「蘭咲子。咲子  咲く子」
 「花が咲く子、新しい文化の花開く子。
    ……咲子と呼ばれていた頃、わたしには意味があったんだよ。今ではサキ・ランは単なる記号に過ぎない」
 
 
 
 「帰りたい?」
 レイが尋ねる。秘やかに、心の寂しさのありったけをこめて。
 「帰れない」 サキが答える。
 「帰りたい?」
 「帰れない」
 「帰りたい?」          ……
 
 幾度も繰り返される、同じ言葉。幾度も繰り返される、同じ、答。
 
 
 
 
 繰り返し、繰り返し、波のように   向き合った二面のガラスの鏡のように、他のもろもろの感情を押し流して、ただ深い寂静とした哀しみだけが今の二人の間には残されていた。
 「帰りたい?」
        「還れない」
 誰よりもその答を良く知っていて、知っているくせに、レイは、また尋ねるのだった。
 窓の外はただ無限の世界。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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