第一章  森の中にて
 
 
(さあ、今、あなたの記憶を封じました。  不安ですか)
(ええ少し)
(四年たったらお迎えに参りましょう。これが私(わたくし)からのせめてもの贈り物。全てを忘れて、もう一度、なんの制約もなしに子供の時をお過ごしなさい。
 短い休暇です。思う存分。
 四年たったら……)
 
       ×       ×       ×
 
 夜明け前に軽い休止をとった真里砂は、また例のいつものあの夢おを見た。四年たったら、四年……、と、彼女は言った。
そして、四年目。確かに彼女は来たのだ。と、真里砂は二年前のその日の事を思い起した。
 夜の漆の黒い髪。闇色の瞳(め)に、なめした皮の赤銅(あか)い肌。
その端正な憂えげな面ざしに、少し再会の喜びを差して、真里砂の記憶にある粗末な戦士の服とは打って変わったような、一点の非の打ちどころもないスーツ姿で、彼女が学園の面会室に現われた時には、さしもの真里砂もずい分驚かされたものだ。
美しい人、だとは記憶を掘り返す度に思っていたけれど、彼女があでやかであれる事などは全くの予想外だったのだ。
 が、彼女は、約束の非まで待って真里砂を連れて帰る事をしなかった。
できなかったのだ。…………。
 
 ……(皇女(おうじょ)殿下)
一月も速くに彼女は真里砂の窓辺に立った。
夜に溶ける色の長い布衣(ぬのごろも)を、あの粗末な毛皮の上にまとって。
寄宿舎の寝室の窓はなぜか音もなく静かに開いた。
あの晩、全てはもやに包まれて月も星もなかった。
(皇女殿下、大変な事が起りました。わたくしは行かねばなりません。……時が満ち、“通路”が開かれるのを待って、わたくしはあなたをお連れするつもりでした。が、一刻を争そうのです。わたくしは、冥府の扉を抜けて大地へ参りますが、ご存じですね。この道は我ら旅人(たびと)のみに許されています。あなたをお連れする事は今はできません。)
(そんな。そんなアルマリオン。  わたしはどうすればいいの?)
(お元気で。マーライシャさま。)
(マーライシャ。……それが、わたし?)
(生まれた故郷(くに)を忘れてはなりません。あなたの大地を忘れぬ限り、必ず道は開けましょう…………)。
 
 生まれた土地を忘れる。
大地の民である以上、それはあり得ぬ事だった。
永遠の旅人である彼女は知らないのだ  大地が、その国人(くにびと)をどんなに激しく呼ぶものなのか。
 
 
 
 

「はい、申しわけないですが、今まで2号に渡って分載して来た序章の設定を、ちょっと頭の中から追んだして下さい。
黒の山に赤い月が昇ったので、やや大幅に設定が変わってしまい、今回からまた新たに書き直しをいたしますです。」



(※……と、ページの終わりに書いてあるということは、これは高校一年の一学期の後半に、文芸部の部誌の第三号用原稿として書いたもの……だと思われる☆(^◇^;)☆

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