maruman Loose Leaf L796 20x20 = 400字詰め原稿用紙、縦書き使用
 
(26枚目)
 「だから第七惑星はいやだったんだ!」
 井戸水で冷やして割ってある果汁をのみほして、サキはぼやいた。
 「どういう意味だ?」
 「親戚さんがゴロゴロいる」「極東草原系の移民が多いんだよね。部族単位で開拓してるから」
 「それで、偽名なわけか?」
 何度目かの質問にサキは黒メガネごしの上目づかいで応えた。
 「  はい、誘導訊問は、おしまい」
 「教えろったら」
 「やだね」
 帝国から連盟へ亡命したせいで戸籍がなく、いきおい密入国になるしかない自分はともかくとして。惑星連邦の出身者が里帰りして研究活動をするのに、発覚すれば即日決済で有罪になるという危険をおかしてまで、なぜ本名をいつわりたがるのか、レイにはわからなかった。
 互いに黙ってしまったところへまもなくの発車をつげる放送がはいり、点検と挨拶にま
 
(27枚目)
 わってきた車掌があいていた窓を閉錠してまわる。
 大圏列車を利用できるのは原則として自主管理を誓約した市民だけなので検察は行なわない。
 「うわー、まにあった、まにあった」
 どたどたと駆けこんできた一団があって車両の人口密度はいっきにあがった。
 「ここちょうどあいてますよ先輩」
 「おい、ツマミこれでたりるか?」
 「なくなりゃ途中で買えるって」
 「なんでもいいから一杯いこうぜ」
 ほとんど同時に喋りながら手荷物を収納庫にほうりこんでコの字型に仕切られた座席を占領し、折り畳みの小卓をひきだしておのおの大量にかかえこんだ酒肴のたぐいをわらわらとつみあげる。団体行動の統制のとれていること“運動部系の学生”かと思うところだが、男ばかり七、八人の、年齢はもう少し上だ。
 「まったく祭連(サイレン)さまさまですねえ、ここで休暇がとれるとは」
 発泡酒の缶をあける音といっしょにひびい
 
(28枚目)
 た単語にサキとレイは顔をみあわせて苦笑した。予定外の氷河見物としゃれこむはめになった理由がおなじだったのだ。
 「  じゃ、そういうことで、よろしく」
 資料収集の第一号がいきなり犯罪者だったことを無時間通信で研究所に報告し、ライラについては逮捕後の保釈交渉にかけるしかないと、結論をだしたあと。
 ゆくゆくはかくれすんでいる連邦の気波使いにも自然に暮らせる権利をというのが活動のサキが研究所にはいった目的でもあれば、犯罪に利用する者の存在が万が一おおやけになって世論にひびくのはうれしくない。
 なんとか事前に打てる手はないものかと釈然としない相棒をしりめに、さして深刻ではない帝国人は暑熱の惑星から逃れられると喜々として、宿泊施設にそなえつけの端末をたたいた。
 「たしか明日の便があったよな」
 いちどみた数値情報は忘れないという特技
 
(29枚目)
 がある。が、画面に出たのは欠航と満席の大行進。空調のきいた宙港内の宿泊施設も含め、四日後でなければ解約待ちの受けつけすらいたしかねますという状態。
 放浪芸を生業(なりわい)とする特殊な宗教結社“祭連(サイレン)”が、めったにない大船団をくんで通過するため通常の運航がみだれているという。
 「へえ……もうそんな時期なんだ」
 録画の謝罪文を読んでサキがこころなし嬉しそうな顔になり、
 「乗っ取り事件をおこしてほしいのか?」
 機嫌が垂直な寒地人に脅されてあわてて探してきたのが“氷河と流氷・極冠でオーロラ色の三日間を”という地元民むけ小旅行の宣伝だった。
 そして、発車を告げる十二音階の鐘がなる。
 経緯0度の宙港都市から極点までは約五時間の列車の旅だった。
 
☆欄外に、惑星・宙港(大圏エレベータ)・地軸・赤道・黄道・
 太陽光線の向き……の、図解あり。

 
 ひとしきり飲みくいに忙しくて口をふさが
 
(30枚目)
 れていた男たちが、二波めの缶や袋をあけにかかってふたたび騒がしい。
 「祭連(サイレン)さまさまといえば、そろそろあれなんですね、聖域惑星《久別(クサバ)》の例大祭」
 「そういやおまえは極東系だっけ?」
 「血がもう薄れてますから聖域には入れませんけどね。それさえなければ任務(しごと)ほうりだしても参列したいんですけど」
 「今回は取材も全面お断りだってんで従姉(イトコ)が嘆いてたよな、八年に一度の機会をって」
 「まえに学術用で許可とったやつが一般公開されたっての、まだ尾をひいてんのか?」
 「あそこの連中はガンコにできてるから」
 「それより、アリニカ警部補は、無事に搭乗(のれ)たと思いますか?」
 沈黙。
 「パリス刑事  新任のあなたには解らないかも知れないが、あの女性(ひと)の心配は、するだけ無駄だ」
 ぽんぽんと、わざとらしく肩をたたく音が車内にひびいた。
 「めのまえに任務があるかぎり暗黒星の重
 
(33 31枚目)
 力井戸からだって証拠をつりあげてくる  ちなみに実話だが」
 「犯人逮捕で肋骨七本折ってもちっともこりないですしね」
 「あの若さで持ち点ときたらオレなんかより一桁多いんだぜ、仕事の鬼で」
 「調査中の現地休暇って、不眠不休が何日つづこうがゼッタイとらないひとだぜ。」
 「しかもライラの行方はつかめてるってのに、このうえ彼女を足どめするのは、連邦総長でも不可能だ」
 「席がとれなきゃ密航してでも隣の惑星《大鼻》にむかってます、と、彼らは口をそろえて断言していた。
 
 「ライラの行方が?」
 ぱくっと口をあけて少々まのぬけた顔をしているのはサキだ。
 「つかめたって、言ったね」
 「気がゆるんでるから情報がつつぬけだぜ」
 にやっと笑ったレイはすでに気波感覚で探りをいれている。
 睡眠学習のおかげでだいぶマジになってきた連邦公用語を思いだし、
 「こういうのを、えーと、棚からボタボ
 
(32枚目)
 タ?」
 ぼたもちだってばと、少女は笑った。
 漆黒の光(ひかり)発電塗装でおおわれた細長い円筒と、死角をつくらないための凹(おう)型反射鏡を優美な曲線の金属架がささえ、朝日を一番にあびる大圏管路線は地上はるかな高みをどこまでも直線にのびてゆく。
 密封された円筒のなかで磁力と気圧差が列車に強烈な加速をあたえているが、人体や計器類に電磁波の影響がないよう、分厚い絶縁体でまもられた車両内部にはほとんど振動も伝わらず、窓の下を流れる眺望だけが移動の事実を伝える  近景はぶれて、ほとんど見えない。
 「なんで空調しないんだ?」
 熱帯特有の鮮やかな大洋をみおろしながら、うらめしそうに言うほうは決まっている。朝食のさいごのひとかけらを飲み下し、からになった容器類をひとまとめにしてねじりあげるのを慌ててとりあげて、
 「え、入れてるよ、湿度ひくいだろ」
 
(33枚目)
 と、サキ。
 「まだ暑い」
 「外気温との差がありすぎたら熱量の無駄だし体にも悪いでしょうが、途中駅で乗りおりする人だっているんだし。……待ってれば、極に近づくにつれ自然に下がるから」
 「へえ?」
 流刑地の雪原では生肉をたべて生きのびたおぼえもあるが、亡命して五年以上も星間連盟の管理されつくした空気のなかで暮らした。
 なにもかも均一化されて無害な変化がなく、“文明”とはそういうものだと思っていたのだが。
 「で、それはなにをしてるんだ」
 「ゴミの分類」
 穀物の茎の繊維からつくられるという薄茶色の紙袋をひらきなおして、レイが無雑作にいっしょくたにしたなかから天然素材のものと合成樹脂系と、左右の手にえりわけて持つと車両のはしにある回収容器まで歩いて捨てに
 
(34枚目)
 いく。どちらも集めて燃料にするという。
 「残った木製品(こいつ)は?」
 「線名が刻印してあるから記念にもらってく人も多いけど、おなじ沿線ならよその駅でもひきとってくれるから、いらなければ洗って返してまた使ってもらう」
 言いながら回収器にそなえつけの流しでゆすぐのを、うーんとうなって見ていた。
 最初の停車駅で修学旅行らしい学生たちが小班にわかれて乗りこんでくる。
 いっきに混みあった車内の誰もが市民の自主性とやらで動いているのを見れば、統制のきらいなレイといえども、あえて逆らう根性は湧かなかった。
 
  四、
 「で、優秀にして品行方正なる連邦市民どの」
 いやみたらしい前置きからして背筋に悪寒がはしる。
 「回線七〇−五二七五−七八七七」
 
(35枚目)
 「なにが?」
 眉をしかめたサキにもなかばの予想はある。
 「“紫昏のライラ”の捜査状況」
 つまり警察内部の情報網に割り込む侵入するための番号だと。むろん、パリス刑事とやらの個人の認識番号を読んでくるのも忘れていない。
 「念のため盗聴器なんてものも念着とばしてきたけどな。連中、へべれけに酔ってるから、最新情報ならそっちのほうが確実だろ」
 「ちょっと待て、それは非合法行為だって  
 さからうが、その手の操作に関しては前科がありすぎる。案の定、なーにをいまさらと鼻先で笑われた。
 「連邦の謄本資料をかってに書きかえたよな? 他人の認識番号をかりて偽名をなのるのがテラザニアじゃ合法だとは知らなかったぜ」
 理由を知らない腹いせの、ただの意地悪だが。
 「孤独感から犯罪にはしったとやらの仲間(ライラ)がつかまるのは見たくないんだろ?」
 
(36枚目)
 がるるとうなて端末にとりついたサキのそばの窓の外では極光がゆれていた。
 
 

 テラザニア
 ツェキロニア

 
 「棚からボタボタ」
 

 蘭 去里(サユリ) > 蘭 冴良(サエラ)
 
 ○ 祭文


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