「くしゃん!」不意に鋭がくしゃみを始めた。
一旦は三回で止んだもので、真里砂が、「あら、3でほれられ、ね……」と言いだした途端にまた「くしゃん!」
後はたて続けに くしゃん くしゃん くしゃん くしゃん …… くしゃみの大安売りである。
そのうちに真里砂までが鼻をむずむずさせだしたので雄輝が笑いだした。しかし、
「わ、笑ってる場合じゃないわよ、雄輝。くしゃん! わたしの服はびしょぬれなのよ  忘れてたけど。わたしもだけど、あなたたちの服だって濡れてるじゃないの。それに、そうでなくってもここずい分寒いと思わない?」
それを聞いて初めて雄輝も始めて少しばかり真面目な顔になった。
「確かにこりゃ12月ごろの気温だよな……おい、鋭! そこら辺に乾いた木ぎれないか? 火打ち石でもいいぞ!」 なけりゃ火炎放射器でもなんでもいいぞ!」
「ちぇっ、なんでも茶化すんだから……」今度は鋭の方が恨めしげな声で言う。
それでもなんとかかんとか20分もすると小さな火の手が3人を暖め始めた。
もっとも、それまでにはその頃にはくしゃみのしすぎで鋭の横隔膜はしっかり痛くなってしまっていたが…… 「ちぇっ!」
「腐るな腐るな。しかし“河童”でも風邪は引くんだなァ」と雄輝が妙な事に感心して見せるのに映画反論して、
「“コンピューター”は温度変化に弱いんだよ……。雄輝こそよく平然としてるね、まあナントカは風邪ひかないって言うからなあねえ。あ、僕はだれかさんと違って夏風邪はひかなかった。」
「抜かせ」
自称“コンピューター”の“河童”の鋭が相手では、単細胞の雄輝ははるかに分が悪い。
「おなかが空いたわね……」クスクス笑っていた真里砂がそうつぶやくと、辺りは急に静かになった。不意に、あ、
「あ、」と鋭がかすかな驚きの声を上げた。「雪だ……」。
なる程、確かに白いものがちらつき始めていた。多分風向きが変ったのだろう。先程までわずかにさし込んでいた薄陽は姿を消して、代わりに灰色の厚くたれこめた雲が空を覆っている。
樹木の間で風から守られているのがせめてもの救いだった。
急に雄輝が一人自分だけ羽織っていたジャージジャージのジャンパーを脱いで、半袖短パンのまま左隣りにうずくまっていた真里砂に着せかけた。
「あ、いいんだ。僕は?」鋭が半畳を入れると雄輝があきれ、「おまえなァ一応男だろ」「あら、女だからって特別扱いになんかしないでちょうだい!」憤慨して鋭にジャージを渡そうとする真里砂の腕を素速く雄輝がひき戻した。「マーシャ。半袖だろ。」
いつになく有無を言わせぬ口調である。それでも真里砂がぐずぐずしていると、「俺は妹に貸してやったんだぞ。兄貴の言う事が聞けないのか?!」
……「はい  兄上……サマ?」うわ、なんとなく気押されるのを感じながらも笑って、真里砂は茶目っぽく片目をつぶって、ジャージを羽おった。
正直な所、朝昼抜きプラス2000mの全力疾走の後では、この寒さはひどくこたえていたのだ。
真里砂は幼な慣じみの荒っぽい優しさに感謝した。湿ったジャージがなぜだかとても暖かかった。

「緯度か経度か、とにかくどっちかがずれてるねえ」
鋭がこう言うのを聞いて、真里砂は、え、と思った。
「う〜ん、この気温じゃあな」と雄輝があいづちを打つ。「なんとかしないとそのうち凍え死んじまうぜ。ほら、さっき言ってたろ? 木の葉が散りきってないから、ここは今まだ晩秋なんだって……」
「大体こうなった原因のあの穴の正体はなんだったんだろ? 暗黒穴(ブラックホール)にしちゃ灰色っぽかったし」「そいつは後まわしだよ、
 
 
 「……面白そうな冒険だと思ったんだけどがなあ……」と、再び森の中をガサゴソ必死で押し歩きながら、口先程には嘆いている様子も見せないで雄輝がぼやいた。一心地ついたとおろで木の洞でも何でも夜を越せそうな場所を探そうという方に話が進んだのである。
寒くて雪が降るんなら降るで、そこら辺りにフォーンでも現われないかなねえかな」「  この森、街灯がありそうには見えないけどねェ」鋭が答える。  この森、街灯が植へてそうには見えないわよ」まだ落ち着かなげに何かを考えている真里砂が答える気のない様子でしか答えようとしないので、雄輝はしかたなく話題を変えた。
「おおい、鋭。気違い博士殿。おまえの妖しげな科学的判断で行くとここはどのあたりだ?」
「う〜ん。とにかくあの暗黒穴(ブラックホール)ならぬ灰色穴(ニュートラルホール)のせいおかげで緯度もしくは時間的にすっ飛ばされたことは確かだね。緯度的に言えば北  だから東北あたり……かな? 時間的に言うとちょっと判断つきかねるね。10月上旬から11月にすっ飛んだだけかも知れないし、もしかしたら何百年も後か先の11月だったりして……
「気温が低いのは高度のせいかも知れないぞ。ほら、学園のある朝日ヶ森の中にだってずい分高い所はあるだろう?」
「無理だよ。学園付近はあれでもう十分高原状になってるから、あれ以上登ると植生が違って来ちゃうんだ。ここは見た所、朝日ヶ森と同じような様子だろ?」「あ、そうか」
鋭は、こと理科に関する事柄である限り、小六にしてたっぷり高校生並みの知識は持っているので、こう言う場合、雄輝は頭が上らない。いわんや事態がこうもSFじみてきているのではなおさらである。冒険好きの雄
朝日ヶ森名物の神隠 あの灰色の……おまえ何てってたっけ? 灰色穴(ニュートラルホール)? あれ、存外神隠しの原因かも知れないなあ」雄輝が真面目な顔をして言い出したので鋭がとんきょうな声をあげた。「神隠しィ!?」
「ああ。そうだおまえ転校したでで知らないんだよな。朝日ヶ森でもあの学園のある近辺な、古来から神隠しその他の怪現象が起こる事で有名な場所なんだぜ。現にうちの生徒でどう見ても神隠しとしか思えない様な失そうのし方をしたやつが創立以来10人はいる。そのうちの一人は何日かしてから東北の方で見つかったんだがな、あっ!!」 と雄輝はいきなり興奮しだした。
「そいつが見つかった場所がやっぱ朝日ヶ森って森だったんだ。植生もここと同じはずだ!」 「ストップ! 話を非科学的な方へ持ってかないでくれよ!」
いきなり真里砂がヒステリックに笑い出した。それまで珍しく奇妙な表情で二人のやりとりを大人しく聞いていたのである。
「それで解ったわ!」 鋭があからさまにムッとした表情をするのにもおかまいなしに真里砂はなおも笑い続けた。「このわたしが怖えているっていうのにどうしてあなた達がそんなに落ち着いていられるのか、不思議でしようがなかったのよ」
雄輝と鋭は訳も解らないまま、ただぎょっとなって互いに顔を見合わせるばかりだった。
「そうね  」少し落ち着いたのか真里砂が続けた。
「巻き込んでしまった以上、黙っているのは礼儀に反するわね。すっかり話すわ……わたしが知っている限りはね。」
そう言って真里砂は、やおら座り込むと話し始めた。
 
 
 
              .

コメント

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索