テラザニアの斎姫連(さいきれん)
 
                        土岐 真扉
 
     第一章・惑星《最涯(ワンゼルラン)》 その一
 
          ☆
 
 うすい酸素の層にまもられた若い大地の東のはてが銀(しろがね)と黄金(くがね)に染まる。
 一日のもっとも動きやすい聖なる時刻をのがすまいと起きだす人々のこえ。
 祈りの書物がしらじらと暁光にぬれ、燈火のたすけなしに読めるようになるころ。
 娘たちは天をあおぎ、金の初矢が蒼空を焦がすをみる。
 うなじから背なへと流した被り布をひきあげ、深くひきさげて。
 また、熱く灼ける陽光と、炎暑と乾燥の素朴な暮らしがはじまる。
 それをこそ、われら部族は選びとった……と。
 つつましく誇りやかに、うたいながらの生が。
 
          ☆
 
 ふたりが降りたとき《最涯(さいはて)》市街はちょうど夜明けに位置していた。
 出てきたばかりの宙港塔が希薄(きはく)な大気をつらぬいて惑星外へと続く、その銀の高みのなかばまでしか陽光は届いていない。
 それでも熱気が起こした旋風(せんぷう)は赤い砂をまきこんで街路をけずる。見本のように酷薄(こくはく)な岩石砂漠は地球系人類(テラザニアン)が自力で生息しうるぎりぎりの限界点だ。
 と、いうのに〈赤道直下〉ときいて異世界人(リスタルラーノ)が自分でえらんだ衣装は。
 肩もあらわに太股むきだし、ほとんど水着の袖なし短パン、海青色に極楽鳥。服に合わせて染めたとおぼしい真青(まっさお)な髪が衛星軌道をむいている。
 めだちたがりでハデ好きの浅慮(せんりょ)な性格まるだしと、となりの人間はさも嫌(いや)そうだ。
 しかも地球人(テラザニアン)だとすれば純血の北欧種にしか見えない。
 出自をごまかすための偽装手術のおかげだが、肩幅のひろい長身のわりにひょろっと生白い手足をむきだしのまま戸外に立つなど、想像したこともない濃褐色(のうかっしょく)の住民たちが、あきれ驚いて立ちどまる。
 「……………………………………………………………………………あ……あつい…………」
 当人は、たっぷり二分は絶句したあげくにぼそりとつぶやいて。
 「だから言ったじゃないか、日中には地球式(せっし)で五十度超(こ)える」
 尖(とが)ったこえで刺されたクギは、かなり太いしろものだった。
 なにしろ夏でも水は固体であるような極寒惑星(きょっかんわくせい)のレイは出身だ。とりあえず人類の可住地域とされている〈熱帯〉で、表皮を保護する必要があると言われてピンとこなかったのも無理はないのだが。
 色素と適応力の欠落した文明人の素肌は、強すぎる直射日光をあびたら五分で火ぶくれだ。
 皮膚癌(がん)で死にたいのか!と、あわをくった宙港職員にひきとめられたばかりだ。
 それを肩でおしのけて入国管理を強引にくぐり出たのは本人なのだから。
 心配するよりさきに通行人の好奇の視線でこちらの顔が火をふきそうだと表情で訴えるつれに、レイはむくれる。
 「だって暑いとこってから、地球圏(テラズ)の服わざわざ調べて」
 「その恰好(かっこう)は亜熱帯の湿潤地方のやつ。ここは熱帯で、乾燥(かんそう)気候なの」
 学術用語で断定する、口調が辛辣(しんらつ)だ。
 いけすかない優等生だと前から見ていた相手にとっても、八方美人の九番目の方角に、自分が分類されていると気がついたのはつい最近だ。正確には仲間たちと別れてここへ来る船中で、二人きりになってから突然に、あたりがきつくなった感じだ。
 「…………そうなのか?」
 「何度も説明したと思うんだけど?」
 ひとの忠告はすなおに聞こうねぇと容赦もない彼女は、用意よろしく厚地の外套(がいとう)に深い庇(ひさし)の頭布をかぶり、外見からでは性別もわからない焦茶(こげちゃ)のカタマリと化している。
 この土地ではそれがふつうで常識なのだと教えられたのは確かだが。「泳鳥(ペンギン)のまる焼き」と、ごくまともな感想をのべたら一度で見捨てられた記憶が……ある。
 それでつい、ムキになった。
 「はン、簡単じゃんか」
 宣言するなり《気波(シ・エス)》をあやつって周辺の分子運動を抑える。
 肉眼では感知できない霧状の力場が発生し、ほの青い燐光にゆれる。
 たちまち熱量をさげた気波壁(きはへき)のなかの冷涼な空間で腕をくみ、さぁどうだという顔を本人はしたが、
 「ひとめを考えてよね。その服装でも身体に支障がないっていうの私にしか〈視(み)え〉ないんだよ。それに……。滞在予定がどれくらいになるか、わかってる?」
 悪意としか解釈できない楽しげな嘲笑(ちょうしょう)をうかべられてしまい、がるると唸(うな)ってしかたなく、商店のならぶ宙港塔へ、くるりと踵(きびす)をかえした。
 研究所では最強を誇(ほこ)るレイといえども長時間、続けて使えるワザでないのは認めなくないが事実である。
 
          ☆
 
 《気波使(きはつかい)》または《気波術者(サイ・テック)》、連盟語(リスタルラン)では《感働人(エスパッショノン)》。古い地球語では《霊力師(サイキック)》とも、《神》とも《悪魔》とも呼ばれたひとびとの、探索および実態調査が今回の目的だ。地球連邦機構(テラザニアン・オリガ)からの極秘だが正式な依頼と、星間連盟総裁(リスタルラーナ・パス)じきじきの財政支援のもとに始動した企画である。
 連盟(リース)側の予算確保の名目は『未解決犯罪における手段の実証および再発防止のための法制化』なのだが。四十周年をむかえる新生の連邦(テラズ)としては差別や抑圧を受けている影の存在の権利を、公認することで保護したいという意向がつよい。
 その、膨大(ぼうだい)な範囲におよぶ現地調査は一人でやると、彼女が宣言したのがそもそもの始まりだった。
 「参加者(ゲーマー)……つまり自主的に連邦機構の運営に協力すると志願誓約(しがんせいやく)している連邦市民の洗い出しは簡単なんだ。参加者協会(アソーシアン・ネット)の情報網が使えるからね。問題はそれ以外の、いわゆる部族民とか独立人として分類されている、戸籍調査すら嫌(いや)がる人たちで……しかも未確認の《気波使》が発見される確率は、変異(へんい)発生指数から推(お)してこっちのほうが高い」
 研究所のほとんどを占める連盟人種(リスタルラーノ)を対象に、天才と評されている地球出身の留学生は故郷の歴史と現況を手際よくまとめて語る。
 もうすこし、色気と飾(かざ)りけのある衣装にすれば美少女でも通るのに、などと。
 職務に不熱心なレイはよけいなことを考えていて、説明はほとんど聞き流してしまった。
 
 「……ということで、実施(じっし)期間は三地球年。都市部における参加者の抽出(ちゅうしゅつ)と面接はエリーが統括(とうかつ)。地方および辺境の調査は、いちばん事情にくわしい私が単独で行います。情報解析(かいせき)班の編成はソレル博士にお願いします。……以上、なにか質問は?」
 「まった、地球圏(テラズ)の辺境って、かなり治安が悪いんだろ。用心棒いらないか?」
 成人と子供ばかりの研究所内でただふたり、年齢の近い地球人の少女たちが、そろって三年も留守になるのはおもしろくないのが口をはさんだ原因だった。どうせ仕事もない落ちこぼれの所員なのだ、厄介払われもかねて物見遊山(ものみゆさん)としゃれこもうというのが、本音でもある。
 いつものように先回りでこちらの意図をよみとって、満面笑顔の
お返事と思いきや、
 「説明……、ちゃんと聞いてた?」
 意外なことに困惑したふうの八方美人
である。
 「もう一度いうけどね、なるべく目立ちたくないわけ。地球本星での最後の大戦の時にどの陣営に属(ぞく)した地域かによって反応は違うんだけど、地球系の文化圏においては、私たちみたいな《気波使い》は、《神》やその部下という解釈で〈聖域〉に隔離(かくり)されるか、同じく《悪魔》かその卷族(けんぞく)だという偏見で追い出されたり、最悪では磔刑(はりつけ)にされたりとか、どちらかだったんだ、つい最近までね。
 こういう技能があると周囲に知れたら最後で、迫害だろうが特別あつかいだろうが、ふつうの人間としての、あたりまえの生活や結婚をするのは、ほとんど不可能になる。だから大抵(たいてい)は自分の〈正体〉を隠して平凡に暮らしていくために、しなくてもいいような苦労をしてるわけ。
 私なんか、それが面倒で連盟(こっち)まで逃げてきちゃったくらいで。
 そういうビクビクしながら生きているところへ、地球人の私が一人で行ってさえ、知らない他所者(よそもの)が何しに来たってだけで不用意にひとの注意を引いて、生活環境を破壊しかねないのに。
 異世界人(リスタルラーノ)で、ましておたくのような……。ねぇ?」
 意味をたっぷり含ませて首をかしげる仕草に、ひとの目を魅(ひ)くことに快感を見いだしているレイの過激(かげき)な服飾をみなれた一同は遠慮なく笑いをもらした。
 「……ったって、ならよけい、危ないだろうが」
 優等生のいつになく攻撃的な論法にかすかな違和感がある。
 「迫害される地域で、暴走癖(へき)のある《気波技師(エスパッショノン)》のあんたが、ひとりで無事に済むのか?」
 力量はあるが細かい作業の苦手な少女はみごとに無表情の笑顔で、
 「それは心配ない。抑制(よくせい)装置の小型化はすでに試作にかかってる」
 怒(おこ)ったな、とレイは思ったが口には出さずにおいた。
 はじめは被験体として参加しながら卓越(たくえつ)した理論構成ですぐに研究職の筆頭(ひっとう)になり上がった天才児は、うっかり自分で気波を飛ばすと実習室ごと破壊する。
 一方で所員として失格のレイは、実用技能の正確さと安定性では師範格(しはんかく)を自称している。
 そのあたりを酌量(しゃくりょう)した人間がまあまあと仲裁にはいった。
 「いいじゃないの、サキ。連れて行っておあげなさいな」
 「エリー、そうは言っても、ことは対象者の人権そのものが懸(か)かってる」
 「それは解るけれど、あなたのことだから舌先三寸でまわりを胡麻化すくらい簡単でしょう?」
 「…それ…、誉(ほ)めてるか貶(けな)してるか判らないんだけど★」
 地球人が埓(らち)もない半畳(はんじょう)合戦をはじめたら議題が中断されるとは、連盟人種(リスタルラーノ)の共通認識だ。
 「あら、敬愛している友人を、あたくしが貶(おとし)めたりすると考えるなんて、ひどいと思うのよ」
 「寡聞(かぶん)にして尊敬なんてされてるとは存じませんで」
 「それは不見識(ふけんしき)というものよ。大体あなたは他人の好意に鈍感(どんかん)すぎるきらいがあるわ」
 「古傷えぐるの止(よ)そうよね。それを言うならエリーのほうこそ恋文を読みもしないで反古(ほご)にするのはいくらなんでもやめた方がいいと……」
 まんまとハメられて脱線しかかるのを、うすい刃物のようにさえぎる声がある。
 「所長決裁とします。レイを護衛として、かならず同行すること」
 「えっ! …でも博士っ…」
 「研究者の貴重な頭脳を危険にさらすわけにはいきません」、と。
 それまで議長席で沈黙していた所長から、じかに宣告されてしまっては連邦の公費留学生に反論の余地はない。
 緑の瞳のエリーはゆるやかな金の巻毛をかきあげて、してやったりと片目をとじた。
 
          ☆
 
 出会ったのはこちらのほうが先とはいえ、おなじ惑星の出身で仲もよいエリーは何か知っているのかもしれない。なにか……、自分は知らないことを。
 最初にうけた奇妙な印象は出発の準備がすすむにつれ深まる一方だった。
 どうやら相手に嫌(きら)われていると気がついた、それはいい。善人面(づら)したマヌケのおひとよしと、いいように罵(ののし)りながら都合よく利用もしてきた当然のむくいである。それで一緒に旅行なぞ、したくはないと断られるなら疑問も不満もない。
 わからないのは、それが理由ではないらしいからだった。
 嫌うというより避(さ)けているだけでしょうと、すこし年上の金髪美人は余裕で笑う。
 聞き出したいことは色々あったが、同道するからには最低限の言語と礼儀作法くらい覚えてもらうと主張する相棒に、ぎりぎりまで睡眠学習槽(そう)にたたきこまれていて時間がなくなった。
 そもそも地球圏(テラズ)の文化が複雑で配慮を要するくらいは誰でも承知はしている。
 科学万能主義の連盟世界(リスタルラーナ)とはずいぶん感覚も違うだろうが、レイとて持って生まれた《力》のせいで爆発事件をひきおこし、故星の追放処分をうけて研究所へ引き取られたクチだ。
 ほかの人間に同じ思いをさせないよう、必要とあれば隠密行動に徹するくらいできるのは、六年ごしのつきあいで向こうも了解しているはずだ。
 それを、人目につくという強引な名分で、切り捨てて一人で行こうとしたのは……何故か。
 最終的なうちあわせに至って、それは深刻な疑問符となった。
 異世界人である自分が入国後も自由に動けるように、人種的特徴を簡単な手術でごまかして地球人になりすますという配慮はわかる。用意された偽造の身分証でいまさら驚くほど相手の常識はずれな多才ぶりを知らないわけでもない。
 だが、なぜ……地球生まれの地球人までが、偽名を使って再入国をする必要があるのか。
 今度の調査は連邦の正式な依頼によるものだ。公費留学生が一時帰国して研究活動をするのに、不都合があるとは考えられない。
 憶測(おくそく)するにも限界を感じたレイがいいかげん煮詰まったあげくに説明を求めたところ、長くなるとか時間がないとかの口実で逃げられつづけて今日まで来ている。
 といただすしつこさのあまりに「だから一人で来たかったんだ!」と怒鳴られて以来、二人の仲はいたって険悪なものになっていた。
 
 現地の気候にあわせた服装をという指示を無視して薄着(うすぎ)をしたのも結局はただの抗議行動だ。
 宙港塔の基盤部(きばんぶ)に迷路のようにつらなる商店街で合いそうな上着を探しながら、無駄な馬鹿をやったなと暑さによわいレイは内心ためいきをつく。
 深緑(ふかみどり)の紋様(もよう)織りに金糸で刺繍(ししゅう)をほどこした、色鮮(あざ)やかだが悪趣味ではないと少女もしぶしぶ承諾する一着をみつけて市場での用事をおえた。
 ついでというふうに二度目の朝食をとりに地元料理の店に寄る。
下船のまえに早すぎる軽食はとっていたので食欲などないレイをしりめに、あれこれ地球式の皿をならべた少女は、時間はずれのこの正餐(せいさん)をじつはずいぶん楽しみにしていたらしい。
 八年も異邦で暮らしたあとの最初のご馳走(ちそう)である。
 食は文化なりという格言も地球にはあるくらいだ。
 あいにくと、定時におこなう栄養補給という貧しい認識しかない文明育ちは、店内にほかの客が少ないのを見てとるなり、すでに習慣と化しつつある質問攻勢を再開してしまった。
 「〜〜〜〜〜〜また、その話?」
 三日も断食したような風情で料理にとりついていた留学生は、星間連盟(リスタルラーナ)や宇宙船内では望むべくもなかった骨つき肉の焼いたのを丈夫な歯でひき裂きながら、もぐもぐと嫌そうに言う。
 「またじゃないだろ、まだ何も聞いてないんだぜ、こっちは」
 「渡した資料もろくに読まなかったくせに偉そうに……研究所に置いてきちゃって」
 「あんな分厚いもん目を通せるか。学術言語は苦手なの知ってんだろ」
 「……さては、開いても見なかったわけね……」
 「見たよ! 対照表だの模式図だの、こむずかしいのばっかりだったぞ」
 「説明文だよ。ひとが折角(せっかく)おたくの母星語に訳しておいたのに」
 むっすり呟(つぶや)いて乾燥植物の浸出液(しんしゅつえき)  その色から〈茶〉とか呼ばれるもの  をすする。
 「…………へ?」
 一拍おくれた反応をするレイを、切って煮た野菜に手を伸ばしながら上目使いに睨(ね)めつけて、
 「これだもの。なんでこんな不勉強なやつ連れて来なくちゃならないんだか」
 「えー……っとぉ…………。悪かった、あやまる」
 嫌いな相手にさえ発揮される八方美人の博愛的な親切心に、なかば呆(あき)れつつ下手にでる。
 「簡単でいいから口頭で、説明しなおしてくれる気は……」
 「やだ」
 「そう言うなって」
 「短くできる話なら最初からそうしてる。私の本名さえ知ってれば、調べれば誰にでも解る事情なんだから、自分で勝手に探せば?」
 「本名って、サキ・ラ……」
 ぱっしゃんと、派手な音をたてて顔のうえを流れたのは草の実の絞(しぼ)った汁だった。
 ひとの生き血のような色と味に閉口してレイが注文したきり手をつけていなかったやつだ。
 「〜〜〜〜なにすんだっ!」
 塩気をふくんだ赤い汁のなごりをとどめたグラスは、少女の器用な指のさきでゆれている。
 「その名前、地球圏(テラズ)についたら絶対に、口に出すなって言ったよ」
 切りこむような声のひびきは気迫というより緊迫感がある。
 「だからっ、なんでだって聞いてんだろっ?」
 「…………………………ひきかえして勉強しなおせば?」
 邪魔だから帰れと、きっぱり表現されてレイは言葉を失う。
 どんなかたちであれ実力行使に訴えるほど相棒が本気で怒るのは長いつきあいで初めてだ。
 動転のあまり対処に窮(きゅう)して、原始的な手段にはしる。
 がらがっしゃんと半分ほど料理ののこった皿ごと食卓が倒された。
 「〜〜〜〜〜〜〜〜たべものをっ!」
 すでに声にもならない悲鳴を地球人はあげる。
 「これは連盟(リース)の合成品じゃない。土から採れたものなんだよ。よくも粗末(そまつ)にしたねっ」
 なにいってやがる、先に果汁をぶっかけたのはそっちだろうが……。
 理不尽なセリフに憤激(ふんげき)しすぎて震(ふる)えのきた異世界人は、あいての頬をひとつ張(は)りとばすなり店から飛び出したのだった。
 
                続きます★
 
              .

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