『 ちょっと哀しい恋の顛末 』 by 磯原 広

 どうやら好きなコがいたらしい。
 高橋博文、中学三年、昔ながらの手造り豆腐屋の、当節家計は苦しいなかで、突然、私立校に行きたいと言いだして両親を慌てさせた。
 女子の商業、男子の高専、そのほかには、この街には高校は二つしかないわけだから、県立の清風高校を受験するものとばかり、家族も、学校側も、思っていたのだが。
 大野学園は試験がむずかしい。
 それ以上に、高い学費と寄附金の支払いが、下町の豆腐屋には難しかった。
 しっかり者の姉は、店を継ぐと自分で決めて以来、商業高校の調理科に通いながら、朝晩の豆の仕込みを手伝っている。
 その、姉貴が、店に出す豆腐ハンバーグをまるめながら、行かせてやればと、かるく言った。
 ひろちゃんの学費くらい、あたしが稼いでやるわよ。
 それだけで、博文はもう自分の我がままを、諦めようとは、思った。
 ただしひとつだけ、家族に負担をかけずに済ませる方法がある。
 奨学金。
 学年で一番の成績さえ取れれば、ほとんど無料で、入学させてくれるあたりが、私立校の良い点だろう。
 宿題しかしたことのない博文が、ガリ勉をはじめた。

 大野はいなかの街で、ぜんたいにのどかなうえに、市立二中は三年二学期後半に至るまで、お祭り騒ぎと部活に明け暮れるほかは予習も復習もやらない、というのが校風になっている。
 そんななかで律気にクラス委員として遊びにつきあいながら、博文は、勉強して、勉強して、勉強した。
 眠らないので食欲はなくなるし、みるみるうちに頬もこけて、周囲中の心配も忠告もよそに、単語帳を放さない。
 そこまでする必要があるのかと、当の片思いの相手に説教されたというのは、切ないことだろうが。
 本人には、必要だったのだ。
 誰かと一緒の高校に行きたい。
 その為だけに、努力を払うということが。
 …………
 
 

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