「あばヨ」
軽く片目をつむると燎野はあっさりと離れて行った。
昨日の親しさが嘘のような
「来たまえ清峰君。こちらだ」
例の男が少し離れてから呼びかける。 「はい」
少年は無表情に振り返り、ついて行った。
ティシール / ティシーレ / ティシーリア
レティシーレ / レティシーリア /
燎野正明
真汝
沙姫子
冴夢
冴子
沙貴子
砂貴子
そう「わたし/ぼく」は出られる。
※「檻の中の自由(ティシール)」のイメージイラストあり