いろいろ考え併せると、感情的に信じられようがられまいが、理論的(!?  あやふやなものだが)に、そうとしか説明しようがないようだった。自分の髪が緑色だなどという非現実的な証拠がなかったならとても信じられなかったろう。真里砂ははっきり意識する程にうろたえた。故郷へ還りたい、本当の両親に会いたい、自分の名前、自分の記憶を取り戻したい    …… こういう、つき動かされるような感情は、ずっとずっと昔から持ち続けていたのだ。だが、薄ぼんやりとだが真里砂は覚えてもいた。奇妙な話だが、記憶を失う直前の、自分の心理状態を、である。
何かが恐ろしくて悲しくて真里砂は逃げだすためにあの灰色の空間へかけこんだのだ。
40度を越す高熱にうかされて生死の境をさ迷っていた時も、真里砂は必死でその何かから逃げる事しか考えてはいなかったのだ。それが幼なかった真里砂にとっては死神より恐ろしいものであった事も確かだ。事実、夢の中で真里砂は“魂の導き手”(ル・リーズ)と名乗る男に連れられて冥界の扉へまでも行ったのだったから。
それから? それから先はない。はまだ続いていたはずなのだが、心の錠が降りていて、どうしても思いだせないでいるのである。
「そうだわ」真里砂は一瞬目を輝やかせて一人言ちた。「今さっきの夢  あれは、あのの続きだったのよ。それから、「駄目ね。どのみち思い出せないわ。」

記憶を失う直前、何かが恐ろしくて悲しくて自分がそれから逃げ出そうとしていた、という事をである。
冷静に考えてみれば、記憶を失った事だって高熱の為というよりは恐怖感に精神が耐え切れなかったからなのかも知れない。小説などではよくある話である。
真里砂は自分が臆病ではない事を知っていた。だからこそ、逃げだしたいという感情が記憶をも飲み込んでしまう程のでき事、を、思い出す事が怖ろしかったのだ。
 どうするべきだろう? 何をどうするというのか、とっさの間に真里砂は考え続けて、それから、苦笑した。
馬っ鹿馬鹿しい。仮にここがわたしの生まれた国だったとしても、わたしが思い出したいと決心したからって、はい、さいですか、なんて記憶が飛んで来るわけではないじゃないの。と言う訳である。それよりも今現在どう動くべきかを考えなければならない。
このままでは早晩風邪をひいてしまうであろうし、雨でも降って来た日には、あの記憶を失った晩の二の舞だ。真里砂は、とりあえず物事をきわめて実際的・即物的に考えようと努める事にした。

 「うわあ」 考えてみるとひどい事態である。西も東も、大体が今自分がどこにいるのかさえわからない。自分の髪の緑色を勘定に入れると、ここが地球上であるか否かまで疑わしいのだ。
昨年、養父である有澄氏の友人達に連れられて休みに連れられて登った槍穂高で見事遭難してしまった事があったが、あの時だって雄輝と二人だったし、シュラフも、わずかだが水と食糧もリュックサックに入っていた。霧がひどかったとは言え、ちゃんと登山地図も持っていて、最後には自力で下山できたである。
甘い考えを起こさない為もあって、ここは地球上でない。と直感的に断定してしまう事にした。  ではどこなのかしら? 真里砂はその答を知っているような気がした。だがその事について考えるのは後まわしだ。それで?
 昨年  昨年ね。真里砂は対策を考えつづけた。でもあの時は登山用の長袖長ズボンだったし、寝袋だってちゃんと持ってんだわ。食料と水はやっぱり無かったけれど。それに雄輝と二人だったしね。雄輝どうしてるかしら。さぞかし慌ててる事でしょうねえ。少しは心配しているかしら。鋭は? ………
 まさか二人が自分を追って、同じ世界へ来ているなどとは、雄輝の無鉄砲さから見ても十分に考えられる事ではあったのだが。真里砂は夢にも思ってみなかった。そしてそれだからこそ真里砂は、事態がかなり無茶苦茶に進
真里砂はまさか二人が二人とも自分を追いかけて同じ世界へ来ているなどとは知らなかったし、夢にも思ってはいなかった。雄輝の無鉄砲さをころっと忘れていたのである。くしゃん。
 
 バササッ
大きな羽音の不意打ちをくらって、ぎょっとして上を見上げた真里砂は、あやうく枝の上の舞台(プラットフォーム)からずり落ちそうになって、「おっと危ない」
いせいのいい腕と声とにかかえられた。
真里砂は翼のはえた彼らの姿を見て驚かなかった。いや、驚くには驚いたのだが、その驚きは一瞬遅れて  つまり、有翼人種を見ても自分が驚かなかったという事実に驚いたのである。自分が驚かない事に驚くなんてホント驚いた話だ。
振り向けば、そこにいた優しげな青年も、やはり、肩から後ろへ大きな翼が伸びていた。
 不意に真里砂をとりかこむように現れた鳥人たちは3人。兄弟らしい若者と男の子と、それからその母親と覚しき女性だった。
「まあまあまあ」
ふっくらと暖かい顔をしたその婦人が、とん、と真里砂の隣に降りたった。茶色の髪、茶色の目、鳥そっくりのその翼も同じ茶色で見るからに親しげな様子をしていたので、体をこわばらせてその翼bかりを見つめていた真里砂も少しばかり警戒をといた。
「ほんとにまあ」 その女の人はもう一度繰り返して言った。
「何て恰好でしょうねえまあこの寒いのに。まあかわいそうに。さあさあ毛布を持って来てあげましたよお嬢ちゃん。おくるまんなさい。早く早く。それから話を聞きましょうねえ。  あら、言葉がわかるとよいのだけれどねえ」
「解リマス」 発音に疑問を持ちながらも、真里砂は用心しいしいこれだけ言った。別に鳥人が日本語や英語を話したわけではない。どころか全く聞いた覚えもないような言葉であったのに、なぜだか真里砂には確かに理解できてしまったのだ。
だが真里砂はこの時、有翼人種を見たおかげですっかり動てんしてしまっていたので、その事を不思議ともなんとも思わなかった。
「解るわ  」真里砂はもう一度確認するようにしゃべった。「  あら本当。ええ? なぜかしら?    ?!」 真里砂はまたもうろたえなければならなかった。本当に全然知らないはずの言葉なのだ。
今度は顔を見合わせるのやは有翼人  翼人(よくんど)たちの方である。
「さあさあお嬢ちゃん。」女の人は座ったまま立ち往じょうしているような真里砂の上に優しくかがみこむと「シンマ、それをおよこし。」自分の小さい方の息子から小さなつぼを受けとって「暖ったまりますよ  落ちつくしね。さ、ほらお飲(や)んなさい」
そう言って真里砂の口の中にとろりとしたハチミツ酒の薄いやつを流し込んだ。
  ありがとう。」真里砂は素直に感謝して。冷え切っていた体がほんの少しづつだが暖まって来たのだ。
「あの、ここはどこなんですか? あなた達は? わたしは  

「どこって緑森の中に決まってるじゃないか、もちろん」シンマと呼ばれた方の男の子があきれた口調で言い返した。「その中のどの辺かって事なら
 
 
(10月18日分)

(☆体操服姿で黒髪おかっばカツラの「真里砂」と、
  「マーシャ、23齢」とコメントのある緑髪バージョンの
  シャーペン+色鉛筆のイラストあり。)

                .

コメント

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索