p6.
2.森の中で
しばらく霧の中にいるうちに、三人はだんだんと眠くなり、感覚がぼやけてきました。
霧が濃くなるにつれて高まってくる、寄せる波音に似たかすかなざわめきが、遠くから呼びかける声のように聞こえるのは気のせいでしょうか。
不意に彼らはその声をはっきりと聞きとることができるようになりました。
あたかもトンネルをぬけた時のように、スポリと音が耳にはまりこんだのです。
マーライシャ アアア……マーシャアー !
マーライシャ アアア……マーリシャア !
「だれ!?」 と真里砂は叫びました。
「わたしを呼ぶのはだれなの!!」
呼ぶ声は高く、低く、遠く、近く、繰り返し繰り返し聞こえてきます。
その声が真里砂の心の中に、わけのわからない不安となつかしさを巻きおこし、真里砂は耐えきれなくなりました。
「ここよ!!……わたしはここよ。あなたはだれ。どこにいるの?
わたしはここよ!」
「待つんだ真里砂!」
ひきとめる雄輝の手を振りきって、真里砂はやみくもに霧の中へとかけだして行きました。
追いかけようとする後の二人も、三歩と離れぬうちにお互いの姿が見えなくなり、不思議な呼び声だけがこだまする空白の中に閉じこめられます。
「ここよ、ここよ!」
すっと何かに強く引かれるような気がして、真里砂はそれきり意識を失ってしまいました。
次に気がついた時、真里砂は露の降りた枯れ草の上に横たわっていました。
着ている体操服も(それも半そでの)ぐっしょり濡れて、体はすっかり冷え消っています。
「よくもこんなになるまでのんびりと気を失っていられたものね真里砂。
……ここはどこかしら。」
実を言えば、彼女はしばらくの間なにがおこったか忘れていたのです。
それからあたりを見まわして、ようやく自分がとんでもない冒険にまきこまれたらしいと気づきました。
学園を包む朝日ヶ森ではついぞ見かけたことのない樅(もみ)の木があたりをとりかこんでいます。
「つまりここは学校のそばではないということね。きっともっと北の方なのだわ。」
それにしても鋭と雄輝はどこでしょう。
むやみに離れたりするのではなかったと、真里砂は悔やみました。
あの二人さえそばにいれば、少しもびくついたりせずにこの不思議な冒険を楽しめるのに……。
と、頭上で激しい羽音がして、驚いて上を見上げるいとまもなしに
背中にとび色の翼をつけた8〜9歳の少年が目の前に降りたつと、この年頃の男の子にしてはなかなか優雅な動きかたで礼の姿勢をとりました。
「遅くなってすみません。マーライシャ様ですね。」
(☆シャーペン描きに色鉛筆塗りの背中に翼の生えた少年の絵あり☆)
P7.
本当なら真里砂は、翼をつけた男の子の出現に驚かなければなりませんでした。
もし彼女が普通の地球人なら、です。
ところが真里砂は少年の背中の翼より、彼のしゃべった言葉に気をとられて、自分が翼を見て驚ろかないことや、むしろあたりまえの事実として受け入れていることの奇妙さに気づきませんでした。
それほどにその言葉は風変わりでした。
こんな言葉は今まで聞いたこともないはずです。
それなのに……真里砂はこの少年の言ったことがよくわかったし、さらに驚いた事には、自分がすぐに返事をしたことです。
「ええ、そう。わたしはマーシャ、 マーライシャに決まっているわ」
これは、むしろ、少年の質問より自分の疑問に答えたのですが、しゃべってから真里砂は気がつきました。
わたし、前にもこの言葉を使ったことがあるわ 。
でも、いつでしょう? 彼女の頭の中には、6歳以前の記憶がまったくありません。
有澄の養女になってから6年。
ようやく忘れかけた心の傷跡を再び見せつけられて、真里砂の顔はそれと知らぬ間に青ざめ、ひきつっていました。
「わたしは マーライシャ。……マーシャ」
なに、マーライシャだったのかは忘れました。
けれど、真里砂はこの瞬間にはっきりと悟ったのです。
今、彼女が立っているこの土地が、たとえどこであれ、どんな国であれ、(仮に地球の外であったとしても)、まぎれもない彼女の生まれた故郷だということを。
ぐるぐるぐるぐる
あたまの中で
閉じこめられた
むかしの記憶
出口を求めて
まわっているの
ぐるぐるぐるぐる……
真里砂は立っていられなくて、そのままくずれるように枯れ草の上に倒れこみました。
翼のある少年はとても驚いて、すぐさまかけよって彼女を助け起こそうとしたのですが、真里砂は差し出された腕をじゃけんに振り払いました。
「いったいどうしたんです皇女(おうじょ)さま」
「皇女(おうじょ)ですって! わたしが!?」
真里砂は思わず問い返してから、しまった!とあわてて口をふさぎました。
何がおこったのかわからない今、うかつな行動はとれません。
『おちつきなさい真里砂。ここがあなたの故郷だというのなら、なぜわたしが記憶を失い、一人で森の中をさ迷っていたのか、きっとその謎の答えが見つかるはず。』
真里砂は直感で、目の前の少年が自分の味方だと信じました。
混乱した思考を、これだけ見事にす早く立て直すことができるあたり、実際に彼女は皇女と呼ばれるにふさわしいかもしれません。
「あなたは誰?」
少年は心配そうな顔をして立っていましたが、真里砂がしゃんと背すじをたてて、ややぎごちないながらもはっきりと言ったので、人なつっこく笑いました。
「ああ、よかった。このまま気絶するんじゃないかって思ったんですよ。ぼくは“つむじ風”ルンド家のパスタ・クラダです。この森に住む鳥人(とりびと)族の族長
なに、マーライシャだったのかしら、それがどうしても思いだせません。
ぐるぐるぐるぐる、頭の底で、昔の記憶が暴れまわっています。
外へ出ようとして。
奥の方で秘やかに、それでも確かに息づいているわたしの記憶。
なぜ上へあがってこないの?
彼女が記憶をさかのぼって行くと、いつも必ず一つの扉のところで
.
2.森の中で
しばらく霧の中にいるうちに、三人はだんだんと眠くなり、感覚がぼやけてきました。
不意に彼らはその声をはっきりと聞きとることができるようになりました。
あたかもトンネルをぬけた時のように、スポリと音が耳にはまりこんだのです。
マーライシャ
マーライシャ
「だれ!?」 と真里砂は叫びました。
「わたしを呼ぶのはだれなの!!」
呼ぶ声は高く、低く、遠く、近く、繰り返し繰り返し聞こえてきます。
その声が真里砂の心の中に、わけのわからない不安となつかしさを巻きおこし、真里砂は耐えきれなくなりました。
「ここよ!!……わたしはここよ。あなたはだれ。どこにいるの?
わたしはここよ!」
「待つんだ真里砂!」
ひきとめる雄輝の手を振りきって、真里砂はやみくもに霧の中へとかけだして行きました。
追いかけようとする後の二人も、三歩と離れぬうちにお互いの姿が見えなくなり、不思議な呼び声だけがこだまする空白の中に閉じこめられます。
「ここよ、ここよ!」
すっと何かに強く引かれるような気がして、真里砂はそれきり意識を失ってしまいました。
次に気がついた時、真里砂は露の降りた枯れ草の上に横たわっていました。
着ている体操服も(それも半そでの)ぐっしょり濡れて、体はすっかり冷え消っています。
「よくもこんなになるまでのんびりと気を失っていられたものね真里砂。
……ここはどこかしら。」
実を言えば、彼女はしばらくの間なにがおこったか忘れていたのです。
それからあたりを見まわして、ようやく自分がとんでもない冒険にまきこまれたらしいと気づきました。
学園を包む朝日ヶ森ではついぞ見かけたことのない樅(もみ)の木があたりをとりかこんでいます。
「つまりここは学校のそばではないということね。きっともっと北の方なのだわ。」
それにしても鋭と雄輝はどこでしょう。
むやみに離れたりするのではなかったと、真里砂は悔やみました。
あの二人さえそばにいれば、少しもびくついたりせずにこの不思議な冒険を楽しめるのに……。
と、頭上で激しい羽音がして、驚いて上を見上げるいとまもなしに
背中にとび色の翼をつけた8〜9歳の少年が目の前に降りたつと、この年頃の男の子にしてはなかなか優雅な動きかたで礼の姿勢をとりました。
「遅くなってすみません。マーライシャ様ですね。」
(☆シャーペン描きに色鉛筆塗りの背中に翼の生えた少年の絵あり☆)
P7.
本当なら真里砂は、翼をつけた男の子の出現に驚かなければなりませんでした。
もし彼女が普通の地球人なら、です。
ところが真里砂は少年の背中の翼より、彼のしゃべった言葉に気をとられて、自分が翼を見て驚ろかないことや、むしろあたりまえの事実として受け入れていることの奇妙さに気づきませんでした。
それほどにその言葉は風変わりでした。
こんな言葉は今まで聞いたこともないはずです。
それなのに……真里砂はこの少年の言ったことがよくわかったし、さらに驚いた事には、自分がすぐに返事をしたことです。
「ええ、そう。わたしはマーシャ、
これは、むしろ、少年の質問より自分の疑問に答えたのですが、しゃべってから真里砂は気がつきました。
わたし、前にもこの言葉を使ったことがあるわ
でも、いつでしょう? 彼女の頭の中には、6歳以前の記憶がまったくありません。
有澄の養女になってから6年。
ようやく忘れかけた心の傷跡を再び見せつけられて、真里砂の顔はそれと知らぬ間に青ざめ、ひきつっていました。
「わたしは
けれど、真里砂はこの瞬間にはっきりと悟ったのです。
今、彼女が立っているこの土地が、たとえどこであれ、どんな国であれ、(仮に地球の外であったとしても)、まぎれもない彼女の生まれた故郷だということを。
ぐるぐるぐるぐる
あたまの中で
閉じこめられた
むかしの記憶
出口を求めて
まわっているの
ぐるぐるぐるぐる……
真里砂は立っていられなくて、そのままくずれるように枯れ草の上に倒れこみました。
翼のある少年はとても驚いて、すぐさまかけよって彼女を助け起こそうとしたのですが、真里砂は差し出された腕をじゃけんに振り払いました。
「いったいどうしたんです皇女(おうじょ)さま」
「皇女(おうじょ)ですって! わたしが!?」
真里砂は思わず問い返してから、しまった!とあわてて口をふさぎました。
何がおこったのかわからない今、うかつな行動はとれません。
『おちつきなさい真里砂。ここがあなたの故郷だというのなら、なぜわたしが記憶を失い、一人で森の中をさ迷っていたのか、きっとその謎の答えが見つかるはず。』
真里砂は直感で、目の前の少年が自分の味方だと信じました。
混乱した思考を、これだけ見事にす早く立て直すことができるあたり、実際に彼女は皇女と呼ばれるにふさわしいかもしれません。
「あなたは誰?」
少年は心配そうな顔をして立っていましたが、真里砂がしゃんと背すじをたてて、ややぎごちないながらもはっきりと言ったので、人なつっこく笑いました。
「ああ、よかった。このまま気絶するんじゃないかって思ったんですよ。ぼくは“つむじ風”ルンド家のパスタ・クラダです。この森に住む鳥人(とりびと)族の族長
なに、マーライシャだったのかしら、それがどうしても思いだせません。
ぐるぐるぐるぐる、頭の底で、昔の記憶が暴れまわっています。
外へ出ようとして。
奥の方で秘やかに、それでも確かに息づいているわたしの記憶。
なぜ上へあがってこないの?
彼女が記憶をさかのぼって行くと、いつも必ず一つの扉のところで
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