一、
 
 ひゅーると鳴きながらとんびが円をかく。
 寝転がって見る晩夏の天はいっそ眩しくて暗いほどだ。緑深い杉の斜面が鋭角的に空に切れこんでいる。
 「こーあらっ」
 呼ぶ声に子供は飛び起きた。
 「こあらじゃないやい!」
 ベランダ越しに叫びかえしてドダダと階段を駆け降りる。
 「幾時に帰るの」
 母が尋ねる頃には白いバッシュで門扉を開けている。
 「わかんなーい」
 けんけんで靴を直すのに、もたれかかる表札には磯原とある。
 末男 清(キヨシ)
 そう書いてあるのが、子供の名前。
 中学一年であるから、少年と言った方が正しいかも知れない。
 けれどクラスで一番のチビ。
 泣き虫で、喧嘩早くて、甘ったれ。
 誰かれ構わず背中に抱きつく癖があるのと、中近東との混血でココア色の肌をしている所為でか、よく似たオンブにダッコの動物の、渾名(あだな)を付けられた。
 本人は、男の子であるので、可愛い(かわいい)という世間の評価には抵抗している。
 もっとも両親はたいそう喜んだのだ。この大野市に越して来る前、末っ子は、同じ肌の色が原因で、学校でいじめに遭っていた……。
 「お待たっ」
 かつての登校拒否児が元気に家の角を曲がると、すっかり慣染みになったいつもの面子が待っている。
 出来良 了(できら・りょう)
 高橋 博文(たかはし・ひろふみ)
 七木 千 (しちき・せん)
 横河 雄治(よこかわ・ゆうじ)
 市立二中の一年三組、いつでも騒ぎの中心(もと)になるグループだ。
 「おう、行くぜ」
 親分らしく出来良が顎をしゃくる。身軽に歩きだすのは千(せん)が最初だ。
 「おまえ、帽子は?」
 顔をしかめてすぐ怒るのはクラス委員の高橋。
 「あ、忘れた」
 「おばさーん、コアラの帽子ー!!」
 生け垣から乗り出して雄治(ゆーじ)がどなるのは、新来の都会っ子がまた貧血になるのを心配してと言うよりは、単におばさんのファンなのだ。
 「先、行くぞー」
 じれて千が叫べば、肝心の清がとっとと駆け出して行く。
 「おまえなあっ」
 高橋は腕をふりまわして追いかけた。プロレスのしめ技のふたつも試しているうち、雄治が野球帽を持って学年一の俊足で合流する。
 夏休みは残り少ない。
 スパイ活動をするとなればなおさらだ。
 住宅街のはずれからは小川をはさんで裏山で、雑木林のなかを三十分も走りあがれば見事な杉の植栽された林業地帯になる。
 
 
 
 

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