※※ 翼人(よくんど) ※※
 
 「待って! 待っ! ……」
自分の叫び声に驚ろいて、真里砂は急にはね起きた。「……あ……?……」
確かに何か大事な夢を見ていたのだ。が、夢の記憶はあっという間に飛び去ってしまった。
「思い出せない……あれは、一体なんなの?」真里砂は半ば状態を起しながら痛む頭を振ってつぶやいた。それから「えっ!?」
真里砂の目前すぐの所には、ガリガリと赤茶けた、しかし暖かい色のがっきりと灰色がかった太い木の幹があった。慌てて振り向けば、5m程下に、地面。
真里砂は木のまたにしつらえられた、鳥の巣に似たプラットフォーム(舞台)に寝かされていたのである。
気絶したまま落ちてしまわないようにとの配慮からだろう。使い古した帯のようなもので上手に体が幹にくくりつけられてある。
  そうだわ。障害物競走の途中だったのよね。」……真里砂はあぜんとしてつぶやいた。
パニック状態におちいってしまうのを防ごうとして、真里砂はわざと大きな声を出して言った。彼女は、これ程現実離れのした事はまあだなかったけれど、誘拐されかけたとか休みに登った山で遭難したとか、年の割にずいぶん豊富な経験を持っていたので、非常事態に出っくわした時に何よりも大事なのは何であるのか既に知っていたのである。
手早く帯の結び目をほどきながら、真里砂は辺りのようす様子を見渡す。
下には隠陽樹たちやぶやつる植物がびっしり生ひ茂り、頭上には20〜30mの向うまで見覚えのある針葉 見た事のない針葉樹のこずえが突きだしている。
かなり大きな森の中のようだ。
太陽はまだ傾き始めたばかりのところらしいが、真里砂のいる所まではほとんど光が届かない。それに寒い。
はえている植物は全て見覚えのあるものばかりであるのに、ここではもう落葉樹の葉は全て姿を消し、からみついたつたも黄色くなって小さな実を残すばかりになっている。
冬仕度はすっかり終っているのだ。と、言う事はここは真里砂がいた学園のあった朝日ヶ森ではないのだ。季節がずれているのか  さもなければずっと北に位置しているのだ。
北と言えば、そう本当に寒い。初雪でも降りそうな温度ではなかろうか。くしゃん! 半袖短パンという格好では手もなく、鳥肌たった両腕をくんでしきりにこすった。はく息が白く流れて行く。
  が、寒さのおかげでかえって頭が冴えたようだった。不思議に落ちつきかえっている自分を知って真里砂は少しばかり驚いたくらいだ。へんだわ、わたしってこんなに図太かったかしら  。しかし
 冗談じゃないわ。真里砂は思った。いきなり足もとの地面が失せた時のあの恐怖感。上も下もなかったあの灰色の空間。ぞっとする。なんだって……「あっ!?」
真里砂は心の中で小さく悲鳴をあげた。そんなまさか  いや、だが、順序が逆なだけである。灰色の虚空。恐怖感。……
 それは真里砂が覚えている最も古い記憶だった。あの時までは、確かにそれ以前のでき事も自分の素姓もわかっていたはずなのである。そして、寒さ。
森の中を迷っているうちに10月の雨に打たれて、肺炎を起こした。熱のひいた後はもう何も覚えていなかった。
しかし    共通する、灰色の空間の記憶。その意味するところに気づいた時、真里砂は、自分の血が音を立ててひいていくようなのをはっきりと意識した。
そんなまさか    それでももう一度否定した。6年を、地球の、近代文明社会の中で育ったのである。いかに真里砂が空想好きであろうと、とっさの事には信じられなかった。小学6年生にしてはかなり分別臭い方に育っていたのだ。
そんな  でも、本当なのかしら? 本当に、ここが、わたしの故郷(ふるさと)だなんて事が、  (S.F.の読みすぎじゃないの)  ありうる、の、かしら? かしらね。
 
 
(10/11分)      .

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