誰が  どんな素人が見てもこれは助からないとわかる状態で
彼は横たわっていた。
 「何故。」
 と、彼女は地面を踏み鳴らした。
 「なぜ、こんなことをするの、なぜ戦わなくちゃならないの。
人が死ぬばかりじゃない。次々死ぬばかりじゃない。」
 誰もなにも言わなかった。誰もなにも言えなかった。
 彼は  今、“死”に面とむかっている彼は。
聞いたような気がした。重い沈黙。その陰にある、ひとつの想い。
 「闘かわなければ  今、僕たちが闘わなければ 」
 (殆どもう僕は死んでるな)
 他人ごとのようにそう感じながら、それでも不思議と彼の声には
はりがあるような気がした。する。
 誰も彼に「 しゃべっちゃいけない」とは、云わなかった。
 今、彼が話そうとしていることは、明らかに彼の、『遺言』。
 そして彼は、皆の沈黙を、代弁しようとしているのだった。
 「戦争が起ったら。こんな風なレジスタンスの小競りあいでなく、
本物の戦争が起こったら。
 死ぬのは僕だけじゃない。何百人、何千人の僕が  こんな風に
仲間にみとってもらうこともできず、僕は信じるとおりに生きた、と満足
しながらこの世を去ることもできず……肉体(からだ)も、魂も、
血みどろになって……
のたうちまわって……
 僕が死ぬことで僕の弟は死なずにすむかもしれない。僕がここに
こうしていることで、もし、あの……僕の、生徒たちが きちんと大人になって
結婚して、子供……なら、
 僕は      」
 壊れた廃水管のような音がどこかでして、ひどく鮮やかなあかいろ
したものが、どこからこれだけ、と ぼんやり彼女に思わせるくらい、
華やかに床をそめあげていった。
 僕は………
 何だというのだろう。彼は、いなくなってしまったのに。
 
 
       ×       ×       ×
 
 
「 あたし、田舎へ帰るわ。」
その言葉を彼女はとても静かに云った。
「 田舎へ帰るわ。もう疲れたの。
   両親が結婚話を用意して待ってるわ。
 秋には柿がなるし、紅葉がキレイよ。あたしはもういちどチョークを
持って……彼の喪があけたら、平凡で、穏やかで、病気と交通事故
以外の死の心配なんかとはおよそ無縁な、優しい人と結婚し……
子供を産んで…… 孫の顔を見て……
平凡に老いて、死ぬわ。」
短い夏の終りだった。
「子供を産むわ。」
サヨナラのかわりに そう言いおいて。
 
 日本が、世界にむけて進撃を開始したのは、翌年12月のことで
ある   
 
 
.

コメント

りす
りす
2006年11月1日1:18

 
 祝!! 5000番突破!! !(^^)!
 
 
 ……って……。自分でコノ原稿UPした時に踏んじったよ☆

麦秋
麦秋
2006年11月1日22:14

祝。

りす
りす
2006年11月2日22:53

感謝。(^_-)♪

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