(※青い和紙風背表紙の大学ノート型原稿用紙にシャーペン縦書き)


 
 
  『テラザニアの斎姫連(さいきれん)』
       夢を迎える者たち  
 
               尊貴(とき)真扉(まさと)
 
 
    着想 一九九一年 三月 十六日
    改題着筆  同  四月二十六日
    第一稿   目標 五月二十六日
 

"The Psy-tech Ladies of Terazania"
presented by Toki, Masato
 
 
  〇、紫昏迷走
 
 白と青の二連星  
 それは、予知だった。
 ひとを数倍する永い生をへてきたライラは、それでも、おのれの最期の時を知らされた知った者の怖(おび)えで震えながら目を覚ました。
 それではとうとう終わりがくるのだ。
 終わりのはじまりが。
 白と青のふたりが訪れるとき、すべては動きだす。
 佳(よ)いほうへか、
 悪いほうへか。
 世界全体のことなど、じぶんのあずかり知らぬことではあったが。
 まだ、だ。
 あたしにゃ、見届けておきたいことがある。
 冷たい汗にぬれる体をビロードの寝台からひきはがし、としおいた褐色の美貌にこずるい年齢にさまたげられない生気に満ちた微笑をうかべると、  夜の、明けきる前、わずかばかりの荷物をまとめ、豪奢な部屋のすべてを捨てて、
 ライラは、逃げた。
 
 
 
 一、序章  式典開幕
 
 星史(せいし)十七年〇八〇三(ぜろはちぜろさん)。
 地球人の惑星連邦テラザニアが異星人類の星間連盟(リスタルラーナ)と国交条約をむすんで十七年になる。
 
 国境恒星系《最涯(さいはて)》軌道上の公易第七宙港は、折しも任期満了で帰国の途にある対連盟大使ムベンガ・ラナ=ロイシをむかえて、近隣星域中から著名人や高官がつめかけていた。
 収容客数二千名をほこる加重力集会場。
 遠心力をつかう連邦(テラズ)式宙居にしては広すぎるために床が半球状凹形の局面になっている。
 それを逆に利用して壁ぎわからでも顔をあげれば見おろせるよう設計された中央の壇上。
 すらりと背すじが伸びて遠目にも美しい女が、はりのある声で式次第を告げようとしていた。
 「女史および博士がた(ソリ・セラ・ヴィ)  おあつまりのみなさま。本日はようこそ(リ・セーテ・エクセラ)  本日はようこそおいで下さいました」
 
 幾人か列席している連盟人(リスタルラーノ)に敬意を表し、また開国記念ということから、かならずはじめに連盟語(リスタルラン)を、つづけておなじ内容の連邦第一公用語をと、一文ごとにくりかえす。連邦主催の行事における公式礼法のひとつだ。
 第一以外の公用語か少数部族語しかわからない参加者のためには個別に通訳がはいるから、そのための時間差も計算にいれてゆっくりただしく。
 語学と儀典法の二本立てで難関とされている司会者資格の一級を持っていた彼女は、しかも開会のあいさつから終了後の余興まで二十いくつの演目を、メモひとつ見ずに正確このうえなく伝達してのけた。
 「時間につきましては一応……となっておりますが、こればかりは御挨拶をいただく先生がたの、おきもちしだいでございますので」
 予定は未定とさせていただきますと茶目っけたっぷりにつけたして聴衆の笑いをとったのは、ひとりふたり、広長舌(ながばなし)で知られる大学教授がいたからだ。
 つられてまだ苦笑している宙港総長が話者の一番手として立ちあがり、記念式典は本格的にはじまった。
 
                           
 
 臨時で公務についているしるしの、緑の連邦記章にはセラ・レン=エラ。  ただし、偽名だ。
 
 
 
 二、無重力騒動

 無差別投票でえらばれるテラザニアの公職員には講演上手が多い。
 だというのに舞台からいちばんはなれた壁に無法者よろしく背をあずけ、退屈そうな視線をあたりになげていた。
 紙のように白い肌。冷たい黄色の目。
 はやりの鮮やかな青に染めたみじかい髪の前だけななめに流し、おなじ色彩の衣装できめて絵の具が三色あれば肖像画が描けますという極端な外見をしている。
 周囲からあたまひとつぬきでる長身。
 北欧系にしても高すぎる鼻稜(びりょう)がどこか特異だが、整った顔だちはひとめをひく美貌だ。
 つつがなく祝辞のすすむあいだはそれでも遠まきにざわめかれているだけだったが、閉会の辞がおわるころには着飾った女性軍がわれさきにとすりよってきていた。
 「キリアスとおっしゃるのね。すてきなおなまえ」
 参加者みながつける胸の名札をよみとって、化粧美人がうっとりした声をだす。
 こんな美青年をこのあとの祝賀会のあいだひとりじめできたらどんなに気分がいいだろう。
 とりかこまれてあれこれ話しかけられるのをキリアス・ヤンセン=エラはしばらくのあいだうるさそうに無視していたが、
 「おひとりでいらっしゃったの?」
 「いや。相棒が  ああ、もう来るな」
 講演者が退場していく舞台をばくぜんと示してそう言い、意地の悪い笑顔をそちらへ投げたかと思うと姿勢をただして、愛想よく御婦人がたのお相手をつとめはじめた。
 「まあっ、どなたですの」
 さては著名人の息子かなにかだったのかとかってに期待してさらに盛りあがる一団。
 つかつかと割りこんできたのはさきほどまで中央壇上で司会をつとめていた人物だった。
 臨時で公務についているしるしの深緑の連邦記章にはセラ・レン=エラ。
 あっさりした銀鼠(ぎんねず)の礼装には飾りといえば純白の蘭だけで、祝いの場所にしてはまわりの華やかさとくらべればずいぶん地味なのだが、信号のように目立ちまくるキリアスと向きあっても、上背のある優美な姿態はけっして見劣りしない。
 知性的な面差しに欠点をさがす根性は、色気に満ちた女豹美女のむれにも持てないようだった。
 欧亜混淆人種らしい白木に朱をのせた微妙な肌に、やや重いとりあわせの、おさまりの悪そうな濃褐色の髪。
 星のような灰色の瞳はさもいやそうに相手の服をながめおろして、
 「男装(それ)はやめろと何回言ったっけ」
 けっこういい家のお嬢のわりに粗雑な言動なのは、同室のひとつ部屋で旅をつづけるキリアスの悪影響にほかならない。
 「趣味だぜ、勝手だろ」
 「同性にもててなにがおもしろいんだっ」
 「あんたの厭がる顔」
 「〜〜〜っ」
 たしかに、知らずに見れば細身の男性、それも特上の美青年としか思えないが、よくよく観察すれば立ち襟のなかの細い首に喉ぼとけはないようだ。
 あっけにとられる十人ばかりをおきざりに、怒ったセラ・レンは相棒の耳をつかんで曳きずり去った。
 こんな人間と一つ部屋で旅をつづける不幸な友人が異性と知りあう機会に不自由したとしても、責任をとってやるつもりは、もちろんなかった。
 式次第はつつがなく終了してそのまま祝賀会となる。

 歴史が浅い連邦国家の低い税率からの予算であれば豪華であるとも洗練されたともいえないが、四方の通用扉があいて接待係が可搬卓をおしてくると料理がはこばれてくると薄給な為政者達は無邪気な歓声をあげた。
 新年と連邦誕生日につぐ年中祭事だ。
 食べて飲んで、楽しんだものの勝ちである。
 その素朴で陽気なさわぎにまぎれて女性客がひとり、遅れて入場したのをキリアスはふたりとも見逃さなかった。していなかった。
 うずをまく黒髪とほの白い肌の、堂々たる姿態の婦人。
 高年にしては若々しく華やかな紫と銀糸の絹をみごとに着こなして、今日の主賓であるムベナ大使をかこむ一団へさりげなく近づいてゆく。
 セラもキリアスも《闇》の幹部ライラの顔を知らず情報すら得られなかったが、現われた瞬間にひとめで判った。
 まぶしいほどの紫光の気波(きは)だ。
 これほどの潜在力とは思わなかった。
 むろん普通の人間に視えはしないから隠すつもりもないのだろう。刑事たちに気波司(きはし)の素質がなくて助かった。と、考えるうちに、セラが軽い足どりで人波をぬけてやってきた。
 司会役を高名な俳優にひきついで記章と蘭の花をはずしてしまった銀鼠(ぎんねず)の服はあっさりしてずいぶん地味だが、孔雀のように目立ちまくるキリアスのとなりに立っても決して見劣りしない。

 「  彼女だね?」
 かたわらを抜きさりつつ確認のためだけにセラは言い、
 ああとうなずいてキリアスもあとを追う。
 時間は、あまりなかった。
 密輸組織《闇》の取り引きが今日この場で行なわれるとの確証を星間警察はすでに把んでおり、要員も相当数、すでに潜入している。
 宴(うたげ)はまさにたけなわで、閉会と同時に参加者すべてが厳重な身元調査をうける。
 《闇》の下層幹部で今回の主犯、《紫昏(しこん)の》と二ツ名をもつライラにこちらの正体と条件を説明し、承諾が得られれば、この場からの逃亡を助けてそのまま二人の所属する機関で保護する、と。
 手際のよい交渉はセラのほうが適任だ。
 キリアスは一歩下がって警察の邪魔がはいらぬよう、周囲に気をくばる。
 「ライラ・ミタ=マンデラ女史(さん)? ちょっと内密でお話が」
 「  あんたは……あんたたちは……!?」
 その瞬間、彼女は自分の予知の正体を悟ったのだ、とは、二人に気付くすべもない。
 大使一行と談笑していたライラがぎくりとして不審げにふりかえろうとした瞬間。
 「そこまでよ。手をあたまのうしろで組んで、足をひろげて」
 銀色の銃を少女の背につきつけて、赤毛の女が断固とした口調で言った。
 「連邦星間警察です。密輸および麻薬類不正取引きの現行犯として連行するわ」
 「ちょっ……と待って。なんでわたしらがっ」
 あぜんとして云いかえすのへ左手がのびてカツラをむしりとる。
 「こんな変装くらいでごまかしたつもりなの? 刑事の記憶力をなめないでよね。」
 「痛ーったたたっ……」
 セラが、悲鳴をあげる。
 濃い銀鼠の服のせなかに、白にちかい純灰色の髪が、月下の滝、星月夜の瀑布(ばくふ)のように、ながれておちた。
 いつのまにかまわりは私服刑事らしい一団でかためられ、ほかならぬムベンガ大使までが、「失礼」とか呟やいて取り出した銃を、ライラに向けている。
 「ててて……。これは、もしかして」
 涙のうかんだ目で連盟(リース)側の犯罪組織とまちがわれたかとあきれているセラに、
 「らしいな」
 と、はやくも気をとりなおして事態を楽しみはじめたキリアスが、皮肉な笑みをうかべた。
 よこあいから紫昏のライラをかすめとる心算(つもり)で、どうやらどつぼにはまったらしい。してみると本当の取引相手がどうでるかと好奇心もはたらくが、とりあえず、反応したのはものほんの犯罪者である《闇》の幹部のほうが早かった。
 おとなしく手をあげるふりをして髪飾りの石をぬきとり床めがけて叩きつける。
 光弾が、炸裂した。
 
 三、無重力空間狂詩曲 
 
 閃光。
 空白。
 悲鳴。
 混乱。

 首領の合図を受けて、場内に散っていた密輸犯たちは一斉に光弾を放った。
 殺傷性はまったくないが、気力と視力の回復に数十分を要する特殊な武器だ。
 一時的に盲目となった客たちが恐慌におちいり、
 張りこんでいた警官たちとて、すでに役には立たない。
 追い討つように遠くでたて続けの爆発音。
 ぎしり。と、厭な音を発して。
 惑星《大鼻》軌道に停泊中の航宙客船《蒼洋》は、加重力用の回転柱を、止めた。
 斜めの揺激。
 体重のなくなる一瞬の数秒間の、めまいに似た感覚。
 続く数秒で長い裳裾やずるずるの民族衣装の二千人は。
 かつて奢侈を誇る高天井だった無重量空間に、手に手をとって舞い散っていた。
 
 料理の大皿があとを追い。
 酒びんが中味をまき散らして飛んで行く。
 目は見えないながらも皮膚感覚で一張羅に起きつつある惨事をさとり、女性たちが断末魔のような悲鳴をあげてもがきまわる。
 ぐずぐずしていて渦巻く酒類だの踊る鮮魚の活け造りだのとお近づきになりたくない。
 常人離れした回復力で視力と気力をとり戻し、あたりの悲喜劇を冷ややかに鑑賞したキルは、素速く気波の壁を張り、細かな浮遊物を避けつつ手近に来た大卓を片手でつかまえた。
 振り出した反動でまっすぐ出口を目指し、扉の近くの、“床”にとりつく。
 最初の光弾からわずかに二分。
 常人離れした対応力である。
 右腕でかかえているセラは、もちまえのカンのよさで突嗟に顔をかばったとはいえ、至近距離で直撃を受けて半ば気絶した状態だ。失神している。
 まだ見えていない大きな目からパタパタ涙をおとしてを見ひらいて、ぶつくさ言っている。
 「どおして……?!」
 二人は《紫昏の》に会ったことはなかった。
 当然彼女もこちらを知らないはずだ。
 それが、顔を見たとたんのあの反応。
 ちょっとあんまりではないかと茫然自失。

 緊急放送がはいるのを聞いてようやく気をとりなおすというあたり、実戦には向かないやつ、と、野戦兵士あがりのキリアスは黄色い目で苦笑した。
 (いきなり戦闘体勢?)
 「あーくそ、もうっ」
 セラが言う。知的な顔だちに似合わない悪舌だ。
 二、三度まばたくと意志の勝った灰色の瞳に強い表情がもどる。
 ただしキリアスほどの生体回復力は彼女にはない。
 眼球と視神経は機能を停止したままで、副次的な知覚を作動させている。
 いわゆる透視というやつだが、とりあえず動くのに不自由はない。
 「どうする?」と、キルが尋ねた。
 「追おう」
 「ちょっと待って」
 《紫昏》と闇の一味は会場からとっくに姿を消していた。
 すぐに追えば船外へ脱出する前に捕まえることもできるかもしれない。
 すくなくとも、この機を逃したら再度探りあてるのは至難のわざだろう。
 キル一人なら迷わず追跡する。
 
 全艦放送が破壊工作の発生と応急人員の不足を告げ、必要な職能とそれぞれの行くべき所を列挙している。
 政府予算の少ない開拓惑星連邦(テラザニア)に独特の、全市民?臨機応変に民間人を行政に組みこむ公職登録制度の発動である。
 二人の現在地は医師および無重力救助経験者の急行先として指定されている。
 この場で仕事を見つけてもよいのだが、セラは航宙士や宙船整備工の資格も両手にあまるほど持っており。
 一方で。
 
 キル一人なら迷わず後者をとった。
 自分の身も守れない役立たずに手を貸す趣味はない。
 しかしここ(テラザニア)はセライルの古巣だし、主導権がそっちにあるのは認める  と。
 一単語の質問から言外の含みまで正確に読みとって、あまりのらしさに少女は苦笑した。
 キリアスの性格は仲間の一人から「律儀で無愛想」と評されている。
 すぐに真顔に戻って繰り返される放送に注意を集中する。
 航法室・動力炉ともに人員を要求し、二千人の乗客高官や著名人がが無重力に溺れている会場へは有資格者ではなく“経験者”だけを振り分けているということは。
 思ったより事態は深刻らしい。
 どうも、面倒なことになってしまった。相棒のうす青く視える気波壁から身をはなして自信の真珠色の気波を張った。
 「損害状況を。」
 調べようと後半は省略して会場から泳ぎ出す。

 よみとったセラは数瞬、考えていたが、「航法室へ」と強く言って会場から泳ぎ出した。
 逆に急行してくるのはほとんどがセラと同じく連邦記章をつけた臨時の有志公職官で、それもそのはず、乗客と非番の乗員のほとんどすべては、会場に集まっていたのだから。(船内は無人に近い)


 連行されかけて、「それ、女です!」


   四、連邦警察第七支部
 
 暫減した部下たちの残りをかき集めて逃走する犯人一味の追跡にあてたがまんまと逃げられ。
 かろうじて捕えた二人組はどうやら民間人でこちらの誤解であるらしい。
 大使ムベンガの無事だけはいちはやく確認されているのが不幸中の幸いというべきだったが、宙港都市の被害が大きく人員を救助活動にふりむけねばならなかったため、捜索活動は中断。
 上司であるアリニカ警部補  たいそうな赤毛の美人  の憤怒の形相に、新任のパリス刑事はおそれおののいていた。
 新任といっても連邦警察警備部隊では五年間てがたく勤めた中堅どころである。アリニカより年は上である。
 このところ広域化の一途をたどる密輸幻覚剤事件のあおりをくらって捜査本部の応援にまわされたが、聞きこみや情報検索に必要なカンどころがいまいちつかめない。
 
 
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