P1.
 
     1.ここはどこか
 
 「いったい、ここはどこなんだ?」
 三人はみじめで、寒く、そして怖えていました。
森の中の空き地は暗く、北の方から来る風が少しづつ三人の体を冷してゆきます。
三人は昼間汗で濡らしてしまった薄い体操着を一枚着ているだけでマッチも、ライターも、火をおこす道具を何も持っていないのです。
  木の葉や枯れ木は山ほどありましたが……。
 「12時10分」と、雄輝が言いました。
「時計は狂ってない」
 それなのに、たった今、夕陽が沈もうとしているのです。
「これで日本じゃないってことは確かだな、鋭。」
「昼の12時か夜の12時かわかればなァ。いったいぼくら、どのぐらいの間、気を失ってたんだろ。」
鋭は隣で火をおこしている真里砂に話しかけたのですが、真里砂は相変らず何か思いつめた顔をして、答えません。
しばらく会話が宙に浮いた恰好になりました。
 彼ら三人は、ほんの数時間前までは、日本のある国立公園に境を接する広大な森林「朝日ヶ森」のはずれの学園で、真里砂と鋭にとっては小学校最後の、雄輝にとっては中学最初の体育祭に参加していたのです。
それが、いきなり現れた銀色の濃霧の中で、真里砂の体が何もない空間に吸い込まれたように見えなくなりました。
近くにいた雄輝と鋭がとっさに「その空間」に飛び込むと、一瞬森の中の焼けくずれた山小屋が見え、次いで更に「強い力」で「引っぱられる」のを感じて気を失いました。
 そして気がついた時には、三人が三人ともこの不思議な森の中に倒れていたのです。
「おれは最初、朝日ヶ森の中だと思ったんだ。木の様子が大体同じだろ。もっとも向うはまだ10月はじめなのに、こkは11月の終りって感じだけどな。……緯度か高度が高いのかな?」
「とにかく南半球じゃないみたいだ。温帯と亜熱帯の中間くらい

P2.

で、日本と気候の似てる……あれ? 日本から東か西に90度行った所ってどこの国だっけ」
「なんだ、理科には強すぎるぐらい詳しいくせに地理はからっきしだめなんだな。東は……で、西は、えーと。」
 二人はしばらくの間、あそこでもない、ここでもないと議論していましたが、いくつか条件のあてはまりそうな土地があったにもかかわらず、「かもしれない」以上に話はすすみませんでした。
大体、どうしてこんな事になったのか、ここにふっとばされてきた理由が解らない。話題はいつの間にかそちらの方に移りました。
「なんて言うか、こう、……気絶する前にさ、引っぱられるというか、だれかに呼ばれたような気がしたろ。まるで魔法で吸い寄せられたって感じで。」
雄輝がこう言うのを聞いて、鋭はおなかをかかえて笑いだしました。
「魔法だってえ〜〜!? この場におよんでそんな非科学的なことを言いださないでよ。」
「悪いかァ! おれはだれが何と言おうと魔法を信じてるぞ。おれは昔、魔法が使われる所を見たことがあるんだからな!」
「見たことがあるって? 夢想家もここまでくると狂信的だ。ホントに中学生ですか? 翼 先 輩。仮に魔法だとしたら、だれが、何のためにぼくらを呼んだりしたのか知りたいや。」
鋭の皮肉に、しかし雄輝は真面目に答えました。
「マーシャさ。マーシャを呼んだんだ。」
「え?!」
「いつも言ってるだろう。魔法を見た事があるて。あれはマーシャなんだ。いままでだれにも言わなかったけど、マーシャは小さい頃魔法を使えたんだ。……おれたちは単にそれにくっついてきただけなんだ。」
マーシャというのは、もちろん真里砂の愛称です。
雄輝があまりに真剣な顔をして言ったので、一瞬、鋭はひどく驚いた顔をしていましたが、すぐに前にも増してひどく笑い始めました。
「すごいジョークだ! おーいマーシャ。雄輝が、君が魔法使いだなんて言いだしたよ。ぼくら魔法で呼び出されたんだって。」
 真里砂はこの間ずっと木と木をこすり続けていたのですが、丁度この時、小さな枯れ葉の山にちらりと赤い花が咲きました。

P3.

 いじの悪い風に吹き消されないよう片手でかばいながら、真里砂はまるで毎日やりなれてますといった顔をして、次々と枯れ葉や小枝を積み上げていきます。
ふいに、真里砂は低い声で歌いだしました。
その歌は日本語でも英語、フランス語やドイツ語でも、真里砂が知っていそうなどの言葉とも違っていたので、鋭と雄輝は始め真里砂がでたらめを歌っているのだと思いました。
けれど、きちんと韻を踏んで調子の良い旋律が繰り返しにかかるころには、これが二人の全然知らない言葉で歌われているのだということがわかりました。
 それでも雄輝には何かその言葉に思い当る事があるらしく、驚きながらも目を輝やかせて聞いているのですが、鋭にはそれがかえって気にさわりました。
いつもいつも、この二人の間には何か昔からのつながりがあるのです。
真里砂と雄輝の両親が親友で、二人が小さい時から兄妹のように育ったのに比べ、鋭は一年前に転校して来たばかりの異邦人。
そして、真里砂と雄輝が二人にしかわからない小さい頃の話などして楽しげに笑っている時、いいえ、けんかをしている所を見てさえ、とても腹だたしく感じるのでした。
 それがなんのためなのかは鋭自身知らなかったのですが、それでも彼は腹だちまぎれにこう怒鳴りました。
「おいマーシャ、いくら突然おかしな事が起こったからって怖気づいたり狂ったりしないでくれよ。これこそぼくらがいつもあこがれてた冒険の始まりじゃないか。……チェッ! 結局はきみもただの女の子だったんだな。非科学的で(これは本当だぞ。科学のテストの時はいつだってぼくが教えてやったんじゃないか)おしゃべりで、バカで、なんでも泣けばかたがつくと思ってるんだ。」
鋭はなおも悪口を言い続け、自分でバカな事を言っていると知りながらやめられない自分に、その自分を驚ろいて見ている雄輝に、そしてなによりも、これだけ言われても何の反応も示さない真里砂に、表現しがたい複雑な、ドロドロとした憎悪と腹だたしさを感じてやりきれなくなりました。
『今すぐ真里砂が怒りだしてくれれば、さもなけりゃ雄輝がぼくを

P4.

なぐり飛ばしてくれればいいんだ。そうすれば………… 』
そうすればどうなるのか、うず巻きながら一時にあふれ出ようとするめちゃくちゃな気持ちがかえって鋭の口をふさいでしまいました。
 一方、真里砂は鋭のそんな言葉や態度も一斉見えず聞こえず、ただ、ずっと昔に習い覚えたこの歌を不意に思い出したことを喜び、なつかしい響きを楽しむように最後の繰り返しを心をこめて歌うと、炎がそれに呼応していきおいを増したのを見て言いました。
「 マルナ セレ ナン (歌えたわ!)」
なぜならこの歌は火のいきおいを強くするための魔法の歌なのですから。
それから、真里砂は不意に気がついて顔を上げました。
「え? なにか言った?」
 鋭は、こうまで完全に無視されていたのかと思うと腹をたてるのもバカバカしくなり、同時に自分の言ったことを真里砂に聞かれないですんだので、少し気が楽になりました。
「ごめんなさい。あまり夢中になっていたので聞こえなかったの。何て言ったの?」
鋭が返事に詰まっているのを見て雄輝が助け船を出しました。
「おれが、おまえが昔魔法を使ったことがあるって言ったら、冗談だと思って笑ってるんだよ、こいつは。」
雄輝には先程からの鋭の不可解な態度がなになのか、さっぱり見当はつかなかったのですが。
『ま、誰だって突然ヒステリーをおこすのはよくある事だからな。』
鋭は雄輝に感謝しつつ、無理に苦笑いを作って言いたしました。
「まったくバカみたいな話だよ。ここに魔法でつれてこられたんだって言うんだ。」
鋭は自分の態度がおかしいと気づかれないかとそちらの方に気をとられていたので、魔法という一言で真里砂がそれとわかるほど顔色を変えたのに気づきませんでした。
「ぼくは次元のひずみではじきとばされたんだと思うんだけどね。……雄輝の童話狂いもいい加減にしてほしいよ。」
「なんだと、自分だってSF狂じゃないか!」
「SFは科学だ!」
「ファンタジィの歴史の古さを知らないな。」

P5.

 この調子だと、二人は本題をはずれていつまでもやり合うことになりそうでしたが、
「ナルニアだのミドルアースだの、全部空想上の別世界の話だろ。ここは地球だぞ。」
鋭が興奮してこう怒鳴った瞬間、真里砂はとうとうこらえきれずに笑いだしてしまいました。
最初はぼんやり、次には妙な歌を歌い出し、今度は気でも狂ったように笑いだす。雄輝はショックのあまりマーシャの気がふれたのかと一瞬疑ってみたほどでした。
「おいマーシャ! どうしたんだ!?」
真里砂はなおもくつくつと笑いながら言いました。
「地球……ですって? 空想世界ですって?! ……あなたたちは、ここをどこだと思っているの!」
 真里砂の瞳がくるくると色合いを変えて、不思議な光りかたをしたのはちらちら燃える焚き火のせいでしょうか。
「どこだと思うの……?」
真里砂はもう一度、尋ねました。
「それじゃやっぱり……」と雄輝。
「おまえには何がおこったのかわかってるんだな?」
「ええ、まあ、大体のところはね。」
 意味ありげなこの会話に、鋭は何かしら背すじを走るものを感じました。
「いったい君らは何の話をしてるんだ?!」
真里砂はもう一度、あの、秘密を知っている者特有の謎めいた笑い声を立てました。
「ここはダレムアス。大地の国よ。」
そこまで言って、真里砂はようやく鋭の表情に気がつきました。
  いけない。鋭は本当に何も知らないんだったわ。
ぺたり、と火のそばに腰をおろして他の二人を誘います。
「わたしにわかっている限りは全部話すわ。でも、とても長くかかるの。」
 雄輝はすぐに、鋭もしぶしぶながら腰をおろすのを見とどけてから、真里砂は半分目をとじ話し始めました。
 
 
 
               .

コメント

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索