二、
 
 清峰鋭(きよみね・えい)は捨て児でした。
秋の終りの冷たく澄んだ朝、泣きもせずじっと空を見上げていた赤ん坊を、見つけてくれたのは院長先生です。
一目で混血児(ハーフ)とわかる顔だちと、貧しいけれど一針一針の細かい手縫いの産着の「Α」の縫い取り。
利発そうな瞳をしているからと、てっとり早く頭文字に漢字をあてて、始め彼には鋭という名前がつけられたそうです。無論おしめを替える段になって、慌てて下の一字は取り払われたのですが。
とにかく一目見て誰もが女の子だと信じ込んでしまう程の透けるような美しさと、理知的とでも言うべき瞳の光を持った、珍らしい赤ん坊ではありました。
 名前にふさわしく、彼が類い稀な高度な知能を持って生まれた事に周囲の人間が気づき始めたのは、彼鋭が小学校へ入学した頃でした。
入学時の知能検査でIQ300という数値がはじきだされた時にはまさかと笑って130の間違いであろうと考えていた大人たちも、どこで字を覚えたものか一年坊主が生意気に大人の新聞を読み始め、稚拙ながらもかなりまともな「見解」を熱心に話すようになった時、“これは!”と思ったそうです。
彼の興味は最初からもっぱら科学に向けられていたらしく、童話や絵本の変わりに難解なSF小説を読みあさり、近所の大学生の所へ入りびたっては、相対性理論やら万有引力やらを聞きかじって帰るようになりました。
彼の夢は科学者となり大宇宙船を建造する事。
そしてそれが災厄をまねいたのです!
 
 その男がやって来た時、園庭で鉄棒をしていた鋭は一目で不吉なものを感じとった。
それがどこから来るものだったか。
もしかしたらそいつの蛇のようなてらてらと光を反射させる眼に原因があったのかも知れないが、なにも世界中に蛇眼が奴一人しかいないわけではなし、わけのわからない異様な恐怖を感じた事の方に、かえって鋭は疑問を感じた。
 そう、何かを恐れる必要などありはしなかったのだ。
男は設立されたばかりの国立科学者養成センターの事務官の一人であり、IQ300という類い稀な知能を有している鋭を、全額支給の特待生という形で編入させたいと申し入れて来たのだ。
 願ってもないこと。
科学だけが目的の孤児である鋭にとっては、正に福音の鐘の調べのような話である。
否も応もなく鋭は承知し、
「では明後日。」
迎えをよこすと言って男は帰って行った。
鋭は降って湧いた幸運に日頃からの成人顔負けの冷静な洞察力を失ってい、帰り際に男の見せた不吉な笑いにも気づく事なく、ただ彼を我が子同様にかわいがってくれた孤児院の院長だけが、苦渋に満ちた青い顔をして凝っと額を押さえていた。
 
 
 
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